ibageの雑文

読書感想文。 ネタばれはあまり気にせず、自分勝手な感想・評価を記していきます。 ありのままの感想を言葉にするので、誹謗中傷的な表現も多々ありますが、 ご了承ください。

婚活島戦記

婚活島戦記

柊サナカ

2013820日 第1刷発行

 

 

IT企業の最高責任者、史上最年少で世界長者番付に載る時代の寵児が、雑誌や新聞各紙で大体的にキャンペーンを張った。

 

<結婚相手を探しています。貴女こそが僕のシンデレラかもしれない。永遠の富と名声と幸福を貴女に>

 

学歴・経歴・年齢は不問。

 

この呼びかけに応じ、3分の自己PR動画から面接、2泊3日の健康診断を経て厳選された40余名の女性が孤島へと集められた。

 

マスコミを完全にシャットアウトして実施される45日のお見合いツアー。

 

そこで告げられたお見合いの内容は、知力・体力・推理力、そして運が試されるサバイバルゲームだった。

 

 

65

 

11回「このミステリーがすごい!」大賞の最終候補作。

 

新人発掘の賞であり、本作がデビュー作なのでこれは仕方がないのかなと。

 

大賞を受賞した作品でもないし。

 

平たく言うと、「殺し合い」が「蹴落とし合い」になった「バトル・ロワイアル」の婚活版。

 

読んだ誰もがそう思うはず。

 

ゲーム開始時の人数も1クラス分だったり、装飾品で主催者から管理されてたり。

 

もちろん、徐々に活動可能エリアが狭まるわけではなく、リアイアも認められているなど設定は異なる。

 

もっとも大きな違いは、主人公を初め、最終バトルに残るメンツの背景が長々と語られること。

 

ゲーム性ではなく、きちんとした物語で勝負しようという姿勢。

 

そのおかげで、ギリギリ“同人作品”から脱却出来ている印象。

 

さらに、オチのひとつ、主人公・甘柿の相棒役となるミチカの役割は、「クリムゾンの迷宮」のラストを思い起こさせる。

 

あらゆる創作物は、すでにあるものの組み合わせや換骨奪胎であることは百も承知。

 

ただ、表面をなぞるような読み方しか出来ない自分でも「これとこれを繋げたな」と明確に分かってしまう。

 

まぁ、殊この作品に関しては、先行作品との相似の指摘は誰もがすることなので、これ以上は割愛。

 

「女性たちが、騙し騙されながら玉の輿を目指して争う物語」

 

「格闘マシーンだった女性が、人間らしい感情を手に入れていく物語」

 

「アングラの世界でしか生きる術を持たなかった女性が、一般人の夢見るような幸せを手に入れようとする物語」

 

と色々な表現が出来るが、内容を端的に表現するとすれば、

 

「婚活に必死な女性を男性はこう見ているんだろうな」と女性が語る物語。

 

そのことが端的に出ているのが、残った4人がミラーハウスに入れられてペイント弾で争う最後の戦い。

 

もともと精神に異常を抱えたのが2人

 

恵まれすぎた環境による性格破綻者が1人

 

学習障害ゆえ、一般的な生活を送るのが困難な主人公

 

つまり、「極限状態で徐々に気が狂う」のではなく、最初から狂った人間ばかり。

 

最終戦に残れなかった女性陣も同様である。

 

玉の輿を死に物狂いで狙う女性の異常性を揶揄し、かつ、本気で婚活をしないと結婚できない女性は、どこか内面or育ちに大きな問題を抱えているということを明示している。

 

最終戦の場面では、すでに結婚を目的としているのは主人公のみだという点もその傍証。

 

玉の輿を夢見ること自体がそうなのではあるが、女性の歪んだ自己顕示欲の醜さをエンターテイメント化したらこうなったと。

 

そして「女はもういい。結婚したがってるやつの気が知れない」というセリフで男性側の気持ちをまとめている。

 

ここで面白いのが、作者は、子育てをしながら2人目を妊娠中にこの作品を執筆したということ。

 

勝手な推測だが、子育て・妊娠・執筆を同時にこなせる作者は、専業主婦なのではないかと。

 

作者が専業主婦なのか否かや旦那の人物像、結婚に至る経緯は知る由も無いが、20代女性の3人に1人以上が専業主婦になりたい(博報堂生活総合研究所調査)と願っている今、“勝ち抜けた”人物がこのテーマで作品を書いたのは、分かりやすい皮肉が効いていて良い。

 

それを、女性視点の物語でありながら「男性から見たらこうやろうな」っぽく書くズルさ、そしてそれがあまり成功していない雰囲気も含めて楽しむ作品。

 

この楽しみ方には、巻末にある「このミス」大賞選考委員の大森望氏による解説が不可欠である。

 

大森氏の立場だからこそ発信出来る作者や作品の背景を知らないと、この楽しみ方は出来ないし、作品の面白さは半減する。

 

大森氏は「背景設定やストーリーは、正直、どうでもいい」と言い切る。

 

その後に続く「本書の最大の魅力は(中略)ヒロイン、二毛作甘柿の造形にある」という言葉には首肯しかねるが、本当に色々と「どうでもいい」。

 

本書の最大の魅力は、結婚し、世間一般に幸せ(であろう)と思われる生活を手にした女性作家が垣間見せる「上から目線」や「闇」である。

 

良いように深読みすれば、「私も同じ醜い女性の1人。そんな私と結婚してくれてありがとう」という旦那への感謝と言えなくもないが。

 

いずれにせよ、解説まで含めて1つの作品として読まないと、特に印象に残らず素通りしていくタイプの作品でした。


婚活島戦記 (宝島社文庫)
柊 サナカ
宝島社
2013-08-06


富士山大噴火

富士山大噴火

鯨統一郎

2007810日第1刷発行

講談社文庫

 

 

普段は大人しい大型犬が、小型犬や人に次々と襲いかかり、庭池の鯉がやたらと飛び跳ねる。

 

多摩川のタマちゃんやボラの大量発生を記憶している人も多いであろう。

 

そんな動物の異常行動が日本全国で確認されている。

 

時を同じくして雲好きの天文学者が「流星を観測するFM波を雲の観測と絡ませると、1~2日単位で地震が予測できる」ことを発見。

 

そこで、取材に来たカメラマンの力を借りてシンポジウムを開催するも

 

「莫大な国家予算をつぎ込んで出来なかった地震予測を、アマチュアの一個人に出来る訳がない」と専門家から一蹴される。

 

唯一、関心を持ったのが富士山監視グループだった。

 

「富士山が噴火する可能性がある」

 

「地震と噴火には相関関係があるのは周知のこと」

 

「協力しませんか?」

 

この言葉を受けて富士山周辺にターゲットを絞った調査を開始した矢先、東京を震央としたM78の地震が2週間後に発生する予兆が観測されてしまう。

 

地球のサイズからすれば、東京と富士山は目と鼻の先。

 

富士山の噴火に繋がるかもしれない。

 

そして、予測通りに地震が発生。

 

幸い、直接的な被害は大したことがなかったものの、今度は富士山の膨張が観測される。

 

さらに、地震予測法を噴火予測へと応用した結果、火山噴火の前兆パターンを発見。

 

タイムリミットは10

 

そしてまた予測が的中し、富士山が大噴火を起こしてしまう。

 

 

52点.

 

いつか必ず発生するという東海地震。

 

富士山も噴火間近と言われ、実際に御嶽山が噴火して箱根周辺がてんやわんやになったこともあったな、などと思いながら読んだ作品。

 

ジャンル的には災害パニック小説に分類されるはずだが、臨場感に乏しく、リアリティやスピード感にも乏しい。

 

平たく言うと、小説世界に没入できない。

 

軽妙な文体が特徴的な鯨統一郎氏には不向きなジャンルであることを確認しただけの一冊。

 

はっきりと言えば、面白くない。

 

その要因は何だったのか。

 

思うに、最大の要因は、

 

主人公となる雑誌ライター&カメラマンの恋人コンビ、

 

プロサッカー選手、

 

恐竜絶滅の決定的要因を探求する動物学者、

 

富士山大好きな病気の子供とその親、

 

その他、地震学の権威や火山関連の研究員など、

 

数多出てくる登場人物に誰一人として、感情移入や共感の出来る人物がいないこと。

 

まず、主人公となる2人。

 

婚約をしていて結婚式の日取りも決まっている。

 

にもかかわらず距離があり、各々の取材相手に心が揺らいで悩む。

 

そんな時に2人(+ガイド)で噴火直前の富士山に登り、絆が復活する。

 

この要素、絶対的に不要。

 

ただでさえ色んな要素を詰め込み過ぎて薄っぺらくなってるのに、それに拍車をかけている。

 

「ジャニーズと若手女優のW主演」を銘打って映画化しやすい。

 

ぐらいしか、そのメリットとなりそうな理由が思いつかない。

 

これなら、信頼し合う2人のバディモノとして協力し合う展開の方が、熱い物語になって多少は面白かったであろうに。

 

鯨統一郎氏は、心の繊細な機微を文学的に表現することには向いていない。

 

もっとエンターテイメントに振り切った作品こそ、鯨統一郎氏の主戦場。

 

なので、真剣な色恋は金輪際絡めないでいただきたい。

 

作品が死ぬだけです。

 

さらに、このコンビの男側、カメラマンの行動にも逐一納得がいかない。

 

その最たるものが、天文学者の発見した地震予測法に対する無闇な肯定と、権威ある専門家の自己保身を「悪」と断ずる無思慮さ。

 

本作では主人公であり、予定調和として予知が的中するから良いものの、現実に置き換えると非常に迷惑極まる。

 

普通に考えれば自己保身するでしょうよ。

 

自らの名誉のみがその理由であり、明らかな間違いすらも認めないというならまだ首肯できる。

 

しかし、その分野では責任のある立場の人物として登場している。

 

となれば、根拠に乏しい俗説を信じるわけにはいかないのは当然。

 

全面的に支持し、自らの責任において「予知」として発表すればオオカミ少年になりかねない。

 

本当に危機が迫っているとき、誰もその発言を信じない。

 

その方が、よっぽど大問題でしょうよ。

 

一応そのことには触れているものの、結局は

 

「正しいことをしようとする弱者と、自らの利益しか考えない強者」という

 

分かりやすく、それ以上でもそれ以下でもない対立構造に終始し、帰結させている。

 

結果、これ以上ないほどに安っぽい勧善懲悪の物語に成り下がっている。

 

ここまで表面的なものに終始する物語は、児童文学ならまだしも大人が読むに耐えるものではない。

 

もう2段階ぐらい、深いところまで欲しいところ。

 

少し話がずれたが、何しかカメラマンの行動に納得も共感もしかねるということ。

 

相方となる女性ライターはというと、一言で言うならワンマンプレーが目立ちすぎる意識高い系。

 

「男社会で、負けずに自分のやりたいことをやり通すワタシって素敵」に終始。

 

「心は揺れたけど、最終的には元の男のところに戻るワタシっていい女でしょ?」としか読み取れない。

 

こういう女の何が駄目なのか。

 

語ると長くなるので割愛するが、平たく言うと、こういう女は嫌い。

 

その他にも、

 

根拠のない自信で、自分の思い通りに周囲を協力させようとする火山学者、

 

地震予知を成功させた結果、「災害時に自分を心配してくれる人はいない」とふさぎ込んで音信不通になる天文学者、

 

富士山に連れて行けとせがむ子供、

 

病気を抱えた息子を、「夢だから」といって命の危険にさらしてまで噴火直前の富士山に連れて行き、案の定、子供に心臓発作を起こさせる父親などなど

 

自分はマトモだと思っていながら、実は迷惑な人の見本市。

 

そして、それぞれの行動の障害となる人物を片っ端から「悪」認定。

 

様々の立場から見た「それぞれの噴火」を描きたかったのでしょうけど、浅すぎて大失敗。

 

各々に背景はあってもドラマがない。

 

キャラづけにしかなっていないので、どうやっても、誰にも、感情移入できない。

 

感情移入できないから、臨場感も湧いてこない。

 

そして、それを補うはずのリアリティにも欠けている。

 

東京湾地下10kmを震源とするM7.6、震度6弱の地震が午前1137分に発生していながら

 

被害は7箇所の火災のみで、死者0人は都合が良すぎる。

 

もちろん、地震予知が周知されていたわけではない。

 

日本にいる陸生哺乳類の約半数が富士の樹海で確認されているであるとか、

 

本栖湖、西湖、精進湖の水面が同じ高さだとか、

 

物語周辺の事実や統計的な数値、現実の過去の災害にかかる数値・情報というのはおそらく正確なんでしょう。

 

でもそれは、豆知識にしかならず、物語にリアリティを与えているわけではない。

 

無理やり文字数を増やした大学生のレポートみたいで、何ら核心に関わってこない。

 

物語中で噴火が起こった際に生じる災害についても、慌ただしいだけでパニック感は薄い。

 

火山弾が出て、火砕流が発生して、溶岩が流れて、それが駿河湾に流れ込んで津波を引き起こして…

 

それぞれに名のある登場人物が被災して死んでいくものの、そのことが返って中途半端な印象に繋がっている。

 

致命的なほどに絶望感がない。

 

逼迫感や絶望を書きたいなら、もっとそれぞれを深く書いて欲しかった。

 

これなら、無機質に単なるリストと化してしまった方が、恐怖感を煽れたであろう。

 

最終的な本作の印象は

 

「富士山について調べて出てきたことを、全部詰め込みました」

 

結果、どれも中途半端で苦しい。

 

どうせなら「恐竜絶滅の決定的要因は富士山の噴火である」を軸に枝葉を払い、深化させた物語にした方が

 

「嘘か本当かトンデモか分からないけど、理屈は通ってるように感じる」といった物語ができ、面白い作品になっていたであろう。

 

そして、鯨統一郎氏はそれが出来る作家だと思う。

 

この要素を「多数の中に1つ」にしてしまったのが失敗であり、もったいない。

 

面白くない理由を掻い摘んで挙げてみたが、2004年単行本、2007年文庫化という発表時期からすると致し方ないとも思える。

 

富士山が世界遺産に登録される前であり、ゴミの不法投棄問題が現役の時代。

 

スマホはなく、SNSも発達していない。

 

一般人はTVや新聞を信じる人が多く、専門家や権威の言葉を疑うなんて考えもしない。

 

それが今では、誰でもネットを通じて多方面から情報を得ることができ、マスメディアからの情報よりも知人からの情報に重きを置く人も少なくない。

 

それはそれで問題があるけども、少なくとも、様々なところから来る情報を自らの判断で取捨選択し、自ら行動を決める時代。

 

流れてくる情報を鵜呑みにせず、必要と感じれば自ら情報を「取りに行く」必要があり、尚且それが可能な時代。

 

となると、本作は発刊のタイミングで読んでいないと時代遅れ感が拭えない。

 

情報を詰め込み過ぎたり、表面的過ぎたり、緊迫感がなかったり、リアリティがなかったり。

 

それに加えて時代遅れ感があると、もう、高評価とならないのは自明。

 

10年前と何ら変わらず新聞・TVを信じて疑わない、ネット情報は基本的にデマだと信じている人。

 

つまり、「モリカケ」を本気で安倍の大問題だと思っている特定の層に対してのみ、今でもリアリティがあるんでしょうね。

 


富士山大噴火 (講談社文庫)
鯨 統一郎
講談社
2007-08-11


虐殺器官

虐殺器官

伊藤計劃

2010425日 8刷

ハヤカワ文庫

 

テロ対策として高度情報化が進み、全ての行動が管理され、監視され、それでいてそのことを自然と受け入れている世界。

 

各地の武装勢力ですらIDタグを体内に埋め込んで兵士を管理している。

 

そんな世界で、米国情報軍特殊検索群i分遣隊に所属するシェパード大尉。

 

「特殊検索群i分遣隊」とは、陸軍・空軍・海軍・海兵隊・情報軍の各軍特殊部隊を統べる特殊作戦コマンド、暗殺を請け負う唯一の部隊である。

 

ロシアとヨーロッパの間のとある紛争地。

 

そこで虐殺が行われているとして、その指導者の暗殺命令が出され、シェパード大尉が任務に就く。

 

いつも通りにターゲットに近づき、気づかれぬよう喉元にナイフを突き付ける。

 

「ぼくたちが探しているのはアメリカ人だ。今日ここでお前が会う手はずになっていた男だ」

 

メインターゲットを手中に収めつつ、そう問いかけるシェパード大尉。

 

しかし、なんら情報を得る事ができず、「取り敢えず」メインターゲットを暗殺して今回も現場を後にする。

 

シェパード大尉らi分遣隊、つまりアメリカ合衆国が探し求める人物。

 

殆どの作戦オーダーに記載されている標的、ジョン・ポール。

 

内戦から内戦へを渡り歩くようにその名が現れては、忽然と姿を消してしまう。

 

どこへ行っても指紋だの網膜だの顔紋だのという認証が必要なこの時代に、ジョン・ポールはどうやって認証をクリアし、ユーロ、アフリカ、アジアへと移動しているのか。

 

いち執行機関にすぎないシェパード大尉の頭にすら、そんな疑問が浮かんできた矢先、再び招集がかかる。

 

そして潜入したプラハ。

 

その地でシェパード大尉は、運命的な出会いをしてしまう。

 

 

73点。

 

全く知りもぜず、興味もなかった作品。しかしなぜかその日は、どの古本屋に行ってもこのタイトルが目に入ってきたので手にした一冊。

 

生きた筋肉で作られた敵地侵入ポッドだの、体温で駆動する生体リンクで通信するだの、汗を吸って水分を体に再還元してくれるインナーだの、ナノコーティングが周囲の色相をスキャンしてリアルタイムでパターンを生成する環境追従迷彩だの、しかもそれがスプレーで塗布するタイプであるだの、眼球を薄膜で覆って副現実を網膜に投射するだの、痛みを感じることなく知覚するに留める麻酔だの…

 

自分の思う、SFらしいSF

 

暗殺部隊の話ということで、安易に「虐殺器官=暗殺部隊=シェパード大尉」かと思って読み進めた自分が恥ずかしい。

 

結論から言うと、「虐殺器官=言葉」もしくは、その文法。

 

虐殺の起こった地域では、予兆として虐殺を引き起こすような文法で会話されることが増える。

 

そのことを逆手にとり、意図的にその文法を使わせることで虐殺を誘発させる。

 

なにより、これだけ科学が発達した世界で、「言葉」という極初期の産物、人類に普遍的なものを道具として持ち出してきた点が面白い。

 

虐殺の文法を頒布する手法は、軍人がカウンセリングを受けるのと同じもの。

 

つまり、言葉は毒にも薬にもなるということ。

 

こう書くと安っぽいが、それをSFの世界でやられるとギャップが効いてて関心させられる。

 

ジョン・ポールの持ち出しす理論にも、いちいち納得させられる。

 

ヒトの脳には、あらかじめ残虐性が埋まっている

それは食糧生産がコントロール出来なかった頃の名残りであり、虐殺の文法は食糧不足に対する適応である。

つまり、種の存続、生存のためには大量殺人が必要であった。そして、1対多で情報を伝播するには言葉が最適だった。(「言葉が通じる範囲」という効果範囲の制限も可能)

 

この理屈の果にジョン・ポールが実行した「愛する人のための大量殺人」。

 

非常に分かりやすく、説得力がある。

 

ただし、納得が出来ない。

 

なぜ納得が出来ないのかは、分からない。

 

「ならぬものは、ならぬ」と理屈にならないブレーキがかかる。

 

恐らく、普段なら、「自分に関係がなければ」それでいいんじゃない?と瞬時にスルーしてしまうと思う。

 

でも、なぜか本作は「自分に関係がなければ」という条件が瞬時には出てこず、「相手にこう言われたら、モヤッとしたものが残りつつも反論は出来ひん、拒否は出来ひんな」と思ってしまった。

 

ミステリー的にいうと、二転三転する展開。

 

追跡劇から、ハウダニット、ホワイダニットへと、その移行が上手い。

 

本作ではその転換点が分かりやすく、その度にさらに深く、さらに深くと階層が深化していく。

 

その深化と呼応するように物語あるいはジョン・ポールの言葉にのめり込んで視野が狭まる。

 

そして読了後、ページを閉じた瞬間に圧から開放され、一息ついてから「面白かった」と漸く感想が出てくる。

 

読み応えがあり、読書が苦手ではない相手になら薦められるような作品。

 

題材が題材だけに、「死」というもののテーマ性も濃い。

 

やたらと詩的な描写でそれが語られるものの、ハードボイルド的で、シェパード大尉のキャラ付けには重要な要素なので苦にはならない。

 

ただ、読了後に著者が闘病の甲斐なく早逝していると知れば、重たい気分にはなる。

「死者はぼくらを支配する。その経験不可能性によって」というセリフの重さが増す。

 

そして、「伊藤計劃」と書いて「いとうプロジェクト」と読ませる中二病的筆名に、やるせなさを感じる。

 

早逝しているだけに作品数は少ないので、全作読破も難しくはないでしょう。

 

中でも長編の「ハーモニー」と「屍者の帝国(円城塔との共著)」は是非読みたいし、本作はアニメ映画化もされているようなので、そちらも観たい。

 

読後もしくは鑑賞後、ほぼ絶対的に「死」の雰囲気に当てられて、得も知れぬものが心に残るはず。

 

それでも「別の作品も読みたい」と思わせるレベルの作品なのは確かです。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
早川書房
2010-02-10


虐殺器官 [DVD]
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