ibageの雑文

読書感想文。 ネタばれはあまり気にせず、自分勝手な感想・評価を記していきます。 ありのままの感想を言葉にするので、誹謗中傷的な表現も多々ありますが、 ご了承ください。

資本主義卒業試験

資本主義卒業試験

山田玲司

20111025日第1刷発行

星海社新書

 

 

 

とある大学において「資本主義卒業試験」と題したテストが出題された。

 

この問題は、過去100年間においてこの社会に起きたことをもとに、「資本主義の卒業」について論じることを求める試験である。

第一問:何が起きているのか

第二問:資本主義は何を信じたのか

第三問:資本主義社会で満たされるものは何か

第四問:何を失ってはいけないか

 

このテストに対し、全学生が不合格となったことが話題となる。

 

深夜27時、その試験を出題した経済学者の研究室に4人の男女が集まった。

 

一人は漫画家。幼い頃から漫画家を志し、血の滲むような思いをしながらデビュー、ヒット作も出して夢をかなえた男。しかし、そこから苦しみが始まったと嘆く。

 

もう一人は女子大学生。先の経済学者が実施したテストで単位を落とし、このままだと卒業が出来ず就職の内定もパーに。

 

さらに、エコ国の住人。いわゆるロハスな生活から逃げてきた男。都会人は、田舎暮らしの人間関係や実態を知らなすぎると憤り、徹底的に現代文明を排したエコな暮らしに無理を感じている。

 

4人目はエゴの国の住人。大手商社の商社マンとして、社会のため、地域のためと言いながら多くの不幸を生み出してきたことを悔い、そこから脱却したいと願う。

 

いずれも試験の答えが知りたくて、じっとしていられなかった者たちである。

 

研究室には肝心の経済学者がおらず、答えが分からない。

 

4人がそれぞれに主張をし、出口の見えない言い争いが始まる。

 

感情的な議論が落ち着きを見せ始めたころ、漫画家があることに気づく。

 

何時間も経っているはずなのに、夜が明けない。

 

その時、ドアが開いて1人の男が現れた。

 

「教えてあげましょう―」

 

 

50

 

新書の体ですが、著者の本業が漫画家だからか小説メインに漫画を少々。

 

作品内の漫画家の設定、ほとんど著者の経歴・背景と一緒でしょう。

 

若くしてデビューしたけどなかなか売れず、魂を売って描いた作品がヒット。

 

その後の作品は打ち切りが続き、なんとか糊口をしのいでいる状況。

 

結果、もともと持っていた社会への不満がさらにこじれて抑えきれなくなっている等々。

 

離婚云々は存じ上げないですが、それ以外は自分の知っている山田玲司でした。

 

ネット番組で色々と語る山田氏は、少々偏りのある豊富な知識と、それを面白おかしく話す技術がなかなか心地よいのですが、作品となるとどうも…

 

もともと自分とは思想的なところで決定的なかい離があるようで、社会的な話題になればなるほど、理解は出来るけど納得は出来ないものが増えてしまいます。

 

この作品もその例に漏れず、なんかイライラする。

 

明確に反論できるほどの知識も、それを言語化できる能力も持ってないのがもどかしい。

 

それでも、山田氏が資本主義を卒業する手段として何を提示してくるのか、資本主義に代わるシステムはどんなものか、期待して読み進めました。

 

結論を言えば、そんなものはないってことです。

 

期待外れです。

 

資本主義は腐ってるけど、それに代わるものが思いつかない。

 

資本主義が間違っていることは疑いようのない事実なんやから、これに代わる新しくて誰もが幸せになるシステムをみんなで考えていきましょう。

 

そんな話です。

多くの人が、おそらく資本主義ってものを曖昧にしか理解していないでしょう。

なので、その定義から、少なくても本書における定義からスタートして欲しかった。 

 

小説としてみれば、面白みに欠ける。

 

漫画としては、各章の冒頭に数ページしかないので評価しようがない。

 

いわゆる新書としてみても、すっきりしない。

 

なにかにつけて中途半端な一冊です。

 

若い世代向けの新書レーベルですし、問題提起が目的の作品ってことで納得しろってことでしょうけど、それならそれで若者を舐めてないか?

 

で、山田氏の叫びは、どうも売れっ子漫画家に対する嫉妬しか根底にはないような気がする。

 

ヒット作出したのに潤ったのは一瞬で、がっぽり税金で持っていかれ、節税をしようとすればやたらと消費をしなければならず貯蓄もできない。

 

次もヒット作を出さないといけないプレッシャーに押しつぶされながら、本当に書きたい作品を書くことができない。

 

これじゃ奴隷じゃないか!

 

何故こうなったんだ。

 

「好きなことを見つけて、努力して、夢をかなえるのが良い人生」だと、大人が言い聞かせてきたからだ!

 

なぜ大人はそんな嘘を押し付けてきたのか。

 

それは社会が悪いからだ!

 

システムが悪い!

 

だって俺、死ぬ思いをしながら漫画を描いてるのに幸せじゃないもん!

 

日本では年間に3万人も自殺者がいるってことは、みんながそう思ってる証拠だ!

 

努力は報われなければならない!

 

俺たちがこんなに苦しいのは、一部の人間だけが利益を貪るからだ!

 

そんなの間違ってる!

 

どうしたらいいかは分からないけども、誰がなんと言おうと間違ってるんだ!

 

物語を排して説明すると、こんなもんです。

 

これに環境問題に関する主張も混ぜてきます。

 

地球温暖化は深刻なんだ!

 

温暖化は嘘だという話が広がっているのは、経済成長にとって環境問題が邪魔だからだ!

 

だからエコを唱える人達を偽善者にして、企業、マスコミ、政府はその流れを支持してやがる!

 

ってなもんです。

 

成長を続けないと国が滅び、成長を続けると地球が滅びる。

 

一見正しそうですけど、本当にこの二律背反なのか、大いに疑問です。

 

そもそも、山田氏自身が本作の中でブーメランを放っている。

 

長くなるのでブーメランの内容は割愛しますが、こうしたブーメランと、極端だけど「あるある」な例を出すあたりに引っ掛かりを覚えます。

 

細かなところに疑義を挟みだすと、本書より分量が多くなってしまいそうなので、1点だけ。

 

努力は必ず報われることになっていて、報われなかった人間は努力不足だといわれる。

 

しかし、努力が必ず報われるわけではない。

 

才能がモノを言うのも一面の真理である。

 

しかしこれを言うと「誰もが努力次第で勝者になれる」という前提が崩れるので、資本主義社会では隠されている。

 

「努力→成功・勝利」を疑わないことが、資本主義社会で生きるために求められる。

 

そして、敗者はすべて切り捨てられる。

 

なんなら今は、努力しなくても勝つし、そもそも戦うのは自分ではない(ポ●モンの例)。

 

ってなことを言われてます。

 

著者は、自身の努力が全然報われていないと本気で思ってますからね。

 

これ、ほんまにそうかね?

 

報われるはずだと思って努力はするけども、絶対だなんて誰も思ってないでしょ。

 

山田氏は、そこを理解しないまま闇雲に信じ続けた結果、負けを受け入れられなくなったとしか思えない。

 

そして、その闇雲に信じていたことを社会や大人のせいにしている。

 

いや、10代までには教えられずとも理解するでしょ。

 

小学校ぐらいまでなら徒競走で負けたとき、中高生なら部活で負けたとき等に。

 

こいつには勝てない、と思わせる人物に出合わなかったのでしょうか?

 

もう一つ、「努力」というものが人によって異なることを無視している。

 

ある人にとっては苦痛を伴う「努力」でも、他の人にとっては楽しい「娯楽」であるということは、往々にしてあることで。

 

本作では、勉強についての例が出されてます。

 

自分は必死で勉強(努力)してやっとテストで点数を取れるのに、クラスに一人は授業を聞いただけで点数を取れる人がいる。

 

これを才能の問題だとして一括りにしている。

 

内容を楽しめるから授業だけで頭に入る人と、そうでない人の差ってあるでしょ。

 

あるいはそこに至るまでの成長の過程で、本質を捉えたり要点を掴んだりする能力を十分に培っていて、その差が高校生になって明確に出てきたとは考えないのかね?

 

その他にも要素は無限に考えられる。

 

そういうところを完全に無視してしまうような人だから、どれだけ力説されても納得できる言説にならない。

 

山田氏の作品、特に最近の作品はすべてこの調子。

 

漫画、新書、単行本を問わず。

 

面白い人なんやけど、そろそろ潮時かな。

 


 


古書店・小松堂のゆるやかな日々

古書店・小松堂のゆるやかな日々

中居真麻

2013620日第1刷発行

宝島社文庫

 

 

目的もなく入った裏路地で、偶然目にしたオープン間近の古本屋。

 

改装中でむき出しの洋式便所に目を奪われていると、ふと声をかけられた。

 

どうですか?

 

声の主は小松さん、古本屋の店主だった。

 

波子は、そのまま流されるように店でアルバイトをすることに。

 

市役所を「脱藩」してきたという、禿げ散らかしたおじさん・小松とのんびりと店を回す日々。

 

その裏で波子は、まだ新婚と言っていい状況にありながら、旦那の上司との不倫に溺れていた。

 

不倫を知りながら何も言わぬ夫にイラつき、自身の家庭を壊すつもりがない不倫相手に惹かれる。

 

してはいけないこと、やらなければいけないこと。

 

したいこと、できないこと。

 

落ち着きどころのない気持ちを抱える波子は、小松さんの、どこか抜けていながら、時折放たれる核心をついた言葉に救われ、惑わされる。

 

そんな日々を過ごす中で、波子は一歩を踏み出す決意をする。

 

 

43

 

女性による、不倫正当化小説。

 

だって好きなんやから仕方ないやん。

 

あかんってのは分かってるし、反省もしてるし、自分だけ楽になろうとは思ってないし、何より私は心底苦しんでる。

 

だから、ええやん。

 

むしろ、本気で好きな相手とは結ばれへん私って可哀そうでしょ?

 

むしろ、ちゃんと旦那に別れを告げる私って偉いでしょ?

 

不倫相手にも自分から別れを告げたんやで?褒めて!褒めて!

 

結局、また自分から連絡して会いに行ったりもするけど、それの何が問題?

 

要は股の緩い女が、御託並べて被害者ぶってるだけの小説。

 

被害者やなくて加害者ってこともわかってるよ、そんな私って頭の緩い女とは一味違うでしょ?

 

だからすべて許されるよね。

 

そんなことがひたすら347ページにも渡ってダラダラと。

 

それだけの文章量を、日本語で書ききったことに対する点数で30点。

 

なので30点にしようかと思った。

 

でも、これだけイライラさせられるってことは自分が著者の術中に嵌ってるってことかもしれないと思って、その分だけ少々加点してます。

 

この小説は何を意図して書かれたのかが分からない。

 

そもそもジャンル的には恋愛小説?エンターテイメント?

 

いずれにせよ、どう転んでも純文学ではない。

 

むしろ定義が曖昧な純文学も、「この小説以外」という定義が成り立つぐらい純文学ではない。

 

もしこれを純文学と言うのなら、純文学への侮蔑でしかない。

 

笑う所も、ドキドキもワクワクも、一塵の楽しさもないのでエンターテイメント足りえない。

 

一番近いのが恋愛小説なんやろうけど、恋愛してないし。

 

本人は恋愛してるつもりなんかもしれんけどね。

 

これが大人の恋愛とでも言うつもりなんでしょうか。

 

ただただ、気持ち悪い。

 

自分のわがままで周囲を片っ端から不幸にしてるだけ。

 

で、自分の思い通りに動かない男にイライラして被害者ぶる。

 

視点が波子からのものだけなのが、それを助長している。

 

これが恋愛の範疇に入るなら、自分は一生恋愛なんてしたくねぇ。

 

肥溜めの湯船に浸かるぐらいなら、一生風呂に入らなくていいのと一緒。

 

現実問題としての不倫に対しては、肯定も否定もするつもりはない。

 

そんなもん、勝手にしてくれ。

 

でも、それを作品にするなら、きちんと作品として見れるものに昇華せんと。

 

この作品には、崇高さも無ければ、筆致の妙もない。

 

唯一、これがメッセージかな?と思えるセリフが、小松さんの

 

「なんにもなくても生きていればいいんです。波子さんが生きていることで、なんかが生まれるんですから」

 

というもの。

 

はい、「人命は地球よりも重い」教の信者さんですね。

 

生きていること自体に意味があり、価値があり、素晴らしさがある。

 

そしてそれは、全ての人に、時には全生命に平等であり絶対である。

 

そろそろ目を覚ましましょうよ。

 

「美人は三日で飽きる」「努力は必ず報われる」と同じこと。

 

自殺者を少しでも減らすために作られた方便でしかない。

 

このご時世にメッセージ・主題とするにはチープ過ぎる。

 

こんな作品が商業ベースに乗り、文庫化までしていることに苛立ちを覚えるレベルで駄作。

 

そして何より苛立たせるのが本のタイトルと、「古書店好き必読!店主・小松さんの不思議な魅力に思わずハマる、傑作長編小説」というあおり文句。

 

まず、これ、古書店関係ないから。

 

確かに古書店店主出てくるけど、そういう設定なだけであって、古書店である意味なんて皆無。

 

喫茶店のマスターでも、居酒屋の常連仲間でも、浮浪者でも、小松さんの属性なんて何でもいい。

 

当時流行った「ビブリア古書堂の事件手帖」に乗っかって、「古書店」って言葉を使いたかっただけ。

 

見事に釣られた自分にも腹が立つけど、もうちょっと古書店であることに必然性を持たせて欲しかった。

 

タイトルに「ゆるやかな日々」なんて入れて何気ない日常、どこにでもある日常、ってことにして、だから必然性がなくてもいいでしょ?ってなことなんでしょうけど、それにしてもひどい。

 

確かに波子は古書店におる。

 

そこでの作業風景も描写される。

 

でも、それだけ。

 

小説、文学、恋愛、古書店、読者・・・

 

この作品に纏わる全てを馬鹿にしているとしか思えない。

 

この作者、不倫してたんちゃう?

 

で、自己弁護。

 

もし本作を読みたいという人がいれば、監禁して薬漬けにしてでも止めるべき一冊です。

 
 



贖罪の奏鳴曲

贖罪の奏鳴曲

中山七里

20131115日第1刷発行

講談社文庫

 

 

言うなれば、弁護士版ブラックジャック。

 

どんな罪名で起訴されようが、必ず執行猶予を勝ち取る敏腕弁護士でありながら、多額の顧問料や弁護費用を取る悪徳弁護士としても名高い。

 

この弁護士は、中学生の頃に幼女を殺害してバラバラに解体、医療少年院に収監された過去を持つ。

 

御子柴礼司と名を変え、戸籍を洗い、司法試験に合格。

 

依頼人は脛に傷を持つ者をメインターゲットに荒稼ぎをしているのである。

 

そんな弁護士が、大した報酬も出ないとある刑事事件の国選弁護人に着任する。

 

被告人は、夫を保険金目当てで殺した容疑で逮捕・起訴された東條美津子。

 

一文の得にもならない上、上告審からの着任とあって訝しがる周囲を横目に、御子柴は関係者との接見や証拠集めを淡々と進める。

 

そんなある日、豪雨により増水した川で、ゴシップをネタに恐喝を繰り返していたフリー記者の他殺体が発見される。

 

捜査に乗り出した警察は、この記者が東條美津子および御子柴の情報を集めていたことを知る。

 

程なくして御子柴の過去も警察の知るところとなり、御子柴は容疑者筆頭としてマークされることになる。

 

しかし、確固たる証拠はなく操作は難航。

 

歯がゆい顔で見つめる警察を横目に、御子柴は最高裁判所の法廷に立つ。

 

依頼人の利益のために。

 

 

73

 

リーガルサスペンス、法廷での逆転劇モノを読みたくて手に取った一冊。

ドラマ化されてたの、知りませんでした。 

 

騙された自分が恥ずかしい。

 

冒頭から御子柴が死体を遺棄する場面で始まるので、御子柴がいかに警察の目を欺くのか、あるいはどんな落とし穴に嵌って結末を迎えるのか。

 

そんなことにばかり気をとられていました。

 

あくまでもサスペンスなので、読者に対してフェアに情報が開示されているわけではありません。

 

とりわけ事件解決の重要な部分は、最後の法廷の場面でしか出てこない。

 

「そら騙されるわ」と自己弁護したくなる気持ちも少なからずありますが、畳みかけるような逆転劇への満足感で十分にお釣りがきます。

 

酒鬼薔薇事件を意識したであろう御子柴の背景も、自分にとっては本作に馴染みやすかった要因の一つ。

 

少年法に守られて社会復帰した元非行少年が、きちんと反省し、贖罪を続け、十字架を背負い続ける。

 

何かとやり玉に挙がり、少年法の廃止や少年犯罪の厳罰化が叫ばれて久しい中、「こういう元非行少年もおるんやない?」ってな問いかけがある。

 

元非行少年自身も苦しみ続けている。

 

そんな自分を救いたくて「善行」を続ける。

 

そういう非行少年は、認めてあげてもいいんやない?ってな感じです。

 

全くもって首肯できないものの、「そう思う人もおるよね。実社会でそんな主張されたらイラっとするけど、小説やし面白いからOK」といったところです。

 

一方で、時折、この少年法適用事例と一般の刑法適用事例を混同する糞もいますが、自分には皆目理解できません。

 

「犯罪加害者が更生する可能性を克明に描き出してみせる」などと言い切る解説の香山二三郎とか香山二三郎とか香山二三郎とか。

 

本物語においては、単なる犯罪加害者ではなく、元非行少年であることに大きな意味がある。

 

少年法が適用された非行少年と、成人である犯罪加害者は似て非なるもの。

 

いや、似てもない。

 

少年院は矯正施設であって、罰を目的とした刑務所とはその性格が異なる。

 

刑務所における矯正は、あくまでも副産物、副次的なものであり、主目的たりえない。

 

矯正施設である少年院を経たからこそ、矯正プログラムを受けたからこそ、御子柴の「更生した元非行少年」という背景が際立つ。

 

長くなるので割愛しますが、「犯罪加害者」と一括りにするのは、洗脳に成功した事例と、自発的に更生したように見える事例とを並列に語るようなもの。

 

答えは一緒でも「7×8」と「8×7」とでは異なるのと同じように、前提・過程が異なれば自ずと意味も異なる。

 

実生活ならまだしも、過程を楽しむ小説ならこの違いは意識すべきでしょうよ。

 

香山二三郎への評価は地に落ちました。

 

なぜこの人の解説を付けたのか。。

 

解説まで含めた一冊としての読後感は少々微妙になりました。

 

「さよならドビュッシー」のイメージを裏切らない音楽パートもあって、折角面白かったのに。

 

解説者は、きちんと選びましょう。

 

最後にもう一言だけ。

 

これ、死体遺棄容疑で逮捕、起訴できるよね?

 

贖罪の奏鳴曲 (講談社文庫)
中山 七里
講談社
2013-11-15

 


作家・作品名で検索

Amazon
ブログランキング
人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ
にほんブログ村
livedoor プロフィール
  • ライブドアブログ