2013年08月

2013年08月29日

平成26年に迎える市制施行60周年を祝うとともに、未来につながる契機の年とするため、平成26年度に市制60周年記念事業を行います。天理市の魅力を発信するものとして、また開催される記念事業に親しみを持ってもらえるよう、シンボルとなるロゴマークとキャッチフレーズを募集します。

◆テーマ
60年は人で例えると還暦にあたり、新たな門出を意味する大きな節目の年となります。市制60周年を記念して、これまでの天理市を振り返り、先人が築き上げた文化や歴史を再発見するとともに、市民と行政が力を合わせて新たな一歩を踏み出すための未来へつながる活気のある年にするため、天理に対する愛着を深める、魅力を発信するものとします。

(コンセプト)

「天理のいいとこ再発見!!Rediscovery」

・先人が築き上げた文化や歴史を再発見  ・美味しい特産品を再発見

・人とのつながりを再発見        ・未来へつなげよう再発見


◆募集内容

【ロゴマーク】

テーマに沿ったもので、市制60周年であることを印象づけるデザイン

【キャッチフレーズ】

テーマに沿ったもので、20字以内で天理市への願いや思い、イメージなどを表現するもの

◆募集期間

平成25年9月2日(月)から平成25年10月15日(火)まで(必着)

◆賞品

最優秀賞 各1点  最優秀賞には、それぞれ賞状と記念品を贈呈します 。

.◆応募方法

応募用紙に記入して、郵送、メールまたは直接、市企画政策課へ応募してください。詳しくは募集要項に記載していますので、必ず内容をご確認のうえご応募ください。

募集要項 PDF

応募用紙 Word

◆問い合わせ

天理市企画政策課

〒632-8555 天理市川原城町605番地

電話:0743-63-1001  Fax:0743-62-5016
Email:60th@city.tenri.nara.jp


市本貴志ichi2429 at 22:51│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月28日

映画監督・脚本家。素敵な心友であり、奈良ご出身の安田真奈さん。

この程、3年間、取材を重ねて書かれたオリジナル脚本、
そして監督をつとめられた作品 『幸福(しあわせ)のスイッチ』 が
9月24日(火)21時~ NHK BSプレミアムにて放映されます。
上野樹里さん×沢田研二さんご出演の電器屋親子物語です。

是非、ご覧いただけたらと思います。
よろしくです(^^)/
http://www.nhk.or.jp/bs/t_cinema/calendar.html


市本貴志ichi2429 at 01:15│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月18日

年をとっても、病気をしても、安心してこの街で暮らしていく事が出来る。
そのためには、財源の議論から逃げることなく、困難な課題を先送りすることなく、
今こそ一歩前へ、勇気を持って進めていかなければなりません。
議員が、議員であり続けたい、その事だけを考えるのであれば、破たんするかも知れない
事に目をつむって、旧の議会がやってきたようにすればいいのかもしれません。
議員であり続ける事を、政治の目的にするのであれば、無駄使いをなくしたらなんとかなる、
人を減らせばなんとかなる、景気が良くなればなんとかなる、そう云い募ったらいいのかもしれません。
しかし、政治の役割、政治家の果たすべき役割は、政治家の仕事とは自分達が政治家であり
続ける事、自分達が当選し続ける事ではないはず。
5年先、10年先、100年先、地域のために、日本のために、世界のために何が出来るのか、
みんなが一緒に考えていかなければならない。そのように考えます。
しかし、大きな流れを作るのは、一般職の公務員ではできない。
そこは、政治が後押しをしなければできません。
その事を日々、考えていかなければならないと思っています。
「あなたの思いを政策に変える」その事にトコトン努力します。
それは、
政治のアウトプット、商品は政策であると思っているからです。
今までは、国から県に、県から市町村へ降りてくる案件を処理していれば、
首長はそれで良かったのかもしれない。
旧態の行政運営に慣れてしまっている首長は、世間に目をやり、勉強をしないので、
行政運営をいかにしていけばいいのか分からないのが現状のようです。
首長が、自分の意見が通らないと言って議会批判し、議会が要らないような発言をする民主主義は、
世界中どこを探してもありません。
また、議会(議員各人)もしっかりと勉強をして、政策提言を成していくべきで、
それが、民意に応える議員の仕事と存じます。 

最近、自治体も企業同様に「地域経営」「自治体経営」とよく言われています。
「人は石垣、人は城」とは、
武田信玄の言葉です。至言といってよい言葉ですが、現代の経営も基本は変わらない。
『人を大事にする会社は長く発展し、人を消耗する会社は短命に終わる。』

『貞観政要』には
「君は舟なり、人は水なり。水はよく舟を載せ、またよく舟を覆す」という古人の言葉が引かれています。
「昔の帝王の治世を調べてみると、初めは日の出の勢いにあった者でも、朝のあとに日暮れがくるように、きまって衰亡の道をたどっている。それはほかでもない、臣下に耳や目をふさがれて、政治の実態を知ることができなくなるからである。忠臣が口を閉ざし、へつらい者が幅をきかせ、しかも君主はみずからの過ちに気づかない。これが滅亡に至る原因である」
 耳に逆らう言葉によく耳を傾け、人を大事にする姿勢があってこそ、繁栄につながるのであろう。
と記されています。

あす、あさっては、
環境省観光庁(国土交通省内)、富士通総研
にて学んできます。

日々感謝、日々精進。  


市本貴志ichi2429 at 16:08│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月13日

本日は、
朝から天理大学おやさと研究所に訪問させて頂きました。
街に大学があるのは、ひとつの強みだと思っていますし、協働をしていくべきだと強く思っており、
この思いは、学長先生と共通の認識です。
天理大学 004天理大学 005
この度は、ある方のお取り計らいにより、大学が休みにもかかわらず、
佐藤孝則 教授天理市環境審議会の会長、NPO法人[環境市民ネットワーク天理]の理事長)と、
お会いさせて頂きました。
日本環境教育学会での発表など、
■山田町「虫送り」 ■福住「氷室」 ■山の辺の道 ■布留の高橋
■環境教育 ■自然学習 ■地域学習(郷土・慣習) ■道徳・心の学習
■エコ ツーリズム ■スポーツ ツーリズム
■ごみ問題  等々。
環境をテーマに色々なお話しをお聞かせいただきご教示を賜りました。
また、
「環境」「天理市政60周年」
この2つのテーマについて、素晴らしいヒントをいただきました!
気がつけば、3時間以上 話し込んでいまいました(^^;;
佐藤先生、貴重なお時間ありがとうございました。

「布留の高橋」と「高橋さん」
日本で3番目に多い「高橋」という姓。(1番:佐藤さん、2番:鈴木さん)
天理市布留町にある「布留の高橋」は、「高橋」苗字の由来と言われています。
そのことを、2009年 日本テレビ:アナタの名字SHOW〔9月17日(木)21:00~22:48〕で取材班が訪れ「布留の高橋」がテレビ放映されています。
万葉集の歌にも詠まれており、684年に天武天皇が定めた氏姓制度によって「高橋」と名づけられたことが高橋姓のルーツのようで、すぐ近くにある石上神宮は、物部氏ゆかりの神社ですが、「高橋」姓は物部氏の流れで、大和国添上郡高橋邑(むら)という地名から名付けられているようです。
高橋の由来となった高橋村は現在は残っていませんが、有栖川に架かる「布留の高橋」が現存しています。

来年度の市政60周年に向け、「布留の高橋」周辺でのイベントを思案中です。
全国の「高橋さん」全員集合!
な~んて事を出来たら楽しいだろうなぁー(^^;;



市本貴志ichi2429 at 23:30│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月09日

「なぜだ」鬼気迫る市長 (2013年8月9日 東京新聞夕刊)
 
 首相の目の前で、痛烈な政府批判を展開した。
九日の長崎市の平和祈念式典で田上市長は、「核兵器の非人道性に関する共同声明」への不賛同やインドとの原子力協定を挙げ、国への疑念を表明。

■納得できない
 四月二十四日、スイス・ジュネーブ。国連欧州本部の応接スペースで田上市長は天野万利(まり)・軍縮会議政府代表部大使に詰め寄った。この日、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会は共同声明を七十カ国超の賛同で採択したが、日本は賛同せず。田上市長と松井一実(かずみ)・広島市長を前に、大使はこう釈明した。
「『いかなる状況下でも核兵器を使用してはならない』という部分が、日本の安全保障政策と合致しない。全ての賛同国に理解を得るには時間切れだった」

「それは違う。いかなる状況でも核兵器を使用しないことが人類の利益であることは、被爆地としては当然だ。説明は納得できない」。即座に切り返した田上市長は、その後も三十分以上、政府の姿勢を問いただす。同席した市幹部は、普段は冷静でにこやかな市長の鬼気迫る表情に驚いた。

■一致した思い
 政府に真意を聞くため上京したが、徒労に終わった。長崎平和宣言の起草委員を長年務め、長崎の平和運動の理論的支柱でもある土山(つちやま)秀夫・元長崎大学長(88)は「外務省に『考え方の違いだ』と言われ、冷たくあしらわれたと感じたのだろう」と語る。

平和宣言で「原点に返れ」と繰り返した田上市長。「被爆地は政府とともに行動したい。核兵器のない世界の模索こそ、被爆国が取るべきリーダーシップ。主体性を持ってほしい」との思いを込めた。土山氏は「これほど強いトーンで政府に注文を付けた宣言は初めて。被爆者と市長の思いが一致した結果だ」と強調した。



 68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
 このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

 日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。 
 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。
 NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。 
 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。
  非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。

 核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
 2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
 しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

 核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
 若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。 
 あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。 
 地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。
 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。
 先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

2013年(平成25年)8月9日
長崎市長 田上 富久 


ある言葉が心に突き刺さり、毎年『平和宣言』の全文をブログに掲載させて頂いています。
2011年3月11日。東日本大震災があった年、
2011年8月9日、長崎市長 田上 富久(市長)さんの長崎平和宣言の言葉(一部)が、
胸に来るものがありました。
【抜粋】
「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、
どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。 
自然への畏れを忘れていなかったか、
人間の制御力を過信していなかったか、
未来への責任から目をそらしていなかったか……、
私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、
根底から議論をし、選択をする時がきています。

世界恒久平和の実現を心より願います。 市本貴志


市本貴志ichi2429 at 23:30│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月06日

広島は6日、米国による原爆投下から68回目の原爆の日を迎えました。
広島市中区の平和記念公園で平和記念式典が開かれ、早朝から多くの人が訪れ、午前8時からの平和記念式典には、被爆者や遺族ら約5万人が参列された。
海外からも過去3番目に多い70カ国の代表が参列し、そのうち核保有5大国の米英仏の代表は4年連続の参列だった。

平和宣言


「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」

幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」

被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。

 

平成25年(2013年)8月6日

広島市長 松井 一實

 

ある言葉が心に突き刺さり、毎年『平和宣言』の全文をブログに掲載させて頂いています。
2011年3月11日。東日本大震災があった年、
2011年8月9日、長崎市長 田上 富久(市長)さんの長崎平和宣言の言葉(一部)が、
胸に来るものがありました。
【抜粋】
「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、
どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。 
自然への畏れを忘れていなかったか、
人間の制御力を過信していなかったか、
未来への責任から目をそらしていなかったか……、
私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、
根底から議論をし、選択をする時がきています。

世界恒久平和の実現を心より願います。 市本貴志


市本貴志ichi2429 at 23:37│コメント(0)トラックバック(0)

2013年08月04日

昨日から、我が家の元気っ子である小4の娘が、
「おじばがえりのお泊まり」に行かせていただきました。
小学校の仲良しのみんなでお泊まり。
20130805 おじばがえり 003
今年も鮮京文教会にて中田善亮 先生をはじめ多くの方々のお世話になりました。
ありがとうございます。

また、
本日付けの「天理時報」の一面に、
先日、御本部前にて『鼓笛お供演奏』に参加した時の
踊っている姿も掲載されており、家族一同。。。感激デス!
もえみ2013 おじばがえり
もえみ2013 おじばがえり2


市本貴志ichi2429 at 23:18│コメント(0)トラックバック(0)