いち絵 にっき

果てしなく人の顔を描き続ける「はるか」と畑の野菜作りに元気な「ち絵さん」のありふれた日常の一コマを切り取った一期一‟絵‟日記

2016年10月

暑がりの寒がり

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ずいぶん寒くなった。

いつもゴミ集積場をきれいに掃除してくれる奥さん。

ご主人はビル管理会社に勤めている。

ち絵さんはそのご夫婦とよく会話している(私には無い特権)。

今朝ゴミ出しに行ったち絵さんが奥さんと出会った。

半そでポロシャツ姿だったそうだ。

「もうこたつを出しましたか」と訊かれたので、「まだ出していない」と答えると、奥さんはびっくりされたとのこと。

しかし、暑い寒いを感じるのは実に個人差がある。

ポロシャツ姿でこたつに入っている人もいれば、ズングリムックリの厚着をしていながらこたつは要らないという人もいる。

私なんぞは真冬でも火鉢にヤカンがかけてあって、湯気がたち昇っているぐらいがちょうどいい。
(そんなレトロな風景は今は見られないが)

わが家では、こたつはまだ出していないけれど、石油ストーブは既に使っている。

夜になると、ち絵さんは石油ストーブで背中を温めている。

私がそんな状態に置かれたら、すぐにカチカチ山のタヌキのように、背中が燃え上がって焼死してしまう。

とは言え、寒がりな面もある。

手足の冷えが応える(歳相応と言うべき)。

要するに、暑がりの寒がりなのだ。

郷里の柿を食べる

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  〈我に山あり〉

宅配便で柿が届いた。

私とち絵さんの故郷である山形県の庄内地方で採れる「庄内柿」。

送ってくれた義兄にち絵さんが電話を入れた。

すぐに義兄が出たので、お礼を言い、近況を尋ねた。

「元気?」

ところが義兄のレスポンスが鈍い。

膝だの腰だのが痛くて、外出もままならぬとのこと。

「車は乗れんども(乗れるけど)」

夫婦そろってそんな状態だそうで、孫たちを預かって”家庭保育”をやっていた頃とだいぶ様子が違ったようだ。

ち絵さん、電話を終えてから

「80にもなると、みんな同じだね」

と感嘆しきり。

早速いただいた庄内柿はとても美味しい。

これまであちこちから甘柿を頂いたが、味はまるで違う。

甘く柔らかく、ジューシィだ(しかも種無し)。

二人とも郷里の柿の期待通りの味に大満足。

ち絵さん曰く。

「味に深みがあるのよ」


いよいよ日増しに寒さが増す季節になった。

今年も庄内柿を味わえたことの幸せを思った。

秋の七草暗記術

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秋の七草を覚えることができた。
(すぐ忘れるから、時々思い出して、間違いなく言えるようになったら、本当に覚えたと言えるのだけれども)

次のとおり。
「オミナエシ オバナ キキョウ ナデシコ フジバカマ クズ ハギ これぞ秋の七草」

それぞれの頭文字を拾うと
〈オオキナ フクハ〉
となる。

ははん、『大きな 服は』か、と思ったね。

最後の"は"は"wa"ではないことを認識していればいい。

ち絵さんに披露した。

ちょっとつっかえたが、七つの名前を言い終わると、ち絵さん目を丸くして
「その覚えかた、自分で発明したの?」

"発明"と言われると恐縮してしまうが、まあその一種でしょうね。
「こういう覚え方は誰でもやってるでしょ」

でもち絵さんにとっては新鮮な驚きだったようだ。

受験勉強でいろいろ覚えたっけ。

・フランス革命→1789年:ひとりななやく(一人七役)ナポレオン
・コロンブスのアメリカ大陸発見→1492年:ひとよあくればくにがみえ(一夜明くれば国が見え)

ちょっとずれてるかな。
でも似たようなものだ。

ち絵さんには新発明の七草の暗記術だけにして、歴史の暗記術のことは話さなかった。

自慢してもしょうがない。

自分が知っているのは、"その年"だけで、歴史はまるっきり知らないのだから。

閃きは正しからず

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私の部屋の窓際に花器が置いてあった。

何本かの花が差してある。

ち絵さんが持ってきてくれたもののようだ。

──何という花だろう

私は花に近づいて眺めた。

線香花火が弾けたように小さい花が塊を作っている。

一瞬、私の頭の中に一つの言葉が浮かんだ。

「コデマリ」

私はコデマリという花を知ってはいない。

しかし、その言葉がまるでマッチを擦ったように、パッと飛び出してきたのだから、ひょっとして当たっているかも知れない。

夕飯のテーブルで、ち絵さんに尋ねてみた。

「あれはフジバカマ。秋の七草よ」

──残念!

神様から啓示を受けたように、閃いたんだけど。

秋の七草であるとすると、他のは何だったろう。

「春の七草はちゃんと覚えてるけど、秋の七草は難しくて覚えられないね」

私はそらんじていた春の七草を挙げてみた。

「セリ ナズナ ゴギョウ ハコベラ ホトケノザ スズナ スズシロ これぞ春の七草」

するとち絵さん、食事の席を立って、近くの引き出しからハンカチを取り出した。

春と秋の七草が絵入りでプリントしてあった。

フジバカマ以外の秋の七草が判明した。

しかし、これを覚えようとすれば、順序はどうなるのだろう。

そこからはもうネットの領域。

食事の後で検索開始。

ウイキペディアに載っていた。

「オミナエシ(女郎花) オバナ(尾花:ススキ) キキョウ(桔梗) ナデシコ(撫子:カワラナデシコ) フジバカマ(藤袴) クズ(葛) ハギ(萩)」

この順序で間違いないだろう。

春の七草のように‟お経のように”はいかないようで、覚えにくい。

でも自分なりにリズムを付けて、何度も唱えていれば、いつかは覚えられるだろう。

「・・・♪・・・ これぞ秋の七草」ってな具合にね。 

秋は寒いけど暑くなる

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気温が25度以上の夏日になると予想された日の朝。

ひんやりとしている。

「涼しいじゃあない。暑くなるなんて思えないね」

私が言うや否や、ち絵さん、急に大きな声とどんぐり目玉で

「だからあ!」

ワカラナイ人だね、という表情。

「今は秋だから朝は涼しいのが当然でしょ、これから暑くなるんですよ」

──そうなんですか

今日はち絵さん、茶道の研究会がある。

和装で出かける予定で、暑くなるのを心配していた。

夕方のTVニュースでは、埼玉のこの地は26℃c、東京は25℃だった。

確かに気温は上昇したが、さほど暑いとは感じられなかった。

そろそろ夏物を仕舞って、冬物を出しておかなければならないな。

もうすぐ紅葉の便りが聞かれる頃だ。

秋の夏日

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どうしたことかと思うほど寒い。

我慢できなくなってセーターを引っ張り出し、その上にチョッキを着た。

明日は25度以上の夏日になるとのこと。

そして、明後日以降はすっかり秋の気候に戻る。

体調維持に気を付けなければ。

食われても食われても

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「虫に食べられて全滅だぁ!」

ち絵さんが嘆くホウレンソウ。

それでも何とか収穫した。

殆ど芯(茎?)だけだが、食べられそうなところを丁寧に選んで茹でた。

ち絵さんが食用菊を茹で、ホウレンソウと和えて辛子醤油で夕食の1皿となった。

「もう一回収穫してお終い」
だそうだ。

一方ナス。

今年はナスが上出来で、これまでにたくさん食べたが、ナスももうお終いとのこと。

皮の一部が褐色になったものがボールにどっさり。

さて、このナスはどう調理しようか。

皮が固いので、思い切ってすっかり皮を取ったほうがいい。

ナスは焼いて生姜醤油で食べるのが美味しい。

ゴミ出しルール違反

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どこの自治体でもそうだと思うが、家庭から出るゴミや廃品は処理方法が定められている。

街中のあちこちにある集積場所に出せるゴミは、その種類と出せる曜日が決まっている。

粗大ゴミに分類されるものは決してその集積場所に出してはならず、個人で自治体が管理する焼却場に持ち込むか、引き取りを依頼しなければならない。

消火器や産業廃棄物など、焼却場でも引き取りを拒否するものもあり、そういったものの処理は面倒だ。

私がここで書きたいと思ったのは、特殊なケースのことではなく、家庭ゴミの出し方のこと。

可燃ゴミ(生ゴミを含む)を出す日のこと。

ある日、可燃ゴミを出しに行ったち絵さんが帰ってきて
「大きな段ボールがボーンと捨ててあるのよ。畳みもしないで」

段ボールは「古紙・古着」に属し、可燃ではあっても可燃ゴミの日に出してはならない。畳んで紐で縛り、古紙の時に出す。

出す曜日を間違えたり、出し方が違ったりすると「ルール違反」というラベルを張られ、回収されない。

ゴミ取集カレンダーが出来ていて、各家庭に配布されるから、それに従えばいいのだが、

「また出てたのよ!」
とち絵さんが嘆く事態が最近続いている。

私はルールを無視したゴミ出しをするのは、この地に引っ越してきた外国籍の人ではないかと思っている。
(決して差別意識はもっていないけど)

要するに、ゴミ出しのルールがあることを知らない、あるいは教えてもらっていないのではないのだろうか。

カレンダーは役所かその出先機関に行けばもらえるのに。

もう一つ、問題がある。
(問題と言っていいかどうか分からないが)

集積場所はそこを利用する家庭が順番に掃除することになっている。

ところが、わが家に当てられた集積場所をきれいに掃除してくれる人がいるので、わが家を含むグループにはその当番制がないのだ。

カラスに食い荒らされた生ゴミ、通りすがりの人がポイと捨てて行ったと思われる曜日違いのゴミ、大量の庭木を出したあとに残った葉っぱなど、その人がきれいに掃除してくれるのだ。

私はち絵さんに尋ねる。
「大きな段ボールを潰さないで出されたのは、どうなってるの」

親切な人が畳んで、古紙の日にルール違反の張り紙を剥がしておいてくれるのだろうか。

ち絵さんはそこまでは知らないとのこと。

親切が、ルール違反を長引かせることになっていなければいいのだが。

何をしたらいいのか判らない呼びかけ

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私が住む町では、午後の4時に有線放送でメッセージが流れる。

こんな具合。

「こちらは 防災〇〇です 子どもたちや お年寄りを 事故や 犯罪から守り 地域の皆さんで 夢のある町を 作りましょう」

電柱よりも高い支柱のてっぺんに取り付けられた4つのスピーカーから、大音量で四方に流れるから、こだまが返ってくる。
 
だから、ひとことが2度ずつ繰り返されるように耳に入る。

(こだまを意識して「  」で記したように、細切れにしゃべっている) 

私はこのメッセージが嫌いだ。

市民は具体的に何をすればいいのか判らない。

1年か2年ごとにメッセージの内容が変わるが、前回のはそれがはっきりしていた。

呼びかけの目的が
「安心 安全な町を 作りましょう」で、「夢のある町を作りましょう」より判りやすいし、そのために何をすればいいのかというと、

「地域の皆さんで 子どもたちを見守り(安心 安全・・・に続く)」なさいと言っていた。

メッセージはちょうど子どもたちの下校時に流れるから、「子どもたちに目を向ける」ことで、少なくとも(不審者などによる)危険な事態が起きるのを防ぐことができる(可能性として)。

言ってることが立派だが、当たり障りのないメッセージはやめた方がいい。

更に私が嫌いなのは、
アナウンスする女性の声が“軽やかでない”ので、何となく重く響く。

これは余計なことだが。

動かずに待て

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先日のYui とReiji の通う保育所の運動会。

これ以上の運動会日和は無いと言えるほどの快晴。

私とち絵さんは早めに出かけて席を確保した。

最初は“優待席”に座っていたのだが、前に保護者が立ち、園児たちが見えなくなったので場所を変えた。

見通しが良くなった。

そこはやがて日が当たるようになった。

プログラムは盛りだくさん。

孫二人の出番になると、私は持参したコンパクトカメラでたくさん写真を撮った。

しばらくして、携帯用の低いイスに長時間座っていたためか、日に長く当たったためか、何となく体調が悪くなった。

自分でも「こんなはずじゃあなかった」と思ったのだが、お昼前に引き上げることにした。

ち絵さんは最後まで二人を応援。

Yui に「見に来てね!」と言われてたので、見に行けたのは良かったのだが、最後までいられなくてちょっと残念だった。

撮った写真はプリントして、ち絵さんにK宅に届けてもらった。

Yui とReiji は楽しかった運動会の余韻がまだ残っているようで、自分たちのプログラムで身に着けた飾りを、もう一度作って遊びたいらしい。

ち絵さんが
「赤い布と両面テープが必要ね」
と言っている。

そのうち「おじいちゃんに作ってもらってね」の注文が舞い込むだろう。

言い訳

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久しぶりに会った友人から良く尋ねられる。

「銅版画の制作、続けていますか」

あるいは
「個展の準備をしていますか」

そんな質問に、最近、私は次のように答えている。

「いま、一休みしているんですよ」

事実、昨年のグループ展で作品を発表してから、かなりブランクが続いている。

それが長いと、感覚がマヒしたようになって、クリエイティブな仕事ができなくなる可能性があるから、一休みするにしても、あまり長くないほうが良い。

銅版画は油絵などと違って、仕事の始めと終わりに時間が掛かる。

極端な話だが、油絵は絵の具の付いたパレットや筆をそのままにしておいても、少しの間なら休むことが出来る。

油絵の具の乾燥は比較的遅いから。

しかし、銅版画はそれが難しい。

作業を中断するとき、版はきれいにインクを拭き取っておかなければならない。銅版画のインクの乾燥はやや早いから、版にインクが残って乾いてしまったら、大変なことになる。

作業を始めるときは何回刷るか予測し、用意した紙を一定時間水に浸しておく。

だから、銅版画は“腰を上げるのに力が要る”・・・と言いたいのだが、

しかしまあ、そんな判りきったことを言い訳にするのはやめよう。

誰かに言われそうだ。
「何が何でもこれを創って見せる!っていう、心に燃えるものが無くなってるんじゃあないの」

──はあ、そうかもしれません

和菓子の老舗が消えた

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和菓子の老舗、梅〇堂。

「今日、あそこを通ったらね、更地になってたのよ」

えぇ! まさか。誰かを訪ねるときなど手土産を買いによく行ったところだったのだが。
潰れちゃったのか。

そう言えば、客の入りはあまり良くなかった。

「ほら、あそこのマツモト〇ヨシも、外装はそのままだけど、中は無人になってる」

え、え! スーパーの近くのあのドラッグストアも。

「駐車場にはロープが張られていて入れなくなってるわよ」

驚いた。

似たようなドラッグストアがあちこちにできて、過当競争が激しくなったのか。

よっぽど利益が上がらないと立ち行かなくなったのだろう。

コンビニの“栄枯盛衰”は良く目にするが、老舗と言われるところまでその波をかぶるようになったとは。

わが家の近くのコンビニは、幸いなことに狭い駐車場だけど車の出入りがあって、客の入りは良いから、当分大丈夫だと思う。

駅が近いことも影響してるようだ。

コンビニが閉店して、塾やセレモニー会場になっていたりするのは、しょうがないのだろうけれども、見た目“ちぐはぐ感”は拭えないな。

料理は量を考えて作ろう

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いつかある日

シチューを作った。

たくさんできたが、ち絵さんは

「そんなに作ってどうすんのよ」

とは言わなかった。

翌日、鍋が空になった。

ち絵さんがK宅に届けたのだ。

また別のある日

マカロニサラダを作った。

いつものようにたくさんできてしまったが

その日のうちに半分になった。

これまたち絵さんがK宅に差し入れしたのだ。

帰ってきたち絵さんが報告する。

「K子が『美味しい』って食べてたわよ」

更に
K子からLINEでメールが入った。

「Reiji がパクパク食べて、お代わりしました」

どっさり作ってもすぐ捌けるものはいいのだが、なかなか減らないものもある。

それは
私には好物だが、家族にとってはあまり好きではないもの。

見るからに美味しくなさそうなもの。

辛(塩)すぎてご飯のおかずにならないもの。

自分流の味付けが成功しなかったときは、責任を取らなければならない。

LINEで訊いてみて

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LINEを始めたら、ち絵さんが私にLINEでメールを送ることを促す。

「K子に○○をどうするか訊いてみて」
「△△を注文するかどうか、K子に訊いてちょうだい」
などなど。

それはいいんだが、注文が手旗信号付きなのだ。

両腕を真上に挙げてから、サッと左水平に。

──何やってんだ

LINEはメールや画像の送信だけでなく通話も無料というから、ち絵さんが私にLINEを使うよう勧めるわけなのだが、
幾ら使ってもタダというのは、どういう仕組みなのかと思う。

それはそうと、面白いのはLINEの発音だが、英語読みにすれば「ラ」にアクセントがあるが、「イ」にアクセントを
置く読み方なのだ。

なんでそうなったのかはしらないが、そう読めば「無料通信アプリ」のことだと分かるということなのだろう。

サンマとリンゴ

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サンマが1尾100円を切ると、いよいよ本格的な秋だなと感じる。

ち絵さんがスーパーでサンマを買ってきた。

月半ばのセールでもあったらしい。

リンゴが1個100円以下のものがあると、つい買ってしまう。

ち絵さんがリンゴを買った。

サンマ3尾とリンゴ2個。

サンマは今夜の夕食にした。

リンゴは明日、サラダを作ることにしよう。

「感動をありがとう」だった運動会

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雲ひとつ無い晴天。

今日はYui とReiji が通う保育所の運動会。

ち絵さんと私は、早くから出かけ、持参のイスに座って、子どもたちが元気に走り回るのを見ていた。

かけっこや親子一緒の遊戯を見ていると、子どもたちは一人ひとりが実に個性的だ。

まだ1歳や2歳の子は、物おじして泣いてばかりいる子が多かった。

年長組にもなると、ゲームをとても楽しんでいる。

驚いたのは「竹登り」。

跳び箱を越え、鉄棒で逆上がりをしてから、竹の棒をよじ登る。

それがとても上手で、あっという間に高いところまで登り、鈴を鳴らして降りてくる。

でも、なかなかできない子がいて、ハラハラ見ていたのだが、棒を支えている保育士はなかなか手を貸さない。

するとあちこちから「ガンバレ! ガンバレ!」の声援が湧き起こった。

とうとう上まで上り詰めて鈴を鳴らすと、割れるような拍手。

年長組のクラス全員が登り切った。

感動をもらった運動会だった。

独りでもゆっくりできない人

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「今夜は帰りが遅くなると思うから、夕飯は先に食べててください」

ち絵さんがそう言い置いて出かけて行った。

こんなときはのんびりゆっくり食べようと思い、夕食の準備をしていると、

いつもの時間に帰ってきた。

──残念

なんて思いません。

独りのときは、ゆっくり食べようと思いながらも、実際はなぜか、せっせかして食べ終わってしまう。

──どうしてなのだろう

自分はどうやら、心底ゆっくりできない性分のようだし、そういう自分が嫌でもあるから。


二人の食事は、

いつもどおりの話題で、

いつもどおりの時間に食べ終わった。


昨日は寒かったので、今朝は厚手のシャツを着た。

じっとしていればちょうどいいのだが、体を動かすと暑く感じる。

明日は晴天になるだろう。


秋もいよいよ深まってきた。

終の棲家を建てた人の話

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ち絵さんが私に見せたい記事が載った雑誌を探している。

ようやく見つかって、その記事を私に差し出した。

フリーアナウンサーという仕事をしていた女性が親を亡くしてから、どのように生きようかと考えた結果、終の棲家を建てたという話。

その女性は70歳で独身。

長野県の自然豊かなある村に18坪の平屋を建て、“垣根の無い”暮らしを始めた。

家の間取りも紹介されていたが、ロフトはあるもののほぼワンルーム。

一階にはドアが3つしかない。
玄関、浴室・トイレ、そして食品庫(食料品店が遠いため)。

開放感にあふれていて、近隣の人たちとの交流があり、都会で暮らした時の孤独感はない。

それが何より心を豊かにしてくれる。

確かにうらやましく思えるところもあるが、自分に合った暮らしだろうかと思うと、必ずしもそうだと言えない。

何と言ったら良いのだろう。

ちょっと狭量な見方かも知れないが、やはり独身の人の考えかなと感じる。

周りを見渡すと、どの家庭を取り上げてみても、それぞれが複雑な問題を抱えている。
千差万別と言っていい。

先のことを考えれば真っ暗闇だが、それを少しも感じさせずに明るく過ごしている家庭もあれば、

それこそ崖っぷちをよろよろしながら、今にも転げ落ちそうな状態を、家族同士で何とか支え合い、辛うじて崩れずに生きている家庭もある。

ほとんどの家庭があからさまに人に言えぬ事情があるけれども、今日、いま起こっていることを解決させることに腐心しているのではないかと、私は思っている。

だから、自然豊かな村に一人住まいの家を建てた人の話は、
うらやましいとは思うけれども、自分が願い求めるものではないように思う。

(願って叶うかどうかは別にして)

コスモスはなぜコスモス(宇宙)なのか

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「コスモス要る?」

ち絵さんが訊くので、要ると答えた。

やがて私の部屋の窓際に、手桶の形をした木製の花器が置かれて、その中にピンクのコスモスが差してあった。

しかし、ち絵さんの畑にコスモスは咲いていないはずだ。

私はベランダに出て畑を確認した。
間違いない。

でも、ち絵さんの畑に地続きのAさんの畑の一ヵ所に、ピンクのコスモスが咲いていた。

私はち絵さんに尋ねた。
「あのコスモスは誰にもらったの」

ち絵さんは妙にニコニコした顔で教えてくれた。
「Tさん(の奥さん)に頂戴ってお願いして、Aさんの畑から切ってきたの」

──やっぱりそうだったか

Aさんとは“畑の教授”。

TさんはAさんの娘。

だからTさんはAさんの畑に口出しできる。

Aさんの畑は雑草がはびこっているが、除草剤が撒かれて、次第に枯れてきている。

コスモスは枯れた雑草から身を隠すように咲いていた。

私はふと思った。
「コスモスはなぜコスモス(宇宙)という名が付いたのだろう」

ウイキペディアには語源について書かれてあったが、なぜこの名が付いたかには触れていなかった。

畑がおかしい

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超が付くほど几帳面な畑作りをするAkさん。

そのAkさんの畑がどうもおかしい。

全体の1/3ほどに雑草が生えている。

今までは何も植えないところでも、雑草が1本たりとも生えることは無かった。

私はち絵さんに話してみた。

「何だかおかしいよ。雑草が生えてきてもほっとくなんて、何かあったんじゃあないかな」

ところがち絵さんは全く気に留めない。

「そりゃあ、手を抜くことだってあるでしょ。そのうち、何か植えるわよ」

それからしばらく過ぎて、雑草はどんどん大きくなってきた。

作物が植えてあるところは、きれいで且つ整然としているのに、明らかにそこだけ荒地になっている。

間もなく理由が判明した。

荒地に看板が立った。

「売地って書いてあるよ! Akさん、あそこ売っちゃったんだね。見てごらん、ほら!」

ち絵さんが興奮した様子で、勝手口のドアを開けた。

雑草が伸びたエリアの道路側に見えたのは、真新しい看板だった。

看板は道路側を向いているから、こちらからは見えるのは裏側だ。

「体力の限界を感じて、少し手放したのかしら」

ち絵さんは自分に当てはめて解釈しようとしているようだ。

私は、金銭的な問題が生じて、手放さざるを得なかったのではないかと思った。


Akさんの畑の一部が売りに出されたことは、最近の重大ニュースだった。

「初めての料理は失敗する」は本当か

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〈朝食編〉

休日ではあるが、私が起床するのはいつもと変りない。

「毎日が日曜日」なのだから。

朝食の準備をする。

お湯を沸かし、テーブルに食器を並べ、冷蔵庫から“今朝食べたいもの”を出す。

野菜類が足りなければ補充する。

あらかた整ったころ、ち絵さんが起きてきた。

「おはようございます」

旅館の女将がお客を迎えるような格好で、指先まできちんと揃えている。

私は準備の手を休めずそれに応えた・・・つもりだったが、

近づいてきて、私の顔を覗き込むようにして

「おはようございます!!」
大きな声だった。

私はあわてて、
「ちゃんと言ったよ!! あ、はい、おはようございます」

いつも起こることがまたしても起こっただけのこと。お互い気にしない。それで終わり。


〈夕食編〉

先日の新聞の日曜版だったかに、鶏の胸肉を使った料理が出ていた。

何のことはない、よく読んでみれば唐揚げなのだが、漬けこむタレにミソがありそう。

さっそく切り抜いた。
(料理の名前は切り抜いて捨てた方にあったので、分からない)

調理は至って簡単。

それに美味しそうだった。

スーパーに行き、胸肉を買ってきた。

「今夜は“これ”を作るからね」

ち絵さんに新聞の切り抜きを見せると

パチパチパチパチ
盛大な拍手。そして、

「バッチ・グーだね」
称賛の言葉。


今日は体育の日。

一日どんよりとした空。

鶏の胸肉の唐揚げの出来具合は・・・

何となくはっきりしない。パンチが無い。

──レシピどおり作ったんだけどな
  もともと胸肉は脂がないから、さっぱり味になるだろうと思っていたけど
  これでいいんだろうな
  今度作ったときは、ちょっと辛めのドレッシングをかけてみようか

小松菜に付く黒い虫

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ち絵さんが困っている。

「小松菜が大きくなってきたのに、虫に食われて、穴ぼこだらけになってんのよ。
黒くてちっちゃい虫なんだけどね、見つけ次第指でブチブチ潰してんだけど、
葉っぱを揺らすとポロポロ下に落ちるのよ。
土の上に落ちたら、もう判んなくなっちゃうのよね」

精魂込めて育てている野菜が穴ぼこだらけにされてしまってはやりきれない。

ち絵さんは考えた。
「成虫はどんな格好してんだろう。育ててみようかしら」

小さい黒い虫を私は見たことが無いから、飼育してみるのは良いアイデアだと思った。
「虫かごがあるから育ててみたら」

しかしち絵さんは積極的に黒い虫の生態を観察しようという気持ちは無さそうだった。

で、私がネットで調べた。

小松菜につく黒い虫はアザミウマと判ったが、虫の写真がなかなか無い。

やっと探してアザミウマの記事と一緒に印刷して、ち絵さんに見せると、

「あ、これこれ、この虫よ」

アザミウマはスリップス(Thrips)という名でも知られており、成虫には次のような種類があるとのこと。
・ミナミキイロアザミウマ
・ミカンキイロアザミウマ
・ネギアザミウマ

ち絵さんが訊く。
「どれになるの」

黒虫の詳細は調べられなかったから、成虫との対比は判らない。

「飼ってみたら」
と促すと、ち絵さんは面倒くさそうに渋面を作って

「それより指でブチブチ潰すのが先だね」

あの歌を聴くことができる

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前に一度書いたことがあるのだが、もう一度。

頭の中で無意識に歌っていて、「あれ、何でこの歌を」と気づくことがある。

子どものころ、楽譜なしで歌詞ばかりが収まった小冊子があって、それをよく見ていた。

あの頃、歌声喫茶などで良く歌われていたのだろうか。

私自身は歌声喫茶などに行ったことが無いのに、なぜメロディを覚えているのだろう。

良く分からないが、歌えと言われれば出だしぐらい歌える歌のいくつか、

【しあわせの歌】
♪しあわせはおいらの願い  甘い思いや夢でなく・・・

労働歌といえるのかな。今はそんなカテゴリーは無いと思うが。

【若者よ】
♪若者よ体を鍛えておけ 美しい心がたくましい体に 支えられる日がいつかは来る・・・

ちょっと生真面目過ぎる歌詞だが、聞かせてやりたい人がいっぱいいる。

【仕事の歌】
♪悲しい歌嬉しい歌 たくさん聞いた中で 忘れられぬ一つの歌 それは仕事の歌・・・

ロシア民謡でメロディも歌詞も好きなのだが、2番がいけない。

♪イギリス人は利口だから 水や火などを使う ロシア人は歌を歌い 自ら慰める・・・

強い違和感があって嫌いだったにもかかわらず、なぜかよく覚えている。

【インターナショナル】
♪起て 飢えたる者よ 今ぞ日は近し 覚めよ我が同胞 暁は来ぬ・・・

これはしょっちゅう思い出すわけではない。
革命歌と言われている。

教員だった母がふと口ずさんだことがあった。


いずれにしろ、かなり古い歌でも、「あの歌をきちんと聴いてみたい」と思ったときに、調べてその歌を探し出すことができる。

“検索エンジン”と言われるものが充実してきたのだろう。

YouTubeでは実際に歌声を聴くこともできるから、楽しいけれど、反面怖ろしく思うこともある。

スマホの文字入力は苦手

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LINEを始めて、何日か過ぎた。

いくらか慣れてきた。

もっぱら家族の間だけでのやり取りだが。

「慣れてきた」の意味は、LINEをスマホとパソコンの両方で使い分けるときの文字入力と送信方法が分かっできたという意味。

私は携帯端末、特にスマホでの文字入力が苦手で、どうしてもパソコンの方を選んでしまう。

しかし、LINEはスマホをメインの対象にできているものだから、文章の作成はスマホの方がパソコンより確実。
誤入力しても、復帰が楽だ。

だから気持ちは楽なのだが・・・

問題はスマホでもたもたして時間がかかってしまうこと。

まあ、どちらを使うにしろゆったりした気持ちで、これから先、気楽に付き合おうと思っている。

起こり得ないことが起こる世界

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豊洲市場の問題。

築地市場の移転先である豊洲の汚染された土壌を撤去して、盛り土した上に建物を構築すべきとする専門家会議の提言がなぜ無視されたのか。

地中にコンクリートの巨大な箱を埋め、その上に建物を作るという工法を、いつ、誰が採用したのか。

それらが曖昧のまま建設は進められ、既に建物は完成した。

今になって「いつ、誰が」を調べたが、分からないとのこと。

あの巨大プロジェクトの進捗が肝心のところでチェック不可能となっている。

私にはとても理解できない。

自分の常識で考えるのだが、
私がサラリーマン現役のころ、社内の会議や業者も同席する打ち合わせなどでは、主催する側が必ず議事録を残した。

議事録は上司の承認印をもらい、関係部署に配布する。

得意先に出向いて会議をする場合は、こちら側の責任ある部署の誰かがその会議の場で要点をまとめた資料を作成する。

会議終了時に得意先側にその資料を見せ、内容に誤りがないかどうか確認してもらってからサインをもらい、それをこちら側の議事録とした。

それは得意先側で作成されるであろう議事録や報告書とは一切関係ない。

議事録は必ずしもいつどこで、誰がどのような発言をしたかといった詳細が記されているとは限らないが、少なくとも重大な決定事項を書き忘れることはあり得ない。

そういうシステムになっていると言えるし、企業で働く者は誰もがその感覚をもっていると言っても過言ではない。

一方、報告書は、作成した者の主観が入るから、配布した後で「意味の取り違え」「見解の相違」が出てきて問題となることもある。

私が経験した一つの例。
他部署で発行した試験報告書が、科学的根拠を欠いており、読んだ人が間違った理解をしたら大変なことになると思い、発行した部署に文句を言いに行ったことがあった。

一旦配布されてしまったものを回収するのは困難だ。

その部署の課長は私の意見を取り入れてくれなかった。

誤りを認めたくないというプライドもあったのだろう。

ちょっとずれた話になったが、報告書や議事録は大事なものだということ。

今回の豊洲市場の問題とは別に、以前「議事録を作成していませんでした」というどこかの官僚の発言を聞いたことがあって、開いた口がふさがらないというか、まさに“予想もしない”出来事に驚かされたことがあった。

しかし、予想もしないことが現実に起こっているのだ。

「不思議な世界があるものだ」と言って済ませてはいけないのだろうけれども、それが私の率直な気持ち。

今日の新聞に小池都知事が豊洲市場の盛り土問題で、歴代の中央卸売市場長の処分を検討する、と出ていた。

けじめを付ける意味で結構なのだが、それが再発防止策につながるとは思えない。

コロッケ作りにファイトが出ない訳

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冷凍食品はとても便利だ。

そのまま油で揚げて食卓に出せるものは重宝する。

揚げたての熱々は風味が出て美味しい。

あまり揚げ物が続くのは避けなければならないが、冷凍庫に食材が確保されていると安心できる。

そんなわけで、便利さに負けて、私の特製手作りコロッケはずいぶん長いことお休みだ。

今のところち絵さんからお声がかからないし。

全く作る気が失せたわけではないから、気が向いた時に、作ってみましょうかね。

実はなかなかコロッケにファイトが湧かないのは、調理台や流しが汚れるからなんだね。

キッチンをきれいにしたままでコロッケを作るにはどうしたらいいか考えるんだが、無理っぽい。

それでも、少しでも汚さない方法を考えている。

畑に地上絵出現?

IMAG1314

ち絵さんの畑に地続きの「畑の教授Aさん」の広大な畑。

雑草が生い茂っている。

Aさんは年老いて認知症を発症し、息子さんが全面的な介護をしているとのこと。

息子さんは畑仕事が苦手のようで、たまに耕運機を走らせて、草取りをすることもあるが、最近はその時間も取れないのだろう。

ち絵さんが言った。

「除草剤を撒いたのかしら、雑草が波打っているのよ。二階から見てごらん」

早速眺めたところ、確かに長く伸びた草がランダムに波打っている。

もうどうにもならなくなって除草剤を撒いたようだ。

ところがその広大な畑の一角が、人の歩く幅で、コの字形に草が刈られている。

コの字の中に何か植えてあって、そこに除草剤の影響が及ばないようにしているのかもしれない。

「ナスカの地上絵みたいだったでしょ」

それはちょっと大げさだが、思い付きが面白い。

「うちの畑に除草剤の影響がないかしら」

ち絵さんのその心配はよく判る。


時の流れを思う。

Aさんがち絵さんと地べたに腰を下し、語り合っていたこともあった。

夕暮れ時で、薄暗くなった畑の中の二人を、私は二階のベランダからカメラで撮った。

元気な時のAさんは「畑に除草剤を撒いてはいけない」と厳しく言っていたっけ。

気分も雨模様

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今週はち絵さんのスケジュールがビッシリだ。

今日も朝から張り切って出かけて行った。

実際は煩わしい打ち合わせなどがあって、気持ちは上向きではないのだろうけれども。

私はと言えば・・・

「(段ボール製の)Yui のおうちのドア、壊れたままだけど、おじいちゃん、いつ直してくれるかな」
「(布おもちゃの)フライドポテトを入れるコップを踏んでつぶしちゃったの。おじいちゃんに直してもらってね」

と言ったYui からの注文が飛び込んで、

いつ取り掛かろうかと思案しているうちに、

夕方になって、

雨戸を閉めにかかると、

外は雨。

昨日の暑さはどっかへ行って、少し肌寒い。

夕食に、久しぶりに揚げたカボチャの天ぷらが、これまた今までに経験したことのないまずさ!
(ち絵さんが友人から頂いたもので、自家製。早熟だった)

私は言った(半分開き直りで)。

「何でも『美味しい、美味しい』って食べればいいんですよ」

ち絵さんも言う。

「そうよ。食べられることを感謝しなくちゃ」

ミノムシは何の虫

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「ミノムシは何の虫?」

畑から戻ったち絵さんは手に持っていたミノムシの巣がぶら下がった枝を虫かごの上に置いた。

──ミノムシはミノムシじゃあないの

そうは思ったが、すぐ調べる人はすぐに調べた。

【ミノムシ】
ミノムシ(蓑虫)はミノガ科のガの幼虫。一般には、その中でもオオミノガの幼虫を指す。幼虫が作る巣が藁で作った雨具「蓑」に形が似ているため、「ミノムシ」と呼ばれるようになった。
(ウイキペディアから)

やっぱり蛾だったか。

ち絵さんも昆虫図鑑で調べたようで、面白いことを言った。

「オスの蛾は巣から出ないんだって。飛び回っているのはメスの蛾なのかしら」

私は驚いて訊いた。
「え、じゃあオスは成虫になっても巣に閉じこもっているの?」

ち絵さん、「そんなことはないよねぇ」と言った顔。

何だかすっきりしないまま、今日の蛾談義はそれ以上進展しなかった。

冷たいコンクリートが好き

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家族と一緒に東京晴海の特設会場に「グッドリビングショウ」を見に行ったことが2度ほどある。

ハウジングメーカーの受注キャンペーンみたいなものだから、関心のない人には用のないショウだろう。

子どもたちがまだ小さかったころの私は、いずれ戸建ての家を持ちたいと思っていたから、情報を得たくて出かけて行った。

電車で東京駅まで行き、そこから無料バスに乗った。

会場ではモデルルームをたくさん見て廻ったが、部屋のデザインや建築工法で心惹かれたものはなかった。

私は密かにコンクリートの家を建てたいと思っていた。

「密かに」の意味は、ち絵さんは私の希望を決して受け入れないことを知っていたからだ。

ち絵さんが好むのは在来工法の純和風。

私は打ちっぱなしのコンクリートの風合いが好きなのだ。

壁に残る枠板の線と小さい円い跡。
グレイで冷たい肌ざわり。

しかし、そういう空間はだだっ広くなきゃあ意味がないし、そうなったら夏の冷房、冬の暖房にお金がかかる。

壁に釘も打てないから、DIYができない。

よっぽどの物好きか、成金でなきゃあだめだろう。

実現不可能な夢は夢とすることにして、深追いはしないと決めていた。

注文住宅の家を得て住んだのは定年が近づいたころ。

もちろん在来工法の和風。

これはこれで満足している。

夢の実現は、
美術館に行ったときなど、打ちっぱなしのコンクリートの壁があると、その空間に身を置き、「ああ、いいなあ」と思うに留めている。

それにしてもつくづく思うのは、コンクリート打ちっぱなしの家に住むのは

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はるか

人の顔ばかり描いていて、何かいいことがあるかと言いますと、そういうことは全くありません。スクラップブックがやたらと増えるだけで、やめたいのですが、やめられません。文章も毎日つまらないことばかりですし、絵とはつながりがないので何か変ですが、これでいいんでしょうか。

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