いち絵 にっき

果てしなく人の顔を描き続ける「はるか」と畑の野菜作りに元気な「ち絵さん」のありふれた日常の一コマを切り取った一期一‟絵‟日記

2017年02月

サツマイモの豚汁は

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サツマイモがある。
豚汁を作ろう。
豚バラ肉をドッサリ入れて、2家族分。
深鍋にたっぷりできた。
例によって私のレシピは余計なもの、特にサツマイモ以外に甘くなるものは入れない。
食べるときは刻みネギをたっぷり入れる。
K宅に半分届けた。

一方けんちん汁がある。
こちらはまだ作ったことがない。
豚汁とけんちん汁はどこが違うのだろう。
基本的には味噌を使うか醤油にするかの違いだと思っていた。
それでほぼ間違いは無さそうだが、けんちん汁で味噌を使う場合もあるとのこと。
しかし、けんちん汁は澄まし汁だから、サツマイモではなく里芋を使うようだ。
サツマイモの豚汁を食べたち絵さん。
「サツマイモが嫌いな人は食べないでしょう」
「そういう場合は里芋にするか」

かくて里芋の豚汁が宿題となったのだが、
料理人が里芋が苦手だったら、なかなか作る気を起こさないんじゃあないかな。

ある日疲れて

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朝がきた
雨戸を開け
食卓に食器を並べる
朝食を摂りながら
二人の会話
「今日も風が強いねぇ」
「何時になったら止むのかな」

雨風が激しいとち絵さんの行動に影響が出る
お遣いに行くにしろ、孫たちの保育所の送迎のアシストにしろ、出かけるのが早くなるか帰りが遅くなる


昼近く
コーヒーを入れ
新聞を読む
〇〇ファーストに揺さぶられる世界経済とか
猛毒のVXガスがどのように使われたかといったことも気になるが
連載小説に心が向く
浅田次郎の「おもかげ」
病院のベッドに昏睡状態で横たわる男の魂が
此岸(しがん)と彼岸を彷徨っている


夕方が近づく
ち絵さんはK宅に向かう


帰ってきて、夕食を摂りながら孫たちの話をする
面白そうに話すこともあれば
疲れて、むっつり、何も言わないときもある

愚痴が多いが、K宅に行くことを厭うことはない
何だかんだあっても、孫たちに会うのが楽しく、やはり気持ちが張っているのだろう


明日は暖かくなるだろうか

サンドイッチの朝食を

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ち絵さんがサンドイッチを食べたいという。
既にサンドイッチ用のパンは買ってあるとのこと。
そこで朝食はサンドイッチとなった。
生野菜やゆで卵、シーチキン、生ハムなどを揃えたのだが、
コンビニのサンドイッチは具がきれいに収まっているのに、自分が作るとどうしてはみ出してしまうのだろう。
不格好で美味しくなさそうに見える。
ラップでくるんで形を整えた。
ち絵さんが
「サンドイッチ、食べたかったんだぁ」
といって食べ始めた。
パックに入った12枚にスライスされた食パンはずいぶん薄く、食べた感じが何とも頼りなかった。

復活したウォークマン

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ウォークマンでしばらく音楽を聴いていない。
かなり長い日にちが経ってしまった。
こういった場合、充電式のバッテリーを電源にするタイプは、電池がダメになってしまう。
多分そうなっているだろうとの予測したが、充電用のコードが見つからない。
どこに行ったやら。
──そうだ、古いやつがまだ使えるかもしれない
ジャンク箱からずいぶん古くなったウォークマンを取り出した。
こちらは単3の電池を外部電源に使えるタイプで、とても便利なのだ。
もちろん充電式の電池で起動するのだが、それはもうとうにダメになっている。
単3のケースは、開けてみると電池が腐食して液が浸みだしボロボロ。
きれいに掃除して新しい電池を入れ、MD(ミニディスク)を入れ、イヤホンをつないで・・・
電源ON。
音が聞こえてきた!
思わず心の中で「ヤッタァ」と叫んだ。
記憶媒体にミニデスクを使うなんて、もう古いのだが、私にとってはこの方が使いやすい。
HiーMDという記憶容量がアップしたものがあるが、古いので十分。
古いモデルの使い方を忘れたので、捨てずに取ってあった取説を見た。
何と、15年前に買ったものだった。
サイズと形と、それに適度な重量感が好きで、捨てられなかった。
取っといてよかった。
復活のウォークマンだ。

上手くいって当たり前のしごと

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ち絵さんから特急の仕事が入った。
ち絵さんはあるグループの幹事になっていて、そのグループの定期的な行事が計画されている。
行事開催の通知を作成しなければならないのだが、その文面を同じ幹事役の仲間と調整する日が迫っているのに、すっかり忘れていた。
パソコンで至急作成したいが、自分ではもどかしくてできない。
「明日の10時にYさんと打ち合わせがあるのよ」
必要なのはグループの名簿と開催案内を往復はがきに印刷する文面の2種類。
原稿作成の注文を受けたのは夜だったから、とにもかくにも翌朝作業を開始することとなった。

そしてその翌朝。
あわただしく朝食を済ませてから、作業開始。
何とか時間内に完成させた。
その原稿を持ってち絵さんが外出。
夕方帰宅したが、原稿の話が出ない。
──あれで良かったのかな
こちらからどんな具合だったか訊いてみた。
「Yさんに原稿を渡して、あとで電話をもらうことになったのよ」
原稿とは別件の用事があったのに、Yさんが遅れて来たので打ち合わせをする時間が無かったとのこと。

その後Yさんとの調整が終わり、今度は印刷に移ることになった。
ち絵さんが往復はがきを大量に購入してきた。
時間的余裕は?
「なるべく早くお願い」
名簿は簡単だが、往復ハガキの印刷は特別なソフトを使っているわけではないので、結構時間がかかった。
何とか刷り上がり、即ち絵さんが投函しに行った。
それで一件落着。
プリンターの調子は良く、インクカートリッジも備え充分だったから、よござんした。

懐かしのフォーク

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庭の水仙が伸びてきた。
「今年は蕾が付かないねぇ」
「植え替えないとダメみたいね」
などと、ち絵さんと話していたのだが、昨日見たところ、蕾が6つ確認できた。
その前の年は3つほどだったから、まあまあのところか。

水仙の花を見ると、頭の中にいつも「7つの水仙(ブラザーズ・フォー)」が出てくる。
そして今日はそれを聴いてみた(YouTube)。
──聴きたいと思ったときにすぐに聴けるのがいい
ついでに「若者たち(ザ・ブロード・サイド・フォー)」や「今日の日はさようなら(森山良子)」も出てきたので聴いた。
1966年と67年の曲とのこと。
半世紀も前か。
懐かしのフォーク・ソングだ。

心が震える曲に出会えたということは嬉しいし、幸せなことだと思う。

確定申告はめんどくさいという話

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散髪に行った。
今日は私が初めての客だったようだ。
床屋の主は私をイスに座らせてから、待ってましたとばかりに話し始めた。
今は確定申告の時期。
今年は何だかの名義変更があって、非常に面倒だったとか。
「めんどくさい」を連発していた。
それでも毎年自分で書類を作成し、税務署に持参している由。
奥さんの分までやっているというから、大したもんだ。
私は途中から
「あそう」
「ははは、確かにね」
などと適当に返事をしていた。
早口だから良く分からない。
洗髪をして顔を剃る段になって、静かになった。
眠るまいとするが眠くなり息を吸うとき
「グウ」
と音が出る。
いびきではないと思うが、やっぱりいびきかな。
顔を剃ってもらう時はなんであんなに眠くなるのだろう。
よっぽど気持ちが良くなるのだろうな。
近くにカット専門の店もある。
洗髪や剃ったりはしないで1,000円。
安いから結構繁盛しているようだ。
その話になったとき、床屋の主は
「あれは床屋じゃないからね」
と言った。
プライドがあるのだろう。
私は安さよりも、気持ちがゆっくりできる方を選ぶ。
いびきをかくのが心配だけど。

知恵熱

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今日も風が強い。
いつの間にか春一番が終わって、昨日は春二番(?)だったそうだ。
とすると今日は春三番か(そんな表現は無いが)。

風や風邪ではなくて熱の話。
幼い子どもは突然発熱することが多い。
数日前、2歳のReiji が熱を出したとの電話が入った。
すわインフルエンザか。
慌ててち絵さんと連絡を取り合って”こちら側”の対応を検討したのだが、その日の夕方には熱も下がり、問題なさそうになった。
まずはホットする。
知恵熱か。

どの辺の子どもまで知恵熱と言うのか調べてみた。
例によって【ウイキペディア】だが、子どもが突然発熱する原因について、次のように書いてあった。
《生後半年から一年までの乳児に起こる発熱とのこと。
乳幼児が母親から与えられた免疫が次第に失われ、突発性発疹ウィルスなどに感染し発熱しやすくなる。これは自力で免疫を獲得する過程と考えられる。
免疫の知識が乏しかった時代に、ちょうど乳幼児が知恵づきだす頃の熱であるとして、原因不明の発熱を「知恵熱」と呼ぶようになった。
保育所に入所した当初や小学校に入学した当初に発熱する場合も、外部環境に触れ、家庭内で感染しなかった病原体に接触するためと考えられている。》

正確には1歳ぐらいまでの子どもの発熱を言うようだが、一般的にはもっと年上の子どもまで対象になっていると思う。
まあそれはともかく、Reiji くんの熱が下がって良かった。

生きることは

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ち絵さんが友人のSさん(旧仕事仲間)と会って姑の話になったとのこと。
その姑さんは90歳を超え、とうとう施設に入ることになったそうだ。
Sさんが会いに行くと、必ず『迎えに来たのか』と訊く。
やはり自宅に戻りたい思いが強いのだろう。

私は今日の新聞の投書欄に「生きること」という題で載っていた記事のことを話した。
高齢で認知症になり、体も弱く寝たきりだった姑を見送ってから、今度は実母の介護をすることになった。
施設に入ってもらい、ある日紙と鉛筆を与えたところ、次のようなことが書いてあった。
「娘に世話を掛けるばかりでとてもつらい。早く死にたい」
意識が正常でなくなっても長生きするのと、意識はしっかりしていて死ぬことを願いながらも長生きするのと、どちらが幸せなのだろうかと、その投稿者は書いていた。

ち絵さんの母の話になった。
90歳を過ぎて、認知症がひどくなりいつも「死にたい」とばかり言っていた。
亡くなる直前は、緑内障が進んで全く目が見えなくなり、音も聞こえなくなって話すこともなく、ただじっとしていた。
ち絵さんと私は、しばししんみりと考えていた。

ピッカピカ

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ち絵さんは忙しい。
付き合いが広く外出が多い。
よく電話が掛かってくるのだが、そのたびに私は答える。
「出かけていまして、帰宅は夜になります」
そんな忙しいち絵さんが休日になって畑に向かった。
間もなく勝手口に顔を出し、どでかくなったブロッコリーを差し出した。
困った顔で言うには
「こんなに大きくなったのが幾つもあるのよ。どうしよう」
私は冷静に答えた。
「花が咲いちゃったら美味しくなくなるよ。食べるしかないね」

そこで今夜の夕食の一品はたっぷりのブロッコリーとなった。
茹でてから薄切りしたキュウリといっしょに、塩昆布と塩こうじを使って味を付けた。
サラダ風味で、まあまあの味になったと思ったのだが、ち絵さんは塩味に敏感。
「しょっぱいね」
でも器は「ピッカピカ(※注記参照)」になったから良かった。

※孫のYui やReiji たちがご馳走をきれいに平らげた時、親は『お皿がピッカピカだね』と言ってほめる習わしになってます。

週末とは土曜と日曜?

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数日前のこと。
K子からメールがあり
「今週末に車を貸して欲しい」
とのこと。
OKと返事したのだが、その後予定変更でキャンセルになった。
それは良いのだが、
「来週はお願いします」
となって、そこからが混乱が始まった。

混乱の根っこは、《週末とは土曜日と日曜日の2日間か、それとも土曜日のみか》ということ。
K子はどうやら《週末は土曜日と日曜日》と考えているようだ。
私の解釈は《週末は土曜日のこと、日曜日は来週(翌週)になる》だ。
K子と私の間にち絵さんが入ってメッセージのやり取りをしたので、ち絵さんの週末の解釈も入ったから混乱がひどくなった。
ち絵さんの解釈はK子と同じ。

私が
「日曜日は次の週ですよ。カレンダーはみんな日曜日から始まっているじゃない」
(月曜日から始まっているカレンダーもたまにあるけど)
と主張すると、ち絵さんはブスッとした顔で
「週末と言ったら、普通は土曜と日曜でしょう」
と言う。
結局、解釈の違いが明白になって、車の予約は1週置いて次の週の土曜と日曜ということで終止符が打たれたのだが。
どうもすっきりしない。

ウイキペディアで調べてみたところ、次の記載があった。
【週末(しゅうまつ)とは、週の終わりを示す言葉であり、一般的には土曜日を指す。
アメリカで、1926年にフォード・モーターが工場を土曜日と日曜日に閉めるようになったことより、土曜日、日曜日を週末とする場合もあるが、これは、ユダヤ教徒の休日である土曜日と、キリスト教徒の休日である日曜日の両方を休みにしたためである。しかし、伝統的には週の最初の日は日曜日、最後の日は土曜日である。現在は、ヨーロッパ社会やISO 8601の規格において、週の最初の日は月曜日、最後の日は日曜日となっている。なお、近年は、金曜日も含めて週末と呼ぶケースも生じている。】

え! ヨーロッパやISOが週の始めを月曜日にしているんだって。
しかも最近は金曜日まで週末に入るって。
どうもおかしい。
土曜日だけだと考えていた私は”伝統的”で、土曜日曜と考えていたK子やち絵さんが”現代の考え方”なの。
なんだかすっきりしない気分になった。

一瞬の表情

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聖母マリアの絵を彫る
刷っては彫り直し、彫り直してはまた刷る
作業台の上は、いつの間にやらインクで汚れた布や紙が散乱している


何度試みても、マリアの表情が定まらない
わたしはとうとうあきらめて、インクを拭き取るために、銅板の上に溶剤を振りかけた


その瞬間、聖母マリアが濃い陰影の中で、これまでに見せなかったはっきりとした表情に変わった
思わずドキリとする
「ああ、この表情を固定したい!」


しかし、銅板に付いていたインクは溶剤に溶け込んでゆき、マリアの表情はたちまちのうちに崩れてゆく
わたしは為す術もなく、銅板を見つめ続ける
・・・一会マリアか


我にかえり、わたしは溶剤に溶けたインクの拭き取りにかかる
生き生きとした表情を、再び見たい
あの瞬間を固定させる方法がきっとあるはずだ
いつかそれを見つけ出そう
わたしは密かに心に誓った

咲くまで待とう

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花の鉢が仕事部屋の窓際に置いてある。
ち絵さんが持ってきてくれたもので、黄色とオレンジの花が可愛らしい。
花の名前を訊いた。
「ポリなんとかっていうんだけど、良く分からない」
私は時々水を遣ったり、時に液体肥料を少し入れたりしていたのだが、そのうちにオレンジが消えて黄色だけになった。
蕾が次から次と出てくるのだが、みんな黄色のようだ。
名前が分からずに毎日眺めているのも気になる。
ネットで調べてみた。
「黄色」「春の花」をキーワードにして。
幾つかのサイトを当たり、やっとのことで特定することができた。

【プリムラ・ポリアンサ】
サクラソウ科
別名:クリンザクラ(九輪桜)
花期:春
赤・黄・紫・青など春の花壇を彩ったり、鉢植えにして窓際に飾ったりと心をなごませてくれます。
(”植物園へようこそ”から)

気になっていることが一つ消えた。
もうひとつ。
ガレージの日当たりの良いところに、小さいプランターが二つ置いてある。
見ると何やら芽が出てきている。
ち絵さんが植えたものだが、何を植えたのだろう。
訊いてみたところ、
「Yさんから球根をもらったんだけど、Yさんも名前が分からないんだって」
こちらは花が咲いてから調べるしかないな。

仕切る人

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何かの集まりがあると、指名されなくてもその場を仕切る人は必ず出てくる。
多分本人は意識していないと思うのだが、自分の思うことを声高にあるいは一方的に話し、周りは何となくその人の言うことに従ってしまうというケースがよくある。
存在感がある人と言うべきか。

古い話になるが、
義父が亡くなった時、私の母が葬儀に参列するため義父宅(ち絵さんの実家)へ赴いた。
葬儀はいろいろ細々としたことがあり、特に裏方と言うべきところでは混乱が起きやすい。
母は多分その裏方のお手伝いをしたのだと思う。
何時まで何を用意しなければならないか、といったことを大きな紙に書き、張り出した。
母にとってはごく自然な対応だったのだが、そういう”パフォーマンス”を見た周りの人たちは驚いた。
という話をかなり後になって、ち絵さんから聞いた(私は現場を見ていない)。
母は仕切る人だった。

私の兄も祖父や祖母の葬儀のときに同じように、為すべき細々したことを紙に書いて張り出し、済んだらチェックを入れていた。
兄もやはり仕切る人だと思う。
しかし、私は母や兄の取った行動は自然なものと思っている。
自分がその場にいたら、やはりそうしただろう。
混乱が起きないようにメモし、済んだら消してゆく。
当然のことだ。

とすると、私も仕切る人かと言えば、決してそうではない(時と場合によって『あぁ、これじゃあどうしようもない』となった時は仕切ることもあるけれど)。
どちらかと言えば、妥協する側だろうな。
強いことは言えない性格だから。

独りを楽しむ

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美術館で絵や彫刻を観たり映画や芝居を観たりするときに、じっくり観たい、味わいたいと思ったら独りで行くに限る。
連れだって出かけたときは、相手に気を遣わないように心がけていても、どこか落ち着かない気分になって、満足に観られなかったという思いが残ることがある。
その辺をちゃんと理解している人は、誘っても「独りで行きたいので」と断るだろう。
断られたからとて、余計な詮索をしてはいけない。
身近なところで、さいたま市のあるデパートで華展があった。
ち絵さんは独りで出かけた。
流派が違う友人の作品をじっくり鑑賞したかったのだそうだ。
後日ち絵さんと同じ流派の仲間で連れだって観に行ったり、独りで観に行った人などがいたことを聞いた。
まあ、どっちでもいいんだけど、独りで行きたいという人を無理に誘わないほうがいい。

とは言え、私の場合例外があるのですよ。
最近機会は格段に減ったが、ち絵さんに声を掛けることがある。
「都美術館でやってる〇〇展、観に行こうか」
などと。
またち絵さんから誘いを受けることもある。
「このあいだ行ったお店の料理が美味しかったのよ。今度一緒に行ってみない」
あ、これはちょっと別でした。

灰谷健次郎を読む

07

土曜日のこと
かかりつけのクリニックが休診だったことを知らずに出かけ、虚しく帰って来た

日曜日になり、再び出かけた
そこは日曜日でも午前中だけだが、やっている
早めに家を出た
休みの後は混むだろうと思って
クリニックの駐車場に次々と車が入るのが見えた
──やっぱり混んでるな
ところが駐車場は空きスペースがいっぱいだった
──どうしたのかな
入った車が次々と出てゆく
休みだった
またしても空振り
打ちひしがれて帰宅
ち絵さんに報告した
「(駐車場に)ドンドン入った車がドンドン出ていくんだよ」
ち絵さんは表現が面白いと笑った

そして今日の月曜日
3度目の正直
2日間も休みだったから、今日はメチャクチャ混むだろうと思った
なにしろこのクリニックはいつ行っても混んでいる
でも、そんなでもなかった
薬は1ヶ月分出してもらった
これでしばらくのんびりできる

帰ってきて、のんびりついでに、クリニックで名前を呼ばれる間読んでいた本を読み始めた
灰谷健次郎の「子どもの隣」(新潮文庫)
短編が4つ収められている
・燕の駅
・日曜日の反逆
・友
・子どもの隣
登場する子どもたちの誰もが初めは”子どもらしくない”のだが、読み進むに従い、子どもらしくないように見えても実は子どもの本質に大人が気が付かないだけで、大人と同じように感じ、時に大人以上に深く考えていることを知らされる
4編とも最後のところで胸にこみ上げるものがあった
灰谷健次郎のベストセラー「兎の眼」はずいぶん前に読んだことがあるが、もう一度読んでみようと思った

世界地図からわが家を探した!

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私のパソコンを立ち上げたとき(インターネットに接続したとき)の画面は”bing”にしている
毎日違った画像が見られて面白いからだ
今日の画面
バルト海の堤防だった
案内に沿って見ているうちに、航空写真に変わった
その画面を縮小すると、どんどん小さくなって、しまいには世界地図になった
──え、そうすると逆に拡大してゆけば、元の画面になるのかな
疑問に思いつつ、マウス操作で拡大してみると、最初の画面になった
それじゃあ、もしかして世界地図からわが家を探し出せるのかな
もしかして

やってみた

まず世界地図を出す
太平洋の隅に日本列島がある
拡大して関東地方
的を埼玉県に絞って更に拡大
さいたま市の街並みが出る
上越新幹線に沿って・・・
ニューシャトルの最寄駅が見つかった
家並みに道路の表示が白い線でオーバーラップしているから、とても分かりやすい
そしてついにわが家が出てきたのだ!
もちろん航空写真だから、屋根が見えるだけだけれども、はっきりとわが家だと確認できた

いやはや驚いた
世界中のどこでもピンポイントで見ることができるなんて!!
よく映画やテレビのCMで空から見た画像が急速度にクローズアップするシーンがあるけれども、いままでそれはCGだと思っていた
それが現実に、しかも全くプライベートにできるなんて
知らなかった
怖ろしい時代になったものだ

今日は祝日

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なぜこんなに寒く感じるようになったのだろうか
着ているものが少ないのかと思い
シャツをめくって確かめてみた
いつもと変わらない
──ばかなことをやってるな

寒いと
どうも思考停止に陥る
今日やろうと思っていたことをまだやっていない
明日にしようか
ついそんな思いが湧く

飲んでいた薬が切れて
クリニックにもらいに行った
駐車場がガランとしている
あれ、休みか
失敗!

今朝ち絵さんと
「今日は祝日なんだね」
なんて話をしていたのに
世情に疎くなってきたようだ
ともかくも
今日やろうとしていることをやろう
一つだけでも

それが済んだら
ヨシ
張り切って魚を焼こう

アレ、ソレで意味が通じるのは

46

夫婦の会話は省略の文化みたいなもので、「アレ」や「ソレ」がふんだんに混じるが、それでも互いに理解できる仕組みになっている。

ち絵さんが女性に的を絞った新聞の投書コラムを読んで、わたしに語りかけた。
「奥さんが『アレがどうした、こうした』といった話をすると、旦那さんが『アレじゃあ分からん。ちゃんと名前を言え』って怒るんだって」
いつもその調子で、奥さんは嫌気がさしている。
その旦那は女房のボケ防止のためにやっているとのことだが、奥さんは「アウンの呼吸」で話し合いたいと望んでいるとのこと。
確かにね。
しょっちゅう「気を付け」ていなければならないとしたら、のんびりした会話ができない。

しかし、わたしは「はっきり名前を言え」と言いたくなる気持ちも分かるのだ。
ち絵さんが孫二人の世話をして帰ってきてから、その一部始終を話すとき、名前を間違えていることがよくある。
「Yui ちゃん」と「Rei ちゃん」は間違えやすいということもあるのだが。
話を聞いているわたしは、内心「あ、間違えているな」と気づいても、ち絵さんのニコニコと楽しそうに話す顔を見ていると、「・・・ちゃんじゃなくて***ちゃんでしょ」とは言いにくくなる。
そんな時は黙って話を聞いている。
ち絵さんの
「向かいで飼っている犬の名前は何だっけ」とか
「あそこのご主人はなんていう名前だっけ」
と言った質問にはちゃんと答えているから
「おとうさんはよく覚えていられるね」
と感心されることがあるのだが。
でも、これは「アレ、ソレ」とはちょっと違う話。

要するに、省略した会話はお互いがきちんと理解できていればいいのであって、キチンと言わないとボケを促すとは、必ずしもならないんじゃないかな。
分かっていながら「ちゃんと名前を言え」と言うのは、ギスギスするだけでしょう。

読めなくなる連載小説

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今朝、うっすらと雪が降った。
「今冬2回目だね」
「あれ、初めてじゃないの」
「去年1度降ったでしょう。あの時は少し積もったけど」
そんな会話をした後で、ち絵さんは外出した。
Fさんの葬儀がある。
車で駅まで送った。
わたしは戻ってからしばらく自室で雑用を片付けていたのだが・・・
寒さに耐えかねて階下に降り、ストーブを点けた。
なかなか温まらないので、牛乳を熱くして飲んだ。
それでやっと人心地がついて、
ゆっくり新聞を読み始めた。
朝刊の連載小説が面白い。
夕刊の方は、面白みが無く、読むのをあきらめた。
登場人物が多すぎると、わたしの頭は従いてゆけなくなる。

寒天と心太の違いは

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ち絵さんがチキンのスペアリブ料理を作った。

煮汁が固まってにこごりができて、子どもの頃よく食べた寒天の話になった。
寒天と似た食品にところてんがある。
寒天とところてんはどこが違うのだろう。
ち絵さんは同じ海藻から作るのだけれども、水分量が違うだけだと言う。

ネットで調べてみた。
海藻のテングサやオゴノリを煮溶かして粘液質を抽出し固める。
それを「天突き」で麺状に押し出したものがところてん。
乾燥させてから他の材料と混ぜて調理したのが寒天。
成分の比較がはっきりしないが、ところてんは98~99%が水分だとのことだから、海藻の割合が多いほうが寒天のようだ。

ところてんは辛子醤油に粉末の海苔を振りかけて食べるのが一般的だが、寒天は様々なレシピがある。
乾燥させてしわしわになった棒状の寒天を使って、祖母がよく料理を作ってくれた。
今は粉末のものが手軽に使えて便利なのかな。
ち絵さんも母親が作ってくれた寒天を良く食べたとのこと。

おかずにもおやつにもなる便利な食品だ。

訃報

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訃報が届いた。

ち絵さんが「F兄ちゃん」と呼んでいたM市に住む従兄が亡くなったとのこと。
義兄からの電話だった。
Fさんは病気療養中だったようだ。
その電話で分かったのだが、義兄は遠出は無理な状況にあるとのこと。
葬儀には出られないと言う。
ち絵さんが代わりに出席することになった。
ち絵さんはあちこち親戚に電話してから、兄が急に”ご老体化”したことを知って驚き、しみじみと言った。
「子どもはいいねぇ。できないことがだんだんできるようになるけど、歳をとるとできることができなくなってくる」
──ああ、ほんとにそうだねぇ

それから私の兄など身内の者が今どうしているか気になって、すこし暗い話が続いた。

ある日ある時

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〇月〇日
朝、台所の小窓が丸くオレンジ色に光っている。
ドアを開けて外を覗いた。
東の空がきれいな朝焼けだった。
──今日は天気が崩れるな
予報どおり、午後から雲行きが怪しくなった。

〇月〇日
朝、ち絵さんが台所のドアをいっぱいに開け、外を見ながら言った。
「見てごらん。雲が面白い」
白みがかった青い空の下の方、家々の屋根の上をたばこの煙のような雲が二つ三つゆっくり流れている。
なるほど面白い形だ。
「ダックスフントみたいだね」
私はMダックスに見えたのだが、ち絵さんは何を想像したのだろう。
しばらく続いた強い風も治まり、穏やかな一日だった。

〇月〇日
ち絵さんが外出して、帰宅予定の時刻になった。
駅まで車で迎えに行ってあげようと思い、メールしたのだが、車のキーをち絵さんが持って出かけていることが分かり、迎えは中止になった。
徒歩で帰宅したち絵さんが訊く。
「こっちは雨が降ったの」
質問の意味を理解しかねて、降らなかったとぶっきらぼうに答えた。
ち絵さんは雨が降ってきたから、濡れないように私が車で迎えにいってあげようとしたと思ったとのこと。
そういう場合もあるけれども、そうでない場合でも迎えに行くときはあるでしょう。


〇月〇日
カレーを作った。
ち絵さんが帰宅した。
デパ地下で刺身を買ってきたとのこと。
夕飯はカレーに刺身、味噌汁付きとなった。
食べ終わって、ち絵さん
「カレーが美味しかったです」
アンマッチでも美味しいものは美味しい。

至福の時

E086aa
   〈E086a〉

やあ、やっぱり今夜も来たね

つま先から足首、すね、膝、そして太ももから腰へと

おまえはゆっくり這い上がって来る

わたしは逆らわないよ

おまえが背中まで這い上がったら

たちまちわたしの降参さ

おまえは睡魔という相棒をすぐ呼ぶからね

勝ち目はない

冷たい暗闇の中へ落ちるのはごめんさ

こころは温かくしておきたいからね

熱いお風呂にゆっくりつかり、おまえに退散してもらおう

そして、温かくなったこころで

今日一日を主に感謝しながら眠ることにしよう

(340 Dec.6,2000)

画材道具から跳ぶ話

DSCN6231

画材道具に練ゴムがある。
噛んだあとのガムをどっさり集めたような(きたない表現)もので、木炭でデッサンをするときに使う。
通常の消しゴムより軽いタッチで消せるから、木炭画以外にパステル画や柔らかい鉛筆で描く絵のときにも使えて便利だ。
絵の道に進んだ兄が高校生の頃、コッペパンを一個ご飯が炊けた釜に入れ、ふんわりさせてから弁当に入れ、カバンに詰めていた。
デッサンの時に消しゴム代わりに使うのだと知っていたが、膨らんだパンはすぐに固くなるだろうけれども、やはりその処置は必要だったのだろう。
コッペパンにはバターが入っているから、本来ベストなものではなかったはずだ。
あのころ練ゴムがあったら、兄は重宝しただろうと思う。

画材道具でもう一つ。
9Bの鉛筆。
カーボンを固めて丸い棒状にしたもの。
径は通常の鉛筆サイズとマジックインクぐらいのとがある。
これはとても描きやすい。
使い切ったので、買い求めた画材店に行ったところ品切れだった。
店主に訊いたが、店主は
「6Bと変わらないですよ」
と言う。
わたしゃ9Bが欲しいんだから仕入れて欲しいという意味で言ったのだが、それには答えてくれない。

話が跳ぶが、
こういう返事の仕方をする人がよくいる。
別の例を出すと
銅版画教室で、先生に尋ねた。
有名な画家の銅版画を参考にしながら、黒地に細い白い線を描くにはどうすればいいかと。
先生が答えるには
「細く見えても実際は太いんですよ。大きい絵を小さい写真に撮っているから細く見えるだけで」
と。
質問に正確に答えてもらえない。
後日教室の仲間に同じことを訊いたところ、的確な返事をもらえて助かったのだが。

9Bの鉛筆に話を戻そう。
かなり経ってから、別の画材店で9Bを見つけて数本買い込んだ。
しかし、それ以来木炭やパステルを使うようになって、9Bは机の引き出しに眠っている。

おにゃぁそと

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「ほれ、としおとこ(年男)、豆まけや」

節分になるとお祖父さんが孫たちに言った。

男の兄弟が3人(女が1人)の僕ら孫たちが、毎年まいとし年男になるはずはないのだが、お祖父さんはいつもそういって孫たちに豆まきを促した。

あの頃、豆を撒くのは年男と決まっていたのだろうか。

しかし、私をはじめ、兄も弟も腰を上げない。

しびれを切らしたお祖父さんが豆を撒き始めた。

手にはお祖母さんが煎ってくれた豆の入った一升ますを手にしている。

「おにゃぁそと、おにゃぁそと」

不思議に思ったのはお祖父さんは「ふくはぁうち」と言わなかったことだ。

最近その意味が判った。

購読している新聞に小さな読者のコラムがあって、そこに子どもの頃の豆まきを懐かしく思い出して書いた投書があった。

父親が「鬼はぁ外」と大きな声ですべての窓から外に向かって豆を投げた。

それから外に出て、「福はぁ内」と、今度はみかんやお菓子を窓から家の中に投げ入れた。

みかんが頭に当たって痛かったけれど投げ入れられたお菓子を食べて楽しかったとのこと。

そうか、なるほどと思った。

福を呼び込むためには、外から家の中に投げ入れなければならなかったのか。

お祖父さんはそれを知っていたのだろうか。

あの頃のわが家は隣家が両側にあって、外から家の中に投げ入れることはできなかった。

頭に張り付いて剥がれない

IMAG2743

「ペンパイナッポーアッポーペン」を覚えたら、それが頭のてっぺんに張り付いたようで、なかなか剥がれない。

ご飯を食べているときとかテレビを見ているときはさすが出てこないが、探し物をしているときや簡単な手作業をしているときなどに出てきてしまう。

いちばん嫌で情けなくなるのは、スケッチブックに絵を描いているときだ。

「ああ、もうやめてくれ」と言いたくなる。

好きな歌だったら、何にも気にならないのだが、これは呪文みたいなものかもしれない。

いずれ頭から逃げていくだろうと思うけれど。

いまのところ、あまり気にしないことにしよう。

インフルの予防接種をしたのに

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仕事部屋に西日が差してまぶしい。

今日が暮れようとしている。

ち絵さんが風邪をひいてしまった。

熱は無いようだが、喉がひどく痛いと言う。

インフルエンザではなさそうだ。

「予防接種はしたんだけどねぇ。普通の風邪には効かないのかしら」

「ウイルス性の風邪には効くんだろうけどね、普通のには効かないんじゃないの」

でもインフルエンザだとしても、予防接種を受けていれば、症状が軽くて済むという。

いずれにしろ、ゆっくり体を休めるに越したことはない。

今日は早めの夕飯にしようか。

体をあったかくして寝たほうがいい。
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プロフィール

はるか

人の顔ばかり描いていて、何かいいことがあるかと言いますと、そういうことは全くありません。スクラップブックがやたらと増えるだけで、やめたいのですが、やめられません。文章も毎日つまらないことばかりですし、絵とはつながりがないので何か変ですが、これでいいんでしょうか。

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