いち絵 にっき

果てしなく人の顔を描き続ける「はるか」と畑の野菜作りに元気な「ち絵さん」のありふれた日常の一コマを切り取った一期一‟絵‟日記

2018年11月

粗大ごみの時期

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粗大ごみを捨てる時期になった。
わが町の処理場(クリーンセンター)で粗大ごみを受け付けるのは、12月〇日までとの回覧板が回ってきた。
平日ならばいつでも受け付けているのだが、12月は持ち込む人がドッと増えて混雑する。
持ってくるなら早めにしなさいとの案内だ。
わが家も毎年粗大ごみを出している。
今年もいろいろ出てきそうだ。
使う予定が無いものはドンドン捨てようと思っている。

世の中には「捨てられない人」がいて、何でもかんでも取っておきたがる。
うっかり捨ててしまって後悔することを恐れてなのだろうか、なかなか捨てられない。
だからゴミ屋敷にはならなくても、不要物で埋まってしまうことになる。
整理の基本は捨てること。

よっしゃー! 今年も捨てるぞ。

メールを細切れにしないで

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私の友人だがパソコンで株をやっている人がいる。
私は株式市場には全く興味がなく、円安とかドル高のことを聞いても、すぐにピンとこない。
彼は「マウスが3つもあるよ」と言っているから、ラップトップも含めてテーブルの上にパソコンを3台も置いて、同時に操っているのだろう。
そんな状態は考えただけで息苦しくなる。

彼とは古い付き合いだし、二人で車で旅に出たこともあり、年2回ほどではあるけれども会って話をする仲だ。
だからメールでの情報交換をしてくれてもいいと思うのだが、彼はメールには全く無関心なのだ。
LINEにも入っているから、名前が登録されているのに
「娘が勝手に登録しちゃったんだよ」
と言って、そのままになっている。
私が送信した文章は永遠に“未読”のままだ。

ち絵さんの友人で、ち絵さんがLINEを始めたと知ったら、たちまちスタンプをドドドッと送ってきた。
アニメスタイルのスタンプで「おはよう」だの「お元気?」だのと訊かれれば、どうしても返信せざるを得ず、ち絵さんは閉口していた。。
「このスタンプをダウンロードして使いなさい」
というご指示には無視できないから、言われたとおりにダウンロードして時々お返しで使っているそうだ。
その人は結構なお歳ではあるが、気持ちが若々しいのが長寿の秘訣なのだろう。
丁寧な文章を送信しても「ナシノツブテ」なよりはいい、と私は思っている。

しかし、メールという“手紙”を手軽に送れるようになって、思うことがある。
問い合わせた内容にきちんと応えてくれない人がいるということ。
──何でちゃんと読んでくれないんだ
と思ってしまう。
例えば、具体例を挙げると
「今日はお手伝いに行くから、何時に行けばいいか、要るものがあったらを教えてね」
という文章を送信したとする。
「大丈夫です」
と返信があって、それ以外のことは何も無し。
多分お手伝いには行かなくていいのだろうと思うが、もしかして何も持たずに来て欲しいのかもしれない。
要するに要領を得ない返答なのだ。
まあでも、自分でもそんなことがあるから、あまり他人のことは言えないが。

それからもう一つ嫌だったことを。
だいぶ前だが、海外の工場に出張中の社員に幾つか質問事項を挙げてメールをしたことがある。
すると私の質問の一つひとつを切り離し、その下に回答を上書きする形で返信がきた。
形の上では“抜けのない”返信だったが、そういう返信の仕方があることを知って驚いたし、何となくいい気分ではなかった。

友だち同士のメールの交換で、これをやった人がいた。
具体的に質問という形で書いたのではなかったが、私の文章が寸断されて、間に相手の文章が上書きされていた。
私ははっきりと「NO!」と伝えた。
「そういう返事の仕方は私が書いた手紙を細切れにされているようで嫌いです」
以来その人との縁は切れてしまった。

蛇足ながら、送信した文章を残したまま返信をくれる人がいる。
相手の文章を残すかどうかは選択できるけれども、通常は消すのがエチケットだと思う。
まあ、いろいろ違いがあって、それが個性というものでしょうけど、イヤなものはイヤと言った方がいい、と私は思う。

初回は小規模で

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ホテルの朝食で食べた白菜のサラダ。
サラダと言うべきか和え物と言うべきかは分からないが、とても美味しかったので、自分で作ってみようと考えた。
クルミがあったので、それをすり鉢で潰し、調味料を加えて味をととのえた。
問題の白菜は芯の柔らかい部分のみを使うことにし、サッとゆでた。
茹で方が最大の重要ポイントであることは判っていた。
シャキシャキ感が美味しさを盛り上げていたからである。
茹でる時間はごくごく短時間にしたにもかかわらず、やはり茹で過ぎになってしまい、水っぽくなった。

しかしまあ、家族はみんな完食してくれたから、上手く行った方かもしれない。
「初めての時は少しにしなさい」
とのち絵さんの忠告も守ったし。

もう一度チャレンジするぞ、白菜サラダ。

見つかったハサミ

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ち絵さんがいけばなで使うハサミがある。
「舌切り雀」のハサミに似たアンティークな形をしている。
切れ味は出回っているステンレス製の園芸バサミの方が優れているけれども、華道教室で花をいける際はやはり“古式豊かな”道具が似合うのだろう。
ち絵さんは教室用のきちんとしたものと刃先が少し欠けた普段使いのもの2本を所有している。
ところがその2本を紛失してしまった。

どうやら畑での作業に使ったらしい。
ブロッコリーやネギを収穫したりするための園芸用ハサミは私が買ってあげたのがあるけれども、多分それも失くしてしまって、いけばな用を使ったのだろう。
ハサミ類が失くなると台所から包丁を持ってゆく。

そんな状態になったある日、
「見つかったよ!」
ち絵さんがきちんとした方のいけばな用ハサミを私に見せた。
畑のマルチのビニールの上にあったとのこと。
どちらも黒いから見分けがつかなかったのだろう。
ところどころ錆びていた。

それから数日して
「見つかったよ!」
今度は普段使いの方だ。
ホウレンソウの下に隠れていたそうだ。
錆が酷い。

「きれいになるかしら」
さび落としは任せなさい。
酸で錆を溶かしてから塗装すればいいだろう。
刃先が欠けているのも補修したほうがいいね。
酸は・・・
無機酸がもあるけれども、有機酸を使おうか。
確かビネガーがあったはずだ。
もう賞味期限をとっくに過ぎているやつだから、こういう時に使うのにぴったりだ。

そんなものかな

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昨日は寒かった。
今日は幾分気温が上がった。
甥のGさんに手紙を書いたが、住所が判らない。
姪のNさんに電話を入れて訊いてみることにした。
NさんはGさんの妹で、同じ市内に住んでいる。
ところがNさんは兄さんの住んでいる住所を知らないと言う。
「そんなもんだよ」
と平気な様子。
驚いた。
近くにいてしょっちゅう行き来しているが、手紙を出したりする必要に迫られたことはないからなのだろう。
仕方がない。直接Gさんに電話を入れて訊いた。
住所が分かったので、明日手紙を投函しよう。
そんなもんだよ、とは恐れ入りました。

朝食はバイキングです

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ホテルに宿泊すると朝食は大抵バイキング形式だ。
そこで選ぶ場合、先ず最初に決めるのはご飯にするかパンにするかだと思う。
私は決まってパン。
ち絵さんはご飯の方がいい。

トレイを取り、順路に従って廻りながら惣菜を選ぶのだが、全てが美味しそうに見える。
「よし、これを食べよう」
と思うものがあれば、傍にある食器を取り、トングや大きなスプーンを使って取り分ける。
取った後からまたまた美味しそうなものが出てくるから悩むのだ。
適当なところで惣菜選びは終わりにする。
最後に飲み物を選ぶ。

私が選んだ惣菜の中に白菜を何かで和えたものがあった。
それがとても美味しい。
「よ~く調べて、あとで作ってね」
ち絵さんに言われるまでもなく、そのつもりでレシピを特定しようと思っていた。
しかしよく分からない。
白菜は軽く湯通ししてある。
潰したクルミかアーモンド入りのドレッシングで味付けをしている。
そのドレッシングが良く判別できない。
仕方がない。自己流でやってみるしかなさそうだ。

というわけで、
白菜を買ってこなくちゃ。

白鳥は横に飛ぶ

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                               〈光のマリア〉

葬儀があって急遽用意を整え、郷里に向かった。
ち絵さんと車で出発したのは21日の早朝6時。
高速道路では終盤になって事故渋滞に遭って全く進むことができず、1時間半ロスしたが、走りはほぼ順調で、約7時間半で最初の訪問宅に寄り、その後宿泊するホテルにチェックインした。

その日の夕方、葬儀会場入りしお通夜に参列。
翌日は午前中に告別式。それから火葬場へ。
火葬場では骨あげまで待合室で兄夫婦といろいろ話し込んだ。
義姉さんが言った。
「何年分もの話をしたみたいだの」
確かに、こういう状況ではお互いなぜか真剣な話し合いになる。

葬儀会場に戻ってから初七日と四九日の法要があり、その後直会。
終わったのは午後4時半ごろだった。
「いなかの葬式は長いのよ」
「ほんとに、一日がかりだね」
そんな会話が聞こえてきた。
全て終わったのは夕方だった。
その日も再びホテルに泊まり、翌日帰る予定にしていた。

ホテルの食堂で3日目の朝食を摂っているときだった。
あいにくみぞれで、大きなガラス窓からは黒い雲が次々に現れ流れていくのが見えた。
暗い空を白鳥が飛んでいた。
最上川の河口にはこの時期、シベリアからたくさんの白鳥が飛来してくる。
(ち絵さんと婚約時代、観に行った経験がある)
今がちょうどその時だったのだ。
数羽、数十羽と群れをなして、どこへ行くのだろう。
港がある河口の方角とは違っている。

次から次と飛んでくる白鳥に見とれていた。
せわしなく羽ばたいているが、強い風に流され、まっすぐに進まない。
おやおや、羽ばたきながら横に流れてゆくではないか。
それを見たち絵さん
「白鳥って横に飛ぶんだね」

横に飛ぶのはまだいい、懸命に羽ばたいているのに後ろにバックしている群れもあるじゃないか。
こんな風の強い日に飛来してこなくてもいいのに、と思ってしまった。

さて、その日は予定していた親類宅全てに顔を出し、挨拶を済ませて帰途に着いた。
まだ強い風は治まらず、車のハンドルが取られ一瞬蛇行する。
私はち絵さんに言った。
「酔っぱらっているみたいでしょ。でも風のせいなんだよ」
ち絵さんの頭の中に白鳥がいたようだ。
「白鳥をバカにしてはいけないね」
強い風で横や後ろに流されて、なかなか前に進めない白鳥を笑ってはいけない。

田んぼにたくさんの白鳥がいた。
義姉さんに白鳥が最上川の河口とは違った方向に飛んで行ったと話したとき
「田んぼにエサを食べに来るのよ」
と教えてくれたが、何を食べているのだろう。
ち絵さんに尋ねると、落ち穂だろうとのこと。

横風の地帯を過ぎると雪道になった。
来た時に通った道が2日後に雪に覆われていて驚いた。
どの車もノーマルタイヤのようで、安全運転だった。

荒れた奥羽山脈を越え、夕方無事帰宅。
今回の車での往復は往路は順調だったが、復路は新しく出来た高速道路に迷い込んだり、終盤に出口を勘違いしたりでさんざん。
でも運転する私が眠気に襲われるのを気遣い、ち絵さんが始終話かけてくれたので、ほとんど眠くならず、疲れもひどくなく往復1000キロ弱を走り終えた。

ち絵さんには感謝の意味を込めて「こんなことは初めてだよ」と伝えた。

男同士のおしゃべり会

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古い友人二人と会った。
MさんとYさん。どちらも私より若干年上だ。
年に2回、春と秋に公立の施設で会って近況報告などしている。
もう半世紀以上の付き合いだ。

食堂もあるから、食事を挟んで長々とおしゃべりする。
話題と言えばやはり健康、つまり体の不調や医者通いのことになる。
Mさんは白内障の手術を受けたが、片方の目の視力が良くならない。
Yさんはガンの手術を受け、転移も無く、今は順調だ。
私は耳と心臓と肺の薬を常用していて、定期的に医者に通っている。
とまあ、そんな話。

あとはそれぞれの“近未来”の話だろうか。
歳をとれば誰もが考えることだが、そこに不安があるとつい口に出てしまう。
そしてお互いの状況を教えてもらって、内心ほっとしたり、ますます不安になったりする。
なんだかんだ話し合って、2時間半ほど過ごす。

今年は既に2回ほど会ったから、次は来年だ。
秋に会えば
「(来年)暖かくなってからだね」
春に会えば
「(暑い夏が過ぎて)涼しくなってから会おうか」
となる。
いつまで続くだろうかと、お互い思っているのだろうけれども、そのことは誰も口にしない。

ハサミ将棋

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七五三のお祝いだった。
7歳のYui と5歳のReiji(満では4歳だが)の二人がわが家で着付けをしてから、近くの神社に向かった。
Yui の晴れ着姿がかわいいこと。
帰宅して晴れ着を脱いでくつろぐ。
Yui と私で挟み将棋をやろうとなった。
Yui は全く経験が無いのでルールを教えなければならない。
Yui の母親が助け舟を出すことになり二人で組になった。
私は教える役とは言え負けるのは嫌だから、挟まれないように頑張った。

やり始めて、「こんな時はどうすればいいのかな」という場面が出てきた。
①相手のコマに挟まれる状態にコマを入れたら、取られちゃうのか取られないのか
②相手のコマの動きを完全に封じる形にしたら、取れるのか取れないのか。
③コマの数が幾つになったらゲーム終了となるのか
童心にかえって遊んだはいいが、ルールをきちんと覚えていないことに気が付いた。
子どものころはよくやった遊びだから、知っているものと思っていたのだが。
挟み将棋の他に覚えているのは幾つあったろうか。
「崩し将棋」だの「回り将棋」だのがあったっけ。

いま、若い世代に将棋がブームになっている。
あの頃、本来の将棋のルールはちゃんと覚えていたし、友達と“本物”で遊ぶこともあったけれども、なぜ変則将棋で良く遊んだのだろう。
不思議に思う。

食品庫の怪

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小さいながらも缶詰や瓶詰、それに乾物などを保管しておく場所がある。
食品庫と称しているが、「庫」なんてものじゃなく、扉の付いた単なる「戸棚」なのだが。
そこの一番下が、ふと見ると濃い褐色の液体で濡れている。
「ナニ、コレ!」
ち絵さんが気づいて悲鳴を挙げた。

私はすぐに戸棚の中の収容物を出して、流出物の源を探った。
しかしどうもよく分からない。それらしいものが無いのである。
コーラや醤油のボトルがあったので、それが暑さのために噴きこぼれたのだろうと推測したが、確信が持てなかった。

一旦きれいに掃除してその翌日。
またもや同じことが起こった。
原因は2段になっている棚の上に置いてあったパイナップルの缶詰だった。
年月が経って中にガスが発生し、液体が缶を破って流れ出たのだった。
原因が判ってほっとしたが、人騒がせな缶詰だった。

缶詰って、缶が腐食しない限り何年でも持つものと思っていたが、そうじゃなかった。
製造に問題があって、細菌が増殖したのだろうか。
それとも缶に傷があったのかな。

マキという名の木

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植木屋さんに頼んで庭木の剪定をやってもらった。
まだ半分しかできていないのだが、残りをいつやってもらえるかは未定だ。
今回はさほどボサボサになった訳ではないのだが、隣家に枝葉が伸びて気になっていた。
だから早めにやってもらった。
とは言え、予約を入れたのが今年9月のことだったから、やっと取り掛かってもらえたといったところ。
先方のメインの仕事が空いたときにという条件だから、なかなか思うようにいかないのもしょうがない。

ち絵さんが植木屋さんにいろいろ話を聞いたようで、教えてくれたのは、
専門は庭木の輸出を担当している由。
中国にマキという木を多く輸出しているとのこと。
マキを調べてみた。

【イヌマキ(犬槇)】
雌雄異株の常緑針葉樹
赤紫色の果実がなる
ラカンマキ(羅漢槇)もある

わが家のヤマモモは実がならないが、こちらは実が食べられるとしたら面白そうだ。
でも植えるつもりはないけど。

タッチペン

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ポテトチップスやチョコチップスの売り上げが落ちているという。
原因はそれらを食べるながらスマホを操作すると、画面が汚れるので敬遠されているのだとか。
汚れた指先でスマホやタブレットをいじりたくない。
なるほどと思う。

指先に湿り気が無くなった人はタッチが上手くゆかず困ることがある。
私もち絵さんも「乾いてきた人間」だから、それが切実な問題となっている。
指先をちょっと湿らすために、なめるとまではいかないが、唇に触れて水分を補給する。
それは効果があるのだ。
だけど、ちょっとひとには見せられない。

タッチペンというものがある。
これを使ってタッチすれば、操作は確実。
ち絵さんと二人で文房具店に行き、タッチペンを2本買った。
このタッチペン、片方の端に付いている柔らかいゴムで軽く画面に触れると、気持ちが良いほどにスマホが動作する。
普通サイズのものは私が、少し小さいサイズの女性用はち絵さんが持つことになった。
「これなら外出先でも使えるでしょ」
(指先をなめながらスマホをやっている人はいないもんね)

不思議に思うのは、そのゴムの部分に湿り気があるわけでは無いこと。
消しゴムなんかでやってもダメだから、特殊な仕様になっているのだろう。

ウォーキングカー

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年配のご婦人がウォーキングカーを押して歩いている。
私たち家族がこの地に引越してきたときからの知り合いだが、知り合いと言っても私たちが地区の班長を勤めていたときだけで、以来何年も言葉を交わしていない。
当時は地区の集まりや集会所の定期的な掃除や行事などがあると、一緒に仕事をしたり、助言を頂いたりしていた。
ご婦人の名前はKさんと知っているが、Kさんはこちらを覚えておられないだろう。
スーパーでひょっこり会ったりすることもある。
背中が多少丸くなってはいるが、まだまだお元気のようだ。
あちこち歩く姿からは、“一生懸命生きている”という雰囲気が伝わってくる。

一方シルバーカー(電動4輪車)でスーパーに出かけてくる男性もいる。
店内は車イスに乗り換えるが、右足の足裏だけで床を引き寄せるようにしてゆっくりゆっくり移動している。
バスケットを膝の上に置いて。
その人の名前は知らないが、やはり生きることに一生懸命だ。
何事もそうだが、一生懸命に生きている姿は人に感動を与える。
この先何が起ころうとも、今を“精一杯に生きる”ことは素晴らしいことだ。

甘柿、渋柿

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郷里の義兄から柿が送られてきた。
銘柄は「庄内柿」。
渋柿だが渋抜きしてあるから、すぐに食べられる。
私もち絵さんも柿はこの庄内柿が一番の好物。
渋を抜いた柿の甘みと食感は甘柿のそれと比較できないほど勝っていると思っている。
単純な「郷土の産物ファースト」ではなく。
(嗜好の問題だから、あくまで個人的な判断だけど)

ち絵さんが早速義兄にお礼の電話を入れた。
そのあとのち絵さんの表情が暗い。
「運転免許証を返納したって」
加齢による義兄のからだの衰えが早いようで、最近どうしたのだろうと思うことが続いていた。
電話で聞く声もよく聞き取れなくなったそうで、心配になったのだろう、
「一度会ってこようかしら」
この目で確かめて来たいと言う。
「『会えるときに会っておけ』って言うし」
それがいい。
ゆっくりと話し合ってきた方がいい。

柿の話に戻って、
「わが家にも柿の木が欲しいね」
となった。
柿の苗木を買ってきて、畑に植えよう。
「桃栗3年柿8年・・・」と言うから、8年後には柿の実がなるだろう。
甘柿にするか渋柿にするか。
ち絵さんも私も甘柿を選んだ。
「渋抜きはめんどうだし」
という理由から。

渋抜きの面倒なことを知っているから、美味しさより手軽さが勝ったのであった。

サラリーマンの七つ道具

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昨日の気象情報では今日と明日は行楽日和だとのこと(いまは天予報と言わなくなった)。
週間の天気の移り変わりや気温の変動まで詳しく教えてくれた。
でも7日後の天気ともなれば、当初の予報とはズレが生じてくるだろうけれど、それもやむを得ないことだろう。

気象予報士の解説は懇切丁寧で驚く。
洗濯しなさいはいいとして、折りたたみ傘を持てとか、半袖じゃなく長袖が良いとか、
「そんなことは自分できめるよ」
と言いたくなるほど。

サラリーマン時代はカバンにいつも折りたたみ傘を入れていた。
それ以外に常時携帯していたのは何があったろう。
サラリーマンの七つ道具を挙げてみよう。
①まずは財布。これはサラリーマンに限らないが。
②腕時計。時間を守ることは人として基本中の基本。
③名刺入れ
④ペンケース。中にはボールペン、鉛筆、消しゴム、カッターナイフなどが入っている。
⑤ファイル。これは“道具”とは言えないかも知れないが、得意先を訪問するときなどに必要な情報などが収められている資料という意味。
⑥スーツ。これもまた当たり前のことだが、サラリーマンがよれよれの服装をしていたんじゃあ締まらない。もちろんハンカチ、ティッシュはポケットに入っている。
そして前述の
⑦携帯端末。ポケベルの時代もあった。今はケイタイは持っているのが常識になったが、無かった時代はテレホンカードということになる。

しかし「七つ道具」なんて、いまや死語に近い。
最先端の「これだけは持たなくては」というものは何だろう。
タブレットとそれに接続できる携帯型のプリンターだろうか。
もちろんタブレットには自社の宣伝に使える情報や、何らかの契約を取り付けたりするのに必要な情報がアップロードされていなければならないが。

古い話を持ち出せば、以前は得意先との打ち合わせでは、会話をしながら「打ち合わせメモ」を作り、話し合いが終了した時点ですぐに相手に読んでもらい、了承したというサインをもらったものだった。
どこかの官僚の誰かさんが言った『記録は一切採っていません』なんてことは、想像もできないこと。

近い将来AI が会話を記録し、即座に要約して「議事録」を作成してくれるようになったら、そんな怖ろしいことは無くなるでしょう。

セルフを使わない理由

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ガソリンスタンドに寄って、車にガソリンを入れ、灯油を買ってきた。
私が利用するGSは従来タイプのところで、セルフではない。
自宅から2.5キロほどあって、決して近いとは言えないのだが。
セルフはあちこちにあり、幾らか安いしカードでの支払いも可能だからそちらにしてもいいけれど、今のところ替える気持ちは無い。

なぜ替えるつもりは無いのかと訊かれたら、
その理由は二つある。
その一つは自分が動き回らなくていいから。
特に灯油を購入するときなど
「レギュラー満タンにして、(車の)後ろに灯油缶が入っているから、36リッター入れてください」
と言うだけ。
自分は運転席に座っているだけでいい。

二つ目は、従業員と短いながらも会話を楽しめること。
一人の女性従業員からいろいろ話を聞いちゃったよ。
母子家庭だそうだ。
でもなぜそうなったかは知らない。
週5日の勤務だが、家計は苦しいこと。
子どもが3人いて、上の子が高校を出たあと就職して、家庭に幾らかお金を入れてくれるようになって助かっていること。
いや、そういったことを私から訊いたわけではなく、
「今日は寒いねえ」
などと声を掛けたら、向こうがしゃべり始めただけなのだが。

あまり細かいところを聞いては悪いから、適当なところでお終いにするけれども。
車のウインドー越しに交わす会話でも何となく近親感が生まれる。
だからちょっと遠いけれども、いつもそのGSを利用している。

きりたんぽ鍋

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立冬は過ぎたがしばらく暖かい日が続くとの予報。
でも今日はちょっと肌寒い。

今夜は「きりたんぽ鍋」を作ることになった。
食材は全てち絵さんが用意してくれた。
私はきりたんぽの袋に書いていあるレシピに従って調理するだけだ。
材料が結構ドッサリだったので、わが家とKファミリーの分まで用意できた。
(もともとそれが目的でした)

さて、味はどうだろうか。
出汁は付いているものを希釈しただけ。
材料を入れて煮込むと美味しい匂いが立ち込めた。

きりたんぽをウイキペディアで調べてみた。
名称は槍の刃先にかぶせたカバーに由来しているとあった。
なるほど、形がよく似ている。
秋田の冬の名物料理を戴いた。

捨てられぬスマホ

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ち絵さんのスマートフォン。
「もう、いやだコレ!」
上手くいかなくてイライラすることが多いようで、確かに精神衛生上良くないとは思うのだが、それでもち絵さん、困った時は私に相談しながら何とかガンバッテ使っている。

これまでの携帯電話では孫たちの写真を送信してもらうことができなかったが、それが可能になったし、使用料が格段に安くなった(はずだ)から、総合的に判断すれば、多少のイライラは我慢せざるを得ないと心得ているのだろう。
しかしスマホ本体が娘K子のお下がりで、古いものだから、操作にまどろっこしいところがあって、気の毒に思うことがある。

それに原因するのかどうか分からないが、通話アプリを低料金のものを選んだことによって、メールの送信に制限が掛かるようになった。
これは先方の携帯やスマホの設定の問題で、こちら側では対策のしようがない。
つまりGメールやEメールが送信可能な場合と不可能な場合がある。
そこで先方と電話でいろいろやり取りしながら、メールの送信手段を探し、やっとのことで、例えばショートメールならOKと判ったりする。

ところが一度それでOKだったのが次回はダメだったりすると、代わりにトライしてみる私にも何が何だか分からなくなってしまう。
ち絵さんになり代わって、私が文章を打ち込んで送信してみたりしていると、
時間をおいてから
「あら、送れちゃってる」
なんてことになると、もうさっぱり分からない。
しかしまあ、そんなこんなで転ばしてゆくしかないんだね。

「人生は慣れぬスマホに似て、もう捨ててしまえ、いや捨てられぬ」
なんちゃって。

サンチュをプランターで栽培すると

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いよいよ秋も深まって、庭に枯れ葉が散り始めた。
ナンテンが赤い実をつけているのだが、白いネットがかぶせてある。
ち絵さんの仕業だ。
多分、鳥についばまれるのを避けるためだろう。
何だか見っとも無いが私が口を出すべきことではない。

ち絵さんが畑に作った野菜の中で、今も収穫できているのはサンチュだ。
味はレタスより劣るが、持ちもいいので重宝する。
焼き肉に巻いたり、サラダにしてバリバリ食べている。
私の生野菜好きを知っているち絵さんはサンチュが食卓から消えるころに、すぐに畑から収穫してきてくれるのでありがたい。

今朝は小さくて透けるような黄緑色の葉を積んできて、これもサンチュだと言った。
「トッピングになるでしょ」
プランターに植えてベランダで栽培しているものだとのこと。
生育が悪いので、植え付けるとき肥料を遣ったかどうか訊いたところ、培養土を使ったから肥料は要らないとのこと。
それでもやっぱり肥料が必要なのじゃなかろうか。
「お米のとぎ汁を遣ってるから大丈夫」
とのこと。
全く気が付かなかった。
関心が無いと見えないものだ。

白菜も栽培中。
友人のTさんから5株戴いたものだが、1株は根切り虫にやられた。
「葉っぱがこ~んなに大きくなってる」
両手で大きさを教えてくれた。
白菜の栽培は初めてなので、大きく育って欲しい。
4株も収穫できたら、漬けものにしたりタンメンを作ったりできる。

白菜の漬物はシナッとして、少し酸味が出たのが普通だが、私はまるっきりの浅漬け党だ。
それこそ、まだ塩が馴染んでなくてパリパリなのがいい。
自分で好きなようにできるから楽しみだ。

生まれ変わった総合病院

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総合病院の耳鼻科を受診してきた。
耳の中を覗いてもらって
「きれいですね」
聴力を調べてもらって
「変わりありませんね」
で終わった。
半年に1回の定期検査で、やめちゃってもいいんだが、何となく続けている。

この総合病院はもうずいぶん前からお世話になっていて、建物が古い時の不便だった頃のことを思い出す。
狭い通路が待合室だった頃は車イスで通る人が気の毒だった。
増築に増築を重ね、A棟、B棟・・・といくつもの棟を廊下で結んでいるから、まるで迷路のようだったこともあった。
駐車場はあちこちに点在していて、係員が立って誘導していた。
私の場合、外来での受診とそのあとの通院はしょっちゅうだった。
入院は3度・・・かな、いや4度だったかもしれない。

いま建物は立派なものができて、受付、待合室、診察室、各種検査室などが整然と並んでいる。
それらを結ぶ廊下もスッキリして、迷路のような状態だったころを思い出させるものは何もなくなった。
受診するシステムも電子化されたというのだろうか、診察券を機械に入れて受付すれば、あとは診察室の前に行って待つだけ。
デスプレイに受付番号が表示されるので、「ポアラーン」と電子音が鳴って自分の番号が出たら診察室に入る。
薬が処方されれば、別棟の薬局に行って、そこでまた受付番号を取ることになる。
全てがスムーズに流れているようだが、時間がかかることおびただしい。
患者というか訪れる人が多いのだ。
駐車場は整備されたが、道路に停まって待つ車の列が長く伸びている。
今日の私は予約済みだったからギリギリに出かけてもいいのだが、駐車できなくなるのは嫌で、うんと早めに家を出た。

そんなこんなで、大きな病院はいろいろ難しいことが多い。
初診は受け付けず、どこかの医者の紹介が無ければダメと言われているのに、なんであんなに人が集まるのだろうと思う。
健康でない人、健康だとは思っていない人が多いんだな、きっと。

心を打ちのめす絵

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「新潮美術文庫」は50人ほどの画家の業績を一人1冊に詳しく解説しているA5サイズの古い画集だ。
手ごろな値段だから、絵が好きで買い求めた人は多いと思う。
私が持っているのはわずか10冊だけだが、その中の1冊、
“ルオー(ROUAULT)”
フランスの画家アンリ・ルオーは20世紀前半に活躍した「キリストの画家」と言われた人。
画集にはルオーの生い立ちから当時の宗教的な環境、画家としての生涯が詳しく述べられている。

でも私はその辺をしっかり読むことはあまりしない。
ただページをパラパラッとめくり、自分の好きな絵に見とれるといった見方をしている。
難しいことを理解できない、きわめて単純な頭だから。
画集は他に幾つか持っているが、大抵そんな見方をしている。
だから、ある画家の絵に惹きつけられて、その絵ばかり見続けるということになる。
その一つがルオーの画集では「ヴェロニカ」
見るたびに圧倒される。

「こんな絵を描きたい、創りたい」という思う反面、自分にはどんなに努力してもこれほど人の心を打ちのめすほどに惹きつける作品を創ることはできないという“情けない思い”が湧いてきて、心が萎えてしまう。
それでも「高望みをするのは馬鹿げている、自分は自分の『ヴェロニカ』を作ればいいのだ」と思い直し、創作意欲を奮い立たせ、ラフスケッチを描き始める。
何枚も何枚も描く。

何とか「よし、これでいこう」となって本格的に下絵を描き、制作に移る。
それからがまた大変。
下絵が幾ら良く出来ても下絵は下絵、本番の版画は別物なのだ。
しかし、そんなことは誰でも知っている常識。
その辺の悪戦苦闘を何とかクリアして、一応「まあ、これでいいんじゃあないの」となり、
今回の私の「ヴェロニカ」ができたという次第。

先日教会で開催された「アートデイズ2018」に出品したが、「ルオーのヴェロニカ」に触発されて創った作品だなんて、おこがましくて言えないんだけど。

サラダは続くよ

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      〈ヴェロニカ スケッチ〉

私の作るサラダはいつもいつもポテトサラダだというわけではない。
ポテトサラダが続くことはあるけれども、それはジャガイモその他の食材が揃っているときで、基本的にはポテトサラダの後は別のサラダにしようと思っている。

その一つ、スパゲティサラダ。
中身はほとんど似たようなものだが、使う材料は比較的少ないし、唯一ポテトと違うのはリンゴが入らないこと。
だからこちらの方が短時間でできる。

しかし、ち絵さんはポテトの方は大好きだが、スパゲティの方は得意じゃあない。
「ミックスベジタブルが苦手なのよ」
と申される。
それでも
「作ってもらうんだから、感謝して食べなくちゃね」
と覚悟を決めているようだ。

今日はスパゲティサラダを作った。

おはなしげきじょう

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どんぐりのトトトロのための、もう一つの舞台を作った。
〝ものがたり”を作るのは1年生のYui に任せよう。

サンゴジュの丸太を半分に割り、25センチの長さに切る。
皮の方を下にして足を付ける。
今回のは幅広で、ゆったりしている。
細い枝を数センチ長さに切って立てれば、林のイメージができる。

両面テープで固定しようとしたが、くっつかない。
枯れた木でもヤニ(樹脂分)があるのかな。
やむを得ない。ボンドを塗って暖かい日差しの中に置いて乾燥を早めた。
被膜ができて、これで接着はバッチリ。

舞台に看板を付けよう。
木を小さく切って「おはなしげきじょう」と書き、前面に打ち付けた。
これでできあがり

手紙を添えてYui に渡した。
Yui に渡してからのことをち絵さんが報告してくれた。
Yui はさっそくそれで遊び、どんぐりのトトロや余分に作った切株を配置してものがたりを作り始めた。
場面場面をち絵さんのスマホに撮り、最後はテーブルの下に持ち込んで暗くした場面にして
「夜になりました。おしまい」
で終わったとのこと。
でも、ものがたりの中身は全く聞いていないとのこと。

今度会ったら聞かせてもらおう。

トトロがどんぐりコロロに

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Yui が学校の工作で作ったどんぐりのトトロ。
良く出来ている。
わが家に遊びに来た時に、プゼントすると幾つかを置いて行った。
それを眺めていたち絵さん、アイデアがひらめいて、トトロと木の枝を持って私に頼みに来た。
「木を横にして、その上に並んでいるようにしたいのよ」
木の枝は枝ぶりが悪くなって切ったサンゴジュだ。

私はち絵さんのひらめきをイメージできなくて訊いた。
「丸い木の上にどうやって並べるのよ。すぐ転がり落ちるでしょう」
しかし、そこは手先が器用なはるかおじいさん、パパパッとどんぐりと枝とを頭の中で組み立てて、
「分かった。任しといて」
それからち絵さんに足りない資材を要求した。
「サンゴジュの枝分かれしているところを持ってきて」

かくてゴシゴシ、トンテンカンと大工仕事が始まり、
サンゴジュのやや太いところをタテに切って脚を付け、25センチほどのテーブルのようなものができた。
片側には枝ぶりの良いところを短く切って立て、大木に見立てた。
3人のどんぐりのトトロを適当に配置すると、何やら話し込んだり遊んだりしている情景が浮かんでくる。
そこでまたもやひらめいて、
「よし、物語を作ろう」

そこで出来上がったのが
「どんぐりコロロ3兄弟」のものがたり。
1場:3兄弟が集まって、「何してあそぼ」
2場:ゆっくりが好きな「ホー」がのんびりしてたら仲間外れになってしまい、木の陰に隠れてしょんぼり。
3場:気のやさしい「ハル」が可哀そうに思って、「ホー」に『ごめんね、いっしょにあそぼ』
4場:にっこり笑った「ホー」と「ハル」
5場:「ハル」が「ホー」を力持ちの「ブン」のところに連れてきた
6場:「ブン」が大きな声で叫びました。『探検ごっこしょう』

さて、ち絵さんはこれを見て思案顔。
「どうしてコロロなの、これは3人のトトロだよ」
おやおや、トトロがコロロに変わったことが理解できないようだ。
そこで私は真剣な顔になって、やさしくコトのなりたちを説明した。
ち絵さん、難しい顔をしていたが、やがて理解できたようで
「トトロが3人集まって、コロロ3兄弟になったわけね」
そうそうそのとおり。
と、そこまでは良かったのだが、最後に
「ああ、疲れた」

【ご招待】
「どんぐりコロロ3兄弟」のものがたり(1幕6場)はFacebookに投稿してありますので、至門 遙のタイムラインをご覧ください。

朝に道を聞けば

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「朝(あした)に道を聞けば夕べに死すとも可なり」

このことわざの意味を取り違えていた。
「朝元気に道を尋ねた人が夕べに死ぬこともあり、人の命ははかないものだ」と覚えていた。
正しくは「朝方に人としての道を悟ることができたならば、たとえ夕方に死んでも心残りはない。『論語』にあることばで、道を知ることが、人間として最も大事である」(ことわざ新辞典:高橋書店)という意味。
そもそも“道を聞く”ことを「目的地までの道順を聞く」と言葉どおりに解釈していたのが間違いだった。
「道を聞く」とは「人としての道を悟る」だったのか。

ところで「人の命ははかない」ということわざはたくさんあるが、「人の道を知ることの大切さ」を表わすことわざは他にどんなのがあるだろう。
と思って調べてみたが・・・
意外に無いのだ。
上記の「ことわざ新辞典」にはそれらしきものが見当たらない。

一方、これは私的な解釈になるから、納得されない方もおられると思うが、
聖書には人として生きる“道”が随所に出てくる。
その一つ、
〈イエスは言われた。「わたしは道であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。〉(ヨハネによる福音書14:6)

参考までに、あと二つ
〈わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり わたしの道はあなたたちの道と異なると 主は言われる。〉(イザヤ書55:8)
〈「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」〉(マタイによる福音書3:3)

ここに挙げた3つの例にある道は、いずれも“主イエスの説く道”となりますけど。
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プロフィール

はるか

人の顔ばかり描いていて、何かいいことがあるかと言いますと、そういうことは全くありません。スクラップブックがやたらと増えるだけで、やめたいのですが、やめられません。文章も毎日つまらないことばかりですし、絵とはつながりがないので何か変ですが、これでいいんでしょうか。

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