いち絵 にっき

果てしなく人の顔を描き続ける「はるか」と畑の野菜作りに元気な「ち絵さん」のありふれた日常の一コマを切り取った一期一‟絵‟日記

2019年01月

春はすぐそこに

IMAG7595

「寒い寒いと言ってたけど、もうすぐ節分だね」
季節は変わり目に来ている。
しばらく前まで、ち絵さんと二人で孫たちを保育所に車で迎えに行くときは、交差点でちょうど信号の位置に太陽が来て、運転する私は
「カガボシイ(まぶしい)!」
と叫んでしまうことがあった。
信号が太陽と重なって判別できなくなるのだ。
しかし最近は太陽の位置が少しずつずれるようになった。
「日が長くなってきたね」
と実感する。
孫たちを送り届けて帰宅し、わが家の玄関を開けて中に足を踏み入れたとき、
以前は足元が真っ暗闇だったが、今はぼんやりと明るい。
春がすぐそこまで来ている。

おにぎりとハンドバッグとメモ用紙

IMAG5147

温かい布団に見切りをつけがたく、目覚ましを少し遅い時刻にセットし直した。
だから鳴ってすぐに起きたのだが、いつもよりほんの少し早かっただけだった。
大急ぎでシャケのおにぎりを作った。
何とか間に合った。

今日は風が治まって穏やか。
ち絵さんから頼まれたハンドバッグの修繕がある。
ゴム系の接着剤が劣化して、貼り合わせてあるところが何ヵ所か剥がれている。
同じゴム系は使いずらいので、布や皮などに使える万能の接着剤を使って補修した。
仕上がりは上々。

Yui がメモ用紙を欲しいと言う。
不要な紙を適当な大きさにカットして届けた。
一枚に鳥の絵が描かれて戻ってきた。
その絵がとても面白い。
メルヘンチックとでも言ったら良いか。
子どもらしさが溢れている。
私が描きたいと思うイラストは、そういった子どもの目で見た世界。
大人になるとそれがなかなか難しい。
身に付いた常識や固定観念を捨てて、天衣無縫になれればできるのだろうけれど。

北極熊の生きる道

IMAG6701

今朝はかなり冷え込んだ。
ち絵さんが目覚めてつぶやいた。
「暖かかったらホッキョクグマは生きていけないもんねぇ」
確かに。
夏は暑く、冬は寒くてちょうどいいのだろう。
早く着替えて部屋を暖めよう。

今日は筑前煮を作る予定だ。
食材は全部そろっている。
午後からスタート。
筑前煮ができた。
美味しく出来た。
多分。

寒い夜の昔話

IMAG6572

北日本と北海道の日本海側が猛吹雪だ。
太平洋側は山沿いを除いて晴れの日が続いているのでありがたい。
強い風は治まっているが、夜になっての冷え込みはまだ和らぐ気配がない。
寒い夜はどういう訳か「むかしばなし」が出る。
昨日に続いて、今日もまた。
ち絵さんに私の幼少の頃、年の暮れの餅つき風景を披露した。

私の祖父母は弔事用の菓子などの供物を製造していた。
いわゆる葬式饅頭を作っていたのだ。
生家には小さな看板が残っていて、それには金箔入りの文字で「御法事用調進所」と書いてあった。
台所の奥には大きな鍋二つで煮炊きできるこれまた大きな竈(かまど)があった。
あんを作るために小豆を煮たのだろうか。

臼と杵も大きかった。
セイロでふかしたもち米を臼で搗くのは祖父と兄の役目で、弟が加わったこともある。
私もひと臼搗いたことがあった。
杵が重くて大変だったが、なんとか頑張った。
餅を搗いたのはその一度きり。
祖父が客人に「今年は6臼搗いた」とか「7臼搗いた」と言っていた。
私の記憶に間違いなければ、使ったもち米は4斗と聞いている。
40升(72リットル)ということになる。
「それじゃあ1俵になるじゃない」
ち絵さんが驚いて訊く。
「それ全部自分のうちで食べたの?」
そうなんですねぇ。
家族が総がかりで丸めた餅は、「そね」と言われる漆塗りの長方形の箱(畳1/3ほどの大きさ)に7つか8つもあった。
お腹が空けば何はなくとも餅を焼いて食べたから、日が経ってカビが生えて困ったことはなかった。

こういったむかし語りは、餅つきを知らない人には面白くも何ともないだろうと思う(すみません)。
私がとても懐かしく思うのは、搗きたての餅に大根おろしや納豆を掛けて食べたこと。
いや、飛び切り美味しかったのはふかしたもち米を臼に移す前に、茶碗に少しだけもらい、醤油をサッとかけて食べたこと。
ご飯に醤油をかけて食べるのはタブー中のタブーだから、滅多なことでは許可されなかった。
だから美味しかったのかもしれない。
もう一つのタブー。
搗きたての餅を火にかけたり熱を通すこと。
祖父母のどでかい声で叱られる。
理由は分からない。

風の鳴る家

IMAG7248

午後4時近くになって日が傾きかけると、私の仕事部屋に西日が差す。
眩しいけれどカーテンを引くのは早すぎる。
電気スタンドのシェードで日を遮り、眩しさをしのぐ。
最近晴れの日が続いているので夕方になるといつもこんな調子。
♪・・・日暮れはいつも 寂しいと 小さな肩を震わせた・・・
なんて、ちょっと感傷的な気分になる。

昨日から強い風が吹いている。
風が屋根をかすめ、電線を揺らして唸り声をあげる。
それがまるで誰かが叫び声を挙げたように聞こえるときもあって、その“声”にち絵さんが
「いやぁ~ね」を連発する。
──風の鳴る家だ
玄関の近くで「ガタン、ゴトン」と大きな音がしていた。
今朝になって調べてみると、植木鉢などを収めている木の箱がひっくり返っていた。
植木鉢には土が入っていたのに、相当な強い風だったようだ。

その風の強い日の夜話。
何の話が出たときだったか、ち絵さんが私に訊いた。
「兄弟でも気の合う人と会わない人がいる?」
私はもちろん、と答えた。
私の姉、兄、そして弟とのいろんな経験談をかいつまんで話した。
それぞれが家庭を持ってから“絡んでしまった糸”を、私がお節介にも解きほぐしてあげようと“出しゃばった”ことをしたこと。
ち絵さんの初めて聞く話だったが、大ざっぱなところで打ち切った。
寒い夜に体が温まる話でもないから。

簡単調理はお任せ

IMAG7549

「何とかの素」といった類の簡単に料理を作れるものがある。
長期間保存できるように密封容器に入っていて、それには調理の仕方が分かり易く印刷されている。
例えば、カレーやシチュウはお馴染み。
チャーハン、麻婆茄子・麻婆豆腐といった味付け専門のもの、
パスタや中華料理なんかも入るかな。
これらはレトルト食品と違って、ひと手間かける必要はあるが、それでも手早く美味しいものができるので重宝する。

ち絵さんが畑から収穫してきた大根があった。
ブリ大根にしたら美味しかろうと思ったが、ブリのあらはスーパーでなかなか手に入らない。
「ブリの刺身がどんどん売れる所でないと無いわよ」
ち絵さんはそう言って、代わりに「鶏大根」を作って欲しいとのこと。
食品戸棚からその「鶏大根の素」を取り出してきた。
大根と鶏のモモ肉があればいい。
早速作ってみることになった。
これがまた実に簡単。
しかもとても美味しかったのだ。

“味をしめた”ち絵さん。
「また食べたいね」
大根もどんどん減るし、とのたまう。
そこで数日後、私は鶏のモモ肉と鶏大根の素を買いに行った。
美味しいものは何度でも作りますよ。

ピーラーの怪

IMAG5967a


だいぶ前になったが、車のグローブボックスの上部にちょっとした小物入れがある。
ティッシュペーパーの箱を入れるところだそうが、私はその小物入れがあることに全く気付かなかった。
知らなかったのである。
(車はち絵さんの所有です)
ある日、その小物入れが大きく破損していた。
驚いてち絵さんにも見てもらったが、ち絵さんも全く心当たりがないと言う。
さては車上狙いにやられたかと思ったが、そのとき車はロックしてあったし、車内に誰かが入り込んだ形跡もない。
おかしなこともあるものだ、でしばらく過ぎた。
最近車の車検があり、ついでにその破損部分も部品を散り寄せて、修復してもらった。
未だ原因不明である。

話は飛ぶが、
キッチン用品のピーラー。
友人から切れ味のいいものを戴いた。
とても良かったのだが、ある日、そのピーラーが紛失した。
忽然と姿を消してしまったのだ。
ピーラーは古いものがあったので、それを使うことにした。
しばらくして、そのピーラーもまた姿を消した。
キッチンの引き出しやら何やら、ありとあらゆるところを探したが見つからない。
多分二つのピーターとも、何かに紛れて捨ててしまったのだろうと結論付けた。
見つからないものはしょうがない。
新たに買い求めて、今はそれを使っている。
不思議なことが身近に起こるようになった。

鋳掛屋もやります

IMAG7502

華道における花を生ける容器、花器には様々なものがある。
陶器製の水盤、銅製のうすばた(薄端:鋳造品と思われる。青銅かな)などなど。
華道には門外漢なので詳しいことは避けるが、その中で太い竹を輪切りにしたり、巧みにくり抜いて、その中に花を生ける容器がある。
(名前が分からないからち絵さんに訊かねば)
それらは通常銅板製のカップが中に収められていて、剣山と水を入れる。
銅板の加工はハンダ付けによるものだが、経年劣化でハンダが腐食し水漏れを生じやすい。
ち絵さんの華道仲間のYさんから水漏れした銅板製カップの修理を頼まれた。
銅板製カップの修理は今回は3回目かな。

マグのまたマグカップか、あるいはお風呂場で使う手桶ほどもある銅板製の容器をハンダ付けするにはどうしたらいいか。
私ゃ鋳掛屋じゃないから、大きなハンダごては持っていない。
電気工作用のハンダごてはあるが、これでは太刀打ちできない。
しかし方法はある。
(あるから修理した経験があるのだけど)

要するに銅板製の容器にハンダが溶けるほどの熱を与えればいいのだ。
食卓用コンロに使うガスボンベにバーナーを付けて、その炎で加熱する。
容器が十分熱せられれば、ハンダはすぐに溶ける。

理屈はこれでOKなのだが、
いざやってみれば、「上手く行ったらご喝采」といったところ。
容器は全体が熱くなるから、広い(長い)部分のハンダが一気に溶け、冷めれば一気に固まる。
まあ、その辺は仕事を引き受けたからにゃあ、鋳掛屋じゃありませんなんて言ってられないけど。
というわけで、Yさんから依頼を受けた修理を何とか終了できました。
水漏れは無く、めでたし。

歌わなくなった歌

IMAG7233

今ではさっぱり歌わなくなった歌がある。
例えば
・しあわせの歌
・道(ロシア民謡)
むかし良く歌ったっけ。
歌詞は不確かなところがあるが、メロディはしっかり覚えている。
多分“歌声喫茶”で良く歌われていたのだと思う。
しかし当時私は喫茶店に入ることなど経験したことが無い年代だったし、そもそも歌を歌うことが嫌いだったから、どこで覚えたのだろう。
歌詞だけが載っている小冊子があって、それを見ながら家の中で歌っていたようだ。
不思議なもので、一度覚えた歌は忘れない。

高校生の頃に体操競技などで全国大会に出る選手を激励するために、体育館に集められて歌った激励歌や、
学生の頃の寮歌、学生歌など、
思い出せるのは断片になった。
キチンとした歌詞があれば、ちゃんと歌えると思うのだけど。

でも同窓会で集まって着物姿に袴をはいて、角帽をかぶって、寮歌を歌ったりするのは私の趣味じゃあないんだな。
(それほど古くはないですけど)
そういう集りには出たことが無い。

おいしくなあれ

IMAG7280

料理を作るのが上手な人と下手な人がいる。
男女を問わず、上手な人は天与の才能があるのかもしれないが、努力していると思う。
「料理が上手になりたい」「美味しいものを作ろう」と。
それじゃあ下手な人、苦手な人は何が足りないのだろう。

私は決して料理が上手だとは思っていないし、以前は上手になろうとも思わなかった。
そんな人間が作る料理が美味しく出来るわけはないと思っていたし、実際その通りだったと思う。
それでもどこかのレストランで食べた料理が美味しかったので、自分でも作ってみたら美味しく出来て、家族にリクエストされたこともあった。
高校生の頃は祖母が夕食を準備するのが大変そうに見えたので、自分が代わって夕食を準備したこともあった。

そんな誰でも経験する些細な“調理実習”の機会を消極的に積み重ねてきて、自分なりに味付けの方法が身に付いてきたようだ。
「料理が楽しいなんて思わない人間が作る料理が美味しい訳はない」なんて思いながら作るのは馬鹿げていると思うようになった。

ちょっと面白いお話。
友人のSさんが家族にハンバーグを作ってあげた。
Sさんは満面に笑みをたたえて私に言った。
「『おいしくなぁれ』って祈りながら作るとね、美味しくなるんだよ」
子どもたちは喜んで食べたのだが、とても大きなハンバーグだったので、下の子が食べきれず、
「これ、明日食べる」と大事そうに残したそうだ。

私はとても感動し、娘のK子がまだ独身だったころにこの話をしたことがある。
するとK子はこんなことを言ったのだ。
「ただ祈るだけでは美味しくなるはずがないじゃない」

それを聞いて、私は期待を裏切られたような気持ちになった。
「『おいしくなぁれ』と祈りながら作る」と聞けば、私はそれで全て理解できる。
Sさんがどんな風に祈ったのかが分かるし、そして本当に美味しく出来たことも信じることができる。
だから、Sさんの幸せそうな笑みが私に移って、私もニッコリしてしまうのだ。
Sさんとはあれから会っていない。

私は定年を迎え、食事を作る機会が増えた。
今はほとんど調理は自分の担当になった。
もう「料理が楽しいと思わない人間が作る料理が美味しい訳はない」などというひねくれ者の考えはどこかに飛んでいった。
作るなら美味しく作りたいと思う。
失敗すればその原因を探し、次回チャレンジする機会を待つ。

人間は変わり得る、と思う。
しかしそんな自分だが、全く変わらないことがある。
協調性が無いのだ。
誰かに手伝ってもらうことを好まない。
ち絵さんが台所にいる私に「何か手伝うことがありますか」と声を掛けてくれても、たいてい「何もないよ」と答える。

これは調理に限らず、全てのことに当てはまる。
損な性分だと思う。
だから、人間は変わらない、とも思う。
どっちだかよく分からない。

酒粕に漬けた鮭が美味しい

IMAG522b

寒い冬は熱くした甘酒が美味しい。
米麹を使った甘酒にはアルコールは含まれないが、酒粕で作ったものにはアルコールが含まれている。
そんな話が出て、ち絵さんの失敗談を聞かせてもらった。

ち絵さんが酒粕で甘酒を作り、小学生だったM男に飲ませたところ、美味しくてたくさん飲んだのか、翌日頭痛がすると言って学校を休んでしまった。
二日酔いだったのだろう。

酒粕に漬けこんだ魚や肉も美味しい。
郷里の最上川を遡上してくる鮭を酒粕に付けた「最上川漬け」というのがある。
実はこれ、義妹が年の暮れに送ってくれる。
厚く切った鮭がをたっぷり食べられるので、感謝感激だ。
甘みがあるので嫌いな人もいるが、私もち絵さんも大好物。

なんでこんな話になったのだったかな。
そうだ、塩鮭のおにぎりを作った時、鮭の切り身がずいぶん薄かったので
「最近は塩ジャケの切り身が薄くなったねぇ」
なんて話から、「最上川漬け」の鮭の切り身は厚いこと、それは酒粕に付けること、酒粕で作った甘酒はアルコール分があって、子どものM男に飲ませたら翌日学校を休んだこと、という順序で話が展開したのだった。

つまりそれを逆にたどってこれを書いたという訳です。

「風の子」の歌が聞こえる

IMAG7153

同じところを空回りするレコードのように、朝から頭の中でメロディが流れている。
♪しもやけふくれて お口があいた

この歌詞は2番だということは判っている。
1番の出だしは何だったろう。
作詞はサトウハチローのはずだ。
作曲は誰だろう。
そんなことを考えながら、「もうやめてくれ」と思うのだが、なかなか止まない。
調べてきちんと分かれば、止むかもしれない。

ネットで調べてみた。
なかなか出てこない。
やっとのことで探し当てた。
知っている歌詞はやはり2番だった。

【風の子】
サトウハチロー作詞・古関裕而作曲

お芋(いも)のはっぱに 小風(こかぜ)が吹いた
ころりと朝露(あさつゆ) ころげて落ちた
風の子風の子 飛べ飛べ飛んで
おうちの母さんに 話してこい

しもやけふくれて お口があいた
すかしてみたらば 夕日が赤い
風の子風の子 とことこかけて
風見の鳥にも 話してこい

おなかがすいたら 眠たくなった
たき火のけむりが お目めにしみた
風の子風の子 ぶんぶん吹いて
泣いてやしないと 話してこい

おつかい帰りに 灯(あか)りがついた
子犬が横丁で しっぽをふった
風の子風の子 てくてく行って
元気でいるよと 話してこい

こうして歌詞を全部読んでみると、とても懐かしい。
サトウハチローの詞は遊び仲間から離れて、にこにこしながら独り跳びはねてるような雰囲気がある。
何だか心が温まってくる。

昨日、夕食を摂りながら、
ち絵さんが私の手を見つめて言った。
「今年は去年よりひどいみたいね」
私はあわててテーブルの下に手を隠した。
・・・しもやけふくれて お口があいた

じっと手をみる。

雪が降ると心配なこと

IMAG6689

明日は大寒だ。
でも昨日の気象情報ではずいぶん暖かくなるとのこと。
予報士が次の諺を一つ紹介してくれた。
「小寒の氷、大寒に解く」
この意味は、〈物事は順序通りに行かないこともある〉だとのこと。
なるほど、まさに今年はピッタリとなりそう。

寒い寒いと言いながらも、この地ではまだ雪は降らないし、比較的暖かい冬というべきなのかもしれない。
車のタイヤは既にスタッドレスに替えてあるから、多少の積雪は大丈夫だけれど。
北日本の日本海側はかなり積もっているのだろうか。
わが家の場合、雪が降って頭を悩ますのは、北側の屋根から道路に落ちた雪がなかなか解けないことだ。
カチカチに凍って、除雪しようにもシャベルが跳ね返される。
道路を見渡すと、わが家のところだけ雪の塊が残って目立つのだ。
「道行く人が滑って転んで骨折でもしたら、うちの責任かな」
と、ち絵さんと二人で心配する。
雪はやっぱり降らないで欲しい。

いつもどおりは感謝すべきこと

IMAG6571

今日はピーカン(古いなぁ)、雲ひとつない青空。

私が住む町からさいたま市の大宮駅までを新都市交通「ニューシャトル」が繋いでいる。
新幹線の高架上を新幹線と並行に走る電車だ。
マッチ箱みたいな小さい車両でタイヤを履いている。
軌道の脇を高圧の電流が流れるレールが敷いてあって、そこから電気を受けている。

今まで多少雪が降ってもダイヤが乱れることはあまり無かったのだが、先日完全に止まってしまった。
タイヤがパンクして、電車が傾いたとのこと。
その日の夜、M男は大宮駅からタクシーで帰宅した。
翌日、今度はち絵さんが出かける用事があり、私がJRの駅まで送って行った。
午後になって復旧したようで、ち絵さん、帰りはニューシャトルで帰ってきた。

交通機関が正常に運行しているときは「それが当然」と思うが、一旦動かなくなってしまうと、そのありがたみが良く分かる。
電車やバスに限らず、物事がいつも通りにはかどっているということは、感謝しなければならないことなのだと思った次第。

やっぱりMDがいい

IMAG7192a

スマホが使用中でもないのに熱くなって、バッテリーの消費が怖ろしく早くなった時があった。
その道の専門家であるK君に修理を頼んで、バッテリーを新品に交換することになった。
スマホのメーカーと型式を連絡し、K君はネットでバッテリーを取り寄せてくれた。
バッテリーの交換も自分でやってみるとのこと。
同じ型式のモデルでの電池交換の仕方をネットで調べ、その通りにやってくれたのである。
「ネットに何でも出てますよ」
とのこと。
なるほど確かにそのとおりで、私はびっくりするばかり。
電池交換のあとで、不要なアプリをことごとくアンインストールして、発熱の問題も解消した。

そんなことがあってから、「こんなものが欲しいな」と思うものをネットで調べてみるようになった。
例えばスマホで音楽を聴く場合、内部スピーカーから出る音はあまり良くない。
金属的な音が嫌で、音楽を聴く場合は専らウォークマンにしていた。
それもMD(Hi-MD)ウォークマンで。
聴く場合はヘッドホーンなのだが、面倒でもあるので外部スピーカーを繋いで聴きたい。
調べたところ、あるわあるわ。
たくさんのサイトがあるけれども、私の要望に合うものがなかなか見つからない。

いろいろ検索しているなかで、かなり古いMDウォークマンを修理して使っているケースに出会った。
MD愛好者がいることに感動し、じゃあ、自分もやってみようか、と考えた。
私が一番最初に買ったウォークマンで、もうふた昔も前のモデルだ。
音が飛んだり、信号を読まなくなっても、とても気に入っていたから捨てずに取っておいた。
さて、精密ドライバーを使って分解を試みたのだが・・・
上手くゆかない。
同じモデルを修理するサイトを探して見たところ、見つけられたのだが、分解の方法が良く分からない。
がっかりして元に戻した。
念のためと思い、MDを入れて聴いてみたところ、
なんとなんと!
快調ではないか。
しばらく使ってみれば、また不具合が出てくるかもしれないが、今のところその様子はない。
怪我の功名ではないが、何か得をしちゃった感じ。
これでしばらく楽しんでみようか。

シャケのおにぎりの日

IMAG7035

ち絵さんの茶道教室。
月に一度は朝が早い。
たいていお弁当持参だ。
ち絵さんはシャケのおにぎりを所望するから、作るのはいつしか私の担当になった。
「シャケは買ってあった?」
ありますよ、甘口の塩ジャケがね。
「あまり大きくしないでね」
心得ています。

おにぎりよりも気を遣うのがおかずだ。
私の好みで考えて材料を揃えるけれども、全くち絵さんの好みに合わないものもあるから少々厄介である。
でも長いこと作っていれば、臨機応変に対応できるようになった。

さて、今日はその当日。
準備万端整って、ち絵さん、お弁当持参で定刻に“出勤”しました。

廃品回収はタダじゃない

IMAG6408

チリ紙交換とは別の廃品回収業者が回ってくることがある。
事前にチラシを配って歩き、指定した日時に不用品を玄関先に出してチラシを貼っておいてくれれば回収すると言う。
無料とあるが、そうではない場合があって、これがまたすっきりしない面がある。
だからどういう場合は有料になるのか、説明書きをよく読んでおく必要がある。
いわゆるテレビなどの家電品で、電気店で引き取る時に有料なものは基本的に有料だ。
無料だが部品が足りなかったり壊れていたりしたら、有料になるかあるいは持って行ってくれない。

以前古くなったデスクトップ・パソコンを出したことがあったが、裏側のパネルを開けメモリーを追加した時に、外した小さなパネルをつけ忘れていたら、欠品があるという理由で有料になってしまった。
お隣の奥さんも同じような経験をしている。
「お金はいっさいかかりません」
とアナウンスがあったのに、有料だと聞いて出すのをやめたそうだ。

今回、古くなったブラウン管式のテレビや電子レンジなど家電品を4点ばかり出すことにした。
廃品回収業者が来て、やはりテレビは有料だったが他は無料だった。
応対したち絵さん、「電気店に頼めば遥かに高いですよ」と言われたとのこと。
まあ、お金はかかるだろうと思っていたし、さほど高額ではなかったから、それでいいことにしたと言う。
ガレージに保管していた不用品が片付いてすっきりした。

最高気温が-6℃!

IMAG6589a

NHKの気象情報で明日の予想気温を報じていた。
旭川ではなんと「最低気温が-20℃、最高気温が-6℃」とのこと。
想像もできないほどの寒さだ。
ち絵さんと暖房はどうしているのだろうという話になった。
「薪ストーブだろうか」
「石油ストーブじゃないの」
「なかなか温まらないよ」
「ストーブが違うのよ。うちにあるようなのじゃなくて、もっと大きいのでしょ」
なるほどそうかもしれない。
ち絵さんの友人の長男が転勤で北海道に行ったとき、冬はうちの中では半袖で過ごしたという。
暖房はしっかりしているのだろう。

話は“むかぁ~し”に飛んだ。
私の小学校時代。
教室の暖房は石炭ストーブだった。
小遣いさん(今は用務員さんと言います)が朝早く、大きな炉に炭で火をおこし、それを鉄製のお皿に長い手が付いたもの幾つかに小分けして教室に運ぶ。
教室にはだるまストーブがあって、それに火種を入れてから石炭を乗せる。
生徒たちが集まってくる頃には程よく燃えている。
教室は全部で40もあったろうか。
(生徒数は2,000人近くの大きな学校だった)
それを二人の小遣いさんでやっていた。
大変なご苦労だったと思う。

ストーブの煙突にはトタンでできた箱状の保温装置を付けられるようになっていて、生徒たちの弁当をその中に入れて温めるのだ。
弁当は通常ご飯とおかずの二つに分かれていて、ご飯だけを温める決まりになっていたのだが、私の弁当はご飯の隅におかずが入っていたから、温まると匂ってくるので気がかりだった。
ストーブの傍には石炭箱があって、授業中に時々先生が石炭を補充していた。

ち絵さんの小学校時代。
教室に暖房は無く、校長室に火鉢が一つあるだけだった。
寒くて我慢できず泣きだす子がいて、そんな子は校長室に連れて行ってしばらく温まらせる。
「からだが弱かったんだね、あの子」
寒くて泣きだすなんて、つらかったろうな。
でもあの頃の家庭の暖房と言えば
「こたつしか無かったよね」
そう、こたつしか無いとなれば、それに体が慣れてしまうのだろう。
「寒さに慣れていたから、それでも平気だったんだね」
というところで“むかぁ~し”話が終わった。
(市原悦子さんの訃報。常田さんに続いて市原さんも亡くなって「まんが日本昔話」もほんとうに昔の話になっちゃうのかな)

スマホの困ったちゃん

IMAG6572

ち絵さんのスマホ。
だいぶ上達してきて、最近では「ピロロン、ポロロン」と電話が掛かって来ると、すぐに出ているようだし、
「変な画面が出てきて困るのよ」
と、私に何とかしてもらいに来ることもあまりなくなった。

久しぶりに今日、その「何とかして」が来た。
友人のTさんにメールを送ろうとしても、送信されないとのこと。
先方からは届くのに。
以前、あれやこれや試してみて、結局メールは先方からの一方通行だと判って、あきらめていたのだったが、
どうしてもメールを送れるようにしたいとのこと。
私があちこちいじって、Tさんに電話が掛かってしまったりしたのだが、
ショートメールを試してみることにした。

実は私がスマホを持った時、同じような現象が出て、特定の人に対してはショートメールしか通じなかったことを思い出した。
ち絵さんになり替わって私が何度かメールの文章を作成してTさんに送信。
「届きました」
の返事が来た。
上手くいった。

原因は多分先方のスマホの設定にあると思われるが、Tさんとて何でそうなるのか分からないだろう。
ショートメールならば送信できるとなって、ほっと一安心。
ち絵さん、早速Tさんに「よろしく」とショートメールし、一件落着となった。
めでたし。

お汁粉は失敗の巻

IMAG4328a

昨日の鏡開きで作ったお汁粉は失敗だった。
粒あんを薄めた水の量が多すぎた。
チャラチャラになった。
ち絵さんが酷評する。
「あんこの味がしないね」
とか
「お餅は全部入れちゃったの」
だとか、ブツブツ言っている。

私は食べながらだんだん不機嫌になった。
──水はお椀で計って入れたんだ あんこの量が少なかったんだよ
どうにも面白くないので、白菜の漬物をバリバリ食べた。
浅漬けだから、私好みの薄味で美味しかった。
ムチャクチャ食べた。

お汁粉をまた作ることはしばらくないと思うけど、今度は水の量に十分注意しなきゃな、と思った。
失敗だったけど、売り切れて良かった。

鏡開き

IMAG6251a

今日は鏡開きだ。
ち絵さんが昨年末に買ってきた鏡餅を開封してみた。
餅を二つ重ねた形に成形されたプラスチックの容器の中から、丸い餅が出てきた。
「ちっちゃいねぇ!」
ち絵さんが驚きの声を挙げた。
今までに見た丸餅の中で、いちばん小さい。
全部で10個。
「今夜はお汁粉だ」
となって、お汁粉を作ることになった。

鏡餅は包丁で切っていはいけないことになっているが、丸餅ならその心配は要らない。
むかし、祖父が大きな鏡餅を“げんのう(金槌)”で割っていたのを思い出す。
当時私はまだ子どもで、包丁で切ってはいけないことを知らなかったから、ずいぶん荒っぽいことをするものだと思っていた。
祖父は細かく割った餅を油で揚げて食べさせてくれた。
「かぶきあげ」だった。
(なぜ「かぶきあげ」というのかは知らない)
今、買って食べる「かぶきあげ」とは違って、素朴な味だったが、美味しかったのは間違いない。 

寒さの冬は

IMAG6528

厳しい冷え込みだ。
24節気最後の大寒が近い。
でもそれが過ぎれば間もなく立春。
そうしたらすぐに桃の節句になる。
なんて、先回りするのもおかしいが、気持ちは「春よ来い」の一念。

畑の野菜。
ち絵さんの報告によると、
サニーレタスは霜に当たってダメになった。
ブロッコリーは大きな蕾の収穫は終わったが、小玉が採れている。
味はともかく、調理する側としては緑の食材があるのはありがたい。

大根は上出来だ。
長さ太さとも申し分ない。
しかもあまり辛くないから、辛いのが苦手のち絵さんにはバッチリ。
ち絵さんとしても育てがいがあることだろう。

白菜。
数株しか育てていないが、順調とのこと。
しかしまだ収穫できるほどの大きさになっていない。
焦るべからず。
白菜は塩漬けがいちばんだ。
私はいわゆる一夜漬けのあっさり味でパリパリした食感がいい。
もちろんタンメンなんかにもグーだ。

さて、冬の夜は「あったかな鍋物」が欲しいところ。
じーっと考えようか。

薬をもらいに

IMAG6430a

気管支炎の薬が無くなりかけたのでクリニックへ出かけた。
比較的空いていて、あまり待たずに診てもらうことができた。
もう何年同じ薬を飲んでいるだろう。
「もういいでしょう」
と言われることは無いと判っているから、私の胸に聴診器を当てる医者に余計なことは訊かない。

もう一つ、
骨密度を上げるための薬の方は処方してもらって4ヶ月。
気になったので訊いてみた。
「どのくらいで効き目がでてきますか」
医者が答えるには「半年」だそうで、
「次回調べてみましょうか」
となった。
2か月後だ。
あまり期待しないほうがいいと思うが、一区切りつけたい気持ちはある。

ぶれないことを誓う

IMAG6641

K子が高校生の頃に使っていた机の引き出しを整理していたち絵さん、
たくさんの消しゴムが出てきて、言うことにゃ
「K子はやっぱりお父さんの子だねえ」
つまりいろんな文房具をたくさん持っている私の血を引いているということなのだが。

K子は製図用具や色鉛筆などはたくさん持っていたようだし、面白いイラストを描いたりもしていた。
私は気に入った文房具を見つけると、あれやこれや迷うけれども、最終的には買ってしまうといった性格で、結構たくさん持っているほうだと思う。
まあ、ふたりのDNAが繋がっていると言われれば、それに間違いはない。

ふた昔もみ昔も前の話になる。
甥っ子の結婚式だったかで帰省したついでに、仙台まで足を延ばし、手作り万年筆の老舗に寄って高価な万年筆を買った。
デザインはとても気に入ったのだが、書き味がちょっと固めだった。
インクは外国のメーカーのもの指定。
ねじ込み式のキャップで、多少使わない時があってもインクの出は抜群。
何年か使っていたが、書き味に不満が募ってきてしまい、ち絵さんに譲った。

それからまた何年かして、譲ったことを悔やむようになった。
惜しくなった。
一度他人にあげたものを戻してもらう訳にはゆかず、買った額の半分で買い戻した。
ところがその万年筆に傷が付かないように入れておくペンケースが無い。
カバーを自作して見たが満足できない。
実は革製でアンティークなデザインのペンケースがあって、それもち絵さんに譲っていたのだった。
それも買い戻した。
これでスッキリ。

革製のペンケースは3本の万年筆が入る。
3本とも私にとっては大事なものだ。
「もうぶれないぞ」
と誓った。
やっぱり私は万年筆オタクかな。

むかし食べなかったごちそう

IMAG6541

今日は七草。
しかし、わが家で七草がゆはまだ登場したことがない。
私は「おかゆ」が苦手なのだ。

どこの家庭でもあると思うのだが、大人になった今は良く食べるけれども、子どもの頃はほとんど食べたことが無い食材がある。
例えば「シシャモ」。
先日夕食に焼いて食べたのだが、ち絵さんも私も
「子どもの頃は食べなかったよねぇ」
で、一致した。
郷里の義父母が存命のころ、わが家を訪れた時にシシャモを焼いて出したところ、お酒の好きな義父が大層喜んで、
こんな美味しいものを食べているのかと驚いていた。
その他に、
スジコと言われるイクラや刺身の類。
(魚介類は煮物がメインだった)

でもその地方によって食習慣が違っていただろうから、あまり食べなかったものが高級食材だったとは限らない。
ち絵さんが義妹の言葉を借りて言うには、
「田舎ではその時期に畑で採れるもの“だけ”を食べて過ごすのよ」
とのこと。
スーパーに一年中出ている野菜なんて、考えてみれば可笑しいんだね。

「におい」は好きずき


IMAG6049a

色を表す言葉はたくさんあるが、「におい」についてはそれほど豊富ではない。
それが好ましいものであれば「匂い」、そうでなければ「臭い」という漢字を使って大ざっぱに分ける。
更に「美味しそうな匂い」とか「焼け焦げた臭い」といった具合に、的を絞り込む。
具体的に「○○のような」と限定できれば分かり易いが、そうでない場合は、特に好ましくないものは「異臭」「悪臭」で片づけてしまっている。

野生動物の臭覚は人間の何百倍もするどいと言われる。
人間の臭覚が動物並みになったら、「におい」を表す言葉もぐんと増えるだろうけれども、そうなったらやたら「におい」が気になって、神経が参ってしまうだろう。

学生時代に有機化学教室で「メルカプタン」という物質を扱ったことがある。
これがまたとんでもなく「くさい」のだ。
爪の先にちょっと付いただけで、その臭いはなかなか消えない。
ところがそのヘドが出そうな臭いが好きだという者がいた。
「赤貝の缶詰に似ている」とのこと。
人間の嗜好というのは判らないものだ。

さて、話は急に所帯じみたものになる。
台所でち絵さんが作っているのは、
お正月に作る予定だったが、できなかった「伊達巻きたまご」。
たまご料理の匂いが漂ってくる。
上手くできたかな。

万年筆に捕らわれてるのかな

IMAG6299

あるデパートの万年筆売り場だった。
閉店間近で、背の高い女性店員が店じまいを始めていた。
私はあわてて訊いた。
「万年筆を見せてもらいたいんですが、いいですか」
その店員は快く私を案内してくれた。

たくさんの万年筆の中で、少し太めのものが目に付いた。
キャップをしたときの長さは短いが書く状態では普通の長さになる。
書き味を確かめることにした。
インクのビンにペン先を入れメモ用紙に字を書いてみた。
悪くない。
値段を聞いてびっくり。
1万円以上はすると思ったのだが、3千円だとのことだった。
ちょっと拍子抜けしたが、買うことにした。

店内にはもう一人、好々爺と呼ぶにふさわしい年配の男性がいてオーナーのように見えた。
その男性に尋ねてみた。
「大事にしている万年筆があるんだけど、細字のペン先なんですよ。太字のものに替えたいんですけど、できますか」
男性は笑顔で答えてくれた。
「この際だからやってみましょう」
「この際」というのは多分、商品を買っていただいたからということだろう。
「今度来るときその万年筆を持ってきます」と言ったところで・・・目が覚めた。
夢だった。

初夢じゃないけど、とても鮮やかだったので自分でもびっくりした。

ハプニングの無い正月

IMAG6312a

このところ晴天が続いている。
今朝の冷え込みはひどかった。

秋田に帰省した後でわが家に寄ったKファミリーから、いろいろ話を聞いた。
往路は高速道路で事故があり、指示に従って一般道に降りて走ったところ、一般道でもまた事故があって散々だったそうだ。
復路は渋滞に巻き込まれ、これまでになく時間が掛かった。
しかし、道路に雪は無く走行は楽だったそうで、TVの気象情報では北日本の日本海側は大雪だとのことだったから、ちょっとずれているのが不思議だった。
帰省先は秋田の内陸だったから、日本海側とは違っていたのかもしれない。

昨日はKファミリーを迎え、皆でお正月のご馳走を戴いた。
日頃滅多に食卓に出ない高価なものやお雑煮、お汁粉まで出すことができた。
Yui がお餅に慣れていないようで、おっかなびっくりの食べかたには笑ってしまった。

開けて今日。
あちこちの会社では仕事始めだ。
ち絵さんが勤めていた頃の面白い話をしてくれた。
仕事始めの日、職場の長老が年頭の挨拶をした。
その人が最後に両手を挙げて、
「天皇陛下バンザイ! ○○家(郷里の豪商)バンザイ!」と叫んだそうだ。
皆が度肝を抜かれた。
ち絵さんもびっくり仰天。
「ナンダコリャ、だったよ」
おめでたいハプニングと言うべきか。

わが家のお正月はこれといったハプニングが無く
「お正月らしいことができて良かったね」
ち絵さんと私の偽らざる気持ちだった。

お正月が過ぎた

IMAG6388

秋田に帰省中だったKファミリーが昨夜埼玉の自宅に戻り、今日、わが家を訪れるとのこと。
「1時にお昼を食べに行くね」
K子から電話があった。
忙しいことだ。
秋田はK子の夫君の実家、わが家はK子の実家である。
両家への挨拶を兼ねているから、それなりの対応をしなければならない。

ち絵さんがあり合わせのご馳走を重箱に詰めて正月らしい雰囲気を出そうと言う。
お雑煮も再度作ることになった。
いろんな食材を彩りよく重箱に詰めれば、それなりのお節となった。
Kファミリーが到着。
改めて、あけましておめでとう。

子どもたちは何が可笑しいんだか、思うようにならないんだか、笑ったり泣いたりの大騒ぎ。
まあ、いつものことだから“嵐の襲来”には驚かないけれども。
子どもも大人もお腹がいっぱいになったようで、大騒ぎしながら帰っていった。
「孫は来て良し 帰って良し」でした。

ニシキギ

IMAG6347

玄関にバケツに入ったままの花材があった。
多分ち絵さんが畑から採取してきたのだろう。
以前名前を訊いたはずだったが忘れてしまった。
「剃刀みたいな葉が出ているのは何ていうの」
私の訊き方がまずかったようで、ち絵さん、しきりに首をかしげている。
「カミソリ」ではなく「翼」で、「葉」ではなく「茎」。
茎に翼が付いた植物というべきだった。
ニシキギだとのこと。

紅葉がとてもきれいなので、この名が付いたと思われる。
しかし今はすっかり葉を落としている。
それでも手で掴んだら切れそうで、その異様ともいえる形がいけばなの花材として利用されるのだろう。
このニシキギ、
地面を横に拡散するように繁殖するとのこと。
すぐに隣の畑に枝を延ばす。
だから、
「Mさん(畑の持ち主)がかけた耕運機の跡が、ニシキギをぐるっと遠回りして付いてるのよ」
なるほど、そういう気遣いをさせちゃ悪いので枝を切ってきたのか。
いけばなに使うのじゃなかったのかな。

やるっきゃない

IMAG5916a

今朝の冷え込みは厳しかったが、静かな朝を迎えた。
義兄から送ってもらった丸餅を焼いてお雑煮を戴く。
ち絵さんが作ってくれた料理を戴きながら、新しい年を迎えることができたしあわせを思った。

さて、今年はどんな年になるだろうか。
どんな年にしなければならないだろうか。
何かクリエイティブなことを計画すべきだな。
目標を持たなきゃ。

そうだ、やらなければならないと思っていることがある。
やろうと思いながら、ついついやれずに過ごしてきてしまった。
──昨年は大変なことがいろいろあったからな
でもやっぱり気持ちの問題だ。
目標を今年に設定できなければ来年でもいい。
具体的な形で目標を決められなかったら、その準備段階でもいい。
まずは「やる」と決めよう。

なぁんて、張り切って、
でも一年の計は何とか、だからね。
じーっと考えよう。
ギャラリー
  • 人の生きる道は様々
  • もうすぐ始まる味噌作り
  • 情報は正確なのがいちばん
  • ヒートテックを着てみたい
  • 今年の冬は雪が降るかな
  • 忙しくしていられることに感謝
  • 注射に恐怖心を与えてはいけない
  • 空を飛ぶ鳥の姿がいい
  • 懐かしいフィルムカメラ時代
  • 野菜をたくさん食べられる幸せ
  • 高圧洗浄が始まった
  • 出品作が完成
  • 冬の扇風機
  • 八つ頭
  • 力を貸してくれた方
  • またやっちゃった
  • いつもどおりができないとき
  • 足場が組まれて
  • 紫外線による劣化
  • 栗とサツマイモ
  • ギリギリの歌
  • ひょこひょこ出てくる言葉
  • 屋根と外壁の塗装を計画
  • LEDのメリットとデメリット
  • 「遥かな友に」で思い出すこと
  • 着物
  • おしゃべり会
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログランキング(よろしかったらクリックをお願いします)
人気ブログランキング
メッセージはこちらへ

名前
メール
本文
プロフィール

はるか

人の顔ばかり描いていて、何かいいことがあるかと言いますと、そういうことは全くありません。スクラップブックがやたらと増えるだけで、やめたいのですが、やめられません。文章も毎日つまらないことばかりですし、絵とはつながりがないので何か変ですが、これでいいんでしょうか。

LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
  • ライブドアブログ