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認知症を発症した人あるいはその疑いがある人に接すると、意思疎通が如何に大切なことであるかを思い知らされる。
例えば、友人を見舞ったときに、相手がこちらが誰なのか判っているかどうか疑問に思うことがある。
確認のためにいろいろ質問を試みて、やはり判っていないと知る。
あるいは当初から認知症になったと聞かされて見舞うと、問いかけに明確な返事が無く、話がまるで一方通行。
友人との親交が深かったりすると、そんな姿を見て淋しくなる。
わたしには同じような経験があり、ち絵さんも実母で経験している。

最近ち絵さんの親しい友人が認知症になり施設に入っていると聞かされ、ち絵さんは見舞いに行った。
帰宅してからその時の状況を良く思い出してみると、
「やはり私が誰だか判らなかったみたい」
自分からは話をしてくるが、こちらからの問いかけには全く返事が無かったとのこと。
気落ちした声でつぶやいた。
「友だちがいなくなったみたいで寂しいね」

認知症の薬は今のところ進行を抑えるだけと聞いている。
良い方向に向かう薬が開発されればいいのだが、脳の機能が衰えるのを防ぐのは難しいのだろうな。
人間には分からないことが多すぎる。