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高速道路を走って、時々思うことがある。
新しい道路ができていたり、そのために道路標識が変わっていたりした時。
東北道でも「東北中央道」や「日本海東北道」という標識に出くわした時は一瞬戸惑ってしまった。
いや、実際に間違えていつものICにたどり着けなかったりしたこともある。

しかしそういった変化というか改良を瞬時に理解し、決して間違いを犯さない人もいるから不思議だ。
常に大局的な見地に立っていて、自分の置かれている位置をきちんと認識しているのだろう。
頭の中にGPSが入っていて、位置情報が判るなんて、わたしには不思議なことでしかない。
でも標識はすぐ理解できるように作られているのだから、分からないわたしがどこか足りないところがあるのだろう。

そんなわたしだから、迷うことはしばしばあるから、慣れた道をこよなく愛すことになる。
以前、一家でよく出かけた。
八王子の親せき宅を訪ねたとき、
帰路、交差点で進むべき方向を間違えた。
その交差点では同じことを何度か繰り返した。
「また間違えた。標識通りに曲がったんだけど」
わたしではなく標識が悪いのだと、その時は確信した。

お盆に帰省した時にも一般道でそんなことがあった。
「標識がおかしいんだよ、絶対に」
悔しくて負け惜しみと判っていても、そんな言葉が口に出た。

でも、でも、と思う。
やはり標識の不備というのはあるんじゃないかな、と。
先日、田舎で法要があって出かけた帰り道。
高速の出口を間違えて遠回りした。
前もそんなことがあったから、
「また間違えないようにしっかり調べておこう」
と思い、マップも用意したのだが、やはり間違えて出口を通り過ぎ、大幅な遠回りをしてしまった。
2度も続くとさすがにしおれてしまう。
なぜ間違えたのだろうと考えた。
高速の出口には番号が振られているから、
その番号を順に辿って行くわけだが、目的の出口に来たときに、出口表示が無くなっている!
それまでは「○○出口」という表示がきちんと出てきていたのに。

いや、これはやはり愚痴なんだろうな。
判る人はちゃんと判っていて、間違いを犯さないんだから。