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デジタルカメラはとても便利だ。
パソコンとプリンターが備えてあれば、カメラで撮影した画像をすぐにプリントしたものにすることができる。
フィルムカメラを顔に近づけて片目で覗き込んでいる姿はもう見られなくなった。
手ごろな価格で購入できるコンパクトカメラは健在だが、今はカメラ機能が充実したスマートフォンが幅を利かせている。
電話とカメラと、しかもインターネットが同時にできるのだがら、とても重宝する。
大きなイベントなどがあって写真を撮っている人たちをテレビで見る機会があるが、高くかざした手にあるのは押しなべてスマートフォンだ。
単に静止画像を撮るだけでなく、動画撮影ができのだからビデオカメラももう要らない。

わたしが驚いたのは、「○○カメラ」という店に行った時だった。
カメラ本体が陳列されているだろうと思いきや、1台も無かった。
プリントのサービスとカメラ用グッズが専門となっていた。
店ではプリントする操作をお客さんに任せて、「どうぞご自由に操作してください」としている。
慣れた人なら容易いが、画像を少しばかり加工したいと思うと、どうしても店の人に手助けしてもらわなければならないし、「特殊な加工はできません」となる場合もある。
パソコンを使えてプリンターを所有している人ならば、画像を自由に加工し編集することができるから、わざわざ店に行くことはしない。

ち絵さんの華道仲間で、いけばな展があると、出品した人たちの作品を撮影し、アルバムにして見せてくれる人がいる。
ち絵さんよりはるかに高齢の方だから、驚く。

わたしの兄はフィルムカメラマニアだった。
高価なカメラを何台かサービス価格で譲ってもらった。
望遠レンズだの三脚やカメラケースなど、ほとんどすべてのカメラ用品を持っているが、自分で購入したのはごくわずかしか無い。

デジタルカメラが普及したころ、高価なデジタルカメラがわたしの手元に来た。
兄は「使えないから譲る」と言う。
デジタルの時流に乗り遅れまいと購入したが、なにせパソコンを使えない。
あきらめてわたしに譲ることにしたというわけだった。
もちろんわたしはタダで済ますわけにはいかないから、何がしか払ったけれども。

いま兄はカメラから全く遠ざかっていると思う。
パソコンができたら、まだ続いていたと思うが、フィルムカメラへの執着がデジタルになっても続いていたかどうかは分からない。

兄から譲り受けたフィルムカメラで、今でも大事に保管しているものがある。
「ローライ35」のコンパクトカメラだ。
フィルムの装填がカメラ本体を分解するような操作で面白く、ピントは距離を目測し数字を合わせる。
絞りとシャッタースピードを上手に合わせれば、まずピントのずれは生じない。
100%手動なのが気に入っていた。
写真の色合いがまたとてもいいのだ。
レンズが良かったのだろう。
可なり長く愛用したが、今は眠っている。

目覚めさせる新しい用途を見つけられたら、また使いたいと思っている。
時代の流れはどんな愛用品でも押し流し、お蔵入りさせてしまう。