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昨日退院した。
胸部レントゲンと血液検査の結果は全く問題なしではなかったが、わたしの肺には少々ダメージがあり、それは以前からあったものだろうからこれ以上良くはならないだろうと判断されたのだった。

入院中はベッドに寝てばかりいて、ほとんど運動はしなかったから体力の低下が甚だしく、自宅に戻ってからはからだの動きが思うにまかせない。
しかしそれも今日になってだいぶ良くなった。

入院中に一人の高齢の男性と言葉を交わす機会があった。
Dさんとしよう。
94歳、話す言葉は最初30%ほどしか理解できなかったが、やがて80%は分かるようになった。
意識ははっきりしていたし、何より謙虚な人だった。
突如大声を上げたり、一切無言と言った老人が多かった中で、Dさんとお話できたのは多分そんなことが関係していたと思う。

Dさんについて知り得たことは、
農業を営んでいて、米や野菜を作っていた。
庭木の剪定中に枝が折れて地面に落ち、骨折はしなかったが内臓を傷めてしまった。
以来あちこちの病院を転々とし、現在の病院で1年近くになる。
息子さんがよく見舞いに訪れている。

そのDさん、食堂でわたしと会うたびに自宅に帰りたいと言っていた。
自宅に帰ったら、もう病院には戻りたくないとのこと。
「自分の人生だもの」
もう思い残すことは何もないし、苦痛に耐えて人生の幕引きをしたくないと。
確かにリハビリをするでもなく、ベッドと食堂を往復し、処方された薬を飲むだけの毎日は苦痛に違いない。
なぜ医師はDさんの希望を受け入れないのだろうか(息子さんも自宅に戻ることに反対していない)。
きっとそれなりの理由があるのだろうけれども、わたしには知る由も無かった。

わたしの退院が決まったときはとても喜んでくれた。
最後にDさんに挨拶しようと病室を訪れたが、Dさんは眠っていて叶わなかった。
もうDさんと再び会うことは無いだろう。
わずか2週間ほどの入院期間ではあったが、親しくお話しできたDさんのことを忘れないでいたいと思う。

人は誰もが自分の好きなように生きたいと願うが、必ずしもその通りになるとは限らない。
いや、むしろ思いどおりにならないのが常と言っていい。
だからDさんの「自分の人生だもの」という言葉が重く心に残っている。