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親切ごころでやってあげたのに、相手から疎まれてしまうことは良くある。

わたしがまだ独身の頃、一年に一度上京する機会があった。
懐かしい友らと会えるので、わたしはずいぶん前から心待ちにしていた。
当時は東京まで夜行列車で9時間を要した。
乗る駅は始発ではない。
早めにホームに並んだとしても、席を確保できるかどうか分からない。
自分としては座れなければ立ってゆくだけと割り切っていたのだが、母が心配した。
私の兄と弟に席取りを命じた。

わたしを含め3人が散らばって並べば、誰かが席を取れるだろうという算段だ。
上手く席が取れて、わたしは座ることができた。
一晩立ったまま揺られて過ごすのは大変なことだが、若かったわたしはそれほど辛いことだとは思わなかったから、いろいろ気を遣ってくれたことに素直に感謝できなかった。
傲慢だった。

こんな昔話を取り上げたのは・・・
ち絵さんが先日、法要があって帰省したときのこと。
降りた駅から会場までタクシーを拾うつもりだったが、親族が車で迎えに来てくれていた。
それはそれでありがたいことなのだが、実はそこまでしてくれなくても、という思いが湧くほど、ある人から別の人へお願いをした丁寧な迎えだったのである。

ごく普通に考えてタクシーを拾うのが自然だったし、
いろいろ気を揉んで世話してくれた人に「余計なお世話だ」と言ってはいけないけれども、内心そう言いたくなる場面だった。
親切は感謝で受けなければいけないが、「小さな親切、余計なお世話」と言われかねないような気の使い過ぎには注意したい。

ということを書きたかったのです。