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豊洲市場の問題。

築地市場の移転先である豊洲の汚染された土壌を撤去して、盛り土した上に建物を構築すべきとする専門家会議の提言がなぜ無視されたのか。

地中にコンクリートの巨大な箱を埋め、その上に建物を作るという工法を、いつ、誰が採用したのか。

それらが曖昧のまま建設は進められ、既に建物は完成した。

今になって「いつ、誰が」を調べたが、分からないとのこと。

あの巨大プロジェクトの進捗が肝心のところでチェック不可能となっている。

私にはとても理解できない。

自分の常識で考えるのだが、
私がサラリーマン現役のころ、社内の会議や業者も同席する打ち合わせなどでは、主催する側が必ず議事録を残した。

議事録は上司の承認印をもらい、関係部署に配布する。

得意先に出向いて会議をする場合は、こちら側の責任ある部署の誰かがその会議の場で要点をまとめた資料を作成する。

会議終了時に得意先側にその資料を見せ、内容に誤りがないかどうか確認してもらってからサインをもらい、それをこちら側の議事録とした。

それは得意先側で作成されるであろう議事録や報告書とは一切関係ない。

議事録は必ずしもいつどこで、誰がどのような発言をしたかといった詳細が記されているとは限らないが、少なくとも重大な決定事項を書き忘れることはあり得ない。

そういうシステムになっていると言えるし、企業で働く者は誰もがその感覚をもっていると言っても過言ではない。

一方、報告書は、作成した者の主観が入るから、配布した後で「意味の取り違え」「見解の相違」が出てきて問題となることもある。

私が経験した一つの例。
他部署で発行した試験報告書が、科学的根拠を欠いており、読んだ人が間違った理解をしたら大変なことになると思い、発行した部署に文句を言いに行ったことがあった。

一旦配布されてしまったものを回収するのは困難だ。

その部署の課長は私の意見を取り入れてくれなかった。

誤りを認めたくないというプライドもあったのだろう。

ちょっとずれた話になったが、報告書や議事録は大事なものだということ。

今回の豊洲市場の問題とは別に、以前「議事録を作成していませんでした」というどこかの官僚の発言を聞いたことがあって、開いた口がふさがらないというか、まさに“予想もしない”出来事に驚かされたことがあった。

しかし、予想もしないことが現実に起こっているのだ。

「不思議な世界があるものだ」と言って済ませてはいけないのだろうけれども、それが私の率直な気持ち。

今日の新聞に小池都知事が豊洲市場の盛り土問題で、歴代の中央卸売市場長の処分を検討する、と出ていた。

けじめを付ける意味で結構なのだが、それが再発防止策につながるとは思えない。