2017年08月22日

前日練習

33a56408.jpg
f82a86c1.jpg

前日練習。

皆んな、よく頑張った。ゼロから1週間でよくぞここまで辿り着いた。


写真は、疲れたのでストレッチで一休み。
マーチングのシーンではありません。笑



1年生!本当に凄い!よくぞ、ここまでやったね。


昨日から今日にかけての最後の追い込みはたいしたもんだった。
市船魂ここにありを見せてもらったー!


しかし、1週間…。



ふー。頑張ったね。


ichifunawoct at 00:30|Permalink

2017年08月21日

追い込まれています!

ここまで追い込まれたことはありません。



数年前から、本選大会の日程が遅くなったこと(如何に千葉県の吹奏楽が盛んか、嬉しいことなのですが。)マーチング会場幕張メッセ確保日が以前より早くなったこと。この二つの要因により、以前は本選大会後から、マーチング県大会まで3週間弱ほどあった日数が、現在はなっなんと!1週間!!1週間ですよ。

1週間…泣。

この1週間で大曲 ローマの松・ローマの祭・シバの女王ベルキス・他知られざるレスピーギの名曲などを譜読みし、それを歩きながら、時にほとんど走っているような状態で演奏。つまりは暗譜。譜読みだけでも1週間以上かかる曲。しかもそれを暗譜し、動きながら演奏。3年生全員を出演させることに拘りさえしなければ、ここまでの労苦を生徒に強いることはないのかもしれない。



しかし、私はたった一度限りしかない人生。一度限りしかない高校時代。そしてここが学校だということ。音楽高校でもなくプロの養成所でもないこと。たかが部活。されど部活。であることに拘りたい。とことん拘りたい。

だから、コンクール、マーチング共にどんなに不器用な3年生でも出演させ続けて来た。

今も、昔も、不器用な3年生を前に頭の中で、あーこの3年生を、2年生の、1年生のあの子にしたら、どんなに合奏が早く進むことか、クオリティが上がることかと何度思ったことだろうか。


でも、人生は一度限りしかない。
たかが学校。されど学校。
経験させてあげたいと思うのが親心ではないか。違うのだろうか。
また、努力をするド不器用さんは私が驚くほど上達する。まさに好きこそ物の上手なれである。努力の偉大さも知ることができる。


本来であれば、コンクールメンバーとマーチングメンバーを完全に分けた方が遥かに効率のいい練習となりクオリティが高いものになるのは誰に言われなくともわかっている。


が、私は3年生には全ての活動をどうしても経験させてあげたいという思いがある。

それは、器用さ、不器用さに関係なく。努力することの辛さ、実はそれは最高の自己充実感、自己達成感につながることを伝えたい。

しかも、平均的なクオリティではなく、ド不器用な生徒がいても、人前に出しても決して恥ずかしくないクオリティの高い音楽に持っていけることを伝えたい。

今も昔も、それは何ら変わらない。




その経験が後々の、これから生きることの方が長い人生に活きると、私は信じている。



私は綺麗事を述べているのではない。カッコつけて言っている訳でもない。私は私の尊厳を他から認めてもらいたい、それだけである。私の存在を認めてもらいたい、それだけである。

だから、不器用な子の尊厳も、器用な子の尊厳も認める。ただし、そこには努力という条件は不可欠なものである。


努力しない生徒は論外である。そういう生徒はいないが。(努力できない生徒は、なぜ?できないのか、その背景を考える。考え、それを取り除いてあげる努力を私がする。本来、教員の仕事とはそういうものなのではないか。努力しろ、と私たち教師が口だけで言っても無駄である。なぜ?できないのかを考える必要がある。)







結局、私は私をとことん大切にしたいだけなのである。


私をとことん大切にするということは、相手をとことん大切にすることに他ならない。



そうなれば戦争などという最も愚かな人間の尊厳を吐き捨てるような行為が無くなると信じている。


先ずは学校から。教育現場から。





どこかの国のリーダーは、何かが起きればすぐに『戦争だ。』とあたかも今日の夕食は『カレーだ。』と言っているが如く軽く口にするが、戦争の意味をわかって口にしているのだろうか。甚だ疑問である。

国のリーダーが自分の尊厳を先ずは大切にされるべきだと私は強く思う。それは国民一人一人の人生の尊厳を守ることに他ならない。











追い込まれています。汗


ichifunawoct at 13:55|Permalink

2017年08月19日

危機的状況

本選終了してから、1週間で、ローマの祭・ローマの松・ベルキス・その他のレスピーギの曲の譜読み、暗譜、何よりも音楽的なものにまでしなければならない。

そして、その上に動く。動かなければならない。


あり得ない。

あり得ないことをし続けて来た市船。


3年生を必ずコンクールにも、マーチングにも出してあげたい親心ゆえのこと。


しかし、このハードスケジュールを超越しているハードスケジュール。


コンクールメンバーとマーチングメンバーに分けて臨んだ方がいいのだろうか。


私が歳をとったのか、それとも生徒の雰囲気が変わったのか。

鬼のように追い込み、練習しているのは今も昔も変わらないが、昔は可哀想だなんて、1ミリも思ったことない。むしろ、両方に出られる3年生を幸せに思ったが、今は、この過酷さを辛いのでは?思ってしまう私がいる。


やはり、3年生中心の活動が無理を強いてしまっているのだろうか、特に2年生と1年生に。


悩む。


3日後にメッセでマーチングコンテストに臨めるのだろうか、本当に。

3日前だというのに譜読みも、ドリルも何もかも出来ていない。


昨年も危機的状況だったが、それを上回る危機的状況。

頑張らねば。


ichifunawoct at 01:10|Permalink

2017年08月18日

幸せ

もう夏休みも終わりだなぁ。

生かされていることの幸せ。

不自由なく好きなことをさせていただける幸せ。

これで充分。

これ以上、何を望む?


不幸と感じる要因は全て贅沢にある。

肝に銘じる。


ichifunawoct at 13:23|Permalink

2017年08月17日

全員

マーチングメンバー。

81人という人数制限が決まってから、もう5年。

それ以前はコンクール練習が終わると、市船恒例全員マーチングが待っていました。全員で合宿をし、全員で合奏をし、全員でパレードコンテストドリルを練習する。


全員で。
部員全員で。


全員で汗を流す。
辛さ、苦しさを共有する。
音楽の躍動感を共有する。



楽しかった。


最終日の夜は、百何十人を10チームに分け、大打ち上げ大会。ゲームあり、寸劇あり。笑いの渦!!

楽しかったなぁ。全員で取り組めるってなんと素晴らしいことなのだろう。

それが81人という人数制限が出来てから、出来なくなりました。残念でならない。


夏合宿市船名物大打ち上げ大会も消えました。


81人のメンバーの生徒とメンバーではない生徒がいるのに打ち上げなど出来ません。やったとしても面白くありません。


消えました。



私はしつこいです。

全員マーチングが出来るマーチングコンテストに戻してほしいと願っています。諦めていません。

大阪桐蔭の梅田先生のようには出来ませんが、私には。



全員夏合宿。全員マーチング。
あの打ち上げ。楽しかったなぁ。
きっとあの頃の卒業生は、あの打ち上げを覚えていると思います。絶対に覚えていると思います。忘れる訳がありません。


あの夏合宿を、あの全員マーチングを、あの全員打ち上げを今の生徒にも味わわせてあげたかった。


あの市船を取り戻したい。
取り戻したい。



いつまで言っているのやら。

いいや、いつまでもだ。いつまでも言い続ける。


吹奏楽コンクールも、マーチングコンテストも学校教育の一部なのではないのか。


私は結果よりも、過程にとことん拘りたい。
一人一人の生徒の自己肯定感にとことん拘りたい。結果よりも何よりも。
それが私の結果。


ichifunawoct at 00:02|Permalink