2018年11月19日

そんな1日

相手の気持ちがわかるからこそ何も言えない時がある。



朝のホームルーム。

サッカー部員も、皆んなもいつもと変わらぬ朝の風景。





優しさを感じた。



そんな1日だった。



ichifunawoct at 23:05|Permalink

自分を見つめる力

本日、全日本マーチングコンテスト。


船橋市からは船橋市立法田中学校が出場し、7人の審査員、6人が最高ランクのAを、残りお一方はBという好成績で見事金賞受賞。指導者の眞田先生は自身が法田中学校出身。卒業後、習志野高校へ進み、音楽大学へ。母校の指導者として赴任し4年目の快挙である。徹底してサウンド、特に法田中学校が苦手であったピッチに拘り続けた結果である。こうして若い指導者が活躍することは、私たちジジイには励みであり、嬉しいことである。


市船は残念ながら出場出来なかったが、嬉しい報せである。




私たちは、今日はサッカー県大会決勝であった。


実質全国大会決勝とも言われている市船対流経戦の応援に駆け付けた。名門同士の決勝戦である。

私のクラスにも、授業で教えているクラスにもサッカー部員がいる。




試合を観て、一言。


とにかくカッコいい。

こんな姿、授業では絶対に見られない姿である。

生徒の真剣な姿を見られる程、教師としての幸せはない。


サッカー部員は成績も優秀である。何十人もの生徒が毎回定期テストの度に成績優秀者に名前を連ねている。

市船応援したい部活ナンバーワンである。

自分に厳しく他人に対する思いやりがある。自分自身を省みる力がある。





前半点を取られ、巻き返そうとする市船の攻撃は素晴らしいものだった。しかし、何度もシュートを放つが、ゴールポスト横に逸れるばかり。ゴールは近いが、ゴールが遠い。後半も流れは市船であったが、シュートが決まらない。何度も流経ゴールを襲うが決まらない。

それに比べシュートを放つ機会は流経の方が少ないが、後半終了目前に2点目を決められる。


それ以降、鳴り止まない市船ソウルの応援。



が我々の願い虚しく市船は負けた。



勝った瞬間の空気感と負けた瞬間の空気感、その両方を私は市船の数多くの運動部の試合を通して経験して来た。


サッカー部に限らないが、サッカー部は特に全国優勝を目標に中学生が入学して来る。


入学した時、誰もが市船サッカー部員として自分自身が3年生になった時を思い描いて来たことであろう。全国大会のピッチに立つ自分自身を想像して来たことであろう。



それは叶わなかった。



今、どんな気持ちでいるのだろう。



心から思う。

市船はなんて魅力的な高校なのであろう。


自分自身と真摯に向き合える生徒がいる。



最終的には、そこに辿り着く。



誇り高き生徒である。






ichifunawoct at 00:48|Permalink

2018年11月17日

合わない

合わない。



「合わない。」という言葉。

利便性と危険性を持っている。



私たちはよく「合わない。」という言葉で片付けようとすることがある。

もちろんかく言う私も使っている。



「あの先輩とは合わない。」

「あの上司とは合わない。」

「この学校は私には合わない。」

「この会社のやり方は私には合わない。」

「あなたとは合わない。」



…誰もが一度は使ったことがあるのではなかろうか。



「合わない」とは何ぞや?


簡単に一言で言えば

もしかしたら「自分の都合に合わない。」だけのことなのではないか。



つまり


「私の都合とあの先輩が合わない。」

「私の都合とあの上司が合わない。」

「私の都合とこの学校が合わない。」

「私の都合とこの会社のやり方が合わない。」

「私の都合とあなたが合わない。」




この「合わない」という言葉の利便性は、相手を傷付けず、自分のプライドをも守れる。この利便性は大きい。

「あなたとは価値観が合わないんです。」と言ってしまえば、相手を傷付けることもないし、自分自身が傷付くこともない。



しかーし!しかしだ!

危険性もある。

「あなたとは価値観が合わない。」とバッサリ切ってしまったら、もうその相手とはそれまで。

これは大変危険な面もある。

切ってしまったら、もう二度とその人と交わること、関わることが無くなってしまう。



そもそも自分の都合に合う人間などいるのだろうか。

いようはずもない。



「あなたとは価値観が合わない。」と簡単に切り捨てるのではなく、先ずは相手を受け入れる努力をした方が人生何十倍も楽しいと思う。なぜなら、広がりが生まれる。


相手を、物事を少し知ったぐらいで簡単に「あなたとは価値観が合わない。」と言うことにより失うものは計り知れないものがあるのではないだろうか。




もちろん合わないことはある。

それを否定するつもりなどない。



が、お互いがわかり合おうと努力することに私たちが人であることの意味がある気がしてならない。







合わない。と簡単に切りたくはない。





ichifunawoct at 21:51|Permalink

2018年11月14日

個性的な教育

金曜日から始まった旭川の旅。

旭川商業高校の合唱祭に衝撃を受け、土曜日かは旭川市内の中学生、高校生と1泊2日の刺激的な研修会を体験させてもらった。


旭川地区の中学生、高校生との研修会は、これで8度目。最初に訪れたのは13年前。13年経った今も色褪せない音楽への気持ち。私の髪は抜け、皺は増えたが、あの時の中学生、高校生と変わらない景色。あの頃若かった先生はベテランになられ、あの頃のベテランの方々は退職され、今は若い先生方が中心となり変わらぬ旭川地区の景色がある。いつ行っても人が暖かい。


まさに

行く川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず



どこの地区も、こうして入れ替わっていかれるのだろう。







世の中の一部は相変わらず働き方改革だ、教員の負担を減らす、子どもの負担を減らすなど大義名分を理由に部活縮小にあくせくしている。ガイドライン?私に言わせれば滑稽でさえある。




本気の働き方改革とは、そんなものではない。

本気の子どもを育てる教育とは、そんなものではない。

そんなガイドラインなんかで働き方改革になる訳がない。子どもの為になる訳がない。



学校は十把一絡げではない。




話はかわるが、

千葉県に限らず、全国のあちらこちらの教育委員会に勤務されている友人がいる。


保護者からのクレーム対応に苦慮されている。特にガイドラインが出されてからエスカレートする一方だそうである。

ほんの些細なことでもクレームが入るそうだ。



「うちの顧問はガイドラインを守っていない。どうしてくれるんだ!」


「週休2日になったんじゃないのか!守ってないんだよ、なんなんだ○○小学校の顧問は💢」





これでは、良くなるものも良くはならない。

これでは、教育委員会も現場の教師をがんじがらめにするしか術がない。




保護者のお気持ちもわかるが、如何なものか。

これが子どもたちの為になるのだろうか。とほんのちょっと踏み止まって感情的にならないでいただきたいと思う教師は、私だけだろうか。


私たち大人は今こそ冷静に考えるべきなのではないだろうか。









相変わらず何もかも十把一絡げにしようとするこの国のやり方。


個性を育てるのが教育なのではないのか?

それとも同じような人間を作り出すのが教育なのか?



今の十把一絡げ教育は、個性を殺し機械的な人間にしようとしているとしか思えない。



個性を育てるならば、個性的な教育活動が必要なことは言うまでもない。




矛盾だらけだ。




あの旭川商業高校の衝撃的な合唱祭の裏に部活動教育があるのは言うまでもないこと。



ichifunawoct at 14:54|Permalink

2018年11月09日

旭商  合唱祭

IMG_8154
FullSizeRender
本日。
旭川商業高校の合唱祭にお邪魔しました。


とにかく!旭川商業高校恐るべし!



クラス合唱とは思えません。
大袈裟にお伝えしているのではなく真面目な話です。まるでNHK合唱コンクールの道大会を聴いているかのようです。

甲乙つけがたいとは、今日この日の為の言葉。
審査をさせていただいたのですが、どのクラスに最優秀、優秀を付けたらよいのか、悩みに悩み抜きましま。私を入れ、5人で審査。私以外の審査員の方々が凄すぎました。コダーイゾルターン合唱協会の会長さん、ジュリアード音楽院を出られた作曲家、北海道を代表する合唱指導者などなど錚々たるメンバーでした。
クラス合唱の審査をするレベルの方々ではありません。が、どの先生方も感動され、審査に困っておりました。

これがクラス合唱ですか?おかしいでしょう?何をどうしたら、このような合唱になるのですか?ありえません。

と驚かれていました。




恐らく旭川商業高校では、これがごく当たり前のことなのでしょう。

他の高校であったら、これは奇跡以外の何物でもありません。この空気感を作り出すには何十年もの歳月を要したことでしょう。



そして、この合唱祭の根幹にあるものは、部活動教育です。これは国を動かすような方々にはなかなかわからないと思われます。


偏差値ももちろん大切。が、その偏差値と同程度大切なものがあります。それは、この空気感です。


学校に必要なもの、それはこういう空気感です。


人工知能AIがどんなに進化しても作り出せないもの。それが心ある人間が作り出す空気感です。




青ジャ音巴たちの空気感も好きです。なかなか出せない空気感です。心ある音巴たちならではのものです。







ichifunawoct at 23:30|Permalink