2017年06月

2017年06月30日

部活動という集団。


当然のことですが、生徒たちだけの世界があります。

そこに教師は入れるものではありませんし、入ってはいけないものだと思います。



ただただ信じて見守るだけです。
それは自分自身を信じることです。







相田みつをさんが言われました。

育てたように子は育つ。と。

この言葉は、自分を信じるものであり、自分への戒めのものでもあります。





生徒たちだけの世界は、私たち指導者の鏡なのだと、私は考えています。


ichifunawoct at 12:58|Permalink

2017年06月29日

対等

あきらめない、と言ったら、あきらめない。

誰かに期待などしない。

自分自身が、あきらめない。人任せにするのではなく、自分自身でどうにかする。人に頼らない。






自分自身で、何が何でもどうにかしようとする人間と人間が力を合わせるから何かが生まれる。これを自立した者同士という。対等という。



あきらめない、と口先で言いながら、人任せにしている人間と人間が力を合わせても何も生まれない。生まれるのは、さらなる甘えだけ。これを自立とは言わない。対等とは言わない。




生徒と生徒。音楽を作る上で対等であってほしい。人任せではない「あきらめない」に早く気付いてほしい。



先ずは自分自身から。
出発点は常に自分自身から。

人任せではない。

演奏者全員各自が。


ichifunawoct at 10:03|Permalink

2017年06月26日

自分の為

人は誰かと繋がっていたいと願っている。
いつもいつも。

独りはさびしい。
独りは嫌だ、誰もが。



それは、SNSの驚くべき普及とその利用の高さが如実に表している。


独りはさびしい。


常に誰かと繋がっていたい。







浅野大義は、20歳で夭逝してしまった。癌闘病中に感じる恐怖、不安、孤独感は私には想像できない。

そのような状況下、大義の救いになったもの、支えになったものは、人と繋がっているという安心感だったであろう。その手段の一つとしてSNSがあったことは言うまでもない。


小林麻央さんが34歳の若さで亡くなられた。彼女のblogについてマスメディアの方々は色々な形で報道されている。小林麻央さんもblogが支えになっていたのであろうと私は感じている。もちろん一番は家族である。

blogを書くことで、自分の気持ちを世界に発信することにより彼女自身が得られた力は途方もなく大きかったに違いない。

彼女はblogで多くの方々に勇気と愛をプレゼントされていた。どれだけ多くの方々が彼女の言葉から、生き方そのものから励まされ、自分自身について深く考えたであろうか。救われたであろうか。


彼女は人を救っていた。
が、実は自分自身を救っていたに他ならないと私は感じている。



ご自分の気持ちを書かれ、それを世界中の方が閲覧できるSNSに載せることにより、自分は独りではない、こんなにも多くの方々と繋がっていられる。まして病院という閉鎖された社会の中でSNSを通して世界と繋がることができる。

その繋がりの実感は、彼女が前に突き進む力そのものになっていたと私は感じている。


小林麻央さんの生き方。
人の為こそ、自分自身の為。
大義と同じ。


何度もこのblogに書いて来たが、自分を本当に大切にするということは、自分の都合で勝手気ままに生きることではない。人の為に自分ができることをすることである。と私は感じている。



自分の都合で勝手気ままに生きている人は、何故か周囲から必要とされない。
つまりは独りぼっち。

人の為に自分ができることを一生懸命おやりになっている人は何故か周囲から必要とされる。
つまり人と繋がっている。


不思議なものである。


特に葬儀の時にわかる。
不思議なものである。


独りはさびしい。
人は誰かと繋がっていたいと願っている。
いつもいつも。




かくいう私がこうしてblogを書くのも独りはさびしいから。人と繋がっていたいと思うから。

多くの人に認めてもらいたいと思うからである。 我武者羅に仕事をするのも人と繋がっていたいからである。



やはり、私たちは社会的な生き物である。
人との関わり無しには生きてはいけない。



独りぼっちでは生きてはいけない。


ichifunawoct at 00:44|Permalink

2017年06月25日

マーチング

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YOSAKOIが終わり、ようやくコンクール練習を本格的に始めたというのに…この土曜日、日曜日はコンクール練習を中断し、マーチングのフォーメーション作りです。


この二日間だけ毎年行っています。


マーチングを本格的に練習し始めるのは本選終了後ですが、この時期にスケッチを終えておくと本選終了後のマーチング練習をスムーズに行えます。

また、本選終了後までにコンテの手直しも出来ます。






それにしましても毎年未練がましくいつまでも訴えていますが、全員でマーチングに取り組めないことが残念でなりません。つい何年か前までは全員マーチングが出来たのに本当に残念でなりません。かと言って、私には大阪桐蔭の梅田先生のようなことは出来ません。梅田先生をあっぱれなんてものでは表現出来ません。見事です。見事過ぎます。






ですから、二日間だけコンクール練習を中断して行っています。


頑張れ、千里組!!


ichifunawoct at 07:36|Permalink

2017年06月24日

存在しない

錯覚は存在するが、魔法は存在しない。



いやいや、待てよ。錯覚は錯覚であり、実態ではない。結局は存在しないものだ。




辿り着くまで、諦めずに努力し続ける以外、方法はないということだ。





たった一度限りの今、生きている奇跡のこの瞬間の積み重ねの中で。


ichifunawoct at 00:20|Permalink

2017年06月23日

????

24時間テレビって、第一回目の放送。私が高校3年生の時。なぜか、ハッキリと覚えている。違っていたりして。笑


愛は地球を救う!!のキャッチフレーズで始まったなぁ。


私が学生の時に知り合った筋ジストロフィーの友人。


愛じゃ俺たち障害者は救えない。金がなければ救えない。と言っていた。その通りだ。


その彼は今では年間10億円近く稼ぐ会社の会長。けれど、彼は世の中が金ではないことを知っている。彼は誰よりも愛を知っているし、誰よりも人を愛している。誰よりも愛が人を救うことを知っている。



24時間テレビかぁ。


ichifunawoct at 00:23|Permalink