2018年03月

2018年03月31日

審査

本日は首都園新人交歓演奏会の審査員をさせて頂きました。運動部でいう新チームの大会となります。

埼玉栄、高輪台、菅生、春日部共栄、八王子などそうそうたるメンバーが出演していました。

どの団体も素晴らしくジャッジすることに抵抗はありましたが、大変勉強になりました。私以外の審査員の方々は吹奏楽界の重鎮ばかり。その先生方の聴き方も大変勉強になりました。

私は普段コンクールに出演しジャッジされる側。このそうそうたるメンバーの演奏を聴かせていただき、ジャッジする側の視点、特に盲点がよく理解出来た審査経験をさせて頂きました。ここまでのメンバーを一堂に会して審査させて頂けるなど、全国大会以外ありませんから、大変有意義な1日となりました。機会をありがとうございます。





コンクールのジャッジは謎に満ちています。それは当たり前のこと、好みの傾向が人によって違う訳ですから。音楽は好みです。逆に音楽が好みでなかったら、それは音楽ではありません。怖い~!!




ただ、
良いとか、悪いとかという議論ではなく
単純にピッチは合っている方がいい。
リズムは揃っている方がいい。
ハーモニーは美しい方がいい。
フレーズはブツブツ切れるのではなく、文脈を考えた上での音楽的フレーズの長さであった方がいい。
などなど、音楽の詩的表現をする前に基本的なソルフェージュが如何に大切かを考えさせられます。
音楽大学受験にソルフェージュの試験があるようにソルフェージュが出来た先に音楽の詩的表現が可能になるのだと思います。こんなこと当たり前か。プロ演奏家の方々はソルフェージュが出来ているから、すぐに音楽の詩的表現に入れます。が、小学生、中学生、高校生はソルフェージュが出来ていない児童、生徒が大多数。
先ずはそこから始めなければなりません。


しかし、もしかしたら、ソルフェージュを極める所で止まっているスクールバンドが多いのも事実かもしれません。音楽の詩的表現まで深く入り込まず、その手前のソルフェージュ完全バージョン演奏が、意外と強豪校に多いのかもしれません。

また、ソルフェージュさえやらずに演奏しているスクールバンドが大多数のような気が致します。音程、リズムのない所に音楽の花は咲きません。これは顧問の責任。生徒が可哀想。



そういえば、私が吹奏楽を始めた頃、当時習志野高校吹奏楽部顧問新妻先生が、先ずはピッチを合わせなさい。純正調をとれるようにしなさい。それが出来ないなら先に進まないこと。とよく話されていたことを思い出しました。当時の新妻先生率いる習志野高校は、その基本の上に独特の新妻節が炸裂していました。歴史に残る名演ばかりです。個性豊かな吹奏楽界でした。


さてさて謎に満ちているコンクールシーズンが今年も到来しますね。

私がハッキリと皆さんに申し上げられること、それはコンクール金賞受賞を目的にしないこと。コンクール金賞は、あくまでも方法。目的は別の所にあります、スクールバンドですから。
コンクール金賞を目的にすると、悲劇が始まります。











ichifunawoct at 23:00|Permalink

不満?意見?

相手への不満を直接言わず、酒の肴にすると、愚痴になる。

相手への不満を直接伝えると、それは愚痴ではなく意見となる。

この違いはあまりにも大きい。

しかし、人間、ここが一番難しい、特に私たち大人は。高校生も同じか。

意見にならず、不満ばかり。
そんな組織に未来などあるはずがない。


あなたの部活も同じ。
100%などあり得ないのだから、不平不満が出るのは当然のこと。不平不満がない組織など存在し得ない。

あなたの部活は
不満溢れた閉塞感漂う部活か?
それとも意見溢れる明るく未来へ向かう部活か?

この違いはあまりに大き過ぎる。


結局は部活を構成しているあなた方一人一人の問題。もちろん顧問も 含めて。




不平不満を意見に変えられる組織に。
その為には何をすればいいのか、どうすればいいのか、考えましょう。

感情ではなく、理性で。






ichifunawoct at 08:12|Permalink

2018年03月30日

合同合宿

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遥々長野県より松本第一高校吹奏楽部、豊科高校吹奏楽部の皆さんがお越しになられ、合同合宿を行いました。

わざわざ市船まで来てくださるとは、なんたる光栄、と同時に市船の生徒は、期待に応えられるのか不安でもありました。


しかしながら、私の心配事など全ては杞憂。
そこは同じ高校生、お互いの良さを認め合いながら、二泊三日の練習を作り上げていくその姿には感心させられることばかり。
こちらが学ぶことばかり。










またまた改めて部活の必要性を痛感した次第です。素晴らしいものです。


部活のマイナス面のみ列挙し、まるで揚げ足をとるようなやり方は、もうやめましょうよ。いい加減にしましょう。


例えば
ブラック授業。
ブラック塾。
ブラック受験。
ブラック入試。

どんなことでもブラックという言葉を付け、そのことのマイナス面だけをひたすら揚げ足取りのように列挙し続ければ…どういう結果になるかなど、言わずもがな。

そんなこと、誰もがわかることでしょうに。

偏った報道には、もう辟易としています。
胸を痛めています。


うんざりです。







ichifunawoct at 00:51|Permalink

2018年03月26日

部活から学べること

自分の姿は、自分では見えない。
鏡を見る以外、自分の姿を見る方法はない。

私はかつて痩せていたので、鏡を見る度に、ありゃーこんなに肥えてしまってと毎回驚きます。笑。太り始めたのが、40歳後半になってからなので、痩せている自分が完全にインプットされており、鏡見る度にこれが私なのだと再認識させられます。



また
自分の性格は、自分では見えない。
他人という鏡以外、自分の性格を見る方法はない。


知っているようで知らないのが自分。
わかっているようでわからないのが自分。


自分が思っている自分が自分なのではなく他人が思っている自分こそが自分。




なぜなら
私たちは自分の中で生きているのではない。
私たちは他人の中で生きている。
ゆえに他人が思っている自分が自分であることに間違いはない。他人の判断が自分となる。



そのことを受け入れることが自分を知る大きな一歩になっていく。




プライドの高い、独り善がりの、自分都合最優先の私たちはなかなか他人の意見を受け入れられない。特にそれがズバリ的中した時は、だいたいが素直にならず、ひねくれる。


しかーし!!!ここ人生の岐路。
豊かな人生を歩みをたければ、多くの人に愛されたいと本気で望むのなら、素直に受け入れた方がいいでしょう。

別に私は、私。
どうでもいいわ、という人は受け入れずにひねくれればいいでしょう。ただし、いずれ近い将来、必ず独りぼっちになりますが、それでもよければどうぞ。



ひねくれ者は損。
つくづく不器用な可哀想なつまらん生き方になるなぁ、とひねくれ者の教え子、大人のその後の人生を拝見させて頂き痛切に感じています。

なぜか知らんが、ひねくれ者はプライドが超高い。実力はないが、プライドだけは超高い。




最後に最も大事なこと。
なぜ?素直になれないのか。なぜ、ひねくれた生き方しか出来ないのか、そこの原因を探らないと話になりませんね。

親の育て方?
親の人間性?
学校へ行くようになってから、何かがあった?
そもそも本人の持って生まれた性格?



原因を探り、
私はひねくれ者は、素直に自分を直した方が良いと思います。


人生。たった一度限りしかないので。
やり直しは出来ないので。


私の知る限りでは、見事にひねくれ者は人から愛されないし、人を愛することができない。人から認められないし、人から認められることもない。


損!
もったいない!


いくつになっても素直に生きましょう。

人の揚げ足を取って、相手をやっつけて何がしたいのだろう?何が楽しいのだろう?
と私は、思います。








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ichifunawoct at 00:16|Permalink

2018年03月25日

世の人は我を何とも言え はば言へ

我が成すことは我れのみぞ知る。

坂本龍馬




マイナスしか見ない世に
プラスかあることを
伝え続ける。


ichifunawoct at 00:49|Permalink

2018年03月24日

吹劇 次回作

19日。今日も考えていたら、ついに来たーーーーーーーー!ーーーーーー!!!!






吹劇「 花は咲く ~帰るべきところ~ 」
吹劇「 ひこうき雲 ~生ききる~ 」
吹劇「上を向いて歩こう ~母と子~ 」

…特にここ数年、今までの積み重ね、努力が開花した作品が続いたと私は感じている。吹劇という新しい音楽表現ジャンルが出来上がったのではないかと思っている。


それは嬉しくもあり、幸せなことでもあるが、周囲からの次回作への期待は膨らむばかり、その期待に応えなければならないプレッシャー。



既存の曲ではない吹劇。無から創り出す吹劇。まぁ、ここに吹劇の醍醐味があるのだが。





テーマを決める。
ストーリーを考える。
台詞は一切存在しない、
樽屋先生の美しい音楽と三森先生の奥深い演出が私の思い描く世界を具現化していく。



これは並大抵のエネルギーで成り立つものではない。多くの力が結集し成り立つもの。






高校生等身大。
人間根源的テーマ。
台詞無し。


この3点に拘っている。
この3点を崩して吹劇を創作することは考えられない。


この3点を満たすものを求めて、毎日毎日考える。考えても考えても必ず何かが足りない。三つの条件を満たすことはない。考えても考えても何かが欠けている。

それが、今日(19日)思い着きましたー!!!


ふっと湧いた!



自己満足ですが、嬉しいものです。




相変わらず
光陰矢の如し…















ichifunawoct at 00:07|Permalink