-経緯-
平成7年12月21日、品川区五反田にある風俗店(SMクラブ)従業員の陸田(むつだ)真志(当時24歳)と双子の兄弟で兄の陸田誠(仮名)は、同店の経営者Aさん(当時32歳)をハンマーや斧、ナイフで惨殺した。さらに真志は知り合いの元暴力団員と共謀し同店の店長Bさん(当時33歳)を同様の手口で惨殺した。

その後、真志らは2人の遺体を木枠梱包の中に入れてコンクリート詰めにした。そして別の暴力団員4人が茨城県鹿島港まで運び海中に遺棄した。
真志らはAさんらを殺害した直後に銀行預金から現金4000万円余りを騙し取った。さらに、経営者に成りすまして同店を経営。逮捕されるまで約1億円の荒稼ぎをしていた。

経営者のAさんや店長のBさんが行方不明になったと同時に従業員の真志らが店を采配していることに不審を抱いた関係者が警察に通報。警察の内偵で、Aさんの預金から多額の現金が引き落とされていることが判明し真志を厳しく追求。その結果、殺人及び遺体遺棄容疑で真志、誠、暴力団員らが逮捕された。

-死刑判決-
平成10年6月5日、東京地裁は真志に死刑、兄の誠に無期懲役(その後、最高裁で確定)、店長殺害の共犯である元暴力団員に懲役15年(確定)を言い渡した。これに対して、真志は量刑不当として控訴した。平成13年9月11日、東京高裁は控訴棄却。平成17年10月17日、最高裁は「人の命を犠牲にして自己利益を図ろうとした動機は悪質極まりなく、殺害方法も凄惨かつ残虐というほかない」として上告を棄却。真志の死刑が確定した。

真志は、東京拘置所に収監中、哲学者で作家の池田昌子氏と文通を始めた。その後、池田氏が往復書簡を纏めて「新潮45」に掲載。さらに「死と生きる~獄中哲学対話」という題名の本を上梓した。この中で、真志は「私の罪とは、厳密に言えば被害者の命を奪った事より、彼らが彼ら自身の真実に気づき得た可能性を奪った事にあります」と述べている。

平成20年6月17日、東京拘置所で死刑執行。享年37歳。

-経緯-
平成7年7月30日午後10時10分頃、東京都八王子市のスーパー「ナンペイ大和田店」の2階事務所で深夜勤務担当のパート・稲垣則子さん(当時45歳)、アルバイトの高校2年生・矢吹恵さん(当時17歳)、非番で矢吹さんの友人の高校2年・前田寛美さん(当時17歳)の3人が血まみれで死亡しているのを他の従業員が発見した。

死体は至近距離から稲垣さんが2発、矢吹さんと前田さんが粘着テープで両手を縛られた状態で1発ずつ頭部を撃たれて即死だった。稲垣さんと矢吹さんは1階の売り場から勤務を終えて2階事務所に行くため外階段を上がった。非番だった前田さんは、矢吹さんに会うため同じく二階に上がった。3人は雑談しながら帰り支度をしていた。

午後9時過ぎ、犯人は外階段を上って事務所に侵入。ピストルで3人を脅して夜間金庫番の稲垣さんから金庫の鍵を奪い金庫を開けようとした。ところが、金庫は鍵と暗証番号の併用式のため犯人は稲垣さんから暗証番号を聞きだそうとしたが、稲垣さんは知らなかった。このため金庫を開けることができず、顔を見られていることから3人を射殺したと思われる。

-迷宮入りか-
捜査本部は、金庫に現金が最も多い週末の閉店直後を狙っていることから内部事情に詳しい者の犯行とみて従業員や過去退社した社員、アルバイト関係者を徹底的に調査した。また、犯行前からスーパーの反対側の一角に長時間駐車していた不審な車があったことや不審人物の目撃者証言もあり懸命の捜査を続けた。

だが、有力な手掛かりは掴めず現状迷宮入りとなっている。捜査人員延べ7万人以上、捜査日数2700日あまり(平成17年1月現在)。懸命な捜査をかいくぐって犯人は闇の中に消えたままとなっている。

-経緯-
平成7年7月5日早朝、福島県須賀川署は同市の祈とう師・江藤幸子(当時47歳)宅に行方不明になっている家族の届けを受けて家宅捜査した。その結果、1階の8畳間の布団に寝ているような状態で置かれていた6遺体を発見した(この遺体は一部ミイラ化していた)。このため、須賀川署は江藤を殺人容疑で逮捕した。

遺体は鑑識課にまわして調査した結果、江藤宅で同居していた信者で19歳から50歳までの男女であることが判明した。この6遺体の内、3人は夫婦と娘。その妻の妹も被害者で、この妹は江藤と共謀したとして逮捕されたA(当時45歳)と夫婦関係にあるなど奇妙な関係が浮き彫りになった。

-女祈とう師の動機-
江藤は須賀川市の高校を卒業後、同級生だった塗装業の男性と結婚。一男三女をもうけた。その後、化粧品の販売員となり働き出す。元来、言葉巧みな江藤は業績を伸ばして何度も成績優秀として表彰されている。昭和60年頃、新興住宅地に一戸建てを購入し順調な生活基盤を構築しつつあった。

この生活が急転直下してくるのが、夫が腰を痛めて失業。この頃から夫は競馬・競輪などギャンブルに熱中し平成1年には自宅を差し押さえられた。生活に悩んだ江藤は夫が以前から入信していた岐阜県に本部を置く新興宗教に自らも入信した。地元では化粧品の販売と共に次々と信者を獲得し頭角をあらわす。ところが、江藤は勝手に本部の名前を利用したり、夫の信者に対する借金の無返済などが問題となり「破門」となる。

それならばと江藤は、自宅で「祈とう師」を始めた。言葉巧みに信者を獲得し、お布施を取り自宅に同居させた。事件のきっかけは、愛人で信者の元自衛官B(当時21歳)に対して同じ信者のC子(当時46歳)が色目を使っていると邪推。江藤はC子には「キツネが憑いている」と言って『悪魔払い』『御用』と称してAやB、実の娘に太鼓ばちでC子に殴る、蹴るの指示をした。C子を殺害後「今、魂は清められている。悪臭が無くなれば魂は綺麗になって、また生き返る」と言っていた。その他の被害者も『悪魔払い、御用』で殺害した。

平成14年5月10日福島地裁は江藤に対して「自己中心的に信者を次々殴り殺したのは、宗教的行為とは言えない。幸子被告は自分の神格的権威を保つため、邪魔者を排除しようと(御用)を始めた」と未必の殺意を認め江藤に死刑。Bと実の娘に無期懲役。Aに懲役18年を言い渡した。

平成17年11月23日、仙台高裁は江藤の控訴棄却。平成20年9月16日、最高裁は「なぶり殺しともいえる陰惨な犯行。刑事責任は際立って重い」と断じて上告を棄却。江藤に死刑が確定した。

平成24年9月27日死刑執行。

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