電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2016年07月

 本日、国防問題講演会〔ホテルグランドヒル市ヶ谷〕に15:00~16:30に参加した。

講師が元陸上自衛隊通信学校長「サイバー戦の備え」田中達浩氏。

申し訳無いが、内容があまりにも幼稚、時間と金返せ…とマジに思った。


心の底から「…」絶句だった。


例えるなら、かつての自由主義史観研究会の大越哲仁並のレベルだ、せいぜい小学生レベルというより会場、どう見てもITどころかTCP/IPすら理解してなさそうな年寄ばかり、若い人もいるが、おそらく全く基礎も理解していない。
要するに聴衆が理解できる最低レベルまで程度を落としまくって話をしており、こっちからすれば完全に低すぎて話にならない。


残り時間の質問に「クラウドって何ですか?」って、質問しやがった奴もおり、「お前、マジか?」と突っ込みたくなるレベルの質問、そんなのはサイバー戦とは全く関係の無い上に、「家で調べろ!」のレベルだ。
私の質問もロクに答えられず、イライラしていた。(怒)


予約で入場料千円だったからマダ我慢できるが、これが2千円だったら完全にキレてる。
現代戦にはサーバー戦は必須であり(怒)今更、サイバー戦が理解出来ないってのは本当にイラつく。

チャン桜で登場された伊東寛さんも相当レベルを桜では落として話されている事がわかる。
コメント欄に「理解できない」等と平然と書き込みがあり、自称保守のレベルなどこの程度だ、現代戦では論ずるまでも無いレベルだ。

防衛問題を論ずる会がこんなレベルで良いのか? 
「正論」の私のページに偶然掲載された記事の広告で見て参加したが、もう二度と無い。

 

 戦線後方記録映画「南京」で、大事な質問が最低1つは来るはずなのに、いまだに来ない。
 自称・研究者達はやる気あんのか?と思う。

 きちんと史料検証を行っていれば、来ないはずはないのだが…。(悩) 
 変なの・・・。

   

 南京事件関連のユーチューブ映像が最近多い。
 なのでよく見ると大抵の場合「プロパガンダ」という単語が目に付くが、結論に対して根拠が全く出されていない。

 酷いものは東中野氏のTV出演の際の映像を提示して結論に「南京は論破」「南京はプロパガンダ」とある。
 これは大きな間違いであり、そもそも東中野氏は写真の検証を一切行っていないと2005年5月25日の草思社での話し合いの際に断言している。

 本当は私の98年に発表した写真検証を盗用しているだけだ、発表当時から間違いが掲載されており、これは今に至るまで改定もされていない、自分が研究を行ったわけではないから改定が出来ない。
 時にはそれをごまかすために適当に似通った根拠を提示しているが、南京事件の際の写真として中国で使われているものは合計でも10枚も無い。

 しかも写真の検証を行っている内容であり、それがプロパガンダとしてどう入手され、使われているか?については全く言及がないのでは「プロパガンダ」とは言えない。
 私はそれらを調べ2004年に拙著『プロパガンダ戦「南京事件」』(光人社)を発表した。

 写真や抗日宣伝活動を行う組織がどう活動を行っており、人材がどう存在し、中国国内、対外宣伝へと行ったかをつまびらかにしたうえで ”南京事件は戦時プロパガンダである” と、結論づけた。
 ところが、私以外の人物でそれをあからさまにしたものは1人もいない。

 東中野氏は、抗議した際に「私の著者は一切見ていない」としながらも、その後の著書は全て根拠なしの部分的な宣伝を蒋介石率いる中国国民党が宣伝を行っていたと結論付けている。
 これがそもそも間違いであり、宣伝組織があったとしてもそれがどう活動しているのか?具体的な例が無ければそれは証明できない。

 なのに、ユーチューブなどでは結論ありきの「プロパガンダ」としているが、意地悪な質問をたまにぶつけると、途端に彼らの歯切れが悪くなる。
 プロパガンダであるとするならば根拠が必要であり、全く関係の無い写真や映像を適当に述べているだけ。

 これは90年代のサヨクと何ら変わらない。
 これではいずれ南京事件自体、90年代のサヨクの様に疑問視する人たちが増えてくる、これはつまり南京事件のより一層の既成事実化に拍車がかかるという意味だ。

 さらに私の著書は鈴木明「新南京大虐殺のまぼろし」(飛鳥新社)、北村稔「「南京事件」の探求」(文春新書)をさらに発展させたものである。
 こうした過去の新発見などを見て、さらに発展させることで新たな事実が判明することが有る。

 ところが最近のユーチューブなどで見かける連中は答えありきでちょっとでも理解できない場合「分からない」と結論から始まる。
 自分たちの研究や無知などは一切棚にあげている。

 正直、私が「正論」などで発表を行っているモノは基本、初発表ものであり「どこかで聞いたことが有る」という事はほとんどないはずだ。
 あるとすれば98年の私が自由主義史観研究会の内部研究会であるプロパガンダ写真研究会で発表したものを藤岡、東中野、茂木などが私が収集した資料を勝手にどこかに持って行き、自分の成果だと発表した程度であろう。

 彼らはオリジナルで研究をしていないので、一体どこに問題点があるのか?すら理解できない。
 最もそれを顕著に表しているのが東中野著作のパネー号である、これは南京事件とは直接的には関係ないが 、著書に掲載してある、しかもこれは私が研究し産経新聞に掲載されたものである、だから本質的な問題点を理解していないので東中野はイージーミスを犯しているのだ。

 http://www.history.gr.jp/nanking/sample01.html

 現在、南京事件に関して最大の問題点は全体的なレベルが異常に低いという事である。
 どんなに最新の研究を提示したところで理解が出来る人間がいない。

 南京事件に関する基礎知識も、発展させるだけの知識も無いために、「分からない」と単純に結論だけがはびこる。
 もちろんこの最大の原因は、南京学会という研究団体が乱造したエセ研究者などにあり、基礎能力をアップさせることよりも東中野は私が所属していたプロ写研の2匹目のドジョウを欲しただけであったが、それがダメだと理解した直後、南京学会は自壊した。

 続いて登場したのが水間政憲の様な、基礎知識はもちろん軍事知識は皆無、南京事件を自分が入手でした数少ない資料を下敷きに単純論理で、レッテル貼りをすることであった。
 所謂、「東京裁判で南京事件が登場したのは、通州事件を隠ぺいするためだ」という、爆笑モノの珍説である。

 長年研究を重ねてきた人たちにとってこれは、失笑を買っているが、彼らにすれば真剣なのだろうと感ずる。
 しかし、ユーチューブでやったように「その根拠は?」と、問えばロクに説明をするどころか・・・水間は「お前だけが研究が出来ると思い込んでいる」と、レッテル貼りに終始。

 つまりは90年代のサヨク復活というわけだ。
 疑問を呈されると困り、結局は疑問が不信へと変わり実態を調査され「数十万人の虐殺は有りえない」へと移り変わる様にそっくりになりつつある。

 これは雑誌社の人たちの多くも気づいている。
 南京事件の研究はおそらく当分発展は無いだろう、ましてやプロパガンダについても真摯に研究する者は1人もおらず、当分の間は私がそれを専門的に行う事になるだろう。

 勘違いしている連中は、松尾だけが独占するなどと思い込むだろうが、実態は自分たちの不勉強にある事には気づこうともしない、私は94年から何か疑問があると田中正明先生宅へ伺い、こつこつ自分の理解を深めてきた、さらに自分で考え資料などを集めたが、今の子たちはそんな気はどうやらないらしい。

 レッテル貼りに終始し、一体何が本当なのか?ということすら理解できないだろう。
 今の20代には全く期待する気が無いというより、聞かずしてわかる訳も無いのだ。


 私がチャン桜で喋った単語は知人や知り合いは「分かりやすい」と言ってくれるが、私自身もしゃべりが上手いとは思わないが、南京を語る上では最低限度の知識は当然必要となる。
 それが無い連中がわかるはずも無い、そもそも「中宣部」は何の略であるかわからない連中と同じだ。

 正式には、(中華民国国民党)中央執行委員会 宣伝部であり、これがさらりと出ない連中はプロパガンダを語る事は無理。
 ①日寇暴行実録の別名は?という問いかけに対して、敵寇暴行実録と即答できない様では話にならない。

  ①の所蔵先は?に即、スタンフォード大、ハーバード大と言えないのと同じ。
 以下の映像を本日見たが書き込みを見て、正直、チャンネル桜の視聴者に対して相当簡単に言った方がいいのでは無いかと思うようになった。

 それで言えば水間政憲のような適当なレッテル貼りが受けるのでは無かろうか?
 であるなら、最新の研究よりもむしろざっくり適当な根拠も示さずに述べた方がいいなら、これはもう南京事件の研究に関しては雑誌で発表するだけにとどめた方が良いと感ずるようになった。

 雑感だが、この先20年は新たな研究成果は出ないだろう。
 あったとしても、今の南京研究者(阿羅健一先生を除く)では無理だと思う。

  

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