電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2017年07月

 2013年10月、チャンネル桜に出演した際の話。

 アメリカにおける中韓による反日活動を報告した際に(映像あり)、スタッフから「松尾さんの学歴について削除していいですか?」と、突然聞かれた。
 私は別にどうでも良い事なので「はい、良いですよ」と承諾したが、これが実は東中野修道亜細亜大教授が、出版社等へ「松尾一郎は学歴が詐称している」といったウソを、蔓延させている事をその後に知った。

 2作目の出版を予定していた際、出版関係者からその事実を聞かされ、驚き(個人情報を提示することは嫌だったがデマを信ずる人が多かったらしく)腹立たしいが個人情報である退学証明書をインターネットへとアップせざるを得なくなった。
 こうした影で嫌がらせを東中野修道亜細亜大教授は執拗に2005年5月25日に、私が1998年にプロパガンダ写真研究会で発表した写真検証を盗用し、『「南京事件」証拠写真を検証する』(草思社)を出版した事に関して抗議以来行っていたことが判明している。

 何が問題なのかと言えば、東中野修道亜細亜大学教授、藤岡信勝拓殖大学教授の2名はデタラメを言い放ち、それを子分達(茂木弘道、水間政憲ら)に言いふらさせていたことも判明している。

 他にも田中秀雄なる人物は公然と「(松尾一郎は)ケンカの好きな人間らしいね…」と言い放った事も私の耳に届いており、こうした東中野修道亜細亜大教授、藤岡信勝拓殖大学教授らもどうやら喋っているうちに自分達の主張が事実だと思い込むらしく、2016年7月に東中野修道から「学歴詐称」だとする手紙が送られてきている。

 陰でコソコソと東中野修道亜細亜大教授が出鱈目を出版社や私の論文を掲載した雑誌社などへ抗議していた事について聞き及んでいたが、とうとう実質的に攻撃を行って来た事は私にとってラッキーであった。

 東中野修道は産経新聞記者にも私について出鱈目、ウソを吹聴していた事も確認できており、これが東中野が如何にデタラメであるか証明する事となった。

 しかしながら、こうしたデマを信じる人も多く、2013年にチャンネル桜に出演した際の事だが、下の映像一番左の井尻千男教授も藤岡信勝一派のデマを信じていたらしく、お会いした際に随分と警戒をされていた事を覚えている。

 とにかく、この収録の際に井尻拓殖大学教授の態度が悪くて、一言もしゃべってくれなかった。

 これは藤岡信勝一派が99年の自由主義史観、プロパガンダ写真研究会退会後から私の人格攻撃を行い、本当に酷いデタラメを周りに吹聴していたからで、井尻教授のそのあからさまな態度に怒りを感じつつ、話した記憶が有る。

 藤岡信勝の衰退ぶりも酷いが、東中野修道の教育者とは思えない腐り切った態度にも未だに頭に来る事を付け加えておく。

 出鱈目を周りに吹聴して置きながら、結局、私が昨年秋に退学証明書を提示した事で、東中野修道の主張が出鱈目だと判明した途端に、奴は知らぬ、存ぜぬの一点張りで逃げている。
 こうした卑劣で卑怯な行為を藤岡信勝、東中野一派は今でも子分を使って吹聴している。

 さらにこうしたうわさに乗っかる連中も現れ、井尻教授もそうだが、最も悪質なのは田中秀雄という人物で、私が聞き及んでいるのは「(松尾は)ケンカの好きな人間らしいね」等と公然と吹聴していたと聞く。

 藤岡信勝、東中野修道などの子分、水間政憲、茂木弘道等もこうしたデマを今でも流し続け、さらにこのダメ連中の言動を信じる連中がおり、ネットでデマを流し続けている。

 この連中はデマ、ウソを流し続け、新聞記者にも話した事も聞き及んでおり、いざ自分達の主張が間違っていると途端に知らぬ、存ぜぬと言い放つ…心底汚い。

 ちなみに東中野修道亜細亜大教授は出版社などへ「松尾の学歴が確認できない、出版を行ってよいのか?」等と因縁をつけ、いやがらせなどを平然と行い2作目の出版を停止させている。
 
 こうした連中は今まで黙っていたが、黙る事でより一層デマを流し続け、更にはロクに研究もしないくせに、私の研究を盗用する事や邪魔しか考えてない。

 心底、ロクでもない連中であることを述べておく。
 藤岡信勝一派が如何にクズで、ロクでもない人間だらけなのか、知って欲しい。

 ちなみにこの連中、南京事件に関して何ら役に立たない、むしろ南京事件を肯定する立場に無自覚に成っている事を断言しておく。
 所詮は、ニセ研究者。

 

 現在、従軍慰安問題、南京大虐殺問題は悪化の一途である。
 海外にも韓国の慰安婦像が次々と作られ、ありもしない女性の強制連行が世界へと宣伝され南京で皆殺しが行われたとする南京大屠殺が世界中で宣伝されている。
  
 これは2007年の米下院議員、慰安婦非難決議が元となってるが、決議を推進したマイケル・ホンダは従軍慰安婦は事実であると思い込んでの行動であった。
 99年末にマイケル・ホンダが来日した際、彼は”南京事件”と”従軍慰安婦”の2つについてこれから訴えようとしていたが、私が靖国神社の境内でL.S.C.スマイス報告書と戦線後方記録映画『南京』、2つの史料を渡した後、彼は南京事件に関して2度と発言をしなくなった

 この時、千載一遇のチャンスとして藤岡信勝の自由主義史観研究会に携帯電話で連絡し来て欲しいと訴えたが、この組織はそんな気持ちすら全く無く来ず、その後2007年の米下院の従軍慰安婦決議までの間に全く抗議すら行わなかった、それどころか問題視すらしなかったのである。
 この藤岡という男はすべき時に何もせず、普段は慰安婦問題を飯のネタにしているだけなので、要するに飯のネタとしてしか考えていないのであろう。

 2015年夏、情けない事に南京大虐殺が世界記憶遺産へ登録された。
 この登録準備の前に、高橋史朗明星大教授が外務省の担当者と共に担当者の基へ行った。

 しかし、情けない事に高橋史朗教授は南京事件に関して素人以下で、日本で一般的に知られている様な程度の知識しかなく、マイク・ホンダが靖国神社で私が手渡した様な資料を一切持たず、提示も出来ず、結果2015年10月に世界記憶遺産として登録されてしまう。

 ちなみに高橋史朗教授はもちろん藤岡信勝一派の1人であり、藤岡信勝の周りを見渡してもロクに英語も出来ない、南京事件の史料すら持たず、外国人とディベートなどもやった経験などある訳も無く、水間政憲の様な噂話レベルの会話や我田引水の如くの互いに賞賛ばかりの会話しか出来ない。

 要するに藤岡信勝の周りにはこうした自称・エセ南京研究者がたむろしており、海外では実力がモノを言うが、そもそも実力が無い藤岡一派は説得などできる訳が無い。
 99年末にマイケル・ホンダと会わなかった…いや、会おうともしなかったのもこういった事が本質なのかもしれない。

 更に藤岡信勝が如何に南京事件に対する知識が低い、いや低すぎるか証明するものが残っている。
 2015年11月にBSフジ、プライムニュースという番組に3派(否定派、中間派、大虐殺派)の3名が登場する。(前半)(後半

 結論から言えば、藤岡信勝が登場しいい加減な事を主張したので結果、南京大虐殺成る事件が有ったとしか思えない状況になってしまった。(私はこの映像を見て藤岡信勝に怒り心頭であった)
 特に13師団65連隊の捕虜暴動事件はバカでも分かる最も基本中の基本であり、このバカ藤岡信勝は普段から水間や茂木弘道の様なバカとつるんでおり、この程度の事すら普段から会話すらしておらず、証言を読んだだけで答えられず、視聴者からすれば「南京大虐殺はあった」としか思えない結論とさせる。(98年にプロパガンダ写真研究会でこれら証言のコピーは全て渡している)

 藤岡信勝はユーチューブでその後、言い訳を延々と述べ続けており、怒りしか感じない。
 要するに藤岡信勝とその仲間達はカスレベルであり、従軍慰安婦はもちろん、南京大虐殺に関して自称・否定者と述べているが、実質、その能力は異常なほど低く、実質的に南京事件肯定者だ。

 情けないにも程があるが、こうした藤岡信勝がなぜ2000年前後は評価が高かったのに、その能力が異常なほど落ちたのか?
 理由は簡単、藤岡から次々と優秀な人材が離れていき、今や周辺には、自称研究者のほとんど妄想を口に出す程度のロクでもない人材が奴の周辺には山程いるからだ。

 南京事件に関しても98年当時、プロパガンダ写真研究会という当時最高レベルの研究会が存在し、二度とこうした高度なレベルの研究会は出来ないであろう組織が有った。
 この会をダメにしたのは藤岡信勝自身で、次々と茂木弘道といった詐欺師まがいの連中を入れ込み、貴重な研究会の時間も無知な茂木に喋らせるといった行為を繰り返させた。

 私は幾度も茂木の発言について抗議をしたが、その都度、脳無し藤岡から「そんな事は言うべきではない」といった横やりを入れられたりもしてていた。
 要するに研究が出来る人材とそうでないだけの連中の差が研究会ではでき始めていた。

 ちなみに水間政憲も会員ではあったが一切研究が出来ず、途中から付いてこれないので1度参加したっきりの不参加状態であった。
 役立たずの適当な知識を喋るだけ喋り私がその後、ケツを拭いている。

 こうした役立たずが蔓延し始めたので私も藤岡信勝に「研究が出来る人間だけにして、少人数の精鋭化すべきだ」と提言するも藤岡は即座に否定している。
 自由主義史観研究会でも藤岡の無能っぷりは突出しており、大越哲仁なる人物がインターネットについてすべてを握っていたので、当時のホームページが文字だらけでありそれを、1997年からホームページを作成していた私に改善させてくれ!と頼むも大越は幾度も拒否する。

 そこで藤岡へ3回以上訴えるも「大越君に任せている」といった毎度お馴染み返答。
 私はサーバーなどの技術も取り入れ、当時はCD±Rが登場し始めたばかりで映像をCDに記録することを提案するも藤岡が言うには「大風呂敷広げやがって…」などと空想技術だと思い込んでいる状態。

 私はエンジニアなのでF通やN〇Cで、こういった事を述べると…誰もが「何が問題なの?君が言ってることは全て正しい」としか回答を得なかったが、藤岡にすれば空想の世界の技術だと思えるらしい。
 もしかすると藤岡信勝はDVDやBlue-Rayを知らないのかもしれない。

 しかも藤岡は当時、増田俊夫にのめり込んでおり、私は警告もするも全く聞かず…。
 とにかく藤岡信勝の周りにいる連中は、最悪の脳無しだらけであり、98年末に私はこのままでは藤岡信勝を信じても将来ダメになるだろうと愛想をつかし出た。

 無論、研究者を失ったプロパガンダ写真研究会は空中分解。
 藤岡信勝は私の研究を東中野修道と共に無断盗用し「ザ・レイプ・オブ・南京の研究※藤岡は写真の研究は出来ない」「「南京事件」証拠写真を検証する※内容は全て私の研究を盗用」を出版。

 何より許せないのは、東中野を藤岡信勝は盗用であることを知りながら大絶賛している。
 藤岡の仲間、水間政憲も、茂木弘道なども同じように盗用であることを知りながら沈黙。

 だが、この2冊、出版時にすでに間違いが多く、現在ではこれを引用する者もほぼいない。
 しかしながら一番の問題は、この連中がさも、自分達が専門家の如く主張する事だ。

 2017年春、自民党で最も南京事件について積極的に海外へ訴えるべきだと活動を行っている原田義昭議員にお会いした際に、藤岡信勝、水間政憲、高橋史朗、茂木弘道らと会ったという言葉を聞いたが、何より驚いたのは、この連中、L.S.C.スマイス報告書、戦線後方記録映画『南京』について全く存在すら聞いたことが無いと述べられた事である。

 要するに藤岡信勝一派は実際、南京事件などどうでも良いとでも思っており、慰安婦問題にしても大高未来さんの様に本気で研究などする気が無いと言う事だ。
 そう言えば98年末に、私が藤岡の元を去ると同時に奴らは嫌がらせをはじめ、出鱈目を流し、2016年には東中野修道が私に対して手紙を送りつけ「学歴詐称」だとデマを出版社や関係各所、産経新聞記者などに流していた事実が判明した。

 こうした嫌がらせを98年末から藤岡一派や関係者などが行い続けていたのである。
 長々と論じたが、忘れないで欲しい、藤岡信勝一派は決して南京や慰安婦では否定者でも無く、口では否定論を述べているが、実態は「南京事件・従軍慰安婦、肯定者である」。

 世界遺産登録を寧ろ推進させたのは、無自覚なこいつらであるとさえ断言できる。
 皆、騙されないで欲しい、状況証拠が現実に存在するのである。

 なお、昨年、カナダ、オンタリオ州で”南京大虐殺の日”が制定されそうになったが、この藤岡一派やその仲間達は全く何もしていなかった。
 私は2017年春から、積極的に対外史料を使い、何とか食い止めようと独りで史料を提供を行った。


 何とか今は決議はされなかったが、大事な時期であることは間違いない。
 藤岡一派はこうした一文にもならない様な事には一茶関わらない、というよりメンツを何とか保つためには必死で取り繕うか、相手にならない場合、そのまま沈黙して逃避するというやり方が常道である。

 藤岡信勝は歴史問題においては、今や、百害あって一利なしの人物だと断言しておく!
 殆ど南京事件に関しては、虐殺が有ったと無意識に主張しているレベルであることが自覚出来ていない。藤岡の周りの連中もほぼこのレベルである。
 

 私は南京事件(南京大虐殺)に関して論文を書きますが、その論文の良し悪しは担当編集者が、どれだけ南京事件に関して精通しているか?によって全く論文の良し悪し、重要性などが変わってきます。
 あえて順番を付けるとすれば以下の順番であり、以下2冊子は必ず保存又は、コピーを残します。

 ① 産経『正論』 …恐らく雑誌社の中で最も南京事件に関して精通している方がおり、間違いも訂正してくれるほどの編集者がおられます。

 ② WAC出版『歴史通』…元『諸君!』の編集者の方で、文藝春秋の中でも最も南京事件に精通されている方が担当者なので、かなり詳しくさらに史料などの検証もかなり深くまで行われるので、おススメ。

 ①②は編集者が南京事件に関して充分知識があり、正誤の判断が正確な上に確実。
 この2紙は南京事件に関して毎月必ず南京関連の記事が無いか?について注目しています。

 これら以外の書籍について言及する必要は無いと思いますが、結構なポカをする冊子もあります。
 ごく最近で言えば、南京の犠牲者数が判明した1793人と言った記事を掲載した冊子は、この論文を書いた者の過去の論文などを図書館で過去のバックナンバーを読めばわかりますが、かなりいい加減です。

 そういった適当な人物がつけ入れる原因は、それだけ担当の編集者が知識が無いという事を証明しており、ほぼ誰も相手にもしません。
 1793人説を唱えるアホはミニー・ヴォートリン日記や丸山進氏の証言程度すら必読書をロクに目を通してない、理解していない証拠です。
 
 こうした人は幾度もポカを繰り返します。(実際、かなりポカをしています)
 ビギナー(初心者)には、初めて聞くことでしょうが、自称・研究者の中にはバカでも分かる程幼稚なレベルでさも、さも新発見の様に主張する人がいますが、これを軽く正すのが担当編集者です。

 後で聞いた話ですが、この1793人説は雑誌が発売前の電車広告の際にすでに相当叩かれていた様です、私も呆れました。そもそも埋葬隊の死体埋葬の水増しすら精査出来ないレベル。
 話を戻しますが、『正論』『歴史通』の2紙は編集者のレベルは私が知る限り、南京に関する論文については相当に高く、個人的にはお勧めです。

 
 

 今年は南京陥落80周年である。
 無論、中国政府が今年は南京大屠殺80周年として大々的に国際宣伝の為の下地を作り続けている、カナダの”南京大虐殺の日”がその1つとも言える。

 だが、2017年日本はこれに対して対抗しようとしているか?と言えば、何一つそういったことも無い。
 雑誌社なども年末には特集を組むだろうが、それほどひっ迫している様な様子も無い、なぜか…。

 これには理由がある。
 雑誌社に対して南京事件に関する働きかけが全くできないからであろう。

 ネットなどにはこれまた南京大虐殺に関する具体的な史料も根拠も提示できない輩が大量に出現している。 
 最近、ぶったたまげたのは南京大虐殺の犠牲者数1793人という、99年に出版されたミニー・ヴォートリン日記や、紅卍字会の埋葬隊を指揮した丸山進氏などの証言・史料を全く読んでないであろう水間政憲による妄想レベルの雑誌『WiLL』4月号の分析。(ヴォートリンは1938年4月15日に紅卍字会による埋葬体数について詳細記述を行っている)

 2015年11月には藤岡信勝がBSフジに登場し、13師団65連隊は戦闘中に兵士を殺害したという、基本中の基本すら理解しておらず、結果的に視聴者は南京で虐殺があったと認識せざるを得ない事を発言している。(この後、藤岡信勝はユーチューブで言い訳に終始)

 さらに最近の傾向として、L.S.C.スマイス報告書を作成したスマイス博士が中国軍の秘密宣伝員で中国国民党中宣部員だと、主張する輩も登場。(北村稔著『「南京事件」の探究』では、秘密宣伝員であったティンパーリーと接触し、資金提供を受け、スマイス報告書を出版することとなった事のみ書かれており、スマイス博士が中宣部の秘密宣伝員であったとは書かれていない。金陵大学の教授なので、中国政府の顧問として雇われていた事は事実だが、秘密宣伝員とは一切書かれていない)

 こうした文献の意図すら理解できない連中が発生し始めている。
ここ最近、(特殊な特定の世代が)こうした連中が次々と登場していいる状況であり、情けないにも程がある。

 特に注目すべきは藤岡信勝がネットで主張する、南京陥落後に松井石根大将が記者会見の際に1つたりとも南京での虐殺について質疑を受けてない、だから南京で虐殺は無いといった、呆れる主張だ。

 流石にこれは水間政憲も酷いが、藤岡信勝はこんなことを最大の根拠として主張しているが、正直、やめて欲しいと思う程である。
 この2名がチャンネル桜でダラダラと長時間を掛けてバカげた話をする映像を見て欲しい。

 永年続いているものだが、見る価値はゼロ。
 何一つとして具体性も無く噂話レベルで我田引水話…こんな話をしていて海外で南京大屠殺は無かったという根拠になるはずも無く、鼻であしらわれる。

 藤岡信勝は南京事件を否定する立場として認識されている(?)らしいが、私から見れば虐殺肯定者として日々肯定者を増加させる手助けをしているとしか思えない。
 BSフジのプライム・ニュースの映像を見て、誰が一体納得するのか?である。

 水間政憲も同じ、彼の映像を繰り返し見て欲しい、南京事件に関して言えば幾度も幾度も同じ史料を根拠に(しかも私が収集した資料をさも自分が集めたようにしている)、埋葬体について毎度お馴染みの薄っぺらい根拠を一生懸命、我田引水しているだけ。
  
 南京事件に関する重要な根拠や新しい研究など彼らの様な寄生虫レベル(他人の研究をさも自分たちがやってる様に見せかけるか、解析能力がゼロなので自分達に都合よく解釈する)等しかない。
 こうした人間は海外では相手にもされない。

 99年にマイケル・ホンダが来日した際には、私だけが会い、彼を説得した。
 情報を提供した藤岡の成果として2007年に何もしなかった結果、米下院で慰安婦決議となった。

 藤岡一派のさらなる成果として、海外における説得力がゼロであり、南京大屠殺程度の簡単に説得できる様な内容の南京大屠殺を世界記憶遺産の事前交渉の前に外務省と共にフランスへ渡り、元々史料すら持たず、2015年10月に登録させている。

 これも藤岡一派の南京虐殺肯定派の明星大教授による大成果と言えるだろう。
 これらの状況証拠をもって、藤岡一派が「南京大虐殺否定者」と呼べるだろうか?彼らは間違いなく「南京大虐殺肯定者」であり、私は98年に藤岡信勝の無能さにあきれ果て、奴と関わるとただ単に奴の飯のタネにされるだけであり、藤岡信勝と関わると南京事件すらあったことになると感じた。

 こうした連中の流れを組む藤岡信勝の「つくる会」も、その無責任さには呆れる。
 南京事件の解明と外国へ訴えたいと言うなら、藤岡信勝を信ずるのはやめた方が良い、これが98年末に藤岡を見限り、成果を出し続る私の結論である、所詮、寄生虫は何も出来ない。

 95年頃から南京事件関連の史料を少しずつ集めるようになり、今日もふらりと見た先に史料が…。
 実はこうした偶然が意外に多く、3年前に発見した(?)戦線記録映画『南京』の約10分の映像もそうだった…。

 松井石根大将の獄中記もふらりと偶然、見つける事が出来た。
 故・田中正明先生著『南京事件の総括―虐殺否定15の論拠―』(謙光社)に書かれてあり、先生に「獄中記ってどこにあるのでしょうか?」と尋ねた際に先生は忘れていたらしく、まさか、その20年近くなってから発見するとは思わなかったし、こうした偶然が意外に多い。

 本当に不思議な事が意外に多い。
 1938年7月発刊「日寇暴行実録」の関連物もそう言えば、偶然見つけたのはとある大学教授(藤岡信勝や東中野では絶対に無い)の偶然アドバイスから全然別物として発見出来た。
  
 南京事件に関する研究については不思議な事が多い。
 別段、自分としては別の目的の為にチラリと見ただけでそれを目的としていたわけじゃないのに、なぜかそういった偶然が多い。

 もしかして何かあるのか?と思いたくなるような偶然が意外と多いので自分でも「これをやりなさい」と自然とそうなっているのか?とすら思いたくなる。
 どちらにせよ、有り難い事です。
 
 感謝。
 

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