電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2018年03月

 1997(平成9)年12月13日に東大にてプロパガンダ写真研究会設立を藤岡信勝東大教授(当時)によって発表された。
 主旨が書かれたA4サイズの紙が配られた。

 私は別に興味も無かったが、1月頃に藤岡信勝氏から電話をもらい参加を呼びかけられたので1998(平成10)年2月の第1回研究会から参加し、10月頃まで参加している。(その後私が退会したので研究者が不在となり自然解散)
 
 これは98年10月頃から栃木の谷原茂夫なる人物が、私が藤岡信勝を批判しているなどとネットの書き込みを編集し文書をばらまき、この頃、私も藤岡信勝達に対して辟易しており、余りの酷さに(個人的に詐欺師などが会員にも多くおり、当方も事業を行っていたが茂木弘道らに騙され、一旦事業などをたたまねばならない状況となった)退会すべきであると考えた。

 この間の約10か月、毎月1回土昼1時から18時までの間に研究発表を行っていた。(ちなみに当時、茂木弘道は藤岡信勝の大のお気に入りであった)

 話は逸れたが、会での研究発表を盗用する事しか頭に無い、全くの役立たずの顧問の2名であったが、唯一、東中野修道亜細亜大教授が発表を行っている。
 今読むとお笑い内容だが、しかしどう考えてもこのレベルがどうやって『「南京事件」証拠写真を検証する』等と言った写真検証本を出版出来るのか不思議でならない。(笑:実際98年の発表をそのまま盗用しているからだが…。)

 この映像はユーチューブでも公開しているいるが、当時、パラマウント・ニュース映画社のアーサーメンケンが南京陥落と同時に撮影を行っていおり、後半には南京戦以前の映像も含まれているモノの、別段問題のある映像とは言えない。

 途中、男性がカメラに近寄っているが、大阪毎日新聞記者・五島広作氏であり、その模様について阿羅健一著『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫)に証言しており、当人と確認出来きた。
 この映像については拙著『プロパガンダ戦「南京事件」』(光人社)に分析を行っているので参照して欲しい。

 ずらずらと述べたが、第2回プロ写研にて東中野が配布した分析が残っており、それを公開したので、そのお笑い発表を読んで欲しい。
 この発表直後に、写真など研究どころか才能も無い同じく顧問の藤岡信勝氏も批判していた。(この2名は顧問という肩書だけで役立たずで、発表者の研究を盗用するだけの存在であった)

 東中野修道によるとこの映像にある南京の建物は全てセットだそうだ。
 流石に、当時、聞いてた連中が絶句していた。

 まぁ、読んでみて下さい。(笑)爆笑モノです。
 http://www.history.gr.jp/nanking/owarai_higashinakano19980314.pdf

 藤岡信勝氏の南京SM店のイベント写真をチベットでの処刑と断ずるレベルと大差ありません。
 こうした過去の事実を次々と上げないと、「貴方との付き合い方を考える」等と事情を理解せずに突然言い放つ連中が多すぎるので…次回は、故・濤川栄太氏を冒涜し続けた藤岡の言動とそのバックグラウンドが誰で、どの様に暗躍をしていたか話すのもいいかもしれません。

 
 

 2014年から2015年に掛けて仕事に集中していたら、2015年10月に南京事件が世界記憶遺産に登録された。
 登録前日に、某記者から「どうやら登録される事になりそうだ」…と連絡が入り、とにかくショックを受けた。

 どう考えても山ほど1級史料は存在するし、たった10分で理解してもらえる映像も存在する。
 とにかく一番後悔したのは、ロクに南京事件を理解していない連中がそこに関わっていた事を知り、その無能さ及び「いくら何でも…」と連中の実力が無い事は分かっていたが、そこまで酷いとは思っていなかった。

 世界記憶遺産に登録された事はショックを通り越して、「又、あの一派かよ(怒)」と怒りすら感じた。
 政治家の方々を騙し続けて来たあのF岡一派の無能人材の巣窟に対して心底怒りすら感じ、さらに11月にはBSフジにてその無能っぷりをさらに発揮、この時の映像を観る度、怒りを感ずる。(前篇)(後篇

 もう、この連中が幅を効かせる以上どうしようもない…。(溜息)

 南京事件も酷いが、従軍慰安婦問題はさらに悪化しており、これ又、F岡一派の暗躍のおかげ。
 どうしてできもしない事にイチイチ首を突っ込むのか、弊害でしかない。

 それは別にどうでも良いが、一番気がかりなのは、私が仕事に集中している時は必ず何か起きる気がする。
 ガッツリ朝早く出かけ、夜遅く帰ると何もする気力が無くなる。

 まさに2015年はそれだった。
 時折、南京について考える事も有ったが、別に史料も揃っているし別段気にすることも無いだろうと考えていたが、どうやらその史料すら理解していない連中が担当し、更には政府にすら適当な事を吹き込んでいた様子で、驚いた事に戦線後方記録映画『南京』について国会議員の先生方が全く知らなかった事に驚いた。

 恐らく秋頃にカナダの状況が悪化するような気がする。
 あくまで私の気のせいであって欲しいモノだが…。

 

 2004年に自著『プロパガンダ戦「南京事件」』の結論に以下の文章を述べた。

 南京事件は(中略)…つまり情報・思想戦によってつくられた可能性が高い

 ※自著『プロパガンダ戦「南京事件」』197ページより

 自著や論文において状況証拠を並べながら、あくまでプロパガンダの可能性について言及はしているものの、私は「南京事件は(完全無欠の)プロパガンダ」と一度として断言した事は無い、無論記憶にも無い。
 もしどこかで私(松尾)が「プロパガンダである」と断言しているなら、それは恐らく間違ってるか、別人が編集したもの、もしくは意味を取り違えた間違いである。

 何故か勘違いしている人が異常に多いが、私は自著の中で、当時の中国国民党及び共産党の宣伝組織、南京陥落前・中・後の記録映画等、南京事件に関する疑問などを並べ、その結論として「(プロパンガンダ)の可能性が高い」という結論に至ったものの断言まで行っていない、断言するには決定的な証拠が不十分で状況証拠を提示しただけである。

 あくまで、可能性が高い…としか2004年の出版時には述べる事が出来なかった。
 ところが、今やどこを見ても「南京事件はプロパガンダ」の連呼。(苦笑)

 これは2005年に盗用教授こと東中野修道亜細亜大教授に始まり、藤岡信勝等の研究など一切しない代わりに盗用・詐欺師スレスレ一派が根拠も無く、ただ勝手に思い込みだけで「南京はプロパガンダ」と断言レッテル貼りを開始した事に起因する…所謂、東中野修道、藤岡一派、藤岡亜種ねつ造グループらが突然に…「南京はプロパンガンダである」と主張を始めたのである。

 更に悪質なのは藤岡一派の亜種・水間政憲グループは、根拠を一切示さずにL.S.C.スマイスは中国の秘密宣伝員である「スマイスは中国の秘密宣伝員」(注:コメント欄 Albelt Königに注目)「東京裁判で南京事件が登場したのは通州事件隠ぺいの為」等と、根拠が無いにも関わらず更に呆れるインチキ断定主張を開始し始めた事も南京問題に対して真摯に研究をしない連中を増殖させた原因となる。

 東中野修道亜細亜大教授が主催する「南京学会」なるレベルの低い団体が、自称・南京研究者を名乗る粗製乱造を大量に繰り返した事も起因している。
 この「南京学会」なる団体、お粗末どころかただ単にかつてのプロパガンダ写真研究会の二匹目のドジョウを東中野が狙り設立したものの、お粗末な人材ばかり集まり結果、盗用を指摘され自然崩壊に至ったという情けない組織であった。

 ここ十数年間、こうした東中野・藤岡のねつ造グループが大手を振ってデタラメ論を現在に至るところで吹聴し続け、もちろん論ずるまでの実力など一切無い藤岡が2015年11月にBSフジの「南京討論」番組に登場し、普段からデタラメ論や我田引水型論理ばかりを行っていた結果、南京事件(大虐殺)肯定者に容易に、塩を送り藤岡亜種・水間グループが良く使う単語の「論破」「完結」されるに至ってしまった。【該当BS番組()()に注目:第13師団65連隊については呆れる内容を藤岡が露呈している】

 この結果は当然であり、実際に研究もせず南京事件について調べるどころか、そもそも藤岡一派は歴史検証・研究など一切出来ない上に他者におんぶにだっこ、まず(思い込み)レッテル貼り結論から始め、(思い込み)結論ありきで論理を進め、ユーチューブでの映像を観れば我田引水論、とにかく自画自賛と呆れるだけの論理に終始、ところが少しでも矛盾点を突かれると自壊する。該当BS番組等その結果である。

 殆ど噂話や呆れる様な話に終始する、ユーチューブの映像を見てみる事をおススメする。
 話はそれたが、こうした結論レッテル貼り「プロパガンダ」連中が中心となり、2004年頃から2015年10月の南京事件に関する世界記憶遺産登録、11月のBSでの惨めな様子から、彼らの衰退は一気に花咲き、当然ながら今や見る影も無し。

 更に彼らが「プロパガンダ」説を流布し続けた結果、「南京は(完全)プロパガンダである」説が横行し、カナダにも飛び火。
 日系人のほぼ殆どが南京事件の基礎知識を得るよりも、結論先にありきに至ってしまった。

 「南京はプロパガンダである」と主張する輩が異常な程多いものの、なぜかプロパガンダと断言する根拠や理由、史料が一切説明出来ない連中が大量に存在する事となってしまった。これは先の藤岡一派とその亜種グループの責任が大と言えよう。
 中国側が計画したからプロパガンダ?外国人の秘密宣伝員だからプロパガンダ?( ゚Д゚)ハァ?

 南京事件がプロパガンダであると結論付けるには、まず、計画実行結果の3つの関係性、連続性等をハッキリと詳細に証明しなければならないのである。
 計画しただけではプロパガンダとして断言は絶対に出来ない、無論、東京裁判において南京はプロパンガンダであるとするならば、一貫した根拠の関連性を示さねばならない、南京事件について私は自著で状況証拠を述べ、提示した。

 今なお、愚かな連中が「南京はプロパガンダ」と多く断言するが、私にすれば何をもって「プロパンガンダなのか?」で、水間政憲グループ等が良く好んで使う「論破」「完結」等のレッテル貼りと同じである。(笑)
 レッテルを貼って結論づけるのは至極簡単であり、要するに「プロパンガンダ」と断定する連中のほとんどはそもそも「プロパンガンダ」である根拠をロクに答えられない。藤岡信勝の2015年11月、BSでのやり取りを観ればそうしたレッテル貼りを行い、結論ありきの主張をして来た弊害が見てとれる。

 だがごく最近ようやく中国がプロパガンダ宣伝を行ったと断言できる根拠が登場した、雑誌「正論」2018年01月号の中田崇君による論文によるものだ。
 中国が利用する偽写真だけは、明白なプロパガンダであり上記の3条件を全て裏付ける事が出来た。

 W.A.ファーマーが(国民党)中央執行委員会宣伝部所属であることを証明し、当時の米国の雑誌へ写真を送り、更にそれを米国大使館へと送りつけた際に、W.A.ファーマー自身が中宣部の宣伝工作員であり、反日宣伝に関わっていることが判明した、これは画期的な事である。殆どの連中は気づかないが大発見である。

 日中戦争中に中国が国家ぐるみで偽写真を募集し、宣伝し、米国雑誌社等へ送りつけ、現代に至るまでの宣伝効果があることを、この1件が明白に判明した訳である。
 無論、これが重要であるか?等全く理解できないのが藤岡一派である。

 そもそもW.A.ファーマーなる人物については彼らは注目すら出来ない、第一、10分程度の記録映画の一部分すら発見できないのだから。
 『戦線後方記録映画「南京」』失われた10分間を、2014年に発見したが、実は一番驚いたのは私自身だった…なぜなら、ユーチューブで発見できるとは思いも寄らなかった。

 この映像、当時は閲覧者数は300人もおらず、しかもUPされてから1年以上経っていたからであり、そもそも『戦線後方記録映画「南京」』については北村稔教授ですら余り知らなかったのは対談でびっくりした事が有る。
 しかもフィルムが8巻に分かれている事すら知らなかった。

 まぁ、どちらにせよ藤岡一派や亜種グループ、元南京学会の連中はこの程度の発見など出来る訳も無い事は言うまでもない。
 問題なのは彼らが珍説を重ね続けた結果、「南京はプロパンガンダ」等と言ったレッテル貼りが主流となってしまい、挙句の果てにBS番組の様な状況となってしまったが、一番悪質なのはこの程度の幼稚な主張を行う連中のデタラメな駄説を何ら疑問も無く信じる連中こそが、南京事件の真実から遠ざけ、南京事件を肯定し続ける元凶となり藤岡一派を生かし続ける事自体、そのものが真実を隠ぺいし、大きな弊害そのものであることが理解出来ない。

 もし、南京事件肯定者が私のこのブログで読んだならば「南京はプロパンガンダ」と主張する連中に、問いかけてみるべきだ!「なぜ?どうしてプロパガンダと断言出来るのですか?」…と。
 彼らの殆どは慌てふためくだろう、明白に答える事は1人も出来ない。

 ただ、ティンパーリーが秘密宣伝工作員であった…などとあくまで計画、実行までの良くて関連性の2段階迄しか答えられ無い。
 藤岡信勝やその亜種はその程度の実力なのだ…実際に相手に突っ込まれると途端に答えられなくなる程度の連中である。BSフジが良い見本。

 第一、そもそもティンパーリーが注目された最大の理由は、虐殺肯定派が長い間、ティンパーリー及び『戦争とは何か-日本軍による支那における恐怖』(原題:What war means:Japanese terror in China 1938)著書の内容は善意の第三者として虐殺の根拠としており、それが崩れたに他ならない。
 ティンパーリーの著書が東京裁判において影響を与えた等とは、鈴木明氏すら述べてもいない。

 日中戦争時における宣伝計画は当時の日本でも行われていたが、それを結果に至る関係性を説明できる人間は、藤岡一派には1人も存在しない。
 ましてや藤岡一派の仲間達は結論ありきなので、ロクに答えられない。

 藤岡信勝の一派、亜種を含め、南京事件に関して最大の弊害、障害、悪弊である。
 これが藤岡とその仲間の本質である、そして今、藤岡一派の凋落はとどまるところを知らない。

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