電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2019年05月

 本日、13時より静岡県熱海市伊豆山興亜観音境内にて例祭が行われました。

 当然ながら、昨年と同様に自称・南京研究者が多く存在する藤岡信勝一派(藤岡信勝、東中野修道、水間政憲、茂木弘道、高橋史朗)は誰一人例年通り参加しておりません。
  
 かつて京都の自称・田中正明門下生なる連中は一体どこへ消えたのでしょうか?不思議な模様がこの時だけは見れます、この連中はかれこれ15年近く見かけた事すらありません。
 
 心の無い人は、神仏ですら手を合わせないのは、まさに藤岡信勝が靖国神社に対して手すら合わせない事を裏付けています、その藤岡を支援する宗教団体も存在します。

 

 南京事件に関して25年近く研究を行ってきたが、思い起こさせる事はとにかく失礼極まりない連中が異常な程多いという事。
 最初は、故・田中正明先生に誘われ興亜観音の会に出席した際に、京都のトンデモ歴史研究集団からっ突然「背広を着ろ!」等と因縁をつけられて来た、Fという人物がおり、未だにこいつは大嫌いだ。

 ちなみに私は1度たりとも、自分から喧嘩を吹っかけた事も無いし、低頭に尽くしていた。
 ところが、何が気に食わないのかわからないが必ずと言っていい程、相手から失礼な事をされたり、根拠も無いデマを流されたりし、それを無条件で信じる様な連中が登場する。

 そのデマや適当な噂を信じて最後にブチ切れたのはカナダで、当時必死にカナダの件について苦心し、自費を含めて行った先で「酒買って持って来い」などと言う普通の常識では考えられない事もあったが、それでも私は今までは、そうした失礼な行為があったとしても我慢すべきだと考えていた。

 しかしながら東中野バカ道、藤岡SM信勝一派達の言葉を信じたこのカナダの人物の一言で私を激高させた!... 事だけは間違い無い。
 「周りと上手くやれ!」だそうな…どれだけ私が藤岡バカ信勝が根拠も無いデマを流し続けても、我慢して来たか全く理解せずに吐き捨てたわけだ、これで私は180度考えを変えた、今では、喧嘩を売られたら買うだけだ!との姿勢になった、全く遠慮はする気は無い。

 話を戻すが、そもそも京都のこの会の代表は人として人間としてどうかと思うほどオカシイかった。とにかく京都は悪質で、このクズ集団も吐き気がするほど大嫌い。

 田中正明先生の葬儀の際にも、周りから「何だあの失礼な態度をする京都の連中は!」との声すら上がっていたが、田中先生の為に皆、我慢をした。記憶にあるのはこの辺りから因縁をとにかく付けられ来た。

 次に記憶があるのは97年12月に、ラーベ日記に反論する会で、インチキ男・茂木弘道や東中野パクリ修道亜細亜大のバカらがおり、東中野は当時はラーベ自体についても余り理解も及んでおらず、私が「これは中国兵ではありませんか?」と登壇者の忠という人物に対して指摘した事が、ヒントになったらしくこれを元に纏めたのが中国兵説だが、明白な根拠を示していない事が東パクリ中野がオリジナルでは無い事が容易に理解できる。茂木バカ弘道に至っては南京事件や歴史を語れるレベルに無い。

 ちなみに東中野パクリ修道亜細亜大は、丸山進南京特務機関員にインタビューが出来たのは田中正明先生がこうした人がいると紹介をしたからであり、別に東中野が見つけた訳でも何でもない。
 ちなみに田中正明先生からいただいた資料から丸山進氏のインタビュー内容を読み、その重要性をホームページで公開していたのを東中野の南京学会の本にまとめるようになったのはこれが切っ掛けらしい。実際、東中野バカ道はこの程度であり、研究者としてはレベルは決して高くない。

 妄想に近いダメダメ論も数多く存在し、最初の書籍で「権威あるチャイナウィークリーレビューに南京事件記事が掲載されていたものが削除されたのは無かった証拠…」等と主張しているが、当初からこれを聞いて私は「こいつ何言ってんだ?」「何を主張しているのか意味が不明」と私はひそかに思っていた。

 東中野バカ道が2004年に私の書籍を読み「南京事件はプロパガンダ」と主張始めたようだが、私の書籍はあくまで状況証拠を並べて可能性として結論を述べたものだが、これを藤岡SM信勝、東中野バカ道が「南京プロパガンダ説」を流布始めた。

 しかし、この2匹の主張は明快な程バカで、南京事件がプロパガンダとするなら「計画」「実行」「結果」の3つの関連性を証明しなければならないのは常識中の常識。
 ところが、この2バカは「計画」があるだけで「南京はプロパガンダ」と断言していやがる。(怒)

 2018年に「正論」において中田崇君がW.A.ファーマーの正体を暴いた記事を書いた。
 これは画期的な事で、写真の宣伝について先の3つの条件が揃い、初めて写真についてのみ「プロパガンダ」と結論づけられることが出来た。

 しかしながら、藤岡一派(東中野低知能道、茂木無能弘道、水間妄想政憲、高橋役立たず史朗)らはそもそもそんなことは理解できない、ましては南京においてSM店がデモンストレーションを行った写真を見て、「チベット虐殺の写真」等と断言した藤岡バカ信勝に至っては、お粗末すぎて話にならない、そもそもがこの連中の思考力の低さはバカ過ぎて話にならない。

 バカと言えば、1793人市民が殺害されたという朝鮮半島版朝日新聞記事を元に主張した水間詐称政憲も2度も目を覆いたくなる程の猛烈バカ説を流布している。
 1度目は「正論」で連載した催涙ガスを毒ガスと断言した説。これはもう読んだ瞬間呆れた上に情け無さ過ぎ、しかも今に至るまで間違ってないと主張を続ける姿勢を見て私は、水間を白い目で見るきっかけとなった。

 この「正論」の毒ガス説を掲載した編集者もすごいが、何より絶対に知るべくも無い旧軍の人物がそう言ったのでと今に至るまで主張する水間のバカさ加減もすごい。呆れるしかない。
 さらに2つ目、南京市民犠牲者1793人説。(呆)これは1990年代に出版されたミニーボートリン日記を1度でも読めばバカでも分かる程、不正確でいい加減な珍説

 1938年4月15日だったと記憶しているが、1793人という数は紅卍字会が前日まで埋葬報告を行った数であり、しかしながら死体埋葬を指揮した丸山進南京特務機関員は、3月21日の春分の日までに城内外の死体を埋葬せよと命令し、実行させている。
 つまり3月21日頃~4月14日までの遺体が戦死体とは違うものだと分かるうえに、紅卍字会が死体数を水増ししていた事も分かる。つまり水間説は根底から適当でいい加減な物だと即座に判断できる。

 しかし、水間は普段から詐欺師に匹敵する如く饒舌な口述を駆使し、これを大々的に宣伝。
 結果、アパホテルの懸賞論文に入選し、アパホテルの審査員が如何に無知でいい加減で適当な人物であるか分かる、私もこれでアパホテルの審査員が南京事件関係の知識ゼロである事が理解出来た。

 何より水間詐称政憲は、南京事件について語る最低水準程の知識は無く、何より南京事件をさらに悪化させる程度でしか無く、研究者としての最低限度の能力も無い、お粗末以前に才能が低すぎる。
 研究家にとって広く知られている史料を大発見の如く、吹聴する、要するに藤岡バカ信勝らと同じで心底迷惑な存在である。無知な連中にとってはありがたい存在だろうが…。

 所詮、能無し藤岡一派の一人なので詐欺師並みの口の上手さで生きていくしかない事は分かるが、これを支持する連中が存在する事が私にとって、あきれ果てる事となる。
 ところで、チャンネル桜に大高未貴さんが時折呼んで頂けるので、出演した事が数回ある。

 南京事件で登場した際、恐らくカナダの話をしたと記憶しているが、渡邊哲也なる人物が南京事件に関して知識がゼロに近い事は話していて、即座に理解したが…休憩中に、私は大高未貴さんと、スマイス報告書の重要性について話していた際に渡邊が突然「南京事件は国民の9割は興味が無い…」等と突然激高した。

 流石に、これには私はドン引きしたし、そもそも私は渡邊哲也など知らないし、話をしていても相当知識が低いことは分かった。
 しかも、別にこいつに対して話しているわけでも無いのに、自分の知識が低い事を棚に上げて、いきなり怒鳴り、罵倒する…人としてどうなんだ?

 こんな藤岡バカ信勝の様な連中が大量に存在するのが所謂、「自称・南京事件研究者」であり、詐欺師も経歴詐称者、無能、デマを流す…連中を言う、人としてクズ過ぎる。

 次は東中野が私に対して行った行為に対して論じます。

 回答に1か月と1週間も掛かるとは思わなかったが、正解者が1名出たので終了とします。
 なお、これらの質問全てネットで検索可能です。2005年はガラケーでも問1は簡単に検索出来ました。

 回答は以下。

 問1:ティンパーリー著『戦争とは何か』(1938年7月刊)を所蔵する日本の大学図書館の数を答えよ。

 
回答:18

 
問2:米写真雑誌「ライフ」1937(昭和12)年に掲載された上海南駅で独りで泣く赤ん坊写真が掲載された写真の次ページ内の記事に掲載されている最大の数字を答えよ?

 
回答:200

 
問3:歴史における1次(1等)史料~5次(5等)史料等級のそれぞれの違い、特徴について述べよ。(※又は1次~3次(等)史料でも良し)

 
回答:以下

(5等級の場合)
 1次史料 ー 事件(事例に対し)3条件である「誰が」「いつ(その時)」「その場において(事件発生の場)」が明白である(1等史料ともいう)。
 2次史料 - 3つの条件が1つでも欠けた史料を指す。
 3次史料 - 1次及び2次史料を元に書かれた史料。
 4次史料 - (事件に対し)関連性はあるが、3つの条件が全て欠ける史料。
 5次史料 - 関連性が全くない史料を指す。

 (3等級の場合)※この分類はおすすめしない
 1次史料 - 
「そのとき」「その場で」「その人が」の三要素を充たしたものを呼ぶ。
 2次史料 - 3要素を満たさない、それ以外の史料。
 3次史料 - 事件とは全く関連性どころか素錠すら判明しないもの要するに無関係史料。

 
これらはスマホでも検索可能、問1はガラケーでも可能。
 特に問3は、調べずとも歴史研究を行う上では出来て当然のものであり、問1は史料の所蔵先を調べる上で絶対的に必要であり、図書館へ通ってさえいれば検索方法を教えてもらえるし自然と分かる。問2は誰でも検索できる、自称・南京事件研究者がこれら即答できるのは当然であり、南京事件研究者と自称しながら出来ないのは、そいつはエセ研究者だと断言して良い。

 これらの質問をリトマス試験紙として、藤岡一派にぶつけるのも良い、彼らのインチキさが容易に判明する。しかし…そんなに難しい事は無いはずなのだが。(溜息)

 ところで、チラッとネットで読んだことが有るが、私は1流では無いそうだ、別に1流云々等と考えたことも無いが、誰に教わったわけでも無い、元自衛官程度が出来る様な内容すら出来ない一般人ってのは、ましてや元東大教授や亜細亜大(大学と呼べるレベルかどうかは別として)のクズ人間すらこの程度が出来ないってのは、どれだけ自称・保守ってのはバカなのか?呆れる。

 て、言うか「歴史問題を語るのは辞めちまえ!」バカ勝のクズ一派は!いらん、あの役立たずども!

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