電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2020年05月

 現在、余りにも酷い状態の南京事件研究者のレベルの低さを向上させる為に、第三回勉強会を開催します。
 まだはっきりしていませんが、7月~9月までの間に開催いたします。

 多くても4、5名で実施(1名の方は予約済)、場合によってはネット中継等等で勉強会を行います。
 過去に収集した重要な史料をPDF化し配布、史料の収集方法、その後のサポートも行います。

 無論、当方が発見した最新史料等も全て提供します。
 この勉強会1回で、藤岡信勝、水間政憲程度の偽・研究者が如何にバカバカしく能力が異常なほど低過ぎるかすぐ理解出来ます。

 しかしながら、以下の条件の方は応募しても無駄ですし拒否します。

 ・水間政憲を支援する某宗教団体会員及び支援者
 ・日本会議会員(東京以外は応相談)
 ・藤岡信勝を支援する団体及び関係者
 ・南京学会元会員(応相談)
 ・ネットを利用できない方

 遠距離での参加はネット使用となります、定員に達した時点で終了します。
 では、応募をお待ちしています。

 令和2年5月22日、夜8時からチャンネル桜「直言極言」番組収録を行いました。(約2時間半)
 毎度おなじみ水間政憲ことデマゴギストに対する反論ですが、実際、以下のユーチューブ映像を見て頂ければわかると思います。

 ところで番組内で補足する必要がある点が1点だけあります。
 水間政憲にすれば「NYタイムズの記事は証拠能力が無い」と吐き捨てていますが、このNYタイムズの記事に”紙コップ(papaercup)"について「花山信勝氏が述べた」と記事に書かれています。

 今回の番組内において当方はGHQか花山信勝氏の双方のどちらから聞いたかについての推察は行っており断言はしていませんが、水間政憲のブログの中の内容が暗にそれを示している事が番組収録中に気づきましたが述べていません。

 番組の映像、1時間19分3秒のシーンで、花山信勝氏が国内外の記者と共同記者会見を行っていたという事実を私は忘れていました。
 反論番組を制作すると言われ急いで入手した書籍等を読んだため頭に全てを入れ、理解出来るレベルまで至っていませんでした。そもそも私は書籍を読む速度が相当遅い為です。

 300ページを読むのに数日間~1週間は掛けます。
 ただし、読み終えた後はどこにどの記述があるかほぼ頭に入っています。

 蛇足でしたが、つまり、この花山信勝「巣鴨の生と死」314ページに国内外の記者との共同記者会見の際にNYタイムズの記者が直接、花山信勝氏から聞き取りを行った可能性がある事に、水間のブログの記述から気付いたわけです。 
 水間政憲が主張する様な、NYタイムズがまた聞きという主張が通らない可能性が大という事です。
  
 一応、気付いた事を補足しておきます。
 では、映像をご覧ください。

 【補足】水間政憲の紙コップ発言

 

 固定翼機(飛行機)と回転翼機(ヘリ)では航続距離が全く異なる。
 これはドローンの世界でも同じ。

 ドローンの世界シェアで言えば中国のDJI製のドローン、回転翼型(Phantom、Mavicシリーズ)が1番売れている。
 だが長距離を飛ばすには数キロしか飛ばない、回転翼型のクアッド・コプター型よりも固定翼型の方が長距離飛行には向いている、それは揚力発生量が多いからだ。

 私が知る限り、この固定翼型ドローン、フランス製ParrotのDISCOドローンが仮に2011年3月11日に起きた東日本大震災の際にあれば、自衛隊のヘリが危険な福島第一原発のサイロの上空を飛ばずともよかったかもしれないし、現在も行方不明の遺体もかなり減ったかもしれない。
 だが長距離飛行可能なParrot DISCOは日本では何故か人気が無く売れず、2018年頃は酷い時は販売価格15万が3万8千円で量販店で大量に売られていた程。

 ただ、Parrot DISCOに全く問題が無かった訳でも無く、レンズが人間の目から見て汚れていなくてもセンサーが余りにも繊細過ぎて常にきれいにしておく必要があった事が最近判明した。
 メガネなどに使われる曇り止め液などを使い、カメラレンズの透明度を保つ必要があり、購入初期の人は恐らく画像が悪いと感じる事が多かったと思われる。このため不良品と判断する人が多かったはず。

 個人的に長距離飛行が可能なParrot DISCO(標準バッテリーで30kmは飛行可能、個人的には60km飛行可能、本年度中に100kmを試す)に惚れ込み、今や長距離飛行を幾度も行い、本年元旦、先週の土曜日に東京湾を横断してみた。
 元日に撮影した際には、先のレンズが見る限りにおいては問題なかったが、汚れがセンサーに影響を及ぼしていたようだ。

 今回は、事前に曇り止め液をカメラレンズに使い飛ばしたので、映像がクリアーで元旦の映像とは全く異なることが分かる。(もっとも、ユーチューブにUPすると画像は落ちるが…)
 とまぁ、前置きが長かったのですが、東京湾を横断した映像を見て下さい。(猿島、第二海堡、第一、富津岬を往復撮影)

【ルート詳細 ↓】※クリックすると画像拡大
tokyobay
【ドローン撮影映像 ↓】

 このBlog記事は、第三者へ見てもらう事を目的としておらず、己の"情報戦能力"と"直観力"について後日確認するためのモノであり、間違っている可能性もあります。数か月後~1年後に再確認し、己の客観性及び正確性を確認する為だけのBlog記事。2020.5.17AM記

 ① PCR検査の精度は30~70パーセント程度であり、現場ではCT等を利用し新型コロナウイルスに感染しているかどうか?の可能性を最終的に決定している。

 ② 抗体検査は過去に感染し抗体がつくられている事を示すものであるが、新型コロナウイルスが日本に上陸する以前に行った、抗体検査において慶應病院で6%、神戸で3%の陽性反応が確認出来ている。

 ③ 日本在来型変異コロナウイルスが存在している。ダイアモンド・プリンセス号以前に実施した抗体検査で陽性反応が出たものであり、新型コロナウイルスでは確実に無く、日本の既存型もしくは亜種。

 ④ PCR検査は遺伝子情報において2か所の一致が確認できる場合、陽性としてPCRにて検出されており、感染者とされる人々の全てが新型コロナウイルスとは思えないケースが存在する。

 ⑤ 京大、中山伸弥教授らがPCR検査を推奨しているが現場レベルではPCR検査を増やす事については精度の問題があり、PCR検査を増やしたところで労力に合った結果とは言えず、現場ではDr.中山の主張を無視されCT等を併用するケースが多い、PCR検査は体制が整ったところで急激に増加する可能性は低い。

 参考映像(その1)

 ⑥ ワクチン開発が急ピッチに行われており、過去のSARS、MARS等のコロナウイルス変異型のワクチン開発の延長線上に有り、今回の急速なワクチン開発対応はその延長線上にある。
  
 ⑦ 日本の感染者数(在来型コロナウイルス)の少なさははBCGや衛生観念等の影響によるものなど、現在ハッキリとはしないが、日本の完成者数は”世界の奇跡”と呼ばれる程低い。

 ⑧ 新型コロナに感染した患者が突然、重症化する原因についてサイレント肺炎(Happy Hypoxia)に始まりじわじわと重症化し全体に転移し多臓器不全に陥るケースが多い。

 ⑨ サイトカインストーム(免疫暴走)により血管を通じ他臓器へと転移し、血栓が起きたり(特に重要)、腎臓、肝臓などに血管を通じ悪影響を及ぼし、気付かないうちに重症化、数時間で悪化。

 ⑩ ワクチン開発については、レムデジビル(米)、アビガン(日)、アクテムラ(日)、既存薬品としてフサン(日)が新たに注目を浴びている。オルベスコ(日)も新たに注目。特に日本開発薬品は感染初期、中期において効果が期待されれている。

 参考映像(その2)

 ※ 紫外線ライトは細菌、ウイルスの99.9%の除菌効果有り。ただし直接皮膚照射は皮膚ガンの危険性有り。アルコール消毒効果有り、感染源は目鼻口3か所。

 2020.5.17 AM記

 【追記】
  2020.5.18-19 米モデルナによる新型コロナウイルスワクチンの初期治験成功と発表。しかしながら充分なデータの提示が無く米株式市場が反落。
       2020.5.19 治療薬アビガン 臨床研究で有効性判断できずと NHKニュースなど報道

 1998(平成)年に自由主義史観研究会研究会のプロパガンダ写真研究会が存在していたことを過去に述べた。顧問に藤岡信勝、東中野修道となっており、会員数も30人弱。
 月に1度、第二土曜日、午後1時から18時まで、当初は(名前忘れた)旅館の大広間で会合を行っていたが、途中から東京大学教育学部の一室にて会合が開かれるようになった。

 当初こそ20人弱集まっていたが、平均10数人程度が集まり、各々が写真研究を行い、その結果を最終的に書籍として出版する予定であった。(設立趣意書
 ところが、2、3回程度開かれたのち、顧問はただ存在するだけの存在となり、研究発表者は私と数名だけとなり、顧問の2名は講演会等で自分達がさも成果を行ったようにふるまい誰に断る訳でも無く、藤岡信勝等はプロ写研の研究会の後、つくる会ので講演会でさも、自分が発見したように語る卑しい姿を繰り返し行う様になっていた。

 東中野修道も言わずもがな、研究会では全く役に立たず、パラマウント・ニュース映画のアーサーメンケン撮影の南京陥落直後の映像が、ハリウッド等の映画撮影所で捏造したなどとバカげた主張を行う始末。
 プロパガンダ写真研究会(略してプロ写研)は、数名の優秀な人材が研究発表を行う程度の会となり、藤岡信勝に至っては、98年夏頃から会員でも無かった茂木弘道の様な役立たずの人物、歴史研究どころか中学生以下の能力者に心酔し、不規則発言を繰り返す様になった。
 藤岡信勝は会では置物程度の存在でありながら、茂木弘道、増田俊夫と言った輩を会員にも相談せず、連れ込む始末、体たらくであった。

 茂木弘道は役に立たないバカげた話を不規則にするようになり、周りも私もいら立ち「そんな話をしても意味が無い」とたしなめた途端に、藤岡信勝が「そんなことを言うべきではない!」等と研究発表の邪魔、弊害を行う状態となっていた、これは藤岡がただの置物程度の存在でありながら、理解も出来ない程度であるにも関わらず、こうした高圧的な態度に幾度も怒りを覚えた記憶がある。

 9月以降、藤岡信勝不要として、私と一部の優秀な人材だけを集めた者だけの集まりにして更に研究を推進すべきだと案が出、藤岡信勝と茂木弘道を排除しようと、新会議を設けようと藤岡に一応提案するも(もちろん、藤岡、東中野には真実は話す必要無しと判断している)提案を受けた藤岡信勝にとってこれ程成果が高い研究会は無いとして、新たな研究会発足を即座に反対した。

 要するに我々にとって藤岡信勝や東中野修道の様な写真検証に一つたりとも貢献出来ない、名目だけの役立たずを排除し、精鋭に絞り込み、更に一歩進んだ会に私はしたかったのだが、藤岡はそれをされると自分の立場がなくなると感じたのだろう、結局、その新組織は流れた。
 もし、あの時に藤岡信勝が納得し、茂木弘道を含め、役立たずの顧問2名と茂木を排除できていれば精鋭集団によって会が新たに設立されてさえいればその後、更に絶大な研究成果が作られていただろうと私はそう考えている、要するにバカがトップに就くともう組織は腐るという典型的な例だった。

 プロパガンダ写真研究会では歴史研究の基礎知識を持つ連中達によって大成果が出ていた。
 参加者名簿には藤岡信勝、東中野修道、茂木弘道、水間政憲などは名前が存在していたが、この連中は基礎研究能力すら持ち得ておらず役に立つ訳も無く、正直言えば、顧問の2匹は毎回邪魔で存在価値等全く無い連中であった、意味なくそこに存在するだけ、そのくせ偉そうにする。
 ちなみに経歴詐称や紙コップ問題の水間政憲は田中正明先生の直系等と自称するが、実際は藤岡信勝と同じ部類であり研究は全くできず、他人から聞き書きするだけの無能者であったし同郷の藤岡信勝の直系と呼ぶ方が最もふさわしいと断言できる。

 ところで水間政憲は2回程度プロ写研に参加したが、言いたい放題で、知識の低さを露呈してアイリス・チャン著「ザ・レイプ・オブ・南京」に掲載された写真の分析を割り当てられたが、放棄して逃亡したという情けない過去がある。
 こういった連中の行動は予測しやすく、私はあらかじめ予測しており、水間や茂木のような口先番長が研究や課題等をやらないであろうと想像し、研究発表はしないだろうと想像しており、研究会の翌月に私があえて彼らのやらないであろう写真の割り当て分を発表したが藤岡信勝のバカはそんな背景等全く理解出来ず、1度も訳に立たず、しかも本当に教育者か?と幾度も疑問、侮蔑を感じた事がある。

 更に、再度述べるがプロ写研究会に途中、夏頃から無断で勝手に来始めた茂木弘道なる能無し人物は、そもそもが基礎知識が異常に低く、例えば昭和12(1937)年末、南京における電力の復旧の際に同時に水道が復活する話が出た際に、茂木はその理由が全く理解できず、私に突如として聞く始末。
 小学生でもわかるバカバカしさだが教えてやった。

 そもそも私は代表でも何でも無く、当時、南京事件や写真検証について余りにも藤岡信勝、東中野の知識や教養が異常に低過ぎ、写真の検証ができる私が勝手に知らず知らずに中心的存在になっていただけであり、毎回、研究が始まる前にコピーを取り配布し、準備するのは私とG君が行っていた、藤尾岡信勝や東中野修道の役立たずや、研究が出来れない連中は踏ん反りかえっていただけで手伝いすらせず、怒りを感じていた。

 プロ写研の影の最大貢献者であった日大の史学科のG君がいなけば、私も写真の検証等絶対にできなかったが、藤岡信勝、東中野修道はG君の様な最大功績者に対して唾を吐きかけるような無礼千万な言動、行動を繰り返し、彼の発見した史料をさも自分達が発見した如く利用し、藤岡はプロ写研解散の際に1万円をG君へお礼として渡したそうだが、1万程度で済む訳も無く、そもそも何十万レベルである。

 2005年5月25日に東中野修道の著書に対する出版社への抗議にも、草思社で東中野修道が「藤岡さんが1万円を渡したという事は、研究を全て買い取ったという意味である…」と、草思社の担当、増田らの前で呆れる回答をしており、東中野のクズっぷりを見、私も怒り心頭であった、ビタ一文払わぬ東中野修道亜細亜大バカ教授は盗用以前にこれだけ人間性が腐りきっており、これを顧問とした藤岡信勝の腐った精神性にも今も吐き気すら感ずる。

 話を戻すが、プロ写研では茂木弘道は要するに自分の主張を公の場で話したいという欲求を満たしたいだけであり、藤岡信勝はおだてあげられるとすぐ乗るので茂木に利用された上、秘密裏に研究を行うとする秘匿性など、毎回参加しても意味が無く、会で全く役に立たない藤岡信勝、東中野修道どもにとって研究成果をパクるだけの会であり、茂木が毎回不規則発言を繰り返すことで、藤岡信勝に対する信頼性やの存在意義が亡くなり始めた事に藤岡自身全く気付かなかった。

 ちなみに、茂木弘道と水間政憲は本質そっくりで、双方とも知識が低く能力が異常に低いが、茂木は東大卒という肩書を持ち、水間政憲は高卒であり、これが水間政憲が経歴詐称を語った根本的原因だと考えている。私からすれば、これだけ能力が低い2人が互いに反目しあうのは滑稽でしかなかった。

 話を戻すが藤岡信勝は1998年2月に始まったプロ写研において全く役に立たない上に、詐欺師の様な連中(過去に、大神源太事件、増田俊夫事件がある)にホイホイ引っ掛かるどうしようもないバカ人物であり、今でもその傾向は充分に予見できる、映画『主戦場』事件を顧みれば「あぁ、又同じ事繰り返しているな…」と。
 
 映画『主戦場』事件は藤岡信勝の性質、本質を見抜くに好例と言える。
 監督とのデザキと藤岡信勝は、保守系団体の各方面へ協力を要請していたが、デザキを軽く調べただけで怪しい人物である事は容易に理解出来たし、実際協力を辞退し危機を回避した人物、組織が多い。
 だが自己顕示欲が異常に強く、思考力が低い、ロクに使えない、調査も出来ない藤岡信勝にとって”渡りに船”であったのだろう、結果、毎度の事ながら引っ掛かってこのザマである。

 昔から藤岡信勝は自己顕示欲むき出しで他者の研究を我がモノにする事だけが目的で、さらに今では見る影も無いが、当時注目を浴びていた「歴史教科書をつくる会」の理事という事で、腐った実態が隠蔽され続け、勘違い方向へと進み、幾度となくバカげた詐欺師達のカモとなっている。

 例えば中村粲氏とのケンカも本来防げていたにも関わらず藤岡信勝の無能さを露呈させ毎度毎度、指摘をしてもロクに人の話を聞かず、無断で参加し周りに迷惑を掛け続け、一生懸命頑張り支える人達にバカを見せるといった結果に陥る事を呆れるまでに繰り返し、そういった優秀な人材が藤岡を見限り離れていった。私もその1人だが、藤岡信勝のバカさ加減に1年で愛想を尽かした。

 その頃最も印象的だった藤岡の取り巻きの1人のバカ行動の例を思い出す。
 1998年末にプロパガンダ写真研究会に所属しているというだけで横柄な態度をとる能無し人材の1人、栃木の谷原茂夫だったと記憶しているが、私は藤岡に対する憤懣をネットで書いた。
 それを読んだ谷原茂夫なる男がその憤懣メールで藤岡に対して訴え、最後に「寛大なる処置を…」等と入れたそうな。

 当時、呆れかえったメールなのか手紙なのか分からないが、藤岡バカ信勝を見限るきっかけになった。これは藤岡信勝が正常な組織を保てないといった事が理解でき、私には徐々に藤岡信勝が大組織など保てる才も無く、10年先はダメ組織になる事が容易に理解出来たし実際その通りとなる。
  
 私は徐々にプロパガンダ写真研究会が藤岡信勝が能力も無いにもかかわらず、口を出し始め、茂木弘道、増田俊夫といった詐欺師らを連れ込む事でより藤岡のバカがプロ写究の名声を利用し始め、目的から逸脱し狂い始めていると感じていたし、藤岡バカ信勝を谷原茂夫事件をキッカケに見限った当然ながらプロ写研はその数か月後に解散する事と成った。

 当然と言えば当然であるし、研究が出来る人間が消えれば自然消滅するのは当たり前であり、それを激怒した藤岡信勝らは私の悪評を出版社、関係団体へ広め続けた。田中正明先生にすらデマを流し続けた程だ。藤岡信勝の体たらくは年々ひどくなり現在に至る。

 ところで1人の役立たずの顧問の1匹、東中野修道はプロパガンダ写真研究会の大成果を見て、2匹目のドジョウを狙い「南京学会」を設立するも、そもそも基礎研究能力が無い東中野修道は寄生虫の様に優秀な人材である誰かに寄生する必要がある。
 しかも東中野は基礎研究能力がゼロであり、優秀な人材を育てる等一切出来ない、研究能力自体が劣っており能力者を育てる事も出来ない体たらくであった。

 結果、当然と言えば当然だが、東中野修道の人徳の低さも相まって南京学会(?)は2012年につぶれた。唯一の成果はプロパガンダ写真研究会で聞いた私の写真研究をパクって書籍にし、東中野が大金を手にした事くらいなのかもしれない。寄生虫の最後っ屁として。
 
 ちなみに東中野修道は展転社で出版した書籍内の文言について訴訟を起こされ、法廷に1度足りとも立たず逃亡、私の1998年に発表したプロ写研での写真検証の成果を盗み、千数百万円の印税を受け取るも、展転社へビタ一文すら払わずに、「私が学歴詐称をしている」という意味不明なレッテル貼りのデマを10年近く、各出版社や各歴史研究団体へ流し続け、産経新聞記者にすらそのデマを流し、未だに続いている。(気づいてないと思ってるらしい)

 プロ写研の腐った双璧、藤岡信勝も私が98年末に藤岡信勝を見限った事に対して、これまた同じ様にありもしないデマを流し続け、例えば日本会議東京へとある件で向かった際に、藤岡信勝のデマを信じたのであろう、大変失礼な事をされ私は日本会議東京に対して悪意を感じ、人として失礼な行為言動を複数回受けている、これは藤岡信勝のデマが原因である。

 チャンネル桜に出演した際に、会ったことが1度も無い某教授に挨拶どころか、会話すらしてもらえず全く相手にすらされなかったことがある。
 これは藤岡信勝、東中野修道らが流したデマによる影響である事を後に知った。

 この4名、藤岡信勝、東中野修道、水間政憲、茂木弘道ら。
 彼らに共通する事1つがある、それは基礎研究能力がゼロであり歴史史料が収集も出来ず、研究が全く出来ず寄生虫・研究者であるという事だ。自分1人では何もできない、考えようともしない。

 2015年に南京大虐殺が世界記憶遺産へ登録された。
 これは藤岡信勝一派の高橋史朗教授がロクに史料も分析も行えない状態であったためであり、この4名の藤岡信勝子飼いの連中が有効な反論史料等提供が一切出来ない事に起因する、これは藤岡バカ勝による最大、最悪の弊害であった、第1級戦犯として藤岡信勝を指名する事が出来る。

 藤岡信勝らは能力も無いにも関わらず南京事件を政府・自民党へと働きかけ、ロクな史料も提供できずに、あらぬ誤解を招き、藤岡風情が勘違いし、その後、国際的に全く有効打を出せない状態であるにも関わらず、結果、南京事件を世界遺産登録へ進めた元凶だが、そんなことはこの藤岡バカ勝一派は反省もしない、知らない、とぼけ続ける、現在の水間政憲と同じ事をこの時点で行っていたという事実である。

 歴史研究を行うためには史料を収集し、分析する事が最重要である。
 しかし、この4名は決定的に関連史料がどこに所蔵されているのか?どこへ問い合わせれば収集できるのか?すらロクに理解も出来ない、調べる事も出来ない。しかし、無知な連中を騙そうと必死に無意味な方向へいざなっているのだ。

 安易に感じるかもしれないが、基礎能力が劣る連中は研究が出来ない上に新たな発見は一切出来ないし、その調査方法を理解している事が重要であることは言うまでもない。
 それが出来ない人間は水間政憲の様に、既存の史料を歪曲解釈するかロクに史料の等級分別も出来ず、何でもカンでも”一級史料”と叫ぶようになる。

 これは歴史研究を行う者にとって致命的な事である。
 私がなぜ、次々と新たな史料を発見出来るのか?理由は簡単、基礎研究能力を徹底的に鍛えたからであり、以前、3つの質問をブログで行ったが、基礎中の基礎が理解していない人間にとって1つたりとも分からないはずだ。

 1か月経っても、誰も答えず、私はヒントを出し(というよりほぼ答え)漸く1名が答えた程であった。
 その3つの質問を、4名にしてみるといい、恐らくほぼ答えられる者はいないだろう。

 東中野修道は1つだけこたえられるかもしれないが。
 例えるなら、大図書館で書籍を探すための検索方法を理解していなければ永遠に見つける事など出来るわけがない、プロパガンダ写真研究会と南京学会なる有象無象の集団とではこれだけ差が有った。

 そもそも東中野修道自身がその調べ方を理解できていないから出来るはずも無い。
 黄文雄先生から史料を貰い分析するしかないのと同じだ、私であれば台湾のどこそこに存在するなど30分もあれば調査完了出来る。

 通州事件を藤岡信勝や何だか知らない奴がメールを送りつけ「これは通州事件の写真でしょうか?」等と聞いてきたことがあるが、ほんの20分で通州事件犠牲者写真を見つける事が出来た。
 流石に阿保らしいので匿名の人物に対し「所蔵されてるよ」と答えておいたが、どうやら未だに発見できてないらしい。

 基礎研究能力がロクに備わってない連中はこんなものだ。
 それを理解しようとしても藤岡や東中野、茂木、水間などはそもそもその程度すら理解できていない。

 田中正明先生はそれを若かりし頃365日通い詰めたそうだ。
 今はそんなことしなくても良い時代だが、藤岡の仲間達は未だにそんな事すら理解出来ない。

 阿保らしくて…話にならない。
 この4名の話を1万回聞いても何も新たな発見は無い、何故なら基礎が無いのだから真剣に聞いてる連中の姿を見て私は、「阿保なのか?こいつら?」とマジに考えたことも有る。

 そんな連中とまじめに話す気などするわけがない。
 ちなみに東中野修道は98年のラーベ日記を分析する際に中国兵だと分析を行っているが、そもそも中国兵だと断定できる根拠を示せていない。

 これは98年12月13日に東大で行われた「ラーベ日記に反論する」において、私が「これは中国兵ではありませんか?」と質問した事をヒントとしている。
 私は彼らの持つ複雑な機構のモーゼル拳銃を日本兵が持つはずも無いし、日本兵が勝手に武装解除された武器を持ち出し勝手に使う事は無い事を述べた、東中野は軍事知識が藤岡信勝と共に低く、こうした根拠を理解する事が出来なかった様だ、東中野は己で考える能力が相当低い。信じるバカが多ければ多い程、最悪な結果をもたらすことを自覚しろ!と言いたい。


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