電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

2020年12月

 2020年の歴史問題の研究、特に南京事件関連は地に堕ちたと言って良い。
 その最大原因は、2000年から始まった無能な藤岡信勝を中心とした研究盗用グループとその支援団体により、盗用する事がトレンドとなり、ロクに研究が出来ない藤岡信勝の仲間達が台頭する事と成った。

 これ以降、1つ足りとも完全オリジナルの新たな研究結果が出なくなり、この藤岡信勝一派により世界記憶遺産登録が推進され、今や高橋史朗が言い訳を垂れ流す状態。
 東中野修道の盗用亜細亜大教授は他者が研究したモノを丸ごとパクるか、関連資料を更に第三者から聞き及びさも自分がオリジナルを研究したように装う卑劣な行為、さらに根拠のない学歴詐称等と言った行為を藤岡信勝が関わった様な出版社、当方が『プロパガンダ戦「南京事件」』の出版社へ「松尾の学歴が確認出来ない、出版を取りやめろ!」とデマを流し続けた

 藤岡信勝はこの東中野修道を前面に出し、根拠もロクに無い様な適当でいい加減な主張を日本中へとデマ宣伝を20年行い続け…結果、地道な研究よりも他人の成果を奪い盗用する連中が主流となった。
 これが結果、2015年10月の世界記憶遺産に南京大虐殺が世界記憶遺産に登録された遠因となる。 

 中国が世界記憶遺産に登録を推し進めようとNEWSが掲載されたが、当時の日本の南京事件研究者の多くの人達は非現実的であることを考えていた。
 それは、当時の記録映画である戦線後方記録映画「南京」も発見され、更には欧米の南京事件そのものを否定する記録も数多く存在したからだ。

 ただ、唯一の心配は、当時の自民党における南京事件については、あのパクリ軍団の藤岡信勝北海道詐欺師軍団が幅を利かせており、私は藤岡信勝、東中野修道らが表に出せない様にしていた。
 私は記憶遺産に登録された後に知ったのだが、自民党で最も南京事件に関して積極的に働いている原田義昭議員とお会いした際に、この映像を初めて知ったと聞き驚いたことがある。

 つまり藤岡信勝一派(藤岡信勝、東中野修道、高橋史朗、水間政憲、茂木弘道等)は戦線後方記録映画『南京』について一切知らしておらず、これを英訳する事すら全く行っていなかったという事だ。
 私は、2015年10月の世界記憶遺産に登録される以前に、海外に自費で作成した英訳のテロップを付けてこの映像を送った事があるが、受け取った彼らの殆どが「南京事件は無かった」と1度見ただけで感想をしている。

 しかし、こうした有効な武器をロクに理解出来無い藤岡信勝らは、寧ろこの映像が私が分析を行った事で意図的にこれら史料を外し、しかも当方の書籍を参考にしているにも関わらず、私は「南京事件はプロパガンダの可能性がある…」という結論を、驚いたことに「南京事件はプロパガンダ」と改ざんを行い、広言を始める。
  
 これは藤岡信勝の親友であり友人である故・東中野修道亜細亜大学教授が役に立たずに解散せざるを得なかった「南京学会」の解散の際に「南京事件がプロパガンダであると証明することが出来た…」等と、根拠を示さずに発言した事を、常日頃から研究をパクることが常道となっていた藤岡一派がさらに南京事件を混迷に貶める言動を始めた。

 その仲間である高橋史朗は、ユネスコで半数は否決する可能性がある議員を無論、説得できるはずも無く、ビデオ1つを渡すだけで十分い否決できるにも関わらず、世界記憶遺産登録とさせた。
 藤岡信勝の仲間である高橋史朗はロクに史料どころか南京事件における説得力の無い史料を元に反論を続けており、当然ながら説得できるはずもない。

 なぜ高橋史朗が選ばれたのか?理由は簡単である藤岡信勝たちは能力が無いにも関わらず虚栄心と勘違いを駆使し、とにかく全面へ出る事しか考えておらず、2015年11月のBSフジにおいて、藤岡信勝は秦郁彦教授(中間派3万人程度の犠牲者)、田中朗教授(10万単位の大虐殺)にコテンパンに論破されてしまう。

 これはそもそも藤岡信勝は南京事件に対する知識や見識も低く、2000年頃から根拠すら理解できない「南京はプロパガンダ!」というバカ説を広言しており、BSフジでは65連隊程度の戦闘についてロクに知識が無く最後は矛盾だらけの回答を繰り返し、初めて南京事件について知る人たちにとって南京事件は事実であると印象付ける事と成った、その後ユーチューブで藤岡信勝は見苦しい言い訳に終始している。

 このような藤岡信勝と同じか以下の知識しかない高橋史朗が国連に向かったところで説得力を持つはずもない、更に藤岡は珍説メーカーこと水間政憲を特に重用していた。
 水間政憲は故・田中正明先生の弟子と広言するが実際は田中氏は水間を研究者としては才能が無く興行師としてしか見ておらず、数々のデマを捏造する体たらくであった。

 水間政憲が出版した南京関連書籍では紅卍字会の埋葬体数と、昭和13年5月の朝鮮朝日新聞に掲載された埋葬数が一致するとし、更には一般市民の犠牲者数が数百人として主張したが、少しでも史料を所有していればこれが如何にバカげた主張であるから分かる。

 この朝鮮半島版朝日新聞の記事に埋葬数が書かれている内容は前日に紅卍字会での発表を元にしている事は、ミニー・ボートリン日記を5月15日を読めば阿保でも分かる。
 更に南京の特務機関員であり南京の埋葬を指揮した丸山進氏は紅卍字会の埋葬数の水増しを指摘しており、約1万5千体程度の兵士を含む遺体が2月から3月20日の春分の日までに埋葬されたことを述べている。
  
 つまり水間政憲が主張する紅卍字会から逆算し市民遺体埋葬数説はミニー・ボートリンや丸山進氏を知っていれば、容易に破綻している事が分かるが水間政憲はロクに研究どころかこの2名の存在すら知らなかったために、弟子だと自称している田中正明先生すら紅卍字会の埋葬数は正確でなく埋葬時、東京裁判前の2度改ざんしている事すら頭に無かったわけだ。

 これが藤岡信勝らの体たらくをそのまま体現した様な高橋史朗、水間政憲らは藤岡信勝の無能過ぎる行為をそのまま真似をし、南京大虐殺をロクに研究どころか適当にパクる行為を2000年頃から広め続けて来た。
 さらに高橋史朗や水間政憲についてそのいい加減な行為を常に擁護し続けて来たのは阿羅健一氏である。

 私は永年阿羅健一氏については尊重してきたが水間政憲の適当な主張やいい加減さを指摘すると阿羅健一氏は常に攻撃的な姿勢を見せてきた、だが阿羅氏が擁護する水間政憲が故・田中正明先生の発言を捏造したり、死者を冒涜する言動を含めて全く信じられなくなった。

 さらに阿羅氏の開催する講演会などには、更に悪質な連中が多く取り巻きとして存在し、その悪辣な言動、行動には幾度も怒りを感じた事がある、挑戦的な態度を示すバカも数回見た。
 今年2020年は偽物・北海道詐欺師軍団による20年間の悪意ある言動、行動により真摯な研究がより一層貶められる事と成った、これは藤岡信勝が過去20年におけるデマ宣伝による結果であり、2015年に藤岡信勝一派による反日活動の結果が南京大虐殺の世界記憶遺産に登録された元凶であると断言できる、これからも藤岡信勝らによって真摯な研究が貶められ続けるだろう、藤岡信勝一派にとって南京事件を含める歴史問題は己の自己顕示欲をむき出しに出来る玩具程度のモノでしかない。失敗等関係が無いという訳だ。

 なお、藤岡信勝を大絶賛しているのは「幸福の科学」、「日本会議(東京)」であることを、提示して置く、これらはすべて真実である。
 藤岡一派と北海道詐欺師グループとこの連中が存在する限り、歴史問題は悲しい程に未来が無い、私から見てもこの連中は余りにも才能が無さ過ぎる、特に藤岡信勝の弟子である水間政憲の💩弟子は更に能無しの中でもトップ💩レベルでありありゃ才能以前の問題である。

 私は20代後半の際に大量に新史料及び研究が出来たが、このポンコツ北海道能無し2匹&水間の💩弟子事仙台の自宅警備員を含め徹底的にダメだな、しかも水間の弟子のポンコツ警備員は能力ゼロのくせに相手にもならないのに変な対抗意識だけは異常にあるようだが、ダメだありゃマジで…アホだ。南京研究に未来無し。(溜息)

 私は自衛隊勤務を行った経験がありますが、これをチョット話してみたいと思います。

 私は20歳から約4年間、陸上自衛隊に勤務しました。
 20歳の時、学校を休学し入隊したわけですが、体力は余り無かったことや80年代にBASIC等のプログラミングを行っていた事が影響したのかもしれませんが、技術系の部署へ勤務となりました。

 当初は教育隊へ3か月、その後は3か月か半年だったと記憶していますが専門職種の教育部隊へ行き、基礎教育を受け部隊へ配属されました。
 正直、その事は自衛隊は結構アウトローの連中も見かけましたし、正直、一般社会においてロクに仕事すら出来ない様な人物も何人かいましたが全てがそういった人ばかりではありません。

 大学を卒業し入隊して来た人もいましたし、某研究所を退職して入隊した人もいましたが、正直80年代から90年代初頭に掛けて余り質の良いとは言えない人もいたのは事実です。
 ですが、こういった連中は問題を起こすか続けられなくなり、必ず数年後には退職します。陸自は1任期(2年)、海・空は3年ですがここで半数も残らなかった。

 私は1任期を終えた際に軍曹になろうと考えており2任期後に試験を受け合格、曹になるつもりでしたし、そのつもりでした。
 ただ、ここで不思議に感ずる人がいるかもしれませんが自衛隊に入る前に曹候をどうしてうけないの?と思われる方もいると思いますが実際、19歳の時、航空自衛隊の曹候を受けて受かってます。

 ですが当時、広島県の呉で受け、合格の連絡を海上自衛隊の地方連絡所(?)が入れてくれず、陸自に入隊し部隊配備となった際に「どうして曹候に受かっているのに空自に入らなかったのか?」と問われ、びっくりしたことも有ります。
 呉の海上自衛隊の地方連絡所からの連絡が全く来なかったのです。

 海自の見学に行った際に受け空自の曹候を受けたのでいやらがせなのか分かりませんが、そんなこともありました。
 話は飛びましたが、部隊へ配属され勤務を始めるとこれが案外、かなり高度な技術を覚える必要もありますが、最大の問題は私の直属の上司は前の部隊からつまはじきされ、ロクに人に教えられない様な程度の人が電子工学や、通信工学をレクチャーどころか、何も分からない状態の人でした。

 しかもこの上司、自衛隊について話した際に「普通、国を守ろうとか考えて入ろうなんて誰も考えてない、ただ仕事が無くなったから入っただけ…」と広島出身のガマガエルの様な顔したおっさんでしたが、広島出身者の全てとは言いませんが、広島出身者はこの傾向が多かった気がします。

 又蛇足でしたね…とにかく当時、どう通信工学、機械工学など勉強すればいいのか?さっぱりでした、しかも上司はその基礎すらロクに教えられない人でしたから困っていました。
 実際、私が通信工学を漸く理解出来たのは実は軍曹教育の為に、横須賀の通信学校に行った時に初めて理解できたわけです。

 (今は違うかもしれませんが)それだけ地方部隊では、教えられる程度の技術すら持たない人材がただ、そこに存在するといったケースも多く、ちなみにこの上司、元はラーメン屋の親父で店を潰して自衛隊に入隊したといった人物。
 別にラーメン屋が悪いという事では無く、元々素養が無い上に人材不足のために本来配置されるべきではないところへ飛ばされたという事が実態でした。

 私は運悪くそこへ飛ばされた為に2年近く、機器の説明書だけを読み、独学するもチンプンカンプン…更に周りには一般社会においてロクに就職出来ない様な人材も多数おり、本当にこれが大変でした。
 部隊の隊長は事を問題が起きた際に荒立てないだけのサラリーマンタイプで、問題が起きたら有無も言わさず握りつぶす様な人物。

 これを入隊の際にお世話になった地方連絡所の担当の人に相談すると「君は早く、その部隊を出て都市の大きな部隊へ行きなさい」「あと〇年で、上司や隊長は移動となる」等と言われていた状態です。
 
そういった中で、日本を4つに分けた地区の1つであった地域で私は技術優勝をする事が出来たため、それから何とか別部隊やいろんなところへ行く事と成り、海自や空自の人達と会う機会も増えましたが、陸自は配属先にトンデモ人材がいるが大きな部隊ではそれほどひどくないのと違い、海自はとにかく私が見ていてもイジメが酷い、空自は空自でのんびりはしていますが、学校の延長に見え、〇〇ハラも実際に見てそれぞれ問題が目につきました。

 特に海自はあれは酷いと実体験しか述べられませんが、あれは酷いと…。
 海自は慢性的に人手不足ですし、米海軍では1つの艦を2交代制ですが、海自は1チームで永遠に船に留め置き、(今は違うそうですが?)船員は上陸しても街中をウロウロするしかなく、金を無駄に使い借金まみれ。

 さらに酷いのは米軍は船から上がると休養のために個室を与えられていますが、当時の海自隊員はもうそれすら無く街中をウロウロするだけ。
 仕方ないので見かねて私が借りている部屋へ入れてあげたこともあります。

 こうした実態を見て来たので親戚が自衛隊に入隊したいという気持ちがあっても「海自だけは絶対にダメ」と今でも大反対します。無論、知人の親族でも「海自だけは絶対にダメ!」と助言しています。

 今、海上自衛隊が人材不足に陥っていますが、これは陸自も多少なりとも同じです、ただ海自ほどひどくは無いという程度なのです。
 海自の人材不足の根本的な原因は、海自が過去に隊員やその関係者に対するいい加減な対応や、おろそかにしてきた実態が今になってじわじわと響き、大きな亀裂になったという事です。
 比べて陸自も、80年代から90年代に掛けてかなりいい加減な事をしていたわけです、海自ほどもありませんでしたが、町でたむろする様なロクに一般社会に適応すら出来ていない様な人材を、無理やり地方連絡所が入れるために、”悪貨が良貨を駆逐する”状態にななり、現在のところ更に酷い状態となったと断言出来ます。

 海自は更にひどく、最新兵器は次々と政府から与えられていますが、人に対しては第二次大戦と大差ない人の扱いをしており、これを根本的に改めない限り絶対に改善はしないと断言出来ます、イジメで殺人が起きても平気で隠蔽をすることは元自衛官なら大抵、知っている。
 同じ様に陸自もトラブルや問題を起こす様な人材を強制的に退職させる様な法整備が必要です、さらに誰でもどんなに資質の無い人材でも入隊させようとする、地方連絡所のその傾向は捨て去るべきです。

 自衛隊マンセー連中の多くは自衛隊に入隊する覚悟も無く改革を行わせるほどの提言も出来ず、こうした根本的な原因の調査も出来ません。
 自衛隊マンセーの連中の多くは、実態は唯の弊害の促進者でしかありません、本気で考えない。

 就職すら出来ない様な若者も入隊してきましたし、そういった連中は必ず問題を起こしますが、部隊の隊長次第ですが隠蔽も行います。
 一般社会で隠蔽を行った場合、そんなことを行った会社はつぶれます、もしくは刑事告訴され会社の屋台骨はボロボロになるでしょう、海自は親方日の丸でそんな事すら顧みないし、見る気も無いでしょうね。
 

 来年の勉強会は現在、以下4回を計画中しています。主に土日祝日で1人2日間行います。

 ① 2~3月(最大6人)募集終了
 ②  5~6月(最大6人)募集終了 
 ③  8~9月(最大6人)募集終了
 ④  11~12月(最大6人)若干名募集中

 ネットを利用して勉強会を行いますので、全国から募集しています。(メール応募のみ←テストの意味を含めてます、選ばれた方のみメールで返信します)
 海外でも地方でも問題無く受講可能です。(PCを使い遠隔会議ソフトを使用します)

 すべて無料ですが、特別に史料等を入手したい人は事前に連絡が必須となります。
 事前質問については、常識的な内容にして下さい、例えばパクりを行う藤岡信勝一派(藤岡信勝、東中野修道、水間政憲、茂木弘道程度のレベルの質問はくだらなさ過ぎて答える気すらしないので、止めて下さい、素人以下のレベルには答える気すらしません。)

 なお、前回もそうですが、1名予備として声を掛けておきます。
 ③までは全て受講者は決まっています。

 ※ 絶対条件としては指定書籍を必ず読むこと。水間政憲や藤岡信勝の支援団体である、幸福の科学信者、日本会議(東京)、その他不適切だと判断する対象者は参加を即座に断ります。そうした人物は二度と声掛けも連絡も致しません。

 ただし、当方に勉強会に参加した人達は、史料の収集方法、分析方法については藤岡や東中野、水間程度のレベルは勉強会の開始後、藤岡一派の連中の話がバカバカしく感じるようになるのは確実ですし、絶対保証致します。(笑)
 無論、その後のフォローアップも致します。

↑このページのトップヘ