電脳日本の歴史研究会blog

日々、徒然なく語る…

タグ:中宣部

 大変遅くなり申し訳ございません。 
 会員限定の過去1年弱の間に収集した、未発見史料及び藤岡バカ勝達が共有しているメール等の内容をすべてまとめました。

 送付したメールでPDF等のダウンロードが可能です。 
 なお、メールが一部未送付となり未配布が6名おられますので、改めてご連絡願います。

 LINE、直メールでも構いません。
 携帯の場合は、Googleドライブにて送付後閲覧が可能です。

 それでは、新史料にはご参考頂き、バカ勝達の会話のレベルの低さに爆笑して頂けたら幸いです。

 Blog管理者

 1938(昭13)年7月刊行「日寇暴行実録」をホームページで公開した。
 恐らく、この映像を撮影した2005年時点において日本国内で全ページを撮影された史料を所有していたのは私だけだろうと思う。

 ただ、今現在これを公開しない理由も無いし、私の史料を常に「俺のモノ」と思い込んでる、悪名高い元南京学会員の連中達による影響も多少なりとも少なくなったはず。(…恐らく盗用は彼らにとってはデフォなのかも…笑)
 1998年にプロパガンダ写真研究会に於いて私が発表した写真検証を自分が行ったようにして偽装した、FやHの様な連中も流石に、今更、又盗用はしないのでは無いかと…思いたい。(笑)

 こういったジャイアニスト達はどうでも良いとしても、新たに研究を行おうとする人物らの為に、後世への史料提供として最低限度の事はしておきたいという気持ちも当然ながらある。
 だが決して、楽して史料を入手出来たら…といった連中の為では無い。(2005年に渡米し、史料を検索、撮影など行い、翻訳等を含め掛かった全費用は60~70万だったと記憶している、もちろん全て私、個人負担であった)

 約束事を守れない連中には当然、その後の削除要請や著作権違反として管理者に対する削除要求を行う。
 ちなみに今回、このホームページに掲載した「日寇暴行実録」写真集とは違い、かなり鮮明な写真をいずれ登場させることになると思う。

 実は見開きページ以外に1枚づつ撮影した映像もあり、一字一句しっかりと読める様なものも存在する。 
 ではなぜ、これが公開しなかったかと言えば、やはり、未だに続く無断盗用の可能性が大であるからだ。

 こうした連中は、こうした史料をさも自分達が入手した様に偽装し、出版もあれば、ネット番組などで私のホームページからダウンロードし無断で使用するからだ。(T澤のスマイスの完訳書も、私のホームページに無理矢理アップせよと無記名のメール攻勢を行い、その後完訳を行う方法を行っており、T転社に抗議を行った際に「もうこれで許して下さい」等と意味不明な事を告げられている:溜息)
 ホームページなどから無断拝借する連中も未だに多い上に気づいてないと思い込んでる連中も多い。

 こうした連中の余りにも酷すぎる悪質なマナーに対する憤りは結構ある。
 例えばyoutubeで2014年に発見した約10分の戦線後方記録映画「南京」フィルムを加えた映像を無断使用して、私が講演する先の事業者へ100枚コピーして送り付けた人物もいる。(この為、元映像を削除しデジタル・リマスター版を追加)
  
 理由は、著作権が切れているという主張らしいが…そもそもこの映画はフィルムが8巻に分かれており、それを編集しつなぎ合わせる必要があり、2014年に新たに発見した10分映像をどこに挿入するか分かるはずも無い。
 とある雑誌で対談した南京関連の著書を持つ大学教授もこれを全く知らなかった。

 確かに著作権としてはそうだろうが、失われた10分間を編集した私にはそれを行った法的権利が発生することがこの盗用者には理解できていない。
 そもそも、そうした基本的な事をすっ飛ばすのはエセ自称・南京研究者には多い。

 ちなみに別に私は使うなと言ってるわけでは無い、マナーを守れ!と言ってるだけ。
 Hが私の98年の写真研究を盗用した際にも、巻末に私の名前を記入していれば別段私は問題にしなかった、ところが同じく研究を行った仲間と共に抗議すると「これは独自研究だ、M口とK林が独自に研究した…」等と卑怯な手を使って、誤魔化す、誤魔化す…。H一派は常にこうした事を繰り返し行い続けていました。

 こうした態度に徹するのが、エセ自称・南京研究者に多すぎるから、結局、盗用できない様にするか、ワンランク下の史料を提示するしか無くなる。
 これが結果的にどういった事になるのか論ずるまでも無いと共に、ウソをウソで塗り固めてもいずれ容易にバレる訳である事は言うまでもない…もっとも、それを判断できる様な人に限られるが。

 ちなみに、そうした安易な連中からは決して新たな研究者は出ないし、出るはずも無い。
 今月号の「正論」(2018年1月号)を読めば分かるが、98年に同じくプロパガンダ写真研究会に属していた中田崇君が論文掲載をしており、比べてF、H関係者からは新たな研究者は登場しないのは、そもそもが間違いが多く、そういった場合新たな研究者は決して登場しないし、発見も無い。

 しかもここ最近は、F一派の1人が従来から知られている既存の史料の介錯を捻じ曲げて解釈し、手前勝手な史料介錯の上で「完結」だとか「論破できる」などと煽情的な単語を並べるのが常道手段としている。
 こんなのを平然と登場させたF一派からは決して、新たな発見も無く、いずれ廃れるだろうと。

 話は逸れたが、「日寇暴行実録」というモノがどういったものか見て頂ければ幸いです。
 ちなみに、この写真集は(国民政府)軍事委員会の編集、印刷を行った公式文書である。
 
 これが最も重要。(笑)
 決して中立でも無ければ、無辜の第三者による映像では無いという事を知って欲しい。

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