2008年10月

2008年10月27日

選挙の準備をしよう

衆議院議員は首相が「お前らみんなクビ」って言えば全員クビになる。 全員がクビになると少し後で選挙が行われる。 基本的にいつ選挙になってもおかしくない。 そんなわけで、選挙の準備を今のうちからしておくことを提案する。 別に立候補の準備をしろっていうわけじゃない。 周りの若者に投票に行くように薦めなさいということだ。 以下では、僕が投票に行ったことがないという年下の有権者やもうすぐ有権者になる人に話す内容を、実際の会話よりもストレートな表現で述べる。

選挙に行かない理由のうち比較的まともなものとして、「自分が投票に行っても国会議員を選ぶという意思決定の質は上がらない」というものがある。 とくに小選挙区の場合は一定の説得力を持つ。 しかし、滅多に指摘されないが、この主張には大きな落とし穴が一つある。 以下のことだ。
衆議院議員選挙の投票時には、もう一つ、国にとって非常に重要な投票が行われる。 君の一票が代議士選びの質を上げないと思うならば、投票所に行き、代議士を選ぶ投票用紙は白紙で出してもよい。 ただ、裁判官の審査だけは、全員に「×」をつけて箱に入れてほしい。 こちらは白紙で出してはならない。 白紙で出すと「全員信任」という意思表示として扱われる。

最高裁の裁判官の国民審査は、はっきり言って機能していない。 全員が信任される儀式と化している。 「全員に×」という機械的な一票により、この審査を実質的なものに近づけることができるんだ。 だから、「あと一息で誰かが不信任になる」という結果が出るまでの間は、是非、審査対象の裁判官全員に「×」をつけて投票してほしい。 あと一息のところまでいけば、この制度の意味が意識されるようになる。 そうすれば日本は、法律信仰や役人天国ではなく、法治国家へと近づく。 行政と司法が一体となっている問題点も、改善可能なものとして意識されるだろう。
行われるのは代議士選びだけじゃないのである。

「司法判断の妥当性を自分では判断できない。だから放棄したり全員を信任したりする。」そういう人もいるが、僕はそういうのには感心しない。 判断の妥当性が国民に理解されない状態で裁判官という権力の座が保たれるなんて、民主主義を標榜する国家として妥当ではないと思う。 妥当性が国民に伝わっていないならば、国民にとって意味不明の世界であるならば、そこには受け入れがたい現状があると疑ってかかるのが妥当だろう。

イメージがわかないならば、政治や行政を思い浮かべてみればよい。 金のやりとりや各議員の言動が国民に伝わらない政治なんて信用できるだろうか。 まともな監視が入らない状況で一部の役所や一部の役人が何に金を使っただろうか。 それとも君は、情報を遮断されることによって満足するような人なのか? 報道されると不安になるが、監視が働かない状況だと安心なのか? そうであるならば、北の偉大なる将軍様が支配する国に亡命すれば幸せになれるだろ。

裁判官の国民審査に参加するだけではなく、できれば衆議院議員の投票も自分の頭で考えて行うようにしよう。今はサイコロを振って投票するのと変わらなくても、投票というのは考えるきっかけにはなる。 考えていれば次の投票の時には判断の精度が上がるだろうし、判断の精度が上がれば様々な物語の中で「愚かな大衆」として表現されることも減る。 愚かでなければ、自分の子供が万が一優秀だったときに、優秀だという理由で(道徳的にダメだという建前で)子供を迫害したり子供を甘やかしたりせずに済むだろう。若者から軽蔑され若者を恐れて暮らす日々からも解放されるだろう。 詐欺師に騙されるリスクはぐっと下がるだろう。

僕が時々話すのは、以上のような感じのことである。実際にはオブラートにくるんで話す。 話すことによって僕自身にはどんな影響があるか。 明確な影響が二つある。
  • 支持政党とか支持政策とは無関係に若い人からの評判が上がる。 僕に相談に来る若い人が増える。 長いもののまかれるとか既得権益死守とか犠牲は若者にとか、そんな理想とは無縁な人として見られるようになったんだろうと思う。
  • 技能や誠実さに見合わない地位にある人から物凄く嫌われる。


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2008年10月24日

「基礎研究を強くするために」という話からつらつらと思うこと

[ゴーログ]なぜノーベル賞の前に評価しないのか?ノーベル賞日本人4人受賞の慶事に関してを読んで思うことを少々。

僕が大学院生の頃、教員(当時は教官)の「研究業績」というものは大学院生にとっては評価の対象ではなかった。これは優れた研究業績を認めないという意味ではない。「研究業績」というものが信頼できなかったり理解できなかったりしたからである。世の中にとっての雑音でしかない研究業績もノーベル賞級の研究業績も、それに対応する論文の本数と受賞歴が同じならば、ほぼ同等に評価される。そういう認識があった。だから、大学院生にとって魅力的だったのは「頭の良い先生」と「教育能力が高い先生」が主であり、教授という肩書きが能力の裏づけであるなんて考えられていなかった。 研究費の潤沢さもあまり評価されてはいなかった。 研究費を与える側の審査能力を信頼していなかったから。 だから当り前のように「科研費が当たった」という表現が用いられていた。 去年外れた申請書類の日付を変えて有名なお爺ちゃんを連名にしたら当たったとか、博士号を取る前に出して却下された書類を博士号をとった後でそのまま出したら通ったとか、そんなのが当り前の世界だった。

他人の研究成果なんてそう簡単に評価できるものではない。 優れた研究成果を残した人物であっても、それが学生に認識されるのは、国内外の研究者が交流のために度々訪れることや博士後期過程の先輩が優秀であることなどの間接的要因からだった。 研究発表内容を理解できたとしても、他の人物が築いた基礎が重要なのか、新しくやったことが重要なのか、そのあたりになると本当の専門家でなければまず判断できない。

優秀な研究者を援助したりインセンティブを与えたりするのはよいだろう。ただ、そういう名目で国がやっていることははっきりいって意味不明なのである。 根本的には、たぶん、他人を評価するのに必要な能力の高さを全くわかっていないことがあるんだろう。 日本では当り前になっていることだが、評価される側の能力は(ゆがんだ基準で)厳しく問われるのに、評価する側は野放しである。最も典型的なのが裁判所とマスコミと中央官庁でしょう。 上場企業の場合は、会計士の意見表明、株価、利益のようなベンチマークがある。評価する側が専門的な能力や適切に評価する動機を持っている。 政治の場合は、後の世代への嫌がらせや戦争は別だが、政治家を評価する側が利益も損害も引き受ける形になっている。 だけど、研究の場合は、評価の信頼性や評価が狂った方向に暴走しないことを担保する手段はほとんどとられていない。

こんな状態で大学に競争させようものなら、きっと素敵なことになるだろう。 研究したけりゃソニーか島津かホンダに行くのが当り前とか。 大学に残るぐらいなら事業で儲けた後でポケットマネーで研究した方が合理的とか。

さらに、友人の大学教員によると、研究のための物品購入という名目では国に対して予算の申請ができるが、研究時間の確保という名目では予算は出ないらしい。大学を指導する立場の人は頭が悪いんでしょうか。僕は、おそらく文部科学省の役人とは違い、高い実験器具買うより研究時間を確保することの方が大切だと思う。また、学生を大学院に進学させることに対する補助金みたいなものはあるらしいが、それは学生に対する奨学金という形ではなく大学に対する補助金という形で出るらしい。何を考えているのやら。 若い教員は一部の医者も真っ青なぐらい忙しいのにお爺ちゃん教授になると保身とパワハラやっていれば高級もらって安泰というのが可能らしい。 狂ってますね。

僕が知る範囲では、日本の大学行政というのは、モラルハザードをじゃんじゃん起こしてくださいといわんばかりのものなのである。 もちろんみんなが狂っているわけではなくって、立派な方も当り前のように沢山いる。というか、沢山知っている。 でも、制度としてはボロボロだし、ダメ教授や天下り理事にとって居心地がよいところだとも思う。

あと、このエントリー書いてて、大学教員の日常・非日常経由でこんなの見つけた。

ichonan at 07:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | <個人用>半端な思考実験

都市の行儀の比較

東京「大阪って行儀悪いよなー。東京より人も車も少ないのに何でこんなに流れが悪いの?電車の中も車内アナウンスもアレだし。」

大阪「確かに行儀はよくないが、神戸よりはマシでしょ。大阪の人は自分が楽をするために行儀悪くなるだけ。楽する気もないのにデフォルトで行儀悪くするなんてことはない。お年寄りに座らせないなら自分で座る。自分が座るわけじゃないのに他人に座らせないなんてことはしないし、違法駐車するときもできるだけ交通の邪魔にならないように端によせる。」

神戸「神戸って言っても広いからね。行儀が悪いのは東の方だけだよ。三宮、元町、神戸あたりって東京よりいいでしょ。何よりお洒落だし。」

神戸の東部「いやー、名古屋の方が上でしょ。防御策を考えとかないと怪我するよ。」

名古屋「大阪を考えるときに梅田だけ見ているようじゃダメだよ。南の方をみなきゃ。大阪市南部から和歌山に入るあたりまで。あそこが日本一。」

大阪の南部「そりゃ日本の中で見ると行儀悪いだろうけど。韓国や中国と比べてみなよ。」

韓国や中国は未調査です。 韓国には行った事がありません。 中国で行った事があるのは香港だけです。 香港は運転が荒いとは思ったけど行儀が悪いという印象は持ちませんでした。 あと、名古屋にも行ったことはありません。 僕にとって名古屋は新幹線で通り過ぎる場所。

ichonan at 00:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他 | <個人用>半端な思考実験

2008年10月22日

クルーグマン氏のノーベル経済学賞受賞

2008年のノーベル経済学賞がアメリカのクルーグマン氏に決まった。マスメディアでは日本人三名と日系人一名の受賞ばかり取りざたされているが、日本にとっても現在の世界経済にとっても重要なのはクルーグマン氏の受賞の方だろう。 彼の説明には世論を変える力があり、経済状況を変える力があると思う。 氏は世界的に物凄く有名なのに日本のマスメディアではほとんど名前が挙がらない。氏の主張や解説が日本で広く読まれれば日本経済を良くするために大きな効果があると期待していたんだけどマスメディアが紹介してくれない。 そういうわけで、ここでちょっと紹介してみる。

前もって断っておくと、このブログの著者は経済学の専門家ではない。数学ガチガチの経済本をそれほど苦労せずに読めたり自営業や農業や事業の真似事や株式投資を実体験として知っている程度の素人である。経済関係の論文を読むことなんて滅多に無い。素人だが、マクロ経済もミクロ経済も勉強したことがないんじゃないかと疑いたくなるような教授や根拠の前に結論を決めているようなチーフエコノミストよりは経済学に明るいと思う。

素人の僕の目から見て、クルーグマン氏は以下の点が凄い。
  • 経済学を無視することも、経済を無視することも、象牙の塔の外に伝えるのを放棄することも、しない。
  • 非常に分かりやすい解説を書いている。 ちっとも回りくどくない。 誰に読ませるつもりなのかわからない解説や、分かっていない人が分かりたくない人のために書く解説ではない。 物事の本質に切り込んで定義と論理が明快な解説を書く。 自分が理解していることを相手に正しく伝えようという意図が読み取れる解説を書く。
本来なら上記のことは専門家ならば当り前なのかもしれない。 でも、その当り前を滅多に目にしない。 どの分野でも似たようなところがあるだろうが、経済学ではこの傾向が極端に顕著なのである。 普段から専門的な情報に接しているわけではない僕にとっては、彼の論説は知る中で最良のものなのである。 専門家を自認している人はこの状況をどう思っているんだろうかねえ。

幸い、クルーグマン氏は日本についてもかなりの量の解説を書いているし、そのいくつかは山形浩生氏によって翻訳されて日本語版が公開されている。 せっかくの機会だから、これを機会に読んでみてノーベル賞(厳密に言うと違うが)を少し身近に感じてみればどうだろうか。

ichonan at 01:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | as 資本主義社会の市民

2008年10月19日

金融工学を勉強した上でサブプライムと金融工学を論じてるんだろうか?

サブプライムローンとの関連で、「金融工学はダメだ」という論調をウェブやテレビでちょくちょく目にするようになった。
  • 証券化商品の開発の基礎知識というか、それを知るために何の本を読めばいいかはわかったようですね。 断定口調で論評するならば、本来は問題が表面化し始めたときに勉強するべきものだと思うが。
  • 金融工学というキーワードにはたどりついたようだけど中身は理解していないようですね。 もっとも、どんなに少なく見積もっても確率論の初歩や解析学の初歩ぐらいはわかっていないと本を読めないので、ほとんどの評論家やキャスターには無理というものですが。
  • わけがわかんないまま「金融工学が悪い」「金融工学が間違っている」なんてほざいておられる方が何人もいますね。 あんたら、金融工学の本を読めたの?
理解できないものを評するときに正直に「分かりません」と言えない人の影響力が強すぎる。 この調子だと「保険は金融工学を使っているからけしからん」とか「ETFを利用して分散投資するのはけしからん」とか「リスクヘッジはけしからん」とか言うセンセイが出てきそうで不安。 もっとも、彼らの頭の中で保険やリスクヘッジと金融工学がつながることは、誰かが吹き込まない限りないと思うけど。

サブプライム騒ぎが表面化したことをきっかけにして金融工学の勉強した人ってどれくらいいるのかね。 Luenbergerの書いた「Investment Science(和訳名は「金融工学」,分かりやすい良い本だと思う)」だけでも勉強した人はどれくら居るのかね。 この本なんてself-containedだから、少々の意欲と大学教養課程の知識があれば、楽じゃないだろうけど、読めると思う。 ちゃんと読めば、価格変動の相互相関の決定方法は金融工学の範囲外だとか、本当に現実を反映させた定式化をしたら最適化問題や微分方程式が難しくて解けないから金融工学を根拠にした高い格付けは根拠が怪しいとか、金融工学の主な効果はリターン向上ではなくリスクヘッジだとか、すぐにわかるでしょうに。 読んでたら「サブプライムローン問題は金融工学のせいだ」なんていわないと思うんだけど。 新書の金融工学系の本を読んでいるかどうかも怪しい。

問題がこんなにも大きくなったのは、債権に投資する側(and/or売る側)が債権の中身や金融工学を理解していなかったことが主因でしょうに。なのに金融工学が悪いと。 まともな教科書に書いてある金融工学と「金融工学を駆使しているから安全ですよー。専門家の言うことを信じましょうね。」の金融工学は違う。それなのに「金融工学」のせいにするなんて狂っている。

いつの時代も詐欺の被害に会う人はいる。 その人が冷静さを失って「詐欺師が使った肩書き」を責めているならば、優しく教えてあげるのがよかろう。 でも、第三者が便乗して「詐欺師が使った肩書き」に当てはまる人を攻撃するなんてどうかしてる。 攻撃すること自体が目的で、手ごろな対象に飛びついただけなのか? 学者でもキャスターでも記者でも評論家でもない人が金融工学を誤解しそうで心配です。 ピントこない人は「ハッカー」のことでも調べてみるとよいでしょう。

ichonan at 23:50|PermalinkComments(1)TrackBack(1) 時事・ニュース | as 資本主義社会の市民

2008年10月18日

思いつきレベルの振り込め詐欺対策案

振り込め詐欺が衰退するどころか広がっているらしい。 振込みではなくバイク便を使うものもあるとか。 色々対策は考えられているようだけど僕の目には効果が疑問だらけ。 そのあたりをちょいと考えてみる。 ついでに身内の体験も紹介してみる。
  • 警察官の配置やATM前での携帯使用の感知はコストがかかりすぎる。 被害防止には効果があるだろうが、コストがそれに見合うものだとは思えない。
  • 子や孫を助けるために自分の財産を犠牲にしようとアタフタするような人に「被害にあわないように」なんて言っても効果はなかろう。 ちょっと酷な表現かもしれないが、「犯罪者に資金援助しないように」などの本人の思考パターンとは別角度からの注意の方が冷静さを保つためには有用だと思う。
  • 窓口やATMの前の張り紙には、「注意!振り込み詐欺多発」よりも「馬鹿な老人を騙して振り込ませてやろうぜ!」とでも書いたほうが効果的だろう。絵的にはものすごく下品だけど、その方が当事者としての自覚を持たせるにはよい。
  • 教育するなら老人(被害者)よりも若者(犯人)の方が効果的だ。 「ディスプレイに表示された電話番号を必ず控える」というメモを電話の前に貼ってください。 非通知の電話を拒否するようにしてください。 そんなキャンペーンを警察が大々的に行ったならば、結構な抑止力になるんではなかろうか。
  • 「役所は信用できん」との思いがあれば還付金詐欺への耐性にはなりそう。これは年金制度や後期高齢者医療制度の副作用か?
  • 僕の母や祖父母にも振り込め詐欺だと推測される電話が何度もかかってきているらしい。 だけど被害にあわない。 それどころか、ちょっとしたイベントとして楽しんでいるかもしれない。 被害を受ける人との違いは次あたりだろうか。
    • 相手が標準語や大阪弁で話してきた時点で孫や息子ではないとわかる。 地方の強み。
    • 孫や息子を甘やかさない。 金をねだろうものなら、逆に、仕送りよこせと要求してくる。
    • 自分の頭で判断する習慣がある。 それもあってか、意思決定や価値判断がお勉強よりも簡単だなんて勘違いをしていない。
    • 肝が据わっている。 たぶん、僕が逮捕されたぐらいでは冷静さを失わないだろう。
小手先の話だけではなく根本的なことも書いておこう。 詐欺に引っかかる原因というのは、何を根拠に事実だとみなすか、何をもって相手を同定するか、そのような認識の仕組みに絡んでくるものである。 人間はそのときにインプットされた情報だけをもとに現状を把握しているのではなく、既に持っている膨大な知識に新しく得た僅かな刺激を当てはめて現状を把握する。 話し相手が孫でなくても、孫と話すときと同じ反応を起こさせれば、相手が孫だと思ってしまう。 平均的には大損することが明白であっても、そのことを思いつかないから、相手を読まない株式の短期売買や生活のための宝くじ購入を行う。

このようなことを積極的に利用して相手を楽しませるのが手品、財産を巻き上げるのが詐欺である。 根本的な対策としては多面的なものの見方を見につけるとか、自分の頭で考える習慣をつけるとか、詐欺の手口を知るとか、そのぐらいしか思いつかない。 どれも一朝一夕でできることではないが、振り込め詐欺のような模倣犯が大多数と思われる詐欺限定ならば、手口を知るのは即効性があろう。

本当に込み入った詐欺や予算が潤沢な詐欺への防御策というのは個人レベルでは無理だろう。

ichonan at 00:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 | 時事・ニュース

2008年10月16日

脳内社保庁職員Aさんの言葉

一部の社会保険庁職員の気持ちを想像してみる。 以下は僕の中の脳内社保庁職員Aさんの言葉。

ずっと昔から言われていることだが、現行の年金制度の仕組みは大雑把に言ってネズミ講やマルチに近い。人口が一定比率以上で増加するとか高度経済成長が永久に続くとか、そんなことでもない限り破綻する。 その制度を採用し続けてきたのが日本である。 その制度を放置どころか賞賛する国会議員を選んできたのは日本の有権者である。 はっきり言って、最近の不祥事を全て無視した場合でも、組織の存在意義自体が非常に危ういのである。

そんな存在意義の組織で、国民の老後のために職務に一生懸命取り組むという気持ちが育まれるだろうか? そんな組織でマトモな人が権限を握るだろうか?

組織の存在意義や目的自体が怪しいならば、いったい何を頑張れというのだ。頑張って余計なことをするか、マスコミからの批判を甘んじて受けながら「お役所的」に最小限の職務だけをこなすか。 そんなところだろう。

「じゃあ社会保険庁なんかに勤めなきゃいいだろ」だって? そりゃ、僕個人なら他で食いぶちを見つけることはできる。 でもさ、制度が維持されている限りそこに人員は割かれるんだ。 マトモな感覚のある職員が社会保険庁をやめたところで何も解決しやしない。 しかも、守秘義務規定があって批判も制限されているじゃないか。

社会保険庁が問題だらけというのは承知している。 だからといって、社会保険庁を叩けば解決するというわけではないんだ。 制度の問題まで職員の資質のせいにしようとするから犯人や解決策が見つからないんだ。

ichonan at 07:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) as 民主主義社会の市民 | 時事・ニュース

2008年10月15日

誤検挙→起訴→罰金→やっぱアレなし

日本が法治国家であるかどうかを疑わせる行政判断や司法判断は珍しくない。そんなものの一つとして、びっくりする程に分かりやす過ぎるニュースがあったので紹介してみる。 大きな事件ではないんだけど分かりやすいという意味で重要だと思う。
毎日jp(2008/10/15)
津地検は14日、津市内の国道23号で今年4月、高速走行抑止システムの試験撮影をした際に偶然写った乗用車を運転していた愛知県の20歳代女性を、三重県警が誤って道交法違反(最高速度違反)容疑で検挙し、送致を受けた津区検もミスに気づかずにそのまま同罪で略式起訴したと発表した。女性には5月28日、罰金8万円の略式命令が津簡裁から出され、罰金も納付済みという。検察側は今後、再審請求する方針。…(途中省略)…津区検や津簡裁でも、誰もミスに気づかなかったという。…(途中省略)…河瀬由美子・津地検次席は「二度と起こらないよう確認を徹底する」とコメント。…(以下省略) 
証拠の妥当性をまともに検証してないみたいですね。 「警察や検察に逆らうよりも冤罪を受け入れた方が得策」という判断が被疑者側に働いてるんでしょうな。 そして、それが問題だと真摯に受け止めてはいないんでしょうな。 検察って何のためにあるの? 警察にお墨付きを与えるため? 裁判所って何のためにあるの? 検察にお墨付きを与えるため?

もっとも、この件は自ら間違いを認めたということなので最悪ケースではなく、反則金返還で止めずに百万円程の損害賠償さえするなら(しないだろうけど)、糾弾するのは酷だろう。

問題なのは警察や検察や裁判所の怠慢や悪意や無知によって、市民が長い期間拘束されたり、取り返しのつかないほどの風評が広がったり、会社が潰れたり、人が死んだり、有能な人が活躍できなくなったり、日本の評判が落ちたり、政治が社会のフィードバック機構として働かなくなったりした場合。事が大きな場合には今回のように間違いを認めるだろうか。認めないと思う。マスコミで批判されるのは主に政治家と行政庁だけど、幹部に対する監視や評価が甘いという点では司法関係の方がよっぽど問題が大きいと思う。

ichonan at 23:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) as 民主主義社会の市民 | 時事・ニュース