2009年04月

2009年04月22日

常識的な観点からマクロ経済政策を少々考えてみる

洒落にならないほどの不況を回避するための景気対策の話をリーマンショック以降は度々目にする耳にする. ちょっと考えてみよう.

マスメディアで主に取り上げられる論点は以下の三つ.
  1. 財政出動による景気浮揚効果と,国家財政悪化による将来の景気悪化を比べて,どちらが影響が大きいか.
  2. インフレ期待や実際のインフレによる債務圧縮効果や資産価格上昇の効果と,原因を同じくする通貨の信頼性低下とで,どちらが影響が大きいか.
  3. 財政出動をするなら減税と公共事業のどっちがよいか.
最初の1.は財政出動の内容による. どっちみち将来やる必要があると分かりきっていることを前倒ししてやるなら,まず間違いなく景気浮揚効果の方が大きい. 羽田空港の拡張とか一部の高速道路建設とかがそれにあたる. 初等中等教育への投資や行政情報の公開のためのインフラの整備も,まともな人がやるなら,良い選択肢だと思う. このような政策はGDPの押し上げや雇用創出の効果がある上に,国債の利子分以上には国民の財産の浪費にはならない(財産が形を変えるだけ). つまり,消費や投資の前倒し. 消費や投資を消費や投資が不足している時期にシフトさせるというもの.

減税やばら撒きという形の財政出動は複雑で僕にはよくわからん. 「このようにやればよい」という答えを知らない. テレビや新聞やネットでは偏った指標や強引なモデルを根拠に結論を決めつける「専門家」を見るけど,そういう人を当てにしてはならない.. ケインズ的な公共事業はやらない方がよい. そんなのよりは,将来必要なことの前倒しのほうがよい. グリーンニューディールなんてのは怪しさ満載.

2.はどっちが効果が大きいか僕は判断できない. たぶんインフレの方がよかろうとは思う. 年1%から5%ぐらいなら. 僕が少し考えても曖昧な印象のレベルのお話になってしまう. 本当の専門家ならわかるんだろうか?

3.は公共事業の内容や減税の対象による. 将来必要な投資の前倒しや消費のインセンティブを与える減税ならやるべきだろう. というか,増税でもいいのだ. 例えば,一年限定で消費税0%,次の年は5%,次の年は10%とか. そうすれば大きな買い物を前倒しする. 例えば,ガソリン税増税,古い車の車検期間短縮,燃費の良い新車購入に補助金とか. 低燃費車を新車で買うとペイする. 鉄などの無駄遣いにはなるけど.


次に,マスメディアではほとんど触れられない政策のことを述べる. こっちの方が副作用が少なく,こっちの方が確実な効果があるようなものを述べる. ちっとも専門的な内容ではない. 教科書の表面に毒されていなければわかることだ.

まず,金を借りやすくする. 不足している消費や投資が行われやすいようにする. 消費や投資を行おうとする人に金が回るようにする. なにも法律で強制する必要はない. 消費や投資を制限している法律を撤廃したり改正したりすればよい. 例えば改正貸金業法. 自己破産手続きと複利の意味を知っている人を対象にするならば,年利100%までの貸付(もちろん限度額なし)を可能にしてはどうだろうか. 困るのは非合理なセンチメンタリズムを売り物にしている人ぐらいだろう. 効果が大きいか小さいかはわからない. わかるのは,影響がプラス方向だということ.

次に将来の不安の解消. 今ある金を使っても将来困らないと思っていれば金を使う. 高校はもちろんのこと,国立大学の学費と寮費を国家が保証したらどうだろう. そうすれば,将来の懐事情の不安のうち主要なものの一つは解消されるし,階級の固定化も防げるし,国力も上がろう. 国民年金を税方式にしてはどうだろう. 最近問題になっているややこしいことは消え失せよう. 老後の不安は緩和されよう. 財源を消費税に求めれば,将来不安のある層に対する実質的な減税にもなろう.

権力の信頼性の向上. 政治家だけでなく,裁判官,検事,役所の幹部,弁護士会の幹部,放送免許で優遇されいている企業の幹部などを,政治家のようにクビにできるようにしてはどうだろう. 建前上ではなく実質的に. 連中に説明責任を求めてはどうだろう. 世の中を悪くしようと必死な権力者が栄えることが難しいとわかれば,将来の見通しは明るくなる. 腹黒く盲目的で無能な人が権力を目指してもペイしなくなる. 将来の見通しが明るければ将来のために備えるべきものは減る.

ichonan at 07:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 | as 民主主義社会の市民

2009年04月18日

山形刑務所の体質

生きている価値ない(読売,2009/04/18)
 山形刑務所(山形市)は17日、受刑者に暴言や暴行を繰り返したとして、同刑務所の元副看守長(53)を減給20%(3か月)の懲戒処分にしたと発表した。
受刑者に暴言 副看守長を処分 山形刑務所(河北新聞,2009/04/18)
刑務所によると、男性は2005年1月―08年9月、20―40代の男性受刑者3人に「生きている価値がない」などの暴言を繰り返したほか、運動している受刑者にわざと体をぶつけたり、頭をたたいたりした。

 勤務時間中に入浴したり、受刑者を作業場に連れて行く業務を怠るなどの問題行動もあった。  副看守長は他の刑務所に異動しており、「(暴言は)受刑者を励ますつもりだった。たたいたりしたのは悪ふざけだ」などと話しているという。
なんで懲戒免職じゃないの? なんで傷害事件や公務員なんとかかんとか罪で立件されないの? 警察も検察も身内には優しい。

まともな組織なら役職が上の者ほど厳しく責任を問われるものだが、山形刑務所の場合は何らかの役職がついている者がこのような事件を起こしても減給程度で済むようだ。 腐っている。 末端の職員の場合は傷害致死程度ならお咎めなしなんでしょうかね。

ichonan at 15:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | as 民主主義社会の市民

2009年04月17日

役所の使いきり予算周辺を少し砕いて書いてみる

税金の無駄遣いの典型として頻繁に挙げられる役所の使いきり予算. 言葉通りの役所に限らず,特殊法人,独立行政法人,学校,大企業病の会社では一般的なことでしょう. この不況の中でも特定の業界は工事受注とかオフィス機器の発注とかで潤うころ. とっつきやすい説明があまり無いようなので,ちょっとした説明を書いてみる.

組織運営や業務遂行のための予算を,上級官庁や管理部門から渡される. ここで,渡された金を年度内に使いきらなかった場合,次の年に渡される金が減るというペナルティを課される. だから,部署の利益のためには効用が低くても金を使おうとする. そこで,金と労力の膨大な無駄遣いが生まれる. 各部署も無駄遣いを好んでいるわけじゃない(望んでいる人もいるが). 使いきりのための無駄な労力を削減したいと考えている場合も多い. でも,それをやると以降は予算を減らされて本当にギリギリで運営しなければならず,例えばプリンタが故障したりすると業務が回らなくなる. そんなときに資金繰りのための借金もできない場合が多いので,無駄遣いという選択肢を選ぶ.

あと,決算期の最後に決算を閉めるのではなく,決算期のうちに決算書を作ろうとしている場合があるそうだ. だから,3月半ばから3/31までは取引禁止とか. これって,やっぱり単年度決算を目指しているからだろうか. 組織が継続的ならば事業も普通は継続的である. 単年度では終わらない. それを無理に年度単位に納めようとする. だから無理が生じる. 入札,契約,工事開始は4月頭限定. 契約内容は年内に終わるもの限定とか. この辺は役所でももう少し柔軟らしいが,よっぽどの理由がない限り雇用以外は年度またぎはダメというところもある.

管理部門や上級官庁から見るとどうなるか. 予算と決算の整合性(?)しか見ていない場合が多い. なぜか知らんけど,予算に合わせるために決算を作ろうとしている. 使われ方には感知しない. 最初の予算の通りに金が使われることを至上命題としている. 自分たちが作った予算案の妥当性を肯定する下部組織が優秀な組織なのである. 節約して余剰キャッシュフローを生み出すなんて許せないのである. 馬鹿である.

このようにして良いことといったら,決算書を作るのが楽になることだけである. これだけのために本来の業務の方を犠牲にする. 馬鹿である.

では,どうしたらよいか. マスメディアでも頻繁に言われるのは, 中央官庁主導を壊して政治主導にすることによりフィードバックが働くようにすることと, 地方分権(とくに税源移譲)により現場に近いところで予算や決算をいじるようにすることと, 民営化や分社化により利害関係を一致させることである. これはどちらもあまりにも真っ当な意見である. 真っ当ではあるが大雑把すぎて実行に移すのが大変である. 実際には,もう少し細かな以下のテクニックを使うだけで大きく改善すると思う.
  • (無用な制約を除く) 役所内銀行や会社内銀行のようなことをやる. 要は資金繰りを可能にする. そうすれば上期は極貧で年度末に無駄遣いということは大幅に減る.
  • (無用な制約を除く) 役所流の単年度決算をやめる. 大切なのは,決算期ごとの業務や財務の情報がわかることであって, 決算期ごとに業務の区切りがつくことではないのだ. 財務部門が役所流の単年度決算を強制するなら,その部門の責任者を外せばよい. 決算書をまとめる手間を省いて楽をするために実質的に背任しているわけだから.
  • (最低限の能力を要求する) 幹部や財務担当部署の職員に簿記3級の取得を義務付ける. 引当や繰越という概念を知らない連中に金に関する権限を与えない.
  • (最低限の能力を要求する) 全ての部署に対し,簡易版でよいので複式簿記をやらせる. 賢い主婦や日曜投資家がやっているレベルでよい. 現金以外の情報があるということを教育する程度でよい.
  • (ミクロ経済) 部署間や役所間でコストパフォーマンスの競争をさせる. 売上競争やコスト削減競争ではなく,パフォーマンスの競争. タスクを入札方式にすることと,「末端の職員が希望部署に移動しやすくすること」だけでよい. 部署ごとにタスクが硬直している必要はない. そういう対象にするのが可能な業務はある. インセンティブは節約できた金の1/4ほどをボーナスにすればよい. 簡易的なものでよい. 普通の入札のような効果が得られたり職員の配置が合理的になったりするのには時間がかかるだろうけど,「うちはこんなに高コストです!」とアピールするような不毛な予算獲得競争はすぐに激減するだろう. 使いきりによる金と労力の無駄遣いもなくなるだろう. コスト意識も生まれるだろう. 無能な上司の下で有能な末端社員が埋もれるということも減るだろう.

    この件,財務省,文部科学省の高校や大学や研究所周り,経済産業省の貿易部分以外,国土交通相の元建設省部分あたりだと,絶大な効果を発揮するかも. 省庁分割で同じ役割の省庁を二つ作れば使う税金を減らしてできる仕事を多くするなんて簡単だと思う. あ,あと,不透明な特殊法人と不透明な独立行政法人と年金関係の役所はもちろん廃止. 「400万円を頭打ちに現行賃金の7割を,60歳を頭打ちに定年までの期間支払い続ける」という扱いでもして廃止すれば,国家財政はずいぶん助かるだろう. だって,やっている仕事の国家に対する貢献が職員の雇用以外ではゼロもしくはマイナスなんだから. スト権のない人にとっても悪い条件じゃないだろう.
まあ,ここに書いたのは幹部が無能で組織が硬直している場合はこうすればよいという例であって, 幹部が有能だったり組織が柔軟だったりしたら,「で?」という内容だろうが.

ichonan at 00:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) as 民主主義社会の市民 | as 資本主義社会の市民

2009年04月15日

劣悪な評価基準に特化した場合

政治家,大学教授,キャリア官僚,歴史の長い大企業の経営者. もの凄く優秀で誠実な人もいる一方で,無能で小心で傲慢な人もいる. みんなそれなりの地位についている. どちらも何らかの形で高い評価を受けて現在の地位にいるわけである. このあたり,とくに後者周辺について.

有権者やマスメディアが愚かだったら,そいつらに高く評価される政治家が立派な政治家とされる. 国にとって有益な為政者が立派な政治家とされるわけではない. 研究や教育や学校運営のような評価が手抜きされていたり評価が難しかったりする分野では, キャリアや論文数などの形式的な基準で評価が行われる. それらがマイナス点としてカウントされることや質が評価されることは滅多にない. 役所の目的が国益ではなく省益である場合には,透明性の確保や税金の有効活用や前任者の仕事の否定はタブーとなる. 自浄作用をもたらす能力は欠点として扱われる. 株主が短期視点だったりオーナー意識が低かったりする場合,将来の利益を犠牲にして直近の決算書の見栄えを良くするインセンティブが生じる. 倒産しない範囲で株主の利益を無視することもある. そんな経営陣に気に入られる人で幹部が占められる.

上記のように評価が信頼できない場合に高い評価を得るために努力してしまったらどうなるだろうか. 評価は上がるだろう. 出世しやすくなるだろう. でも,能力は下がるのである. 自分の人生が劣悪な評価基準に最適化されたものになってしまうのである. そんな風になってしまうと,良心と今までの人生に価値を認めることの二者択一に迫られてしまう. こうなってしまった場合に良心をとるには地位を手放すことが必要となる. だけど,大抵の人は後者を選び,周りに損害を与え続けるか,悲惨な形で失脚するか,その両方になる. そんな人には周りが見えない. 周りを見ることに耐えられないから. 自分の人生を否定しない限り正常な意思決定ができなくなる. 一方で,そのようにならない人は,もともと,歪んだ基準による高い評価を目指したりはしない.

評価基準が杜撰であることを意識して,それに合わせる努力を放棄しながら,能力の高さや偶然が原因で結果的に高い評価を得ている人もいる. 評価基準の劣悪さを知りながら仮面を被って出世した後で本性を表して改革を試みる人も稀にはいるだろう. でも,評価基準が劣悪ならば,大抵の場合はその評価基準に最適化された腐った人が高い評価を受けるのである. そういう人の方が圧倒的に有利なのである. 評価を厳しく適用するほどそうなるのである. そんな評価よりは年功序列やキャリア制度や世襲のほうがずっとマシだろう. 年功序列やキャリア制度や世襲にはモラルハザードの難点はあるが,歪んだ評価基準に矯正するという難点はほとんどない.

で,どうすればよいかというと,評価基準自体が厳しい評価に晒されることや,権限を持つ者に透明性やリスクを背負うことや責任をとることを求めればいいんだけど,実際の世の中はそのようにはなっていない. 権限があるほど責任をとらなかったり,権限があるほど監視されなかったりする場合が多すぎる. 仕組みとして多少なりとも整備できているといえば, 矢面に立ち選挙戦を戦う国会議員と資産のほとんどを自社株として保有しているオーナー経営者ぐらいだろうか.

ichonan at 00:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) as 民主主義社会の市民 | <個人用>半端な思考実験

2009年04月08日

定額給付金の申請をしてみた

定額給付金の申請をしてみた。 説明書類はシンプルで分かりやすかった。 でもね、印鑑のところの説明がないので銀行の届出印を押す人とか多そうだ。

もっとダメなのが、書類のサイズと返信用封筒のサイズがあっていないってこと。 「折り返して糊付けする部分を含めた封筒のサイズ」と「中に入れる書類のサイズ」がぴったり一致していたら、書類を強引に折りたたむことなしには封筒に入らないでしょうに。

役所の天然、後を断たず。

ichonan at 07:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース