2010年05月

2010年05月31日

前田○○という人のtwitter

実際に殺したわけじゃないし、殺すつもりもないだろうし、2012年の逮捕がらみでたぶんしばらくは服役だろうから同じことを続けることはできないだろうし。そんなわけで氏名の一部は伏せることとします。
前田○○という聞いたことがある名前を自称する人のtwitterがあるようだ。
f_maeda
少し昔に中央官庁の役人や東大教授に対する殺害予告を書いて逮捕されて執行猶予付きの有罪判決を喰らった東大卒の無職の人と同姓同名だ。 逮捕された方の前田君のブログと中身が似通っている。 違うといえば以前のもの以上に破綻しまくっているあたりか。 件のブログは事実誤認と論理破綻のオンパレードだったわけだけど、今回のtwitterはもっとひどいな。

そういえば、昔にブログにも少し書いたな。 あった、これか。

そんで、この前田○○君は同一人物なんだろうか。 少々曖昧でありながら犯罪の予告をしているあたりも同じ。 典型的なチキンハート&ビッグマウスのように見えるので、薬物療法が本格的に有効で措置入院が認められるような病気ではないのであれば、宣言した犯罪を実行してしまうことはないと思うが。

ichonan at 00:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 時事・ニュース 

2010年05月30日

知識やワーキングメモリと違って頭の感度のことは世間的には意識されていないと思う

人間の頭というのは長期的なメモリとしては、通常の外部刺激と併用する場合には容量がとんでもなく、感覚的には無限の容量があるとみなして問題ない。 その一方で、一時に意識できる範囲は厳しく制限されている。 言い換えるとワーキングメモリは貧弱である。 例えば、六法全書を暗記したり数学の長い証明を暗記したり5ヶ国語を身につけたりするのは方法を間違わなければ確実にできても、数多くの前提条件を同時に意識したり瞬時の判断を論理的に行ったり明確に理解したりするのは極めて難しい。 そして、強く気になることがあると目の前の対象にワーキングメモリを割り振ることができずに表面的な知的能力は半減する。

ここまでは色んなところで言われているし、妥当性もある。 多くの人が知っており、概ね正しいとされている。 そして、これが勉強によって成長する根拠とされていたり、ワーキングメモリの節約につながる抽象的な概念や鋭い切り口の意義だったりもする。 物やバックログや悩みを片付けてワーキングメモリを開放することの意義でもある。

その一方で、敏感に反応できる刺激の範囲とか、素早く反応できる刺激の範囲とか、超高精度で反応できる刺激の範囲とかが厳しく制限されていることは、あまり意識されていない。 例えば、多くの入試が試しているのは、どれだけ試験範囲の題材に敏感になっているかであって、知識のストックは問われているとしても、ワーキングメモリの大きさや抽象的な概念の質や試験範囲の外への感度は試されていない。 入試に限らず世間一般の評価の多くは同様だろう。 専門家の能力にしたって、大抵は能力を偏らせた結果なのである。 もちろん、一般的な能力が極めて高い人や、本来の能力は無いのに評価の基準にだけ特化しているという場合も多々ある。 そして、そこに、レントシーカーや馬鹿が、実際の高い能力を身につけないまま能力を偏らせることによって高い評価を受ける余地が生まれてしまう。 多くは地位や権益につながり他者に害を及ぼす。

能力を偏らせるのは程度の差はあれど誰でもやっている。 だけど、何に偏らせるかの判断が杜撰であることは極めて多いのだ。 大抵の人ならば教育制度や、家庭環境や、最初に受けた強い刺激や、評価の仕組みが極めて強い影響を及ぼす。 善悪や広い視野に基づいて偏らせることのできる人なんて例外的だろう。 自分が安易に偏らせた方向ばかり重視するからよけいたちが悪い。 自分の能力を偏らせる度合いだけではなくって、偏らせる方向や全ての方向のベクトルの長さの積分を意識すれば、他人の能力に対する評価というのは世間一般が行うものとは大きく違うものになる。 概ね妥当な方向に変化する。

力を持つ者、人に教える者、人を評価する者ならば、最低限これくらいのことは知っておくか、自分でリスクを引き受けるかぐらいはしたいものである。 また、制度を設計するときにも制度の効果を検証するときにも意識しておきたいことである。

成長しようとする者にとってのこの考察の意義は、まずは、自分が感度が低い分野を意識できることだろう。 保身に走っている馬鹿や地位に魅了されている馬鹿ではないならば、恐怖を感じるのではなく謙虚になれる。 一生懸命努力した結果として有害な権力者になるということを回避できる。 杜撰な評価ではなくって正当な評価や総合的な評価や実態を意識して、死の間際まで限界の見えない成長を遂げることができる。

他人の評価を受けようとする場合でもこの考察は無益ではない。 選択肢を明確に意識できるようになるだけだ。 感度を高められる範囲の制限を意識できていれば、短期集中型の勉強がやりやすくなるし、終わりの見えるプロジェクトを達成するにも効率的に動ける。

ichonan at 01:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 | ちょっとしたノウハウ

2010年05月29日

最優先

忘れがちで短期的に有用なノウハウ
  • 過去一日で何をやったか。 過去一週間で何をやったか。 このような短期の行動を把握して、短いスパンで自分の行動に対するフィードバックを施そう。
  • 何かに手をつけるのが億劫なとき,とくにバックログに手をつけるのが億劫なとき,とりあえず始めよう. 手を動かして脳に別の刺激を入れよう. 現物を見て関連する記憶を呼び覚まそう.
  • 手帳には拘束だけではなくって「やるつもりのこと」も書き入れよう.そうすることによってスケジューリングや時間の把握ができる.
最優先事項
  • 最優先事項を後回しにしてはダメ。
    思いついたことややりたいことを捨てる損失よりも,思いついたこと全てややりたいこと全てをを処理しようとして作業が進まなくなったり,一部の有望な思いつきや有望な計画を深めることができなくなったりする損失の方が遥に大きい. 思いつきや計画を捨てることというか,有望な思いつきや有望な計画に集中することを意識しよう.
  • 最低限の整理整頓やバックログをためちゃダメ。 整理状態が発散する恐れがあるときに新しいことに手を出しちゃダメ。 バックログがたまっているならば新しいことに手を出しちゃダメ。
    バックログの処理予定計画を手帳に書き込んで,土日のどちらかはバックログの処理に集中して,一刻も早く済ましてしまうぐらいの方が良い. そうでもしないと頭の負担が大きい.
  • 短期、中期、長期のノルマや目標を把握しておかなければダメ。 把握できていないならば、新しい遊びや新しい仕事に手を出しちゃダメ。
    戦略的に動かないと時間が足りない. 戦略的に動かないと面白いことのみに時間を費やしてしまう. 面白いことと意義のあることは重なる部分が多いけど,惰性でやっているものもあるし,面白くなくてもやらないとまずいこともある. 戦略的に自分を律する中で気付けることもある.
  • 自分が何にどれくらい時間を使っているか、何にどれくらい労力を使っているか、何にどれくらい金を使っているか。 このことを直観として把握できていなければダメ。
最近の反省
  • 体調管理が杜撰で睡眠の効率が悪い。
  • 株価をほぼ毎日チェックしている。 ポートフォリオの一部を組みなおしていたせいもあるが、ほぼ、時間の無駄だ。 どうせなら、長期的な利益を目指すならば,それに資する分析をやるべきだ.
  • 予定の立て方が戦略的ではない.
  • 煙草に使う金を投資に回していない。
  • 自分を客観的に見直していない. 周りの評価をあまりにも気にしない. 老害の評価なんて最低限の保身のためだけに考えればよいが,マトモな人の目に自分がどう映るかさえも最近は考えていない.
  • 酒の量がちょっと多い。
最近の改善
  • 片付けとバックログの処理が結構進んだ。
  • 行動ファイナンスやマクロ経済を投資判断に取り入れることができている。 非合理的な制約を投資判断から追い出すことに成功している。
  • 家族との時間を大切にしている.
  • 食生活が少しまともになった。 とくに、深夜の暴食が減った。
バックログ
  • 私的な諸々の書類の整理。
  • 同窓会の会費支払い
  • 海外観光旅行のログ整理
  • 件の手紙を書き始める
  • LDHの住所登録情報の確認
  • 長いこと溜めており、しかも、僕が独占しているバックログの処理
  • PCのデータのバックアップ
  • 5年から10年のスパンの保守的なキャッシュフローの見積り.
  • 下手なネイティブレベルの英作文技術と 多少なりとも不自然さが薄れた英会話技術の習得.
  • たまっている本の処分。


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2010年05月28日

逆転裁判って英語の教材としてもよさげだ

逆転裁判というゲームがある。 大ヒットしてシリーズ化もされた。 スピンオフも出た。 シリーズは全て面白い。 金をかけた駄作とは対極の、超低予算少人数で作ったことが容易に想像できる作品でありながら文句なしに面白い作品である。

無料で遊べる体験版がカプコンのサイトやWiiウェアにある。 おそらく違法だろうけど、第一話をほぼ丸ごと遊べてしまうFlash作品もあった(このFlashの宣伝効果が絶大だったのだろう)。 今もある?

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販売元:カプコン
発売日:2008-04-17
おすすめ度:5.0
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昔GBA版を持っていた。 今はDSでできる廉価版が出ていて、ソースネクストのPC版やWiiでダウンロードできるものもある。 これには(版によるが)英語版も収録されており、これが久しぶりにやってみるとやはり面白い。 英語版でやってみるとよい勉強になることも実感できた。 やっぱり題材が面白いと集中の度合いが違うし、日本語で一通り知っている内容だと理解が容易だし、ディベートや捜査の話が多いので会話の内容もかなり実用的なのだ。 さらに、証人の証言の嘘を暴くという部分が重要なので、「英語の中身を理解する」ということに自然に集中できてしまい、中身を理解できているかどうかも直ちにテストされてしまう。 そういうわけで、今さらながら優れた英語の教材でもあることに気付けてしまった。

僕の場合、下手ながらもどうにか会話ができて、専門的な内容だと読み書きにあまり苦労しないぐらいの英語のスキルなんだけど、僕のような仕事や趣味で英語を使う人間の割には低レベルな人にとっては非常に良い教材だと思う。 ちなみに今は妻もはまっている。

英語以外の部分では、日本の裁判の制度のことを色々考えさせられますね。 作中では日本の司法と同じく立証責任が被告側に求められているし、法の下の平等なんて概念も日本の司法と同じく欠落しているし。 だからace attorneyの活躍の場になるんだけど。

ichonan at 23:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 他人向け・読者用 | 極めて個人的なこと

2010年05月27日

どうしようもなく散らかった部屋を片付けるときのノウハウ

部屋がときどきどうしようもなく散らかる。 たぶん、常軌を逸した散らかり方をする。 内容はほぼ、書類、書籍、文具、パソコン関係、CD、DVD、ゲームなどなど。 生ものや服で大きく散らかることはない。

僕みたいにとんでもない散らかし方をする人間や、僕みたいに手元になんでもかんでも置いておきたがる人間というのは大抵は片づけがド下手で、ここまで酷くなってしまった部屋を引越すことなしに自力で片付けることはほぼ不可能らしい。 通常は。 だけど、僕は片づけができてしまう。

そんな僕だから、今まであまり意識してこなかったけどノウハウは身についている。 明確に意識すれば有用だろう。 反省点も含めて思いつくままに書いてみよう。
  • 保管にかかるコストと再調達にかかるコストを比較できる。 捨てることによる損失と保管することによる損失を比較できる。 直接の金銭面の比較はもちろんのこと、探し物にかかる時間、本を読むのに費やす時間、やりかけの作業が中断されて再度頭に入れるのにかかる時間と労力、重要なものを探し出せないことによる損失などを意識できる。 問題は、それが習慣になっていなくって片付けのときにだけ意識しているということだ。 意識することを習慣にするか、毎日30分でよいので片付け(バックログの処理を含む)の時間をもうけるか、そのあたりが妥当なんだろう。
  • 一人でやった引越しの経験が普通の人と比べて多いと思う。 5回かな。 業者に頼まずにやったこともある。 だから、大規模な整理整頓に多少なりとも慣れている。
  • 一応は超整理法を実践している。
  • 書類が主なものなので、わざわざ廃棄しなくても積み重ねるだけで一応はスペースを作れる。
  • ゴミや荷物の中でも平気で眠れるので土日をフルに使うとか寝室をバッファに使うとかがやりやすい。
うーん。 ノウハウじゃなくって性格的なものと経験上のものがほとんどか。 最初に書いた片づけを短いスパンでやることだけはもっと意識しなきゃ。

もう少し考えてみよう。 片付けようと思うのは大抵は、散らかり方が自分のキャパシティを越えてしまって存在するだろうけど探せないとか、探し出したものの捨てる以外に処理する方法がないとか、そんな状況になったときだろう。 つまり、破綻状態になって初めて片付けようと思う。 破綻しているから大抵の人にとっては大胆に捨てること以外に現実的な解決法がない。

では、僕は何が違うんだろう。 違うことといえば、有限量の改善を繰り返せばいつかは片付くということを知っているから、最初の片づけを実践しやすい、というのが挙げられる。 つまり、「昨日よりほんの少しだけでも片付いた状態」を作ることで進捗を実感できて継続しやすい。 昨日よりマシな状態ならば、今日使ったもの+αでよいので非常に簡単なのだ。 さらに、片づけを始める時期というのは遅くとも破綻が表面化した時期と同じなので、ほんの少し片付けるだけで「どうにか破綻はしていない」というところまでは持っていける。 普段グータラな人が思い立ったときの最初の片付けというのは非常に効果が高いのだ。 そして、少し片付けて破綻していない状態にさえなれば片付けは結構楽なものである。 進捗を実感できる人ならば。

あと、とくに書類の場合なんだけど、情報には価値の半減期のようなものがあって、長いこと片付けずにいると自然と利用価値のない書類の比率が上がることを知っているってのもあるかな。

他にあるとすれば、片付けの途中の段階で一応の秩序を作ることができることだろうか。 例えば「急ぎではない書類」「たぶん捨てても困らない書類」「頻繁に使うもの」「実用性ではなく心理的な理由で残したいもの(写真とか手紙とか)」「普段は使わないけどなくすとダメージの大きそうなもの(アカウント情報とか領収書とか)」という具合に分けて重ねるなり封筒に入れるなりダンボールに入れるなりするだけでずいぶんと秩序ができるのだ。 このことを知らない人って意外と多いのかな。

今まで片付けを始めるタイミングとして自分のキャパをはみ出した時期を想定したけど、他人に片付けるように言われた時はどうだろう。 僕も妻や母によく言われる。 で、僕はそういうときには片付けない。 理由は簡単。 「片付けろ」っていう人って大抵は片づけができない人や大切なものを平気で捨てる人だから。 片付けをまともにできる人や雑然とした秩序を保てる人から片付けろなんて言われたことは今までに一度もない。

なるほど。 自分探しの旅、少し成功。

ichonan at 00:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ちょっとしたノウハウ | <個人用>半端な思考実験

2010年05月24日

梅田の博多ちょうてんに入ってみた

大阪駅近辺で飯を食うときにサイゼリヤは長い行列ができていて、松屋は先日行ったばかりで、知っている店や常連さん御用達っぽい店は満席で、地味に空いている店からは何となくやる気のなさがかもし出されていたので、外側からは良い雰囲気でありながら席が空いていた「博多ちょうてん」というラーメン屋に入ってみた。 「日本一の餃子」などと謳っているあたりは怪しさ満載だったけど初めての店なんで興味はあって入ってみる。 時間帯は夕食時を少し過ぎた頃。

店内は暗めで、深夜営業のバーや昔話に聞く貸し席業としての喫茶店を連想してしまう。 店員は初老の女性と中国語訛りっぽい発音の上品な顔立ちの女の子の二人。 実質的な業務は全て女の子がやっていた。

で、味ですが、僕の舌には合いませんでした。 値段も安くなく場所相応というかターミナル近くの繁華街価格。 二度と行かないでしょう。

何かね、細麺なのにスープが麺にからまっていなくって、麺も何だか「素材は何?」って思ってしまうような妙に無味乾燥な味だったのね。 というか味がない。

豚骨のスープだけ飲むと美味い。 特筆するほどじゃないんだけど結構美味い。 でも、麺はダメ。 私の安いお口には合いません。

喰い慣れたら気に入ったりするんだろうか。 もしかして女の子の研修中? 外食産業というのは味に安定感を持たせるのが非常に難しいと聞くけど、僕がたまたま谷の部分に当たったってことだろうか。 半年ほどして覚えていたら様子見のために店の前までは行ってみよう。 何かのついでにでも。

餃子は妙に高いし僕が聞いたこともないのに「日本一」と謳っているあたりが怪しかったので頼みませんでした。

チャーシューはわかり易くダメですな。 薄くて堅くて小さくて味がなくて。

そんで、ネットで出てきた博多ちょうてんのページを見てみると、僕が行った大阪駅近くの店が載っていない。 何なんだ?

そういえば、女の人だけでやっているラーメン屋ってここを含めて二件しか知らない。 もう一件は元美人の肝っ玉母ちゃんって感じのオバちゃん(たぶんオーナーコック)がほぼ一人でやっている店で、大味ながら具沢山で安くて、芸や技は感じないけど無難な味で、それなりに魅力はあったな。 子供(たぶんオバちゃんの)が店内で騒いでいることがあるのがたまに迷惑だったけど。

ichonan at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 極めて個人的なこと 

2010年05月23日

海堂尊はどうしてドラマ化を許可したのだろうか

「ジェネラルルージュの凱旋」のドラマ版を二回ほど見た。 出来が酷い。 「チームバチスタの栄光」もドラマ版も同様だった。

原作者の海堂尊氏は脚本をチェックしてないのか? 自分の作品にそのあたりのこだわりはないのか? まさか金に困っているわけではなかろう。 あんなに面白くて、映画版も非常に面白い作品なのに、ドラマ版はプロデューサーの趣味か脚本家の趣味か知らないけど面白くない。 不自然、強引、安易、ミスキャストって感じが拭えない。

ついでに思うことを書いておこう。 何年か前からアメリカのテレビドラマを見るのが簡単になって目が肥えたせいもあるけど、もともと興味があまりなくて見ることが少なかった日本のテレビドラマを見る機会が以前にも増して減ってしまった。 ちなみに僕は初回と二回目ぐらいまでは見ることが結構ある。 でも、その先が続かない。 以前にもまして続かない。

もちろん面白いのもあるんだけど、はっきりとした少数派ですな。 面白くない理由は、僕の推測では、脚本家のレベルが低いか、質の高い脚本を上に却下されるのか、どっちかだろう。

そんで、完全に僕のようなマニア向けの「警部補矢部謙三」は別として、他で一応は鑑賞に耐えうるというのはほぼ間違いなくマンガや小説として良質な原作がある作品だ。 「のだめカンタービレ」なんかは原作をいじっている部分やキャストに無理がある部分(竹中直人がドイツ人役とか)もあるけど、才能と労力と金をかけているのが容易に分かるし面白くもあった。 ライアー・ゲームも面白かったんだけど、ドラマ版オリジナルの部分がやっぱり雰囲気を壊している。 僕は原作の秋山深一には勝てないけどドラマの秋山になら勝てそうな気がする。 随分前の作品だと「白い巨塔(唐沢版)」や「アルジャーノンに花束を」あたりもドラマ版もよかったな。 原作は両者とも超メジャーな小説。

そういえば、木村拓哉とリン・チーリンが出ているドラマも初回をみてこりゃダメだと思って二回目からは見なくなった。 原作なしのテレビドラマで続いたのって直近のものはどれだろう。 たぶん、「空から降る一億の星」だな。 たしか2001年か2002年のドラマ。 随分昔だ。 主演は明石家さんまと木村拓哉と深津絵里。

ichonan at 00:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | 極めて個人的なこと

2010年05月21日

日本経済の大雑把な現状を自分の言葉で短くまとめてみる。

今の日本経済の力を定常的な状態から押し上げている要因として、団塊Jr.世代の巨大な人口に起因する旬の労働力の比率の高さ、国債と言う形のレバレッジ、20世紀後半の経済大国という先行の利、国民の貯蓄の巨大なストックが挙げられる。

団塊Jr.の労働力の巨大さはあと15年ぐらいは続くけど、その後では巨大な非労働人口となる。 また、この頃は段階世代の結構な部分がまだ生き残っているために、社会の労働人口比率は極端なまでに低下する。 国債によるレバレッジをこれ以上効かせるのはこの先は難しく、いずれ緊縮財政かインフレが訪れる。 多分インフレが起き、インフレによって消し飛ぶのは主に現在の巨大な国民貯蓄と国の借金である。 インフレの影響の大部分は国内での資産の再分配なんだけど、当然国債の発行は難しくなり、とくに外国へ国債発行は困難を極めるだろう。 総合すると人的労働力が極端に低下する時期が訪れ、それと同じくらいの時期にインフレや緊縮財政がある。 何十年も続けてきた将来へのつけは非常に大きい。

日本経済を押し下げている要因はなにか。 端的には歪な税制、様々な規制のための規制、経済活動の邪魔をする企業幹部たちだろうか。 歪な税制と規制のための規制は国民が強く望めば結構簡単に修正できる。 5年もかからないだろう。 だけど、経済活動の邪魔をする企業幹部たちの影響はどうだろうか。 幹部が長い間腐っていた場合にはその下にまで腐った連中が集まるだろう。 そうすると、健全な状態へのシフトというのは会社の自然選択として行われるしかないのか。 これは一時的な大きな混乱を伴う。 やるなら速い方がよい。 司法関連も同様だろう。 とくに、司法、放送、大学、重工業などの参入障壁が高い分野では問題は重篤だ。

それにしても、日本って、制度面がここまで糞なのに経済的に結構強いって凄いな。

ichonan at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) as 資本主義社会の市民 

2010年05月19日

続:AcerのAspire One AOA-150が部分的に糞な件

AcerのAspire One AOA-150が部分的に糞な件の続報。

とりあえずハードディスクの音が異常にうるさい。 酷使したわけでも乱暴に扱ったわけでもないんだけど異常にうるさい。 このあたりは個体差が結構あるんだけど、他の人はどうなんだろうか。 やはり、このあたりの地味な部分はThinkPadを初めとする評価の固まった多少高めの製品が無難か。 とくに僕みたいなハードディスクの地味な面の性能に疎い人間の場合。

あと、何度無線LANの設定をやっても30分も経つと確実に無線LANの設定が消えている。 狂ってる。

そんなわけなんで保存ゴミになりました。 結局は安かろう悪かろうだった。

ichonan at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 他人向け・読者用 | 極めて個人的なこと

2010年05月18日

「経済、金融、株、為替 − 投資専門家のためのリンク集」というページ

経済、金融、株、為替 − 投資専門家のためのリンク集というページがあって、このブログのリンク元(アクセス数ベース)としては、検索エンジンを除くと最大のようだ。 しかも、隣のリンクが有名な金融日記(by藤沢数希)じゃありませんか。

金融日記のついでにリンクふんだ人ってけっこういる?

ichonan at 00:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 極めて個人的なこと 

2010年05月15日

匿名アンケートと実名アンケート

街でやっているアンケートを結構気軽に受ける。 物好きな性格と粗品が原因で。 実名の場合も匿名の場合もあるけど、仮名を使い放題なので実質的には匿名性が保たれている。

ネットの様々なアカウントとリンクされたアンケートもよく回答する。 こちらは回答するとポイントがもらえる。 時給換算すると馬鹿馬鹿しいものなんだけど、この手のアンケートって結構好きだから答えることが多い。 こちらは最初のアカウントがきちんと作られていれば実名アンケートになる。 仮名でアカウントを作っていたとしても、「唯一の個人Aさん」というレベルでは特定できる。 ネットの匿名性といっても3分もかけて5円分のポイントをもらうために他人を使うなんてできないから、実質的には実名アンケートの実施ができている。

会社や関連する官庁からもアンケートや調査に答えろというものがくる。 表向きは実名だったり匿名だったりするんだけど、実質的には実名だ。 なのにどうやら、回収する側は匿名アンケートをやっているつもりらしい。 力関係がはっきりしている場合や調査する側が信頼されていない場合のアンケートというのは、軽いアンケートや信頼されている者が行うアンケートとは根本的に違うのだ。

例えば不祥事の発覚後の洗い出しのためにアンケートをとる場合、回答者側は当然、告発者探しを怪しんだりもするもんだ。 だから、そういうアンケートでは匿名性が物凄く大切なのに、実際には回答者を特定できるような形でアンケートが行われている。 筆跡鑑定などせずとも、IPアドレス、アカウント、用紙に印刷された文面における「.」と「。」の使い分けや平仮名と漢字の使い分けなど、回答者を特定する方法はいっくらでもあるのだ。 何の戦略もないままの個人の特定は面倒だけど、標的を絞った後なら簡単なのだ。 そんなことさえもわかっていないのだろうか。 それとも、匿名を謳って実名アンケートをすることを意図しているんだろうか。 どっちにしても、これではマトモな動機による調査の本来の目的を果たせない。 なんでネットにアンケート用紙を置いて家からダウンロードして紙で提出するとか、用紙をまとめて置いておいて帰宅時に一人一枚勝手にとっていくようにとか、そんなことをしないんだろう。

もしかして、というか、ほぼ間違いなくというべきかもしれないが、「調査をやった」というアリバイを作ることが目的なのかな。

先日、野村IRの紙のアンケートに回答した。 これはなかなか出来がよく、選択肢の不備や設問の不備などは見当たらなかった。 さらに素晴らしいのは僕個人の名前が解答用紙に書かれていないのに実名アンケートであると明示してあること。 バーコードが書いてあって、これによって特定していますと書いていること。 このやり方をすれば委託先の回収業者がダメだからといって色々と漏れる恐れはない。

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2010年05月14日

のだめカンタービレ

「のだめカンタービレ」というマンガがある。 上野樹里と玉木宏の主演でテレビドラマにもなった。 最初に知ったのはテレビドラマ化のときにやしきたかじんが話していたときだと思う。

のだめカンタービレ(1)のだめカンタービレ(1)
著者:二ノ宮 知子
販売元:講談社
発売日:2002-01-08
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

これが面白い。 はっきり言ってはまった。 僕って、作品の面白さはもちろん重視するんだけど、世間一般と比べると作者の能力の高さに惹かれる傾向があると思う。 女の人が書いた作品でこの手の魅力を強く感じたのは山崎豊子の作品以来だ(個別の作品で惹かれるのはめぞん一刻を筆頭にたくさんある)。 このような作者の能力の高さに感動を覚えるのは大抵は日本の少年漫画とアメリカの映画なんだけど。

作者が音大卒なんじゃないかと思わせるほどの丹念な取材に基づいた情景描写、個性的な登場人物の見事な行動描写、絵は特筆すべきものではないけど見やすい。 二ノ宮知子の全作品を大人買いしてしまいそうだ。 たぶん近日中にするだろう。

実際のところ主人公は「のだめ(野田恵)」ではなくって「千秋さま(千秋真一)」のようなんだけど、この実際の主人公がカッコいいんだ。 少女漫画に出てくる男前って感じを残しながら、現実の世界にいた場合でも実際にムチャクチャ格好よくて男女問わず大人気の人間として通用するだろう。 玉木宏が、実際に格好イイんだけど、実際以上に格好よく思えてしまう。 上野樹里を見ると役柄問わず野田恵を思い出してしまう。

家にはピアノ(残念ながらグランドじゃなくてアップライト)とフルートが当り前のようにあって、クラシックの大量のレコードの音がでっかいスピーカーから当り前のように流れている環境で育った僕。

父が口ずさむのはベートーベンと六甲颪。 カラヤンが映った大量のビデオ(その裏にエロビデオ)。

橋の下で歌の練習をした頃もあった僕。 音を楽器別に分けて聞いたり曲を作ったりはできるけど楽譜は読めない僕。 音楽よりもテレビゲームや将棋やサッカーや数学や物理学やマンガが好きだった僕。

そんな変な育ち方をした変なオッサンだから、よけいに色々と考えてしまう。 「のだめカンタービレ」は僕にとっては刺激が非常に強い。

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2010年05月10日

頑張るほど損害が広がる競争のこと

資本主義やスポーツの競争ではなくって、レントシーキングや博打の話。 事業仕分けとも関係する話。

どうしようもない時間の無駄を生み出すものとして、技術を争うのではなくサイコロの良い目を争うゲームがある。 品質を争うのではなく競争相手の動きに対応することを争うゲームがある。

典型的にはテレビゲームのハイスコア争いを考えるのがよい。 その中でも桃鉄のような乱数を使うゲームを考えるのがよい。 典型的には予算獲得競争を考えるのがよい。 その中でも枠の決まった公費を奪い合うものを考えるのがよい。

マイナス評価という視点がなく、それでいて乱数に成績が左右される場合や競争相手がいる場合には、好成績を出すには技術を磨くことよりも試行回数を増やすことが肝になる。 こうなってしまったら、やっていることの本質は、一回の試行に何時間もかかるサイコロを繰返し振っているに過ぎない。 平均のパフォーマンスを競うのではなく、技術を競うのでもなく、さらに、試行回数に対して単調に増加する最高得点が競争の対象になってしまったら、成績を上げようとすることは、富と時間とエネルギーの浪費を導く。 ゼロサムゲームになるのではなく、競争に一生懸命になるほどマイナス幅が大きくなる。 ゲームの勝者への褒美は増えることなく、ゲームにかかるコストばかりが増加する。

ゲーム中毒の引篭りだけがこんなことをやっているわけではなくって、大人の世界でも、予算獲得競争や資格獲得競争という形で行われている。 他を出し抜いて美味しい汁を吸おうとするならまだ許せるが、健全な競争をやろうとしていたり、この競争に力を入れることが立派なことだと信じ込んでいたりする場合も多々あるんだ。 ゲーム中毒の引篭りとは違って、この手のことをやる大人は他人にも同じ事を要求するんだ。

評価する側の能力や生み出したものの大きさが厳しく問われて競争によって新しいものが出てくるんならいいのだけど、現実には、渡した有形無形の賄賂の額や、書類にまとめられた形だけの実績で判断が行われているんだ。 成果をマイナス評価するということが行われないんだ。 だから、富と時間と労力が浪費され続けていく。

腐った競争の勝者はこのことにまともに目を向けることはできないだろう。 一番立派なのはこの手の競争を潰す人、次に立派なのは参加しない人、そして次が競争の敗者。 最も軽蔑されるべきなのは、この手の競争の勝者である。 そういう人を見つけるのは簡単。 肩書きが立派で権限を持った馬鹿だから、「世の中をよくするために邪魔な人物」という視点で探せば、網羅はできなくても、沢山見つかる。

そんな不毛なゲームならば、どうして参加者が後を絶たないのか。 理由は大きく分けて二つ。

まず一つ目。 無駄といっても国家財政の規模からすると元々の額は小さく、その無駄がどうしようもなく目立つようになるまでにはしばらく時間がかかる。 だから、例えば国が与える予算が増え続けている間はレントシーカーたちにとっての魅力は薄れない。 国家の側も使い道をろくに確認しちゃいない。 むしろ使いきりを奨励している。 無駄遣いしてくれないと天下り先を確保できないしね。 彼らは金持ちや強盗と違って金の亡者だから、金さえもらえたら国民の血税を浪費する競争に参加する。 もちろんいずれ無駄のための財源にはキャップがかかるんだけど、それまでに長い時間がかかるから、その間は参加者が後を絶たない。

ちなみに、件の事業仕分けというのはこのキャップをかけることを意図しているわけだ。 やり方が手ぬるいと思うし、拙速だとも思うし、肝心なところにメスが入っていないとも思うけど、やらないよりはずっとよい。

次に二つ目。 レントシーカーの側の事情。 いくら不毛な競争といっても、そういう分野でしか自分の優位性を発揮できない人って結構いるのだ。 一部の役人、一部の大学教授、一部の医療関係者、一部の建築業者、一部の慈善団体などなど。 実生活でも時々目にするんだけど、彼らないし彼女らは、僕の目から見るとほとんど狂信とも言えるぐらいに、この手の競争をすることに使命感を感じているのである。 他人にどんだけ迷惑をかけようともお構いなし。 自分が苦労しても現実を知るよりはマシだと感じているんだろう。

ichonan at 22:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 | as 民主主義社会の市民

2010年05月07日

ちょとだけ池田信夫という人のことに触れてみる

池田信夫という人がいる。 Wikipediaの記事はこちら

ネットでちょくちょく見る名前であって、色んなところで賛否両論の有名人らしい。 どのあたりが経済学者なのかわからないけど肩書きは経済学者らしい。 僕も彼の文章に何度か触れたことがある。著名な経済学者や経済学の入門的教科書的の受売りから、トンデモの典型や、とんでもない無知と傲慢さを指摘されての逆切れまで、色んなものがあった。 共感が持てる内容や穴だらけでありながら視点としては有益なものが少々、無知と思考の浅さ丸出しのもの多数。 昔2chで何度も見たようなフレーミング少々。

彼がどんな人なのか。 しっくりとくる文章がいくつかあったので紹介しておく。

池田信夫氏の3法則 by 濱口桂一郎
ここから、池田信夫氏の議論の仕方について、3つの法則を導き出すことができるように思われます。

池田信夫氏の第1法則:池田信夫氏が自信たっぷり断言していることは、何の根拠もない虚構である蓋然性が高い。

もし根拠のあることをいっているのであれば、批判されればすぐにその中身そのもので反論できるはずでしょう。できないということは、第1法則が成り立っているということですね。

池田信夫氏の第2法則:池田信夫氏がもっともらしく引用する高名な学者の著書は、確かに存在するが、その中には池田氏の議論を根拠づけるような記述は存在しない蓋然性が高い。

もしそういう記述があるのであれば、何頁にあるとすぐに答えればいいことですからね。

池田信夫氏の第3法則:池田信夫氏が議論の相手の属性 (学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い。

ここのところ、池田信夫氏があちこちで起こしてきたトラブルにこの3法則を当てはめれば、いろいろなことがよく理解できるように思われます。
池田信夫の公開質問状に対する公開お答え状 by 山形浩生
私が「プライバシーはまちがっている」と発言した証拠、および「プライバシーを否定した」証拠を具体的に挙げよ。
 とのこと。

(中略)

池田信夫の「ドット・コミュニズム」第12回
「プライバシーという幻想:あなたのプライバシーは、あらかじめ失われている」
泉の波立ち by 南堂久史。 このページの下部のサイト内検索に「池田信夫」と入れると結構な量が出てくる。 南堂氏(僕の中では池田氏と同じ匂い)が池田氏に時に優しく、ときに罵倒とともに、時に親切に、時に勘違いから教えてあげるというコーナーみたい。

ichonan at 00:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | 他人向け・読者用

2010年05月06日

今さらながら鳩山由紀夫がどうしようもない

鳩山由紀夫がアメリカ軍普天間基地の県外移設をようやく撤回したらしい。 撤回自体はよいことだ。

「最低でも県外」党の考えではない…首相, 2010/05/04, Yomiuri Online
地元記者から「県外移設が困難な理由として日米同盟や抑止力の重要性を強調していたが、認識が浅かったのではないか」と問われたのに対し、首相は「海兵隊そのものは抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていたが、学ぶにつけ、駐留米軍全体の中で海兵隊は抑止力として維持されるという考えに至った。『(認識が)浅かった』と言われれば、あるいはその通りかもしれない」と認めた。
「知らなかったわけないだろ」という声も聞くんだけど、僕は本当に知らなかったんだと思う。 知っていて嘘をつく人とは違い、知らない人は限度をしらない。 まさにこれが大問題であって、鳩山由紀夫という人は根本がわかっていないようだ。 わかっていないというのは、海兵隊だけではなくって日米同盟と憲法9条もからむ国防全体の問題であることはもちろんのこと、それ以前のもっと根本的なこともである。

勉強不足だったとか無知だったとか言うのは、学生や新入社員が言うのなら問題ない。 それをカバーするために教師や上司が給料をもらっているわけだし、それを許容することで致命傷を負わず小さな怪我をしながら経験をつめるのだから。 だが、同じことは、教師や上司が言うのは許されることではない。 首相が言うなんてとんでもない。 失敗は直ちに取り返しのつかない致命傷につながり、その後の成長も学生や新入社員ほどには期待できないのだから。 教師や上司や首相の場合、それまでに学ぶ機会はいくらでもあったのだから。

人間誰も最初から何でも知っているわけではない。 でも、かなりの人は、成人する前に自分がわかっていることと分かっていないことの区別が多少なりともできるようになるもんだ。 相手がどれくらい分かっているかは推し量れなくても、自分と相手とどっちが詳しいかは話をすればわかるようになるもんだ。 権力を持とうとする人やリスクを取ろうとする人ならば、このことに関する研ぎ澄まされた感覚が凡人以上に求められるべきだし、多少なりとも真面目さや誠実さがあれば、研ぎ澄ますために勉強をするだろう。

現実には、上司の機嫌を伺っていただけの馬鹿管理職の話や、論文の評価の難しさにかこつけて捏造論文や糞論文を量産してきた大学教授の話や、開業以来ちっとも勉強をしてこなかった医者の話や、血税の使いきりや民間人の抑圧に一生懸命な役人の話を見つけるのには、悲しいけど苦労しない。 もっと悲しいことに国会議員であっても見つけるのには苦労しない。 だけど、だけど、そんなのとは比べ物にならなず、凋落気味とは言えど経済大国である日本国の総理大臣がここまで酷いなんてのは、世界中のトップニュースとして扱われるのが妥当なほど凄いことである。 確実に世界で10本の指には入る権力者がアホなのである。 大ニュースである。

鳩山が言うべきことは、「勉強不足でした。ごめんなさい。」ではなく、「勉強しようともせず権力を持つことを目指してきました。」「選挙のとき嘘つきました。」である。

ichonan at 00:31|PermalinkComments(1)TrackBack(1) 時事・ニュース | as 民主主義社会の市民