2010年07月

2010年07月22日

今さら「映画ハゲタカ」と「踊る大捜査線THE MOVIE 2レインボーブリッジを封鎖せよ」

今さら「映画ハゲタカ」と「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ」を見た。 どちらも評判のよかったテレビドラマの映画版である。

踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!

【ポイント6倍対象商品】映画 ハゲタカ
【ポイント6倍対象商品】映画 ハゲタカ

大捜査線の方はドラマ版はたぶん1/3ほどしか見ていない。 THE MOVIE 1や交渉人真下正義や容疑者室井慎次は見た。 交渉人真下正義と容疑者室井慎次はシナリオが酷かった。 もうすぐTHE MOVIE 3があるらしい。 全体的にシナリオはどうってことないけど、いい役者を使っていることと細かな演出が秀逸なことが素晴らしいシリーズである。

そんで、僕が見た中では今回見たTHE MOVIE 2が一番面白かったな。 相変わらず犯人側の描写あたりはシナリオが破綻しているんだけど、他の部分は、細かな演出や役者が概ね素晴らしいのはもちろんのこと、シナリオもひどくない。 それに、この作品では元々格好良い役の室井(柳葉)が普段にも増して格好良過ぎる。 室井を念頭において、犯人に向かって「リーダーが優秀だと組織も悪くない」という青島(織田)も。

ただ、すみれ(深津)のあの出血の仕方は、フィクションじゃなければ即死だと思う。 搬送が異常に素早くて病院に神の手名医がいても左手は一生使えんのじゃないか? あと、沖田(真矢)に関しては、いくらなんでもここまでアホだってことはないだろうとは思った。 悪役エリートにありがちな腹黒いアホや小悪党ではなくって、活きの良いアホという役柄なのである。 活きの良いアホというのは目立つ肩書きがない役としてはありだろうが、出世したキャリア官僚としてはちょいと不自然なのである。 犯人側に関しては突っ込み始めるときりがないのでやめておこう。

文句もあるけど、総合すると明確に面白い。

次は映画ハゲタカ。 ドラマ版とは違って面白い。 いや、ドラマ版も役者や雰囲気はいいんだけど、シナリオが酷かったから。

ドラマ版は少しだけ見て、良い雰囲気を出しているもののシナリオが破綻しまくりのようなんで、途中で見るのをやめたのを覚えている。 見ていて強引さやリアリティのなさに腹が立ってきたから途中で見るのをやめたのを覚えている。 ちゃんとした人に監修してもらっていないのかとか、NHKが作りが雑なものを出すというのも妙だなとか、そんなことを思ったのを覚えている。 ファンドの話だったこと以外にストーリーは覚えていない。

今回は気まぐれで見たんだけど、ドラマ版とは全く違って非常によかった。 ひどい破綻は見当たらない。 シナリオが破綻していないので、元のドラマ版そのままの良い役者と細かな演出が見事に活きて上質な娯楽に仕上がっている。 ちゃんと頭脳戦やスリリングな駆引きが行われている。

まあ、強いてあげると 「オイルマネーって、あんな簡単に出資してもらえるの?」 「中国の政府系ファンドってあんなに間抜けなの?(あの戦略の場合51%を取得しても負け)」 「アメリカの投資銀行の幹部が日本の旅館の上客?」 「劉がまとめた再建案がマトモ?」 ってのはあるんだけど、それでも、「ありえへん」というほどのものではない。 アカマ自動車のダメ社長は不気味なまでにリアルだった。

ichonan at 01:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | 極めて個人的なこと

2010年07月17日

能力と外部性

人間の能力を経験や知識や訓練の積分としてだけ考えるのではなく、ネットワーク外部性や複利や並列可能性やボトルネックも考慮して考える。 そうすれば、孤独や器用貧乏や行き止まりを回避しやすくなるだろうし、 差がどこで生まれるかも認識しやすい。 目立つ事例の面白さは株式投資の複利どころじゃないだろう。

野球人気がなくなるとイチローはどうなるか、将棋のルールが知られていなければ羽生はどうなるか。 日本がちゃんとした法治国家になったら現在の検事や裁判官はどうなるか。 有権者が賢くなったら社民党や共産党や国民新党や自民と民主の中に多くいる利権政治家はどうなるか。 研究内容を発表したことの責任を誰がとるか。 テレビや映画がなかったら芸能人はどうなるか。

人口規模がある程度大きくなって初めてペイすることもある。 目の前の人を相手にするからこそ舞台訳者は価値がある。 楽譜の読み書きと自動演奏が容易になったら、生み出される楽曲のレベルはどれほど向上するだろうか。 長期投資による所得への課税が減れば市場はどれだけ賢くなるだろうか。 情報機器が簡単には壊れないものになったら書籍は生き残るだろうか。

三宅久之氏のようなタイプの評論家はどうだろう。 知識や取材能力や分析能力は全く話にならない。 だけど、長年培ってきた人脈がすごい。 相手がまともな人かどうかは別として、有力者とのパイプがあり、直接話を聞ける。

管理や運営や評議をやっている有名な学者はどうだろう。 優秀な現役の学者はまずおらず、過去に関しても能力よりも恵まれた環境と評価する側の能力の低さが地位の理由の場合が多かろう。 そうでなければ、大抵は今でも現役だ。 そんな人でも実質的には天下りと変わらない仕組みで高い収入が保証されている。 仮に能力が査定されたならば、こういう人たちは表舞台からは消える。 政治家もかなりの部分は同様だろう。 利権部分や惰性部分だけじゃなくって信頼も大切だから役人や学者よりは、マシなケースが多いだろうけど。

芸能人はどうだろう。 芸能人の場合には、面白いことや芸が素晴らしいことだけではなくって、有名であることや知られていること自体が商品価値につながる。 最先端の探求や一流のものの鑑賞という側面もあるけど、軽い娯楽としての側面の方がずっと強く、その場合には有名であることや親しまれていることの方が重要になる。

10億円の報酬を払う価値がある経営者の場合はどうか。 数少ない本当に優秀な経営者の仕事にはそれぐらいの価値はある。 だけど、その能力は率いる組織が大きくないと十分に発揮できないのである。 いくらビジョンや指示が的確であっても指示に従って動く労働力のプールが小さければ効果は低いのである。 投資家も同様であって、パフォーマンスが市場の10%上であっても、元の資金が1000万円の場合と1兆円の場合では大違いなのである。

真に優秀な思想家や革命家はどうだろう。 考えを広めることができればその効果はとんでもない。 大国の首脳や世界一の富豪どころではない。 だけど、広める手段がなければ変な人と同様に見られて終わることもあるし、広めようとしたら冤罪で潰されることもあるのだ。

金持ちサラリーマンの子供の学力(得点力)、とくに大学に入るまでのものはどうだろう。 政治家や経営者の子息なんかと比べると、親のサポートや教師のサポートによる部分が大きいだろう。


自分の立場や評価が何によるものなのか。 自分の能力によるものなのか、それとも、単なる既得権益なのか、評価する側のミスなのか。 自分で稼いだものなのか、それとも、レントシーキングの結果なのか。

地位や財産を持つ者の場合、このあたりを直視する精神力があるかどうかによって、能力を他の基準よりも精度良く見積もれる。

ichonan at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 

2010年07月16日

赤子に限らず相手の感情をコントロールすること

ちょっとストレートな表現だけど、相手の感情や反応をコントロールするには脳に蓄えられた情報を想起させればよい。 安心につながるものでも、恐怖につながるものでも、目先を逸らさせるものでも。 ストレスを感じさせるものでも、ストレスを取り除くものでも。

安心を得るベースになる部分に異物を入れてやると不快感を感じる。 内的なストレスがクリアされると、とくに、イメージした形でクリアされると快感なのだ。 異物や敵や被害として認識されているものが想起されると不快なのだ。 快楽と不快の強化学習で大まかには説明でき、他の部分のかなりも記憶による快と不快で説明できる。

笑いや知的な感動やタブー視されているわけでもない本能的な恐怖の場合には、難しくて今の僕にはほとんど分析できない。 恋心の場合は本能的な部分や視覚的な部分の影響が大きすぎる。 だけど、怒りや不安や安心というレベルだと、かなりの部分を理解できる。 相手が単純な場合には、注意深く接しさえすれば、コントロールできる。


怒っている人なんて、どっちかというと頭の中に問題があるのであって、外部環境をいじるよりも頭の中をいじる方が公共の福祉に資するのが当り前なのである。 習ったことと現実が違うからといって、間違いを教えた方ではなく間違いに気付かせた方に怒りを向ける人がどれだけ多いことか。 自分が特別に優遇されているわけではないという理由で被害者意識を持っている人がいかに多いことか。

その症状が病的ではないのであれば、相手がどうしたいのかを相手に言わせ、文句を言いたいだけであることや妥当な理由もなく怒っているだけであることに気付かせればよい。 何かを変えたがっている場合であっても、そのように変える事による被害がいかに大きいかを説明し、変更を望むことが悪人の行為であることを教えればよい。 そうすれば、頭が弱いだけの人ならば気付いてくれる。 この手が通じない病的な人も珍しくないんだけど、そういう場合にはやっぱり詐欺的行為や暴力の出番になるのだろう。 連中は騙されたら喜び、殴られたら反省する。 肩書きが立派な馬鹿や過保護なガキなんてその典型だろう。

苦しみを取り除いたり喜ばせたりするときも視点としては同じものが有用だ。 慣れ親しんだものを見せたり、能動的な興味の対象となっている話題を振ったりすればよい。 頭の過負荷の原因となる事象に対して別の視点を与えてやればよい。

怒らせるにはどうすればよいだろう。 不快感を与えるにはどうしたらよいだろう。 学歴でも収入でも容姿でもいいから、コンプレックスをつつけばよい。 後ろめたい部分や被害の恐れがある部分を話題としてふってやればよい。 その被害が相手のせいではないのであればなおよい。 また、幼稚な正義感や無責任な使命感の帰結を教えてやるのも有用だ。 ただし、これをやると本格的に恨まれることが多いだろうけど。


赤子でも大人でも基本は同じなのだ。 違うのは、今までの経験の個体差のために難に対して反応するかが多様なことと、サンクコストの呪縛のために学習能力がなくなっている場合が多いことぐらいだ。

ichonan at 07:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 | ちょっとしたノウハウ

2010年07月14日

エンポリオ・イワンコフ逮捕

ワンピースのエンポリオ・イワンコフ(カマバッカ王国の女王(永久欠番),革命軍幹部,奇跡の人として尊敬を集める変態)が逮捕されたらしい。 違った。 エンポリオ・イワンコフ役の声優さんが逮捕されたらしい。

「ワンピース」声優、ブログで下半身写真公開した疑い,2010/07/13,朝日
入れ墨を施した自らの下半身の写真をブログに公開したとして、警視庁は12日、東京都新宿区新宿7丁目、声優今村清憲容疑者(56)をわいせつ図画陳列容疑で逮捕し、発表した。今村容疑者はほぼ全身に入れ墨を施し、「下半身にまで入れ墨をしたことを自慢したかった」と供述しているという 。
(以下略)
最新巻の58巻に顔写真が載って、イワンコフのモデルでもあることやキャラの濃さを紹介されたばっかり。 逮捕容疑がキャラにぴったり。

洒落にならない内容ではなくって珍事件(チン事件)の類なのがファンとしては救いですな。 土曜日発売の週刊少年ジャンプの巻末の尾田栄一郎氏のコメントがこんなに楽しみなことはない。 さすがにインペルダウン(海底監獄)送りはないよね?

アニメの方は見てないけど。

ichonan at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース 

2010年07月13日

労働組合の意義とか雇用の流動性とかの関係を考えてみる

労働組合のこと。 マスメディアで言う労働組合というのは、一部の政党というか民主党の支持団体や、一部の会社というかGMやJALの労働組合のことであって、決して一般的な話ではない。 国家全体のことを考えない政策を実行させようとしたり株主を軽視して会社を潰したりする労働組合なんて例外中の例外であって、大抵の労働組合は、たぶん、名前だけのものか、支持するのに十分な意義を持っているものか、どっちかなんだと思う。

ご存知の通り日本という国は労働者の身分保障が少なくとも表面的には手厚く、これが主要な原因の一つとなって労働市場の流動性が非常に低い。 また、一部の国会議員はどうか知らないけど大抵の人にとっては周知の通り、日本の大きな会社というのは株主をものすごく軽視する傾向があり、そんな経営者や管理職がクビにならないのである。 司法もそれに味方する。 こういう国だからこそ労働組合の特定の面にはものすごく強い意義がある。 そのあたりを少し考えてみよう。

本来ならば、使えない人はクビで、他でもっと稼げる人は自分から逃げるというのを基本として、セーフティネットなどの意味で所得(雇用ではない)の保証をしたり、業務に集中させるための戦略として身分保障をしたりするのがよい。だけど、実際は使えない人がクビになったり窓際に行ったりするわけではなく、身分保障も業務に集中させるという戦略を伴うものではなく、大抵の場合は惰性だろう。 他に逃げる場合は良い待遇を求めてというのは、概ね当たっていると思う。 それを「有能だから」と強引に解釈しているケースも多いけど。

こんな具合で、表面的には労働者の身分保障は手厚い。 だけど実際には身分保障というのは結構表面的なものに限られ、パワハラという形で退職を強要するなんてのは当り前のようにまかり通っている。 部下を正しく評価できる上司や株主のためになる意思決定ができる経営陣ってのは相当優秀な部類に入り、大抵の人たちは平凡だ。 酷い連中になると権限を自分で持っていながら責任を部下に押し付ける。 上司が部下のやりがいを奪っておいて、その責任を部下に取らせるなんてのはニュースとして出るものとしては典型的だろう。 生産ではなくって、上司の機嫌取りや虐められ役を命じるとかね。 オフィスワーカーに草むしりさせるとか、お茶くみさせるとか。 ガバナンスがきちんとした会社ならば、そんなことをした上司は確実に懲戒免職でしょうけど、なかなかそこまできちんとした会社はない。 そんな感じだから、直接は、上司に嫌われた人や経営幹部に嫌われた人や組織ぐるみの詐欺まがいの行為に異議をとなえた人が組織内で叩かれる。 よっぽど極端な場合を除き、無能な人や有害な人が叩かれるのではない。

そんなときに、まともな労働者は、労働市場が流動的ならば会社に見切りをつけて他に行きやすいし、会社にまともなガバナンスが働いていれば上司のクビを切ったりできるんだけど、日本の多くの組織はそのようになっていない。

検察とか裁判所とか大学とか中等教育機関(中学と高校)とか独立行政法人とかはどうなんでしょうね。 いわゆる典型的な役所(市役所とか)では露骨なものは少ないと想像しますが。

そういう組織で労働組合(的なもの)が機能していなかったらどうなるんでしょう。 フィードバックは働かない。 会社の倒産という形での新陳代謝はあるけど、それをカバーするセーフティネットや雇用の流動性はない。 税金で運用されている組織や強い規制のかかった業界だと新陳代謝さえない。 そういう現状では、労働組合が自浄作用を会社に及ぼす手段の最右翼になりうるわけです。 腐った幹部に好き勝手に悪さをさせないという一点において、労働組合というのは強力な力を発揮しうるのです。 JR西日本の労働組合が強ければ福知山線の脱線事故で多くの人が死ぬなんて事なかったと思うし、日勤教育なんてことやってたら遥か昔に内部告発やストライキで大騒ぎになって一部の管理職は下手したら懲戒免職どころか刑事告訴だったでしょう。 ちょくちょく出る会社の不祥事も、労働の流動性が高かったり労働組合がしっかりしていたりする場合には、解雇や嫌がらせを恐れず従業員のほうから声が上がって事前に防がれるケースが多かったでしょうね。

例えばこんな例はどうだろう。 上司から顧客を食い物にすることや詐欺を行うことを命令されたとする。 それを社長に報告したときに社長が上司をクビにすると確信できるだろうか。 組織的に行われている各種不正を内部告発したとする。 そのときに会社はどう動くだろう。 外部に情報を公開しながらごまかしがきかない形で事実関係を事実関係を調べ、それに基づき不正を働いた人間を排除するだろうか。 上司が部下の仕事の邪魔ばっかりしている場合に上司は降格処分になるだろうか。 それとも、部下が仕事ができないヤツのレッテルをはられるだろうか。 「死ぬのは尖兵なんで大丈夫です」という態度なのか、「尖兵が死んだら責任をとって私が切腹します」という態度なのか。

ちゃんと報告が上がれば適正な対処をするとか、コンプライアンス窓口を設けているとか、そんなことを言う会社は多数あろう。 だけど、実効性のある態度をとっている会社ってどれだけあるだろう。 内部告発者を潰したり、上司の悪さを部下のせいにしたり、顧客や株主の利益よりも経営幹部の保身を優先したり、そんなことをしないというのは、いったいどこに担保されているんだろう。 幹部が優秀であるがために実質的に担保されている会社はあろうけど、仕組みとして担保されている会社を僕は知らない。 発覚後に処分した場合でも、ニュースで見聞きする限り、免職どころか降格にさえなっていない場合が多いのです。

僕が勤めている会社の場合はガバナンスにははっきり言って疑問がありまくりなんだけど、幹部の何人かは僕がこのエントリーで書いたような内容を理解しているようであり、労働組合というのを業務改善やヤバイ現状の発見の手段として利用しているようだ。 全般的にというわけではないけど、このあたりは健全だと思う。 要は、早めに情報を拾い上げて対処することや、上に対して積極的に情報が上がってくることの意義を知っているわけだ。 ほんの一部の人は。 変化の早いビジネスや戦争においてはこの認識は決定的に重要だろう。

そんで、社会をどう変えるべきかというと、僕は労働者の権利保護の方向に行くべきだとは考えていない。 基本的にはクビを切りやすくする方向がいいと思う。 ただし、重要な条件付で。 それは、失敗の責任を金銭という形で負わされる株主の本来の権限がちゃんと働くようにすることと、内部告発者に国家権力が味方することだ。

残念ながら現状ではできていないけど、これさえできていれば、僕がこのエントリーで述べた労働組合の存在意義というのは大抵の場合には消滅する。 仲良しサークル的なものは別として、労働組合の本来の意義というのは経営幹部が悪党である場合にストライキを伝家の宝刀として交渉をすることだ。 悪党が経営幹部としてやっていくのがストライキ以外の手段によって困難になっているのであれば、労働組合の意義の主要な部分は薄れるのである。 そうなりさえすれば、従業員の身分保障が弱まったとしても、それは社会全体としては労働力を最適な方向に割り振る効果があるだろう。 差し引きプラスである。

幹部に手厚いまま平社員を首にするのを容易にした場合はどうなるだろう。 景気変動にともなう極めて単純な雇用調整はスムーズに働くだろうけど、そうなることが伝わった時点で社会全体の労働意欲はそがれてしまうだろう。 また、仕事を頑張るというのが、価値を生み出すとか奉仕するとか貢献するとかではなく、幹部に対してレントシーキングをするという意味になってしまうだろう。 そうなると、社会全体の生産性は著しく低下し、身分の固定化が進んでしまうだろう。 とくに日本の場合には、今まで会社の倒産という形での代謝が弱かったせいで混乱は大きいだろう。

ichonan at 00:38|Permalink as 民主主義社会の市民 | as 資本主義社会の市民

2010年07月12日

NTT西日本(かNTT西日本-○○)からお詫びの手紙がきた

NTT西日本(西日本電信電話株式会社)かNTT西日本-○○(○○は地名)からお詫びの手紙がきた。 以下、伏字や略称説明以外は引用。
昨年、NTT西日本から業務委託を受けているNTT西日本-○○の社員が、お客様の情報をNTT西日本の一部の販売代理店に対して、不適切に提供していた事案が発生しました。 その後の社内調査の結果、ご迷惑をおかけしたお客様が判明いたしましたので、本件対象のお客様にお詫び文を送付させていただいております。
で、もれた情報というのは、お詫び文に書いてある通りであれば、別にもらしてもかまわんような内容だった。 仮にNTTと競合の会社にもれたわけじゃないならば。

競合の会社にもれた場合には、たぶん、ダイレクトメールや勧誘電話が少し増えるだろう。 詫びの文章を送るのはよいのだけど、どうせなら、競合の会社に洩れた可能性に言及すべきだろう。 残念ながらその言及はなかった。

ichonan at 00:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | 極めて個人的なこと

2010年07月11日

倫風という会報(実践倫理宏正会)の7月号をもらった

突然家にやってきたおばちゃんに「倫風」という会報をもらった。 2010年の7月号。 社団法人実践倫理宏正会というところが出しているらしい。 買う人がいるのか知らんが、300円らしい。

ちゃんと読んじゃいないけど、パラパラめくる限りはどっかの穏やかな宗教関係の雑誌という印象を受ける。 めくった印象というよりはもらった経路からの印象というべきか。

裏表紙はみずほ銀行の宣伝。 寄稿者として有名人では、畑村洋太郎、渡部昇一、和田秀樹の名前が並んでいる。 団体の会合の部分で、参加した人という意味か祝辞を送った人という意味か知らないけど、山出保(金沢市長)、谷本正憲(石川県知事)、森喜朗(代議士)、馳浩(代議士)、北村茂男(代議士)、岡田直樹(参議院議員)、山谷えり子(参議院議員)、田中俊行(四日市市長)、田村憲久(代議士)という名前が写真と共に並んでいる。

ちょっとGoogleで検索してみたけど面白い情報は多くは出てこんね。 一応はWikipediaの説明とか被害家族の会とか出てくるが。

ichonan at 20:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 極めて個人的なこと | 時事・ニュース

2010年07月09日

考えることの労力と能率

視覚や筆記時の手や発声器官や聴覚からの外部刺激を入れることなく,集中して思考を行うというのは,今まで僕が漠然とイメージしていたものよりもずっと難しいことのようだ. 単純な内容を頭の中で繰り返すとか,何の脈絡もなく色々と思い浮かべるとか,ごく最近詰め込んだ少々複雑な内容を頭の中で再現するとか,そんなことは大して難しくない. でも,それらに当てはまらないこと,例えば,特定の政策が及ぼす影響を分析するとか,10000字程度の主張を骨子だけではなく表現まで含めてまとめるとか,複雑な機能のソフトウェアによる実装とか,教科書に載っていない数学の定理の証明とか,そのようなことを頭の中だけでやるのは難しい. より具体的には,(1)意識を特定の対象に向けつづけることができなかったり,(2)考える対象のほんの一部しか意識に上げることができなかったりする.

(1) の意識を向けつづけることができないというのは,外部から他の刺激が入ってそっちに意識が行ってしまったり,内部から別の発想が生じて意識がそっちにいってしまったりするということ. だから,その効果を打ち消すことをやれば集中しやすい. 外部からの刺激は環境を工夫すれば結構容易に打ち消せるんだけど,内部からの刺激をどうにかするにはもう一工夫いる. 例えば,外部からの刺激を意中のものに近接したものにすると,集中は行いやすくなる.

(2)のほんの一部しか意識に上げることができないというのは,必要に応じて芋づる式に取り出せる知識が定着していないということ. だから,あせらず,知識を定着させてから考えるという手順を踏めば,実質的に全体を意識できていることになる.

もちろん,本当に難しいことやパイオニア的なことやリーダーとしての仕事をやる場合には,ヒントがろくにないまま孤独に集中して考えるなんてことも要る. そういうことに対しては苦労して意識を集中する価値がある. そういう部分こそ,頭の良い人や器の大きな人が活躍すべき分野だ.

だけど,実際の生活の多くの場面においてはどうだろう. 勉強のできない学生のように調べたり教えを乞うたりすれば解決することを考えつづけて疲弊したり, 世の中の重要なこと考えているうちに生活が破綻したり, 思考力のない人のように論理が破綻した文章を思いついてそれを狂信したり, ネット中毒なんかもそうだろうけど単純に集中する技術を欠いていたり,そんな場合が多かろう. 「何をすべきか」「目的達成のために何をすべきか」という視点が欠けている場合が多かろう.

考えるてもしかたない部分や,考えるよりも調べる方が効率の良い部分で考えようとすると,とんでもない労力と時間を浪費してしまう. 考えるべき部分でサボるとリーダーやパイオニアとしてはやっていけず,これに保身が加わると有害な人間になってしまう. 人に教えるときでも自分の生産性を上げるときでも重要な視点だと思う.

ichonan at 00:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 

2010年07月08日

思考の癖により学習能率が落ちるケースの克服

ある程度の技術や知識が身についた後では,自然に楽をしようとし,できるだけ今までに身につけた知識の範囲内や技術の範囲内で対処しようとする. 今までに身につけたものの微調整によって最初のうちはうまくいくことが多いんだけど,本格的な成長をしようとすると暗礁に乗り上げて学習が進まなくなる.

例えば英語をローマ字発音や直訳で解釈しようとすると,英文の暗記などは初期のうちから簡単にできる. だけど,実際に話されている英語のリズムや音に敏感になれなかったり,英語のニュアンスをなかなか把握できなかったりするようになる. 熟達者の真似という広い範囲を身に付けようとする経験が不足したままになりやすいから. 短距離走のフォームにしても,バスケのドリブルにしても,サッカーの重心移動にしても,似たようなことがある. 周りから優秀とみなされて多額の報酬を得る場合でも,リーダーとしてリスクヘッジをする立場になると全く身動きができなくなったり他人に危害を与えたりするようになるのだ. ピアノを引くときの指の動かし方にしたって,指と音をリンクさせる訓練ができていないと,まともなものは身につかないのだ. もっと身近な例では計算機のキーボードのタッチタイピングなどが当てはまるだろう. どんなに訓練しようとも,ローマ字変換のタイピングとホームポジションを知らなければ上達は極めて遅い.

たぶん,一部の人は10歳ぐらいになったらこのあたりの暗礁に乗り上げる経験をする. 20歳にもなれば,大抵の人は経験していると思う. 手ほどきを受けたり自分で分析したりして正しい型を身につけることはなかなかできない. 自分で分析できる人の場合であっても,単調な基礎訓練をしなくてもどうにかなってしまう場合や逃避が可能な場合にはサボってしまうだろう. 逃げ道がある場合の訓練を自律的にやるのはけっこう大変だ.

どんな場合に幼い頃に身に付けなかった基礎を身につけることができるか. どんな場合に既に身につけた知識や技術に足を引っ張られるのを防げるか. これはきっと,大人の勉強にとっては非常に重要な視点なんだろう.

一つのパターンは,基礎訓練自体が面白い場合. そういう場合には自然と身に付くだろうけど,状況が限られてしまう. 耳から入れる音が気持ちよいとか,その訓練が今まで自分が知らなかった強力なストレス発散方法になっているとか,そんな場合に限られる. 実利に結びつきにくいものや社会的評価が高くないもの,例えば男の女装とか演劇とかならば,今までに身につけた知識や技術に足を引っ張られにくいと思う. でも,実利に結びつきやすいものの場合はどうだろう. 仮に訓練自体が面白いとすれば,とっくの昔に始めているだろう. だから,たぶん訓練自体は面白くない. もう一つ当てはまるのは,今までに知らなかった世界に関するもの. 携帯電話の複雑な機能を使いこなす婆さんってけっこういる. 僕もそうだが,子育てが楽しくてしかたない人って結構いる. こういう場合,よっぽどの変わり者でない限り,学習の邪魔になるような知識や技術はほとんどない.

次の二つ目のパターンは,訓練の成果がわかりやすく,我慢する期間が短いことが明白な場合. タッチタイピングなんてその典型だろうし,野口悠紀雄氏が提唱するノウハウにも近いものがある. 要は,人間の怠惰な性質に対して寛容な訓練ならば,それを意識できれば済む. 大人になってからでもどうにかなる.

三つめは習得や学習自体が面白い場合. 面白いというのは,大抵は,強い興味(意欲ではない)があるか,成長が手に取ってわかる場合. これには知的好奇心や頭の良さが強く影響する. 成長が手に取ってわかるというのは,正しい練習をやっており,少々の工夫すればどうにかなることが多いだろう. 英語の音やリズムになれるなんてDSの英語ソフトをやっていれば成長がわかりやすい. ピアノの演奏ならば欲張らずに単純な指の動きを練習すれば成長はわかる. 整理整頓についても地道に作業できる人ならばどうにかなるし,投資に関しても冷静な人ならば成長する. 数学だって,記号の扱いに慣れることや定義(定理ではない)を明確に理解することの比重が結構重いのだ.

優秀な教師というのは,これらの視点を踏まえた教育を行えているんだろう.

上記の工夫ではどうにもなりそうにないものは,目を背けるために知識や技術を使っている場合だろうか. 人によっては,身につけたものが手段ではなく信仰であり,最良のものでなければならないのだ. そうでなければ否定されてしまうようなキャリアを積み重ねてきたのだ. そういう場合には,誠実さが欠けている場合,成長自体が苦痛になる.

ichonan at 00:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>半端な思考実験 

2010年07月07日

ブログなどの文章を書くとき

典型的にはブログなんだけど,構成を考えずに文章を書き始め,考えながらどんどん書きつづけ,最終的な編集作業をしないということがある. どうでもよい内容ならまだしも厳密さや一貫性や説得力が求められる文章としては読めたものではなくなってしまうことが多い. そういう書き方をするときに,多少なりとも後で読める文章にするにはどうすればよいだろうか. 読者にとって読みやすいものにするにはどうすればよいか. ちょっと考えてみよう. ただし,本当に高度な内容や複雑な内容になると別の話も出てくるので,ブログレベル限定で考えよう.

まず,扱っている題材はなにか,扱っている問題は何かを読者と共有しよう. 2chのスレッドや日常会話とは違って,ブログの場合にはこちらで話題を振るのだから,ここを蔑ろにしたら読者はついていけない. その半面,書く側は,とくに僕のように個人的なメモとして書く場合が多い人の場合には,問題提起の部分をざっくり省略してしまうことがある. 省略してしまうと読者にとってわかりにくいだけではなく,後で自分で読んだときにもわかりにくいのだ. 最初に書いた当時の自分の頭の中の脳内設定を瞬時には思い出せないのだ. 昔のメモが出てきて読み返しても意味が分からないことが多々あるのも同じ理由からである.

次に,報告なのか,主張なのか,感想なのかを意識しよう. 報告やログの場合や感想の場合には,この区別が少々杜撰であっても害は少ないけど,主張のときに報告や感想としての文章が多いと何を言いたいのかわからなくなってしまう. そして,主張という形で書くからには,結論も明確である必要がある. そうでなければ主張にならない. まとめると,主張なのかそうでないのか,主張ならば結論は何か,これを最低限意識するのが得策である.

さらに主張の場合には,その主張の論証が要る. 特定の主張に対する反論の場合には論理矛盾の指摘や事実の指摘や必然的に導かれる結論の指摘で事足りる場合が多い. だけど,「○○すべきである」という主張のときには,論証は得てして膨大な知識や調査や高度な思考が求められる. この段階までなってしまうとブログのネタではないだろう. ただし,「こんな案はどうでしょう」というネタ振りとして書くのであれば,論証とまでいかなくとも,重要な事実や個別の話を提示するだけでもよかろう.

ichonan at 23:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) <個人用>備忘録 | ちょっとしたノウハウ

2010年07月05日

2010年7月11日に投開票の参議院議員選挙比例区の無効票の中身に興味がある。「高橋尚子」票がどれくらいなのか。

元(?)マラソン選手の高橋尚子という人がいる。 現役時代は遅咲きながらトップの実力で、好感度も非常に高く、しっかりとした頭も持っていると見える人である。 こういう有名人はたぶん事ある度に立候補を打診されるのだろう。 参議院議員選挙の今回も話題になって、当然のこととして打診をことわったという話が流れた。

ここまでだと毎度のことなんだけど、今回は実際に立候補した人との比較という形で結構な話題になってしまった。 今回の参院選は元スポーツ選手の候補者が妙に多いから。 あれ、あの人ってもしかしてまだ現役だっけ?

他の人の発言と高橋尚子の発言を比較する機会を得た人が結構多かろう。 僕も比べて読んだ。 選挙期間中なんで評論はしないけど。

高橋尚子氏にいったいどれくらいの無効票が入るんだろうか。 ものすごく興味があります。

ichonan at 00:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時事・ニュース | as 民主主義社会の市民

2010年07月02日

岐阜県可児(かに)市の「いじめ」事件。重要なことをマスコミが伝えているとしたら、中学校の教師(地方公務員)による犯人隠匿・証拠隠滅事件と言ったほうが適切か?

一応ニュースの検索と購読している新聞読みはしたけど,丹念な調査や足を動かしての調査はしていない. だから,かなりはマスコミ報道に頼ってる. そのあたりはご容赦を.

自分が勤める中学校の生徒が被害者であるにもかかわらず,集団での強制猥褻事件の加害者を積極的に警察に突き出しもせず,被害者に対する配慮を欠き,率先して証拠を隠滅した教師(地方公務員)がいるとみられる報道があった. 強制猥褻の犯人は犯行を認めているという. だけど,逮捕・補導されたというニュースを聞かない. 検索しても出てこない. 岐阜県警はアホなんでしょうか. それともマスコミの怠慢?

いじめ:中1女子生徒を裸にして撮影 岐阜県の公立中, 6/29, 毎日新聞
岐阜県内の公立中学校1年の女子生徒(12)が、2年の女子生徒ら5人に呼び出され、椅子に縛り付けられて衣服を脱がされ、その様子を撮影した動画が少なくとも十数人の生徒にメール送信されていたことが分かった。生徒の家族が28日、県警に被害届を出した。同校の校長は毎日新聞の取材に「いじめ行為はあった」と認め「事前に察知できず、申し訳なかった」と謝罪した。
(中略)
学校側は21日に被害に遭った生徒から相談を受けて調査。5人とその両親がいじめ行為を認めたため、学校側が21日夜に被害生徒との面会の場を設置。5人と両親は謝罪の意思を示したという。

学校はメールを受信した生徒らに動画を削除させた。校長は「二度といじめが起こらないよう再発防止策を考えたい」と話した。被害生徒の母親は「許せない。いじめられる側の立場になり、法の下で責任を取ってほしい」と話している。
校長「察知できず」 可児の中学校いじめメール◆生徒の家族、被害届を提出 6/30, 岐阜新聞
可児市内の中学校…
(中略)
…29日までに明らかになった。 同市教育委員会と学校が同日、市内で会見、校長が「事前に察知できず申し訳ない」と謝罪し、人権教育を進めるとともに「情報機器の正しい使い方を、家庭と連携し指導したい」と話した。
(中略)
動画は学校が送信先を調べ、すべて削除したという。 (以下略)
これって「強制猥褻」ってやつですよね? 脅迫部分が立証できなくても被害者が12歳なので「強制わいせつ」ってやつですよね? しかも5人でやっているってことは親告罪には該当しませんよね?

校長の言う「二度といじめが起こらないよう再発防止策を考えたい」「情報機器の正しい使い方を、家庭と連携し指導したい」ってのは,メディアが重要な部分をカットしていないとするならば,この校長が本格的に腐ってることを如実に表している. なぜ, 「学びの場から凶悪犯罪者を追い出す.」 「何としてでも被害者の学習環境を回復させる.」 という言葉が校長の口から出ないのだ. なぜ, 「警察に通報した.捜査に協力する.」 と言わないのだ. こんな人を教育の場にいさせちゃダメだ.

いいですか。 事実関係がはっきりしないから慎重にというわけではないんです。 事実関係を把握しておきながらこの対応なんです。

ニュースを見る限り教育委員会は機能していないみたいですな. 教育委員会が動かないんならば,市議会議員よ,議会でごねろ. ごねて校長をクビにしろ. それくらいの実質的な権力はあるだろ.

出典のリンクが切れて見つかんないけど,岐阜県警は児童ポルノ法違反で調べるつもりらしい. 報道を見る限り,中学生による強制猥褻と,校長を主導者とする犯人隠匿と証拠隠滅というのが事件の本質のように思えるが.

それにしても,なんでマスコミは関連する加害者側の成人の実名を隠すかね. 中学生の実名を隠すのは法律上はわかるが,校長や教育長の名前まで隠すのがわからん. ひどいところになると市名まで隠している. 教育長の名前は岐阜新聞では出していたけど. ちなみに「可児」は「かに」と読むらしい。 教育長は「井戸英彦」らしい(人のマークのテレビ局の報道による)。

そもそも、この事件を「強制猥褻」と表現せずに「いじめ」と表現する神経がわからん。


参考までにもっと書いておこう。 僕には近い身内に地方の有力者がいる。 そんな僕が公立中学校で軽い怪我をしたときのことだ。 原因は100%相手方にあるんだけど、僕としては怒るほどのことではない。 軽い悪ふざけの途中でミスったレベル。 僕としてはその場で「ふざけんな!」と言って一回頭をはたいて終了レベル。 でも,怪我の場所が顔なので家に帰るとばれる。 僕の顔を見た有力者激怒。 手が付けられない。

手が付けられない。

その間も議会や各種委員会は開催される。

後日、「担任の”いい”先生」と「”仲の良い”友達」と「その母親」が我が家に訪れる。 幸い有力者は外出中だ。 ”こちら”が平謝り。 ”いい”先生に土下座なんてさせてはならない。 ”いい”先生の首を切ってはならない。 うちの母がこんなにも低姿勢で丁寧な姿を見たのはこのとき以外にない。 普段は甘やかされたお嬢様でも、このあたりは流石に有力者の娘だ。

相手がクズなら容赦しなかっただろうけど、僕にとっては別に大したことじゃないし、相手も悪い奴じゃないから。

相手がクズな場合には、有力者が動けば妥当な処分が下されると思うよ。 今回の可児の件でも、市長や助役や有力議員や警察幹部や検察幹部がちゃんとした人ならば、加害者側やそれを隠匿した側は教育の場から排除されると思うよ。


最後にもうちょっとだけ書いておこう。

僕の娘が同じような被害にあって,その上に今回のように被害者を蔑ろにしている場合には、僕は校長いるとしたら共犯の教師を刑事告発するだろう。 ビバ!国家権力! もちろん議会にも可能な限りの働きかけをする。 保護者に関しても,仮に凶悪犯を擁護するのであれば,可能な限りの損害賠償の請求をする. この件は親から虐待された子供がするような犯罪じゃないしね. 仮に保護者が凶悪犯を擁護するならば,保護者の職場にも雇用者としての責任をとることを求める.

それにしても酷い事件だ。 公立学校の悪い部分だけが凝縮されたような事例だ。

ichonan at 00:02|PermalinkComments(2)TrackBack(1) 時事・ニュース | as 民主主義社会の市民