その数学が戦略を決める (文春文庫)

著者はイェール大学の計量経済学者である。ワインの価格、野球選手の評価、生保のデフォルト率、映画の成功確率など様々な分野で回帰分析を用いた予測が行われ、それが専門家の「直感的な判断」よりも良い成果を挙げている事例を多数紹介している。そして、膨大なデータに用いたテラマイニングの考え方に慣れ、経験による判断と巧く組み合わせる事の重要性を指摘している。

著者が紹介した事例の中でとりわけ目を引いたのが「ダイレクトインストラクション」である。ダイレクトインストラクションとは、10~15人の(主に)小学校低学年児童を1単位として、教師に「マニュアル通り」の授業を行わせるものだ。(教師が裁量的に教育する余地は無い。)

指示内容や質問項目はおろか、授業のテンポまで教師は「マニュアル」に従う事によって授業を遂行する。1分間に最大10個の質問をする事で、生徒は怠けている暇が無くなり、結果として「従来のカリキュラムで成績が悪い生徒」ほど、ダイレクトインストラクションには効果的である。

この教育方法、過去の膨大なデータとそれを用いた研究成果が利用されており、極めて「科学的手法」によって作られたものである。

この効果についてだが、読み・書き・計算等の基礎的な学力は勿論、高次の思考力(知らない単語を前後の文脈から類推する能力など)についても、情緒面(主に自尊心)についても比較対象の教育法より良い成果を挙げている。

一般に、こうした「方針」に基づいた教育は「生徒の個性をなくす」と言って批判されているが、ダイレクトインストラクションを見る限り、そうでもないらしい。

『中国の「私塾」と教育制度』(政治学に関係するものらしきもの)でも指摘されている通り、教育の最初は先人の成果を真似て覚える事からである。噛み砕いて言えば、「基礎なくして応用なし」というところか。(研究の分野でも同様で、Googleの論文検索エンジンであるGoogle Scholarのトップページには、シャルトルのベルナールの言葉である『巨人の肩の上に立つ』という言葉が書かれている。)

彼は「詰め込み教育」について論じているわけで、ダイレクトインストラクションの話をしているわけではないが、本質的なところは共通しているだろう。

こう言えば、「じゃあ何で日本にはグローバルに活動出来る人材が育たないんだ?」みたいな反論が起こりそうだ。これに対する明快な解を持たないが、アメリカを例に言うなら、「良い人材に育てるのが上手い」んじゃなくて、「良い人材を集めてくるのが上手い」と思う。決して日本人が劣っているわけでもなく、決してアメリカの教育方法が先進的なわけでもなく、「良い人材をいかにして効率的に集められるか」というところに差が出ているのではないかと思うのだ。

しかも、日本の場合、ゆとり教育を始めてから国際比較による学力の低下が叫ばれているし、反対に、諸外国ではダイレクトインストラクションや公文式なんかが注目されていたりするわけだ。


え?ダイレクトインストラクションなんてやったら、「教師の存在意義がなくなる」って?確かにそうだろう。著者もその辺りは指摘している。アルバイトでも何でも出来る仕事になるわけだから。

これが良いかどうかは検討の余地があるけど、少なくとも、公的教育投資を抑えて、かつ、教育効果を高めるという一石二鳥というメリットはある。教師という職業に専門性がなくなるわけだから、教員免許なんてものが不要になり、結果として新規参入が容易になり、賃金も下がるだろう。


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 経済ブログへ