May 19, 2005
[Mushiking]

パサー(ムシキング)つまり悪役とは、すべてにおいて正論を語れなくてはならないのである。

てなわけで、甲虫王者ムシキング。お子達向け番組、なハズだった、筈だったのにぃな番組に益々なってまりまして、私としてはある意味とてもとても楽しみにしている番組ですよこれ。なにが良いって、パサー。こんなハードな悪役こそ見たかった。
はい、最初っからの登場、なんと彼らにも生活があること、これ、結構重要ですな。人形つくってお出かけです。

とりあえず、旅情モノの定番としていきなり寒村発見、2コマで動く風車が哀愁を漂わせます。どうやら前半はスタッフさんかなりギリチョだったようで。でもまあムシキングはこれでも一応「広報アニメ」であり、後半はオキマリが存在するので前半はそれに向けた積み重ね。

いきなりカマキリさん大立ち回り、彼らは3Dじゃないのね。
あー、なるほどこれは大変そうだw
自然の動きに合わせて、仕方なく居を変える民たち。「人」を虫と等身大にするというIFの結果の一つですな。

この番組のテーマは自然をどう扱うか、なようですが、多種多様な意見があるかと思いますが俺的にかなり近い感覚だったりして。思い出話ですが、小学生のとき長野の高い山に登山したとき、生活環境と切り離された実感と眺めた雄大な風景に、子供心に自然にゃかなわねーなぁ、という記憶が刻まれており、自然保護やらのこの手の話を聞くたびに思い出します。
自然なんてモノは何も考えず語らずただ存在するだけでして、そこに関わる「自らの生活」だけが重要なんじゃねっすかね。

さて、そんなカタリはどーでもよくて、食料確保に出かけた一行に対してまたもや背後からパサー登場!まってました。
いいねぇ、パサー。その語り口調が良い。声は長嶋さんという方なのですか。毎回どこからともなく「もう一つの正論」を語って登場。
んで森の民同士の戦闘シーン、これだけ動き回るとなると今話は確かにスタッフさん大変そうだw

でもってパサーとポポ、穴に落ちます。いい展開だ! しかも、単に落ちるだけではなく2段階で落ちるところが、次に彼らが置かれる環境をより具体に表す。思ったんだけど、とても難しい演出をする番組だね。お子達に対して純文学聞かせているくらい。まぁ、台詞だけでダーラダラ状況を語るだけの脚本・演出が多い中、うまさが突出してます。すてきだ。
さあ、いままでパサーは「まさに外道」だけ突出した悪役でしたが、さらに悪っぷりを磨く絶好のチャンス。
運命と滅びの正論と無垢の少年の軸が定まらない語らい、そしてその時間軸を破壊するように水かさが増し、ポポもパサーも死ぬかもしれない、ポポは必死にもがき、パサーはただ座り、悠然と運命を語り嘲るのみ。
あぁしびれます。さあ、どうでるパサー、どうなるぽぽたん。

あ、ポポたん助けた。

えー
パサーは悪ぶった善やないとおもてたのに、と正直がっかり。

・・・というのはミスリーディングだと後で気づかされました。
よう考えてみりゃ、決して助けてなんかいないわけですよ、多分。
パサーにとって「生」とは滅するものであり、滅するは運命ってことだ。その純粋に信ずる運命に逆らうことを理解する必要すら考えない。ポポにはその滅する事から運命の苦しさへもう一度放り込み、自らは運命に殉じ滅する、と。穴が小さすぎる、とつぶやくのも、運命によって滅する期待というか、そういうのを表す台詞なんじゃないかな。
でも彼はその滅から見放されます、つまり助かる、と。だからこその最後のセリフですな。なぜ自分が生き延びたか、俺の運命ってなんやねん、と。

いやー、悪役として素敵すぎる。悪役ってのは、先に言った「正論を語る」と、もう一つ、「信じる正論以外に悪意があってはならない」ってのが俺的悪役論な訳ですがまさにパサーですよ。信ずる正論を通すだけだが結果として人を傷つけたり、今回のように「信ずる正論を通す結果として善側を助けてしまうように見える」こともある、これこそがヴィレン、それでこそヒール。

ていうかこの番組にはつまりが、善悪は実は存在してませんな。
ひえー難しい。でも、こうしないと自然は語れないのかもしれん。なにぶん、少しでも思考停止すると人間のエゴだけの話になりそうだし。そういう意味では、かなり面白いアプローチなのかもしれませんね−。

てなわけでパサーをIllustratorで引こうと思ったんだけど緑の顔色ってムズい、とか思いながらふといくつかの昆虫を思い出しながら「奇麗なメタリックだよな〜」なんて思ったりして。結果、なんでかメタリックなパサーができてしまったw
無意味に壁紙にしてあります。もちろん、これが俺の現在のデスクトップイメージw

来週はおにゃのこ悪役登場のようですが、パサーをも超える悪役っぷりを期待したいところであります。