笏谷石(しゃくだにいし)雑記帳

 『笏谷石を訪ねて』の HPを管理する
  稲葉デザインルームの笏谷石(しゃくだにいし)雑記帳です。
  笏谷石を通して見えてくる歴史や文化、
  そして福井市の“まちづくり”についていろいろ書いてます。

2010年06月

笏谷石の井戸枠(1)福の井

4月12日の、「福井城での笏谷石の利用について(1)」でもご紹介しましたが、
これは、福井の地名の由来となったとされる「福の井」です。
笏谷石(しゃくだにいし)製の井戸枠としては、最大のもので、天端は井桁になっています。
サイズは、約288cm角に高さ約72cmです。
100628fukunoi

昭和23年に福井市が建てた福井城天守閣跡の石碑には、「ここにある井戸は福の井と稱せられ當城の改築以前からここに存し 名井としてしられていた 寛永元年(紀元一六二四年)當地の名稱北ノ庄が福井に改稱されたが その由来はこの福の井の何因んだものと傅えられている」と書かれています。但し、福井の地名の由来としての確証はないらしく、他の説があるそうです。
100628fukunoihi



より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

光明寺用水(2)芝原上水(用水)の当時の面影

芝原上水(用水)は、越前福井初代藩主の結城秀康が国家老の本田富正に命じて、
福井城下の飲料水とお堀の水の確保を目的に生活用水兼農業用水として
開削された用水で、「御上水(おじょうすい)」と呼ばれていたそうです。

6月17日に、ご紹介した光明寺用水は、
芝原用水の城下町へと引き込まれた内輪用水の支線のひとつです。
100623komyojiyosui01

芝原上水(用水)が、完成したのは、福井城(築城当時は北庄城)が
完成した翌年の1607年で、江戸の神田上水(1590年)と並び、
日本で最も古い水道と言われています。
100623komyojiyosui02

光明寺用水の説明板によると、この光明寺用水の整備事業の際に行われた
1999年の発掘調査で、開削された当時(慶応年間)の用水の姿が現れ、
当時の用水路の状況を知る貴重な資料となったそうです。
幅1.8mの底部には、笏谷石(しゃくだにいし)の割石が敷き詰められ、
両側にも整った笏谷石(しゃくだにいし)の石垣が積まれていました。
この発掘調査の時に出土した笏谷石は、階段やベンチ・看板の基礎に使用され、
今後も末永く親しまれる用水として整備されました。
100623komyojiyosui03



より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

光明寺用水(1)美しい街の景観

福井市宝永に流れる光明寺用水は、
福井藩初代藩主の結城秀康の命により作られた、芝原用水の一部です。
100617koumyoujiyosui01

用水は空襲や地震の影響で荒れていたそうですが、
平成7年から整備が行われ、
笏谷石(しゃくだにいし)で護岸が作られるなどきれいになり、
平成13年には、福井市景観賞も受賞しています

光明寺用水の一角では、笏谷石(しゃくだにいし)の車止めが活躍しています。
笏谷石(しゃくだにいし)とベンチが置かれた、
地域の方がゆっくりできる場所も作られています
100617koumyoujiyosui02

用水に降りる事の出来る階段もあり、
笏谷石(しゃくだにいし)と水のベストな組み合わせを
楽しむ事の出来る場所です。

福井市には、まだまだ笏谷石(しゃくだにいし)による
美しい景観がたくさんあるようです


より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

福井市の中央公園と笏谷石(2)

2010年5月27日に書きました、
福井市の中央公園の一部の日本庭園(ホテルフジタ福井の前)を見てきました
100614teien

塀の部分に笏谷石(しゃくだにいし)らしい石が使われていました
ホテル側にある洋風の街灯の台にも、笏谷石(しゃくだにいし)らしい石が使われていて、
笏谷石(しゃくだにいし)の公園と言ってしまいそうです(*´Д`*)。
ただし、中国産・・・(笑)

公園内の池には白い石が敷かれ、枯山水庭園として、きれいに整備されていました。
また、歩道側にはAPEC歓迎のためのに
福井市の花である「紫陽花」の鉢がおかれて、とても奇麗でした。

新しく整備された福井市の中央公園の日本庭園が
市民が気軽に立ち寄れる憩いの場になるといいな〜と思います
ただし、笏谷石(しゃくだにいし)らしい石は、中国産だそうです。(笑)


より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

「お堀の明かり」2010年7月18日(土)に開催!!

2010年6月10日の夜、
お堀の一部にキャンドルが灯されました
100611fukuijyouakari

これは、2010年7月18日(日)の夜に行われるライトアップイベント
「お堀の明かり」の試験点灯でした。

2010年7月19日(月)は、福井空襲から65年になることから、
「お堀の明かり」は、
400年前に福井城が築かれたころを偲びまちづくりを行うとともに、
福井空襲や震災で亡くなられた方々に鎮魂の祈りを捧げることを目的としています。

この笏谷石(しゃくだにいし)の石垣のお堀は、
今では想像もできないほどの光景を見てきたんですね。
100611ohorinoakari

キャンドルは、ペットボトルを使って浮かべられ、
風が吹いても、簡単には倒れないように工夫されていました。

今回の試験点灯では、45個のキャンドルが浮かべられていました。
ほのかな光があるだけで
笏谷石(しゃくだにいし)の石垣も
いつもと違った雰囲気で見る事が出来ました。

本番はもっと多くのキャンドルの光を見る事ができます。
光と笏谷石(しゃくだにいし)の共演を見る事が出来ます


より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

笏谷石で作った、これ何〜だ!!

100609kajitani

笏谷石で作った、これ何〜だ!!
答えは・・・踏臼:ふみうす、です。
昔、米を精米する時に使った道具です。
踏臼は石製のものが多く、
これは笏谷石(しゃくだにいし)製の踏臼です。

「長木の一端に杵をつけて反対側を足で踏み、てこの原理を利用し、
 杵の部分で踏臼を打つようにして米を精米していたんだよ。」
と、6月7日に梶谷石材店にうかがった時、ご主人に教わりました。
ご主人は、この踏臼を使って実演しながら説明をしてくださいました
そういえば、米を精米する事を「米をふむ」と言うんだよ
とおっしゃられていました。
この言い方は、踏臼で精米することから
言われるようになったのかな

笏谷石(しゃくだにいし)の踏臼は
確か・・・瀧谷寺(坂井市三国町)にもありました
下の写真は2009年10月24日に撮影した
瀧谷寺の本堂拝観のための玄関口です。
100609takidanji



「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

笏谷石で作った耐火金庫

福井県のみんなで福井を考える総合ポータルサイト
「考福学ノススメ」のホームページで
宝の小冊子/オリジナル編/みんなに伝えたい宝として
「笏谷石(しゃくだにいし)で作った耐火金庫」が、紹介されていました。

ぜひ、見せて頂きたいなぁ〜。

詳しくは、こちら
http://kofukugaku.pref.fukui.jp/know/archive/detail.php?ID=21

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

芝原上水(用水)の権現川

2010年6月4日に、福井市田原2丁目の権現川を見に行きました
が、残念なことに・・・
権現川の黄菖蒲はもう終わりかけでした。
満開のころを想像して、今日のところは我慢です。
100607gangengawa02


権現川は、福井藩初代藩主の結城秀康が、福井城下に作らせた芝原上水(用水)の一部です。

その歴史のある川を再生し、親水ゾーンとして市民の方々に親しまれる場所にするため、
「平成17年度 水と緑のネットワーク事業」の一つで権現川は整備されました。
再生には地元の方々も参加されるなどして、権現川を守っていこうとされています
100607gongengawa01

権現川の縁石に使われている石は笏谷石(しゃくだにいし)です。
福井駅を整備した時に発掘された、福井城お堀跡の笏谷石(しゃくだにいし)を
再利用して使っていて、ところどころに、刻印を見る事ができます


より大きな地図で 笏谷石雑記帳ブログ地図 を表示

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

笏谷石色のポスター(2) 一乗谷 DISCOVERY PROJECT

3月の末にご紹介した、笏谷石(しゃくだにいし)の色を使っている
「一乗谷 DISCOVERY PROJECT」福井観光イメージアップポスターについての記事が
ブレーンという雑誌の2010年7月号に載っていました。オオーw(*゚o゚*)w

福井市一乗谷朝倉氏遺跡
「何もないことが魅力的」何もないからこそ・・・
時空を超え、昔(室町時代〜戦国時代)、一乗谷に住んでいた1万人の人々の幸せな暮らしが“想像”できる。何もない場所も豊かな空間に変わる。それこそが「一乗谷 DISCOVERY PROJECT」のアピールポイントだそうです。

一乗谷での暮らしの中にも、多くの笏谷石(しゃくだにいし)が使われ、また笏谷石による石造、石彫文化も開花しました。
一乗谷の空間に身をおいて「昔、暮らした人々の日常に思いを馳せる」
“想像”するって、とっても素敵です。

そのためには、その時代に笏谷石(しゃくだにいし)が、どのように使われていたか、
もっともっと知りたくなりました。知らないと想像できませんから
そして、これからも笏谷石(しゃくだにいし)文化について、学びつづけていけたらと思っています。

みなさんと一緒に、何もない場所!?!?福井!?!?(笑)が、豊かな空間に“想像”&“創造”していけたらいいですね。

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

笏谷石の採掘・採石に使った石工道具

先日、写真を整理していたら、
今年の1月に福井市自然史博物館の館長さんをお訪ねした時
許可を頂いて撮影した写真が出てきました
笏谷石(しゃくだにいし)の採掘・採石に使った石工道具が展示されている写真です。
100604dogu2
100604dogu1

石工道具の詳しい説明は、
・「笏谷石造りをたずねて」1993年版 大久保まさ子著
・「笏谷石文化」1988年版 福井の文化財を考える会編
などの著書で読む事ができます。
興味のある方は、是非読んでみてくださいね。

2010年3月21日、5月16日に行われた『歩くざふくい』stage2福井の暮らしを支える青い石「笏谷石」のまち歩きの時にも、梶谷石材店のご主人が石工道具の使い方を実演してくださいました。
100604kajitani


昔の石工さんたちは、すべて手作業で採掘を行っていたなんて・・・
とても、過酷な作業だったのでしょうね(((( ;゚д゚)))

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

笏谷石風のクッションフロア(床材)!?

ある方から、
笏谷石(しゃくだにいし)風のクッションフロア(床材)があるらしいと聞きました

未確認情報なので、何かご存知の方はいませんか?

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02

『歩くざふくい』stage2のまち歩きの様子が見られます

まちづくり福井株式会社さんのホームページ(まちなかイベントのページ)から
2010年3月21日に行われた『歩くざふくい』stage2 福井の暮らしを支える青い石「笏谷石(しゃくだにいし)」の様子が動画で見る事ができますよ。

ここでも、ご紹介します。



「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

ホームページはこちら↓
link_syaku02
記事検索
プロフィール

ふくい笏谷石の会・...

  • ライブドアブログ