笏谷石(しゃくだにいし)雑記帳

 『笏谷石を訪ねて』の HPを管理する
  稲葉デザインルームの笏谷石(しゃくだにいし)雑記帳です。
  笏谷石を通して見えてくる歴史や文化、
  そして福井市の“まちづくり”についていろいろ書いてます。

笏谷石を訪ねて

ポレポレベーカリーさんの新しいお店に笏谷石が!!「しゃく丸」も訪問。

ポレポレベーカリーさんから、
「ぜひ、美味しいパンを食べに来てね!」と「しゃく丸」にお便りが・・・。
ポレポレさんの新しいお店には、
御手洗いと玄関の床に笏谷石(しゃくだにいし)が使われているんだよ。。。
きれいな笏谷石の青緑色だぁ。。。

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そして移転OPENの「パンまき」が、2015年2月22日(日)に、行われました。
しゃく丸も、「パンまき」のお手伝い。
ポレポレベーカリーさんの移転オープンは2月24日(火)です。
場所は福井市花堂南一丁目3-6
ベル前の花堂わらびの向かい側の白い建物です。

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「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

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4/5(土)しゃく丸の、生まれ故郷、足羽山で、いろんな方との出会いがありました。

4/5(土)に、朝までの雨と強風から一転した、青空が広がってた
足羽山に、「しゃく丸」が、行ってきました。

笏谷石から生まれた、狛犬の「しゃく丸」の生まれ故郷は、足羽山!!です。

ちょうど桜が満開で、 とっても・・・きれいでしたよ。

たくさんの“出会い”に・・・ありがとう!!
一緒に写真撮って頂いた皆さんに感謝。感謝。。。

笏谷石を紹介する子ども向けの映像教材も撮影もおこないました。
足羽神社さんや自然史博物館さん、継体天皇像の所におじやましまして、
足羽神社の宮司さんや、石工の梶谷さんに、お話いっぱい聞いちゃいました。

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そして、そして。。。。
足羽山の茶屋さん、[あたらしや」さん、「大久保茶屋」さん、
おもてなし頂いて、ありがとうございます。

しゃく丸、うれしくて、うれしくて、はしゃぎまくり。。。

おそばに、とうふの木の芽田楽、こんにゃくおでん。おいしかったです。

やっぱり、足羽山のお花見と言ったら、「木の芽田楽、こんにゃくおでん」ですよね。
食べるのに夢中になって、写真撮るの忘れてしまいました(笑)

そして、この出会いの中で、大久保茶屋の「りゅうと」くん(幼稚園にかよってる男の子)が、
しゃく丸に絵を書いて、プレゼントしてくれました。
しゃく丸も、うれしそうで。特徴のあるしっぽとお尻をフリフリ(笑)

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↑写真は、「しゃく丸」が、似顔絵を書いてもらっているところです。[絵/りゅうと君]

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文化財保護センターの常設展示室

文化財保護センターで、2012年11月4日(日)に
常設展示室がオープンするそうです!!

その中の、第3展示室が笏谷石の展示になっていて
「笏谷石の世界」という展示になっているようです。

詳しくは、「市政広報ふくい 平成24年10月25日号(No.1382)」の
表紙をご覧ください。
市政広報ふくい「福井市」


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ミニチュア・・・

土曜日の朝、
再放送の「ふくい浪漫 い〜ざぁええDay」を見ていたら、
一瞬ですが、笏谷石がでてきました!
ゲストが「原千晶」さんの回です。
第286回 原千晶 海の香りのものづくり「福井テレビ」

「オーロラ印の味付たら」を製造販売している
「海産物処マルハヤ」で、専務さんの趣味のお話をしている場面です。
海産物処マルハヤ

専務さんは、ミニチュアを作ることが趣味で、
福井の食べ物などのミニチュアを作っているそうです。
その中の一つに、部屋のミニチュアがあったのですが、
玄関から部屋の中に入る踏み石に本物の笏谷石を使っているとのことです。
とっても見てみたい作品です(*´∇`*)

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「ふくい市民活動基金」助成事業成果発表会へ行ってきました。

2012年4月21日に
「笏谷石まなびガイド」を作る際に、助成していただいた
「ふくい市民活動基金」の成果発表会へ行ってきました。
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助成していただき、ありがとうございました!

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笏谷石まなびガイドの紹介ページが出来ました!

平成23年度「ふくい笏谷石(しゃくだにいし)の会」では、
子どもたちのための笏谷石(しゃくだにいし)ガイドブックを製作しました。
すごろく付き「笏谷石まなびガイド」ができました!!「笏谷石(しゃくだにいし)雑記帳」

というわけで、
「笏谷石まなびガイド」を紹介するページが出来ましたので
ぜひ、ご覧ください!!
笏谷石まなびガイド「笏谷石(しゃくだにいし)を訪ねて」

すごろくの面も見ることができますよ!(●´ω`●)


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「家康の子」プロジェクトに笏谷石が!!

「家康の子」プロジェクトとは、
《小説から始まる新ブランド》だそうです。
「家康の子」プロジェクト進行中「走る!!福井県庁営業マン!!」
小説から始まる新ブランド。「「家康の子」プロジェクトFacebook」


そのプロジェクトの第3弾で、福井窯業さんの
「蘇生笏谷石(しゃくだにいし)福井の輝き」の商品が発売されていました!!
■酒杯「家康の子」
■塗箸「家康の子」
の2種類です。
「家康の子」プロジェクト第3弾!「蘇生笏谷石「福井の輝き」」

「家康の子」プロジェクトという
企画があることを今回始めて知りました(汗)

《第1弾》は
■地酒「家康の子」
■肴(越前うに)「家康の子」

《第2弾》は
■「家康の子」宿泊パック

があるようです!

新ブランド「家康の子」発信!「福井県Fukui Prefectural Government」


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「笏谷石を訪ねて」福井市国山(2)

「笏谷石を訪ねて」福井市国山(1)の続きです(*・ω・)ノ

国山町には、採石跡だけではなく
愛染寺や八王子神社があります。

愛染寺には、笏谷石のいろり等がありました!!
隣にある、八王子神社では、
四年に一度、「国山の神事」という
「ふくい民俗芸能等群認定制度」で認定された神事が行われます。
次回は平成25年1月3日だそうです。
国山の神事「福井県の文化財」

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笏谷石が使われた瓦斯燈が登場!!

2012年2月1日、
福井市のガス事業100周年を記念して
福井市役所の正面玄関に「瓦斯燈」の記念碑ができました。
表面には、笏谷石が貼付けてありました。

記念碑にある三つの球体が光るようで、
日没から日の出まで点灯されているようです。
福井市ガス事業(堅いタイトルですね・・・(苦笑))「福井市職員まちネタブログ」

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夜景が見たいですね。
求む!!夜の写真!!(笑)

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「笏谷石を訪ねて」福井市国山町(1)

昨年2011年の活動で、福井市国山町の採石坑跡を
元地権者の家系の方に案内していただき見学しました。
2011年5月14日(土)でした。
※参加者は、野外調査研究において安全性の確保されない場所があるため
自己責任においてこの事業に参加しています。


縦坑跡などがあり、採石されていた名残で、
尺六が積まれていました。

笏谷石は思っていたよりも青みがあり、
キメが細かい奇麗な石でした。
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※縦坑跡

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※機会堀り跡

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※尺六

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※石仏(安全祈願のためと思われる)


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笏谷石製「みちのく丸日本巡航記念碑」


 平成23年7月から8月にかけて、青森市のみちのく北方漁船博物館が建造した
北前船の復元船「みちのく丸」が日本海沿岸一道八県の港を巡航しました。
福井県では8月3・4日小浜、8月5日三国へ寄航しました。
 17世紀はじめから、福井の特産品の一つとして笏谷石が
三国港の問屋商人を通じて日本海沿岸の多くの地方へ移出され、
今も各地に多く遺存し、日々新しい所在確認の報告もされています。
 「みちのく丸」の日本海巡航を機会に三国港において当時の笏谷石の
移出を再現する計画を提案し、福井新聞社やみちのく北方漁船博物館ほかの
協力と支援を頂き実現することができました。
石碑は「ふくい笏谷石の会」が造り、8月5日みちのく丸の船長(船頭)に
送り状とともに託し、母港みちのく北方漁船博物館に建立されることになっています。
皆さん、博物館へ行かれた際には是非ご覧下さい。

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【記念碑の概要】
1.記念碑(尺六野面石)と基礎で構成
  ・野面石(のづらいし)とは、表面に採掘時の鑿跡をのこした状態の石をいう
  ・石碑の寸法は幅1尺、厚さ6寸、長さ3尺(基礎を除く)
  ・重量は記念碑約100Kg、基礎約65Kg 合計165Kg

2.碑文
  全面 「みちのく丸 / 日本海巡航記念碑 / 晴郷百参叟書」
      今も現役で103歳の 洋画家 豊田三郎翁(福井市名誉市民)の書で、
     「晴郷せいきょう」は雅号
  背面 「平成二十三辛卯年八月吉日 / ふくい笏谷石の会

3.送り状
   船積み時、船長(船頭)に託した送り状は、
   江戸時代三国の石問屋であった石屋文右衛門の送り状を摸して
   和紙に筆書きで作成し、折封に入れた古式に沿ったもの。


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動画、福井ガールへの道

“もっと福井を楽しみたい、もっと福井で女を磨きたいという女性達の、
福井的「いい女」道の動画サイト”「福井ガールへの道」を見つけました。

「福井ガールへの道」の中に、笏谷石がテーマの動画があります。
タイトルは、「笏谷石のように 大切な人を支えて美しく輝くべし」 です!!

都市戦略部 中心市街地振興課「福井市のホームページ」
q4rwrn さんのチャンネル「You Tube」



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「ふくい笏谷石の会」総会と「笏谷石公開講座」開催

2012年1月14日(土)に
「笏谷石公開講座」が開催されました。

テーマは「ふくいの狛犬〜笏谷石の造形と歴史〜」で、
福井県立博物館 学芸員の瓜生由起 氏が講師を務めてくださいました。

たくさんの方にご来場頂きました。有り難うございました。

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丸岡城の石瓦

2011年(平成23年)5月26日(木曜日)の「日刊県民福井」の新聞記事に
丸岡城の天守閣の屋根瓦についての記事が載っていました

その記事によれば、
福井大震災で丸岡城の天守閣が崩れた時、
笏谷石(しゃくだにいし)の石瓦も、ほとんどが使えなくなり、
全体の八割程度、新しくしなければならなかったそうです。
天守閣を復元する時、屋根の石瓦も復元したそうですが、
大半は、凍害に強く強度もある石川県産の「滝ケ原石」という
石で復元した
ということでした。

「大半は」ということは、少しは笏谷石(しゃくだにいし)の部分も
残っているのでしょうか(´?д?;`)
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今まですべての石瓦が笏谷石(しゃくだにいし)だと思っていたので、
驚きの記事でした。


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城東橋の馬

福井の町中を車で走っていると
笏谷石(しゃくだにいし)が使われている橋を発見しました。
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「城東橋」です。
笏谷石(しゃくだにいし)の上にあった街灯に馬の模様があり、
この馬の意味は何なのかと少し調べてみました( -д-)ノ
詳しくは、こちら↓
地区の紹介「福井市旭公民館HP」


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越前名物「笏谷餅」

突然ですが、越前名物「笏谷餅」という和菓子を見つけたので
さっそく、買いに行って来ました(*・ω・)ノ

越前名物「笏谷餅」は福井市加茂河原にある
越前菓子処「梅月堂」というお店のお菓子で、銘菓三選の一つです。
銘菓三選には、他に「足羽山」と「朝倉の里」があります。
「足羽山」は、笏谷石(しゃくだにいし)のふるさとで、
「朝倉」は、笏谷石(しゃくだにいし)の石仏などに出会える場所です。
どちらも、笏谷石(しゃくだにいし)と関わりのある場所の
名前のお菓子でした(笑)
越前菓子処「梅月堂」「梅月堂ホームページ」

越前名物「笏谷餅」
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箱の中に入っていた説明に
笏谷石(しゃくだにいし)と笏谷餅の関わりが書かれていました。

※説明文
「越前ゆかりの継体天皇は、その昔、笏谷山の石材採掘を勧め、
住民の生活を支えました。作業に精を出す人夫の家族は、
毎年お盆になるときなこ餅を作って、その労をねぎらったと
言われています。」

笏谷石(しゃくだにいし)の採掘をしていた地域では、
こんな習慣があったことを、はじめて知りましたΣ(=゚ω゚=;)

ちなみに、冷蔵庫で冷やして食べるとおいしくなるそうです。
更に、凍らせて食べる方法もあると女将さんもおっしゃっていたそうです。

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笏谷石と春(2)

「さくらの名所100選」にも選ばれている足羽川の桜並木も満開です。
足羽川の堤防に並ぶ桜のトンネルの一部でも
笏谷石(しゃくだにいし)を見ることが出来ます。

以前、このブログでも紹介しました、
福井城の石垣を再利用して作られた石灯篭ですv( ̄∇ ̄)v
福井城の石垣のゆくえ(5)足羽川の堤防「笏谷石雑記帳ブログ」
同じく福井の石である別畑石の石灯篭と共に並んでいます。
福井の桜と共に、福井の歴史の端々に現れる
笏谷石(しゃくだにいし)にも目を向けてみて下さい。

※桜のトンネル
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※笏谷石(しゃくだにいし)の石灯篭と桜
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※笏谷石(しゃくだにいし)の石灯篭と俵万智さんの短歌
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幕末のころ
足羽川の南側の河原には、桃林が広がり、
花が咲き誇る時期は、桃源郷のようだと言われていたようです。

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笏谷石と春(1)

現在、福井は桜が満開です(。・ω・)ノ゙

笏谷石(しゃくだにいし)と桜の共演も美しくなっています。
そこで、ほんの一部だけですが、
福井の桜と笏谷石(しゃくだにいし)を見に行きました。

※通安寺/福井県福井市西木田4丁目
通安寺が建つあたりは、戦災を免れた地区だそうです。
通安寺界隈-清水を祭る通り-「福井市のホームページ」
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※朝日山不動寺/福井県福井市西木田4丁目
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※丸岡城/福井県坂井市丸岡町霞町
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大河ドラマと笏谷石

2011年4月9日(土曜日)の福井新聞に
大河ドラマ「江〜姫たちの戦国」に登場した
北庄城についての記事が載っています(*・ω・)ノ

ドラマの中で出てきた北庄城は、
笏谷石(しゃくだにいし)が屋根瓦に使われている丸岡城が
モデルになって描かれたそうです。

※丸岡城
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※丸岡城の笏谷石(しゃくだにいし)の瓦
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少し前に、「ふくい笏谷石の会」の事務所に
最後に採掘された笏谷石(しゃくだにいし)が
どこに使われているか問い合わせがありましたが、
この記事のためだったのでしょうか?(笑)

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泉通寺の手水鉢

福井市の泉通寺にある手水鉢に屋根が作られました。
手水鉢の中心には、笏谷石(しゃくだにいし)の彫り物から
水がでるようになっています。

※現在の手水鉢の様子
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※以前の手水鉢の様子
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泉通寺/福井県福井市若杉


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【予告】“青のキセキ”「笏谷石(しゃくだにいし)」写真展 開催

          青のキセキ
     「笏谷石(しゃくだにいし)」写真展



青く美しい「笏谷石(しゃくだにいし)」の産地は、福井市の足羽山です。
この地に、この青石が生まれた奇跡(キセキ)は、今から約1,700万年前、
日本列島を形成した激しい火山活動によるものです。

火山礫凝灰岩である「笏谷石」は、
やわらかくきみが細かいことで加工しやすく、
古墳時代から現代ににおいて、さまざまな用途に使用されてきました。

この奇石(キセキ)「笏谷石」の1500年の歴史と文化の軌跡(キセキ)をたどりながら、
現代に残された景観や文化遺産の貴蹟(キセキ)を写真にて、ご紹介いたします。



期 間 :平成23年1月7日(金)〜1月13日(木)
     午前9時〜午後10時
    ※但し、初 日/1月 7日(金)は、 昼12時より
        最終日/1月13日(木)は、午後 1時まで

ところ :アオッサ5階 ギャラリー

主 催 :市民まちづくりゼミナール「福井の文化を学ぼう」部会
     福井市 総務部 政策調整室 TEL:0776-37-4055

後 援 : ふくい笏谷石の会    ※お問合せはTEL:0776-37-4055

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福井城の石垣のゆくえ(5)足羽川の堤防

以前、神明神社の鬼瓦や棟石、
玉垣を再利用した壁の記事があったことを覚えていますか?

その記事を、鬼石や棟石、玉垣の再利用の工事に携わった
村上大理石の方が見てくださいました。
そして、笏谷石(しゃくだにいし)に関する情報をいただきました。
ありがとうございました。
神明神社(福井市)の神楽殿の棟石と鬼瓦「笏谷石雑記帳ブログ」
神明神社(福井市)の玉垣石「笏谷石雑記帳ブログ」
村上大理石株式會社「村上大理石株式會社」公式ホームページ

また、村上大理石さんは
笏谷石(しゃくだにいし)の石灯篭も製作されています。(2009年)
その石燈籠がある場所は、
足羽川の堤防で桜橋から幸橋の間です。(「リバーサイドすづや」さんがある側)
笏谷石(しゃくだにいし)の石灯篭と別畑石(福井の石)の石灯篭の
二種類の石灯篭が並んでいます。
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上の写真の手前にある石灯篭が笏谷石(しゃくだにいし)で
遠くに見える茶色い石燈籠が別畑石(福井の石)です。
この灯篭に使われた笏谷石(しゃくだにいし)は
地下駐車場建設時に出てきた、福井城の石垣を再利用したものだそうです。


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九十九橋のゆくえ(4)啓蒙小学校

「九十九橋のゆくえ」第4弾は
福井市の啓蒙小学校のシンボル、「不朽の柱」です。
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現在、啓蒙小学校にある橋脚は1本ですが、
説明文によりますと、
橋脚が購入された当時は2本あり、校門として再利用されていたそうです。
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説明文:
「九十九橋の脚柱
天正6年(1578)柴田勝家は足羽川に半石半木の
橋をかけその長さが99間で、九十九橋と名づけら
れた。この豪胆な石柱はその時の橋脚であったが、
明治42年改築の時校下の有志が、この偉容を永久
保存するために、2柱だけ購入され本校の校門とし
て寄贈された。しかし昭和30年福井市の要請によ
り1柱を郷土歴史館に譲渡した。
昭和50年啓蒙小学校開校を記念して、この石柱
を「不朽の柱」と命名!本校のシンボルとした。」

説明文にあるように、
もう片方の橋脚は郷土歴史館(現在は福井市立郷土歴史博物館)に寄贈されました。
福井市立郷土歴史博物館の常設展示で見て触ることができます。
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ぜひ、笏谷石(しゃくだにいし)に触れてみてください。

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福井城の石垣のゆくえ(4)福井市スポーツ公園

福井市の安田町に「福井市スポーツ公園」があります。
屋外専用のスポーツ施設で、サッカー場や
ソフトボール用のグラウンドなどが充実している公園です。
福井市スポーツ公園「福ふくガイド」のホームページ
スポーツ公園の施設案内「福井市」のホームページ

この公園の駐車場にある低木植栽のあるスペースに
笏谷石(しゃくだにいし)が置かれています。
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石をじっと見てみると、石に刻印が刻まれていることがわかります。
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福井城の石垣で使われていた石が、
この様に、福井市スポーツ公園に置かれ再利用されています。
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九十九橋のゆくえ(3)九十九橋の欄干

九十九橋に使われていた笏谷石(しゃくだにいし)の欄干(手すりの部分)が
現在、どこにあるのかご存知ですか?


答え・・・・
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現在、写真のように福井市の浅水町のとある民家の塀のような形で使われています。
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約100M(55間ほど)残っています。

以前は公共の橋だった九十九橋の欄干が
このような場所に残っていることに驚きます。


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福井城の石垣のゆくえ(3)佐佳枝廼社

福井市大手3丁目にある「佐佳枝廼社」を訪れたことはありますか。
春には大きな枝垂桜(しだれざくら)が咲き誇る神社で、
福井の方達に「さかえのみやさん」「さかえみやさん」と
呼ばれ、親しまれている神社です。
「福井が栄えるように」という願いを込めて
松平慶永(春嶽)が「佐佳枝廼社」と名付けたそうです。

福井藩祖である松平(結城)秀康、
その父、徳川家康、
福井藩第16代藩主松平慶永(春嶽)を祀っています。



この「佐佳枝廼社」には、福井城の石垣が再利用されている物があります。
それは、本殿の左側の奥にある大きな「御手水鉢」です。101118_01
この御手水鉢を見ると、
石垣に使われていた笏谷石(しゃくだにいし)の大きさに驚かされます。
当時、工事を行っていた人たちは、
どのようにして山からお城まで運んだのでしょう?


「佐佳枝廼社」にはもう1ヶ所、
福井城の石垣の石が使われている場所があります。

その場所は、
「佐佳枝廼社」の駐車場前の生け垣の石です。
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お近くにお寄りの際はこの石垣もよく見てください。
よくよく見ると刻印が刻まれていることがわかります。
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「笏谷石を訪ねて」足羽山(2)

2010年11月6日
福井市自然史博物館の吉澤館長さんに案内をお願いし、
“笏谷石(しゃくだにいし)を訪ねて”足羽山巡りを行なった、観察研究会のレポート第2弾です。
※参加者は、七ツ尾口坑道跡など野外調査研究において
安全性の確保されない場所があるため自己責任においてこの事業に参加しています。


コース:
1. 福井市自然史博物館(笏谷石展示コーナーの説明)
      ↓
2. 足羽山 NHK 下 露天掘り跡
      ↓
3. 足羽山 弘法大師堂 下 採掘跡地・坑道入口(2ヶ所)
      ↓
4. 足羽山 坑道入口跡(2ヶ所)
      ↓
5. 足羽山 七ツ尾坑道跡(採掘坑跡・手掘り)
      ↓
6. 足羽山 石切不動明王 横穴(機械堀り)



5. 足羽山 七ツ尾坑道跡(採掘坑跡・手掘り)
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七ツ尾坑道跡は、私有地なので勝手に入ることはできません。
そのため、地権者の方に了解を取り、坑道の中を見学させて頂きました。
落石などの危険性もあるので、
入るのはあくまでも自己責任ということでもあります。


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坑道の中はひんやり冷たく、外の音さえも聞こえない空間でした。
切り出された石が辺りにたくさん置いてあり、
今でも作業が行われているような不思議な感覚がしました。
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通路の天井や壁にも手掘りの跡を見ることができます。
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場所によっては、天井がものすごく高いエリアがあり、
大量の石が切り出されてきたことが分かります。
目の前に広がる笏谷石(しゃくだにいし)の壁は迫力がありました。
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現在地を地図で確認しながら進みます。
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尺六(しゃくろく)サイズの石を
手掘りで掘った跡がくっきりと残っています。

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一番奥のエリアは、
雨水がたまり、水没していました。
水の青い色と笏谷石(しゃくだにいし)の青い色がきれいですね。
しかし、実際に目で見ると
暗くて良く見えませんでした

昔の石工さん達は、真っ暗な中カンテラの灯りを頼りに
手作業で石を切り出していたそうです
今では考えられない環境の中で作業をしていたんですね。
笏谷石の採掘「笏谷石を訪ねて」のホームページ



6. 足羽山 石切不動明王 横穴(機械堀り)
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最後は、石切不動明王の横穴です。
この横穴の採掘は機械を使って掘られた「機械掘り」です。
横穴の中で天井や壁を見回すと
手掘りとは違う、機械を使って削った跡が一面に見ることができます。



●まとめ
今回の観察研究会では
足羽山の露天掘り跡や採掘坑道跡など、
普段入ることすらなかなかできない所を見学できたことは
貴重な体験になりました。

今後、この観察研究会の体験を
「ふくい笏谷石の会」のこれからの活動に繋げていきたいと考えています。

どうぞ、よろしくお願い致します。

「笏谷石を訪ねて」
〜1500年の歴史と文化を再発見〜

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「笏谷石を訪ねて」足羽山(1)

2010年11月6日
福井市自然史博物館の吉澤館長さんに案内をお願いし、
“笏谷石(しゃくだにいし)を訪ねて”足羽山を巡り、観察研究会を行いました。
※参加者は、七ツ尾口坑道跡など野外調査研究において
安全性の確保されない場所があるため自己責任においてこの事業に参加しています。


コース:
1. 福井市自然史博物館(笏谷石展示コーナーの説明)
      ↓
2. 足羽山 NHK 下 露天掘り跡
      ↓
3. 足羽山 弘法大師堂 下 採掘跡地・坑道入口(2ヶ所)
      ↓
4. 足羽山 坑道入口跡(2ヶ所)
      ↓
5. 足羽山 七ツ尾坑道跡(採掘坑跡・手掘り)
      ↓
6. 足羽山 石切不動明王 横穴(機械堀り)



1. 福井市自然史博物館(笏谷石展示コーナーの説明)
101109_01
まず、自然史博物館にある足羽山の模型で足羽山の全体と
今回見てまわる各所の説明をしていただきました。
参加者の後ろ側に笏谷石(しゃくだにいし)のコーナーが展示されています(。・ω・)ノ゙
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2. 足羽山 NHK 下 露天掘り跡
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足羽山にある露天掘り跡に向かいました。
草木を分け入って、山を登り露天掘り跡を目指しました。
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たどりついた露天掘り跡です。
人がツルなどの道具を使って削ったあとがあります。
こんな山の中、どのようにして石を運んでいたのでしょう


3. 足羽山 弘法大師堂 下 採掘跡地・坑道入口(2ヶ所)
弘法大師堂の横の道を下って行くと、
左手側に緑が広がる広場が見えます。
その広場も採掘跡地だそうです。

もう一ヶ所、右手側の墓地の奥にも採掘跡地の穴があります。
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穴の中は真っ暗で、中を見る為に懐中電灯で照らし、
落ちないように気をつけながら穴の中を覗き込みました
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ここにも、くっきりと削った跡が残っていました。


4. 足羽山 坑道入口跡(2ヶ所)
弘法大師堂から足羽山を降りる道の途中、
車道のすぐ横にある坑道入口を見学しました。
今では、入口の穴は塞がれてしまい、
ここに坑道があったという痕跡しか見ることができません。
しかし、確かに採掘が行われていたことを知ることができました

七ツ尾坑道跡と石切不動明王横穴については次回に続きます。

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九十九橋の石のゆくえ(2)柴田神社、北の庄城址、柴田公園

柴田神社、北の庄城址、柴田公園がある場所は、
戦国時代、織田信長の家臣であった柴田勝家が建てた
「北の庄城」があったとされているところです。

賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉に敗れた柴田勝家は、
妻であるお市の方と共に、
ここ、北の庄城で自害したことは、有名です。

この北の庄城址の一角に、九十九橋のレプリカがあり、
笏谷石(しゃくだにいし)の部分と木の部分がある
半石半木の橋の姿を見ることができます。
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このレプリカに使われている笏谷石は(しゃくだにいし)は
実際の九十九橋に使われていた笏谷石(しゃくだにいし)です。
当時の九十九橋の姿が忍ばれますね

九十九橋のレプリカの隣には、北の庄城址資料館があるので、
そちらも立ち寄ってみてください
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資料館の中には、外にある九十九橋のレプリカにはない、
九十九橋の「橋脚」が展示されています。
説明によると、
「橋脚の長さは場所によって異なりますが、2.5m〜2.8mと推定されている」そうです。
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北の庄城址内には柴田勝家とお市の方の「辞世の句」が彫られた
笏谷石(しゃくだにいし)で造られた句碑があります。

「夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲井に揚げよ 山ほととぎす」柴田勝家
「さらぬだに うちぬる程も夏の夜の 夢路誘う ほととぎすかな」お市の方

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この石の大きさは九十九橋の石に似ていますが、
九十九橋の石とは関係ないのでしょうか?
ご存知の方は教えてください?


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福井城の石垣のゆくえ(2)神明神社の常夜灯

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上の写真の常夜灯は「福井城之石」と書かれているように
福井城の石垣を使って造られた常夜灯で、
神明神社にあります。
以前は神社の正面に立っていましたが、
今は、別の石で造られた常夜灯に変わっていました。
以前の笏谷石(しゃくだにいし)の常夜灯は
神社の裏に並んで立っています

神明神社は、笏谷石(しゃくだにいし)の玉垣を参集殿の壁に再利用していたり、
神楽殿の屋根の棟石や鬼瓦が笏谷石(しゃくだにいし)で造られていたりと、
笏谷石(しゃくだにいし)の見どころポイントが多くあります。
神明神社の(福井市)の玉垣

ぜひ、訪ねてみてください。


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