2012年07月

ドイツ人と自転車

2012721

・毎日、早朝4時半から約30分長年の友人である自転車と共に散策する。走行距離は約10km。自転車に乗ると体調の好不調が分かる。自転車は筆者の体調管理をしてくれる。
 ところで、7月初旬から約1週間、筆者は人口約59万人(2010年末現在)ドイツのデュッセルドルフ市を訪れた。市街地にはライン河が流れる。水は大河のわりにきれいで、しかも急流である。頻繁に原材料を積んだ船が心地良いエンジン音を響かせて急流を上がっていく。近くには有名なルール工業地帯がある。ライン川の河岸には歩道、サイクリング道路、自動車道路がある。筆者の興味を惹いたのはサイクリング道路である。通勤、通学の面々ら、愛用の自転車に乗った人々が行き交う。
・ドイツ人の自転車好きは有名である。自転車をみると、塗装は黒が多く、後輪には荷台を付け、しっかりと荷物を括っている。ヘルメットを着用し、服装も多種多様で、総じて地味である。タイヤはマウンテンバイク用よりやや細めである。旧市街地はレンガが張り詰めてあり、細いタイヤでは転倒事故に遭遇するのに加え、体躯が大きいためであるかもしれない。日本では多くの若者が自転車走行中に主にスマホや携帯電話を一心に見ているのは事故と隣り合わせである。反面、ドイツ人では走行中のスマホ利用者は、筆者が見る限り皆無で走行中は禁止されている歩道走行、飲酒運転、無灯火も同様である。 
 警察の取り締まりに遭えば、違反者は厳しい罰金が科せられる。

・在大阪・神戸ドイツ総領事館の資料によると、ドイツは自転車大国として有名である。ドイツの自動車保有台数が4500万台に対し、自転車は7000万台(日本は約8600万台 2005年現在)である。この多くの自転車を安全に走らせるためにドイツの行政当局はサイクリング道路の敷設に多くの予算を費やしてきている。市町村の財政が逼迫していない限りサイクリング道路の整備は都市計画の必須項目で、市営プールと二者択一を迫られたら、自転車道路が優先される。オズナブリュクの町からアウトバーン(高速道路)に入ると、並行してサイクリング道路用のガードレールが敷設され、多くの自転車が走っている。
・資料によると、ドイツのデュッセルドルフ市の北にあるミュンスター市の自転車の保有台数は人口26万に対して56万台を数える。市内を歩けば自転車だらけである。当然のように市の中心部は、自動車の乗り入れが規制され、代わりに自転車道が整備されている。同市が自転車政策に取り掛かったのは1948年である。第2次世界大戦で破壊された町を復興する際に自転車の専用道路を敷設している。半径10kmほどの小さい町に、今では総距離が4000kmに及ぶ自転車道が整備されており、故にこの町の自転車道路地図には自転車道路がない道だけを記すほどである。交通ルールについては、9歳のときに学校の正式な授業として、徹底的に教育が行われている。
・自転車は文化であり、当該国の歴史や国民性が反映されている。ドイツ人は保守的で、質実剛健の気風がある。ドイツ人の自転車をみると、比較的きれいに整備されており、大切にしていることが伺える。反面、日本の多くの自転車は整備不良で、特にチェ-ンの赤さびが酷く、走行中にはギイギイと雑音を発し、悲鳴にも聞こえる。両国の自転車への思いやりの違いがある。

自転車のハンドルの片方を政府、片方を国民とみなしたとき、その双方で考え方に齟齬があると、自転車は行き先不明で右往左往する。日独両国は第2次世界大戦で敗戦国となって以来、70年が過ぎた。現在、ドイツはユーロ危機に直面している。盟主ドイツ・メルケル首相は国益を基軸として対応し、簡単には妥協しない。最近の日本の政治家の無定見ぶりは酷く、国益の消失は目を覆うばかりである。

<グロ-バリゼ-ション研究所>代表 五十嵐正樹

ペルシャ絨毯の魅力

2012712

 筆者は先月、ペルシャ絨毯についてのセミナーに参加してみた。ペルシャ絨毯については、これまで何の知識も持ち合わせてはいなかったが、大方の日本人はペルシャ絨毯について“高い”というイメージが先行し、手が届かない物であるという印象が強い。加えて、ペルシャ絨毯の購入時には、若干の勇気がいる。デザイン、価格、大きさ、産地などの面で戸惑いがあるからである。
 
 居住環境も問題である。平均的な日本人の住まいは、欧米人からラッビトハッチ
(ウサギ小屋)と言われたように狭い住宅に住み、絨毯を敷いてご満悦するような環境とは程遠い。しかし、ペルシャ絨毯には種々の大きさがあり、購入者は選択の余地はある。しかし人間には本性として大きいことは良いことであるということもあり、できれば大きな家に住んで大きめの絨毯を敷いてみたいという欲もある。先日、ドイツのデュッセルドルフの知人宅を訪れた際、大きな居間には素晴らしい調度品と立派な絨毯が敷いてあるのを目の当たりにして、生活の豊かさを実感した。

 イランの国土(日本の面積の約4倍)は、約三分の二は山脈や砂漠ならぬ土漠(土と瓦礫の不毛地帯)が占めている。反面、カスピ海に面した地域は温暖多湿な地域で、日本の気候風土とよく似て、地味が肥えており牧草業、農業、林業などが盛んな地域である。このような風土の中で、イラン国内では総じて、どの町や村でも絨毯づくりが盛んで、現在でもイランの主要産業となっている。一説には40万人の雇用を確保しているともいう(2000年現在)。イラン国内にはペルシャ絨毯の五大産地として、イスファハン、タブリーズ、ナイン、カシャーン、コムがある。産地にはそれぞれの特徴があり、甲乙つけ難い。

 ペルシャ絨毯は大切に扱えば、80年以上は使用できるが、500年以上を超える古いものは残っていないという。日本との関連では、京都の祇園祭りの鉾には、17世紀に伝えられたペルシャ絨毯が今も使用されており、京都の高台寺(豊臣秀吉の夫人・北政所が亡夫秀吉の菩提を弔うためにつくられた)にある秀吉の陣羽織にもペルシャ絨毯が使用されているという。

 そこで最後に、ペルシャ絨毯がなぜ高額なのか、その主な理由として挙げられるのが、急激な経済成長に伴う高いインフレ率(2007年/20%)である。その影響を受け、多くの絨毯産業の経営者は不動産・建築業へと転業したことで、織り子さんの数は少なくなり、賃金が急上昇し、当然価格も跳ね上がった。今後、ペルシャ絨毯はわれわれにとって益々高嶺の花になるであろう。

<グロ-バリゼーション研究所代表  五十嵐正樹>

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