201282

・7月初旬から中旬にかけドイツのデュッセルドルフに出かけることになった。日本から直通便がないため、普通は成田からドイツのフランクフルト経由で乗り継ぎ、同地に行くことになる。今回は航空運賃が安いということで中国国際航空(エアチャイナ)を利用することになった。成田発(9:00)-北京着(11:55)、北京発(14:00)-デュッセルドルフ着(18:45)のル-トである。成田からは乗客の多くが中国人のビジネスマンや観光客、日本人、米国人などで、さまざまな人々と乗り合わせた。乗客の一人で、筆者の隣に座った鼻筋の通った日本人の若き女性に話しかけると、現在、米国の大学に留学中。夏休みを利用し、日本の実家に立ち寄った後、北京からスウエ-デンの首都ストックホルム経由で鉄道を利用して、同国第二の都市・イェーテボリ(港湾都市/人口52万人)の知人に会いに行くとのことであった。女性の、左手に本「スウェーデン語会話」をさりげなく持ち、仮眠をとっている姿をみると、想いはすでにイェーテボリにあるように思えた。北京空港では搭乗口が違うので挨拶をした後、女性の後ろ姿をみて、幸運であるようにと祈った。同乗者で他の日本人の若い女性数人も北京経由でヨーロッパへ行くと、満面の笑みで応えてくれた。

・北京からデュッセルドルフ行きの便も、90%以上が中国人の乗客でその多くは中国人の観光客とビジネスマンである。そのほかに10数人のドイツ人グループの人達で、観光で北京を訪れたようである。筆者の右隣に座った中年の女性は大柄で、一見体重が120130キロのありそうである。座席4つを専有し横になっていた。足が悪いためロフストランドクラッチ(腕に付ける装具)を付け、巨体を揺すりながら立ち上がりトイレへ出かけた。普通の人でも機内のトイレは狭く不便であるが、無事、用を済ませて座席に戻ったその顔をみると、安堵感でいっぱいの様子。以前に北京に住んでいたこともあり、筆者の拙い中国語と比べ、流暢な中国語(英語も)を話す。ベルギ-、オランダの国境に近いアーヘン(アーヘン大聖堂・世界遺産/温泉地など)に住んでおり、次回訪独する時は是非自宅に来てくださいと、住所と電話番号を書いたメモを頂いた。体のわりには小さな顔で、素敵な微笑みが印象的であった。同地の近くにはオランダのマーストリヒトがあり、EUの統合案が合意(マーストリヒト条約)されたところとして有名である。デュッセルドルフ滞在中にアウトバ-ンにのり、約1時間半かけて同地を訪れたことがあるが、旧市街地を歩くと、中世に逆戻りしたような雰囲気が街中を覆っていた。

・帰路もエアチャイナを利用した。デュッセルドルフ発(20:45)、北京着(12:45)である。同空路はエアチャイナとルフトハンザの共同運航である。デュッセルドルフ空港でのチェックイン業務はルフトハンザの職員が担当した。搭乗口の前には多くの中国人の観光客が待っている。スナック菓子を食べ、ペットボトル飲料を飲みながら歓談していた。唖然としたのは、一人の中年の男性が大きなインスタントラーメンの蓋を開け、ルフトハンザの職員に向けてこれにお湯を入れろとの仕草......。同職員は不快な顔をせずに首を振って“NO”と。この中国人乗客の振舞いは傲慢と思えるし、天真爛漫とも思えるが、グローバルスタンダードではない。ふと、高度成長期の日本の農協観光団の振る舞いを思い出した。

 北京空港での乗り継ぎは約4時間待ち。北京発(16:40)、成田着(21:00)である。利用する便が遅れていたが、オンタイムで北京を出発した。大型機よりも一回り小さい中型機で、機内の通路は1本だけなので、トイレを利用する人には不便であった。しかし実に乗り心地よい機種で、無事に成田に到着した。乗客の多くはやはり中国人の観光客、日本人や欧米人の乗客は少なかった。


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参考):エアチャイナとは中国国際航空のことである。北京空港を拠点に181カ国・地域の1160都市に就航。2011年末時点の保有機体数は432機、平均の機体年齢は6.77年である。親会社の中国航空集団(中航集団)20122月、自社グル-プの経営規模を2015年までに世界の航空業界ランキングで、10位前後から5位入りを目指す方針を掲げた「FSBI2012713日。

<グロ-バリゼ-ション研究所>代表 五十嵐正樹