2012年12月

中国のゴミ処理問題について

2012年12月27日

・英国で18世紀から19世紀にかけて起こった「産業革命」以降、各国はゴミ問題の対応に追われてきた。この問題は不可避であり、長期的なテ-マである。経済的な視点からみると、所得が増えて、生活レベルが向上すると、ゴミは増える。世界最大の人口を擁する13億人の中国のゴミ処理問題の現状は興味深い。1979年に始まった「改革・開放政策」以降、今日まで30年余りGDP成長率は毎年10%の成長を遂げてきた。GDPと同様に毎年のゴミ増加率は10%を超えている(世界平均8.4%)。
これまでのゴミ埋め立て量は累計で70億トン(堆積面積5億㎡)、現在も年率4.8%で増加中である

・中聯重科の万釣・副総裁(建設大手)によると、中国全土668都市のうち、約3の2は周囲をゴミに包囲されており、4分の1は埋め立て地を持たないという。経済損出は毎年300億元(約4100億円)を超えているという。統計によると、2010年まで中国の97%の都市では、ゴミは処理されずに、ただ積み上げられるか、埋められている。中国科学院研究員の沈剣山氏は、このような安易な堆積や埋め立ては、後に問題が発展すると指摘。山のようなゴミは巨大な「爆弾」として都市を脅かしているという。

・北京市市政当局の陳永主任によれば、現在、北京市の1日当たりのゴミ排出量は1.84万トンで、現在のゴミ処理能力は1.04万トンで、ゴミ処理施設は処理能力を67%上回る超過率で運転されている。多くのゴミ埋めた立て地はあるが、あと、4~5年で一杯になり、ゴミの排出先はなくなるという。広州市では1999年以来、生活ゴミの総量は倍になり、現在、毎日1.8万トン近くのゴミが排出され、最終処理が必要なゴミは1.2万トンに達している。1日4500トンのゴミが排出される南京市では、今ある3カ所の埋めた立て地がすでに飽和状態だという。

・ゴミ埋め立ての負荷に耐えられなくなった中国の多くの都市では、ごみ焼却へ転向することに意欲的であるが、焼却に伴い有毒ガス(ダイオキシンなど)が排出されることや環境問題への懸念から各地で民衆からの声が上がっている。ダイオキシンの毒性はヒ素の900倍で、発がん率の高い物質であることは知られている。同様に埋め立てで深刻な汚染問題をもたらしているという。広東省の埋めた地4000カ所のうち、1500カ所に有毒な廃棄物が混入しており、地下水が汚染されている。環境保護部政策法規司の関係者によると、現在、環境保護問題は全国の群集事件の原因の9位であり、環境汚染が原因の群衆事件は年29.8%の割合で増えているという。

・ゴミの分類がほとんどされていない中国では、現有ゴミのうち、焼却や埋めたてが必要なゴミは1~2割に過ぎないと、中国環境科学院の研究員である趙章元氏は「時代週報」の取材で指摘。ゴミの分類が徹底していれば、焼却場はこれ以上建てる必要はないと話す。「埋め立てにせよ焼却にせよ、ゴミ処理は分類が前提である」。ゴミ問題の解決の糸口は、中国になかなか根付かない“ゴミの分類„である。

・香港では、1997年に市民や環境団体の反対を受け、焼却施設が閉鎖されて以来、ほとんどのゴミが埋め立て処分されている。現在使用されている3つの主要処分場は2014~2018年には満杯になると言われており、今後どのようにゴミ処理するか社会問題になっている。このような状況の中、香港政府は2004年から一部のマンションに分別ボックス(各階用の古紙、アルミ缶、ペットボトル)を試験的に設置するなど、リサイクル強化に向けた取り組みは徐々に始めている。2005年からは分別ボックス設置費用の半額を負担するなどの補助金政策を実施するとともに設置マンションは増えており、これらの施策はゴミ排出量の減少にも寄与している。一方、政府は廃棄物の少ない焼却施設の再設置も検討しており、2011年には曽蔭権(Donald Tsang)前行政長官が東京と横浜のゴミ処理施設3カ所を視察しており、日本式最新焼却システム導入の可能性にも言及している。香港は2008年には1人当たりのGDPが3万米ドルを超え、経済的にとても豊かになった。しかし、急速に経済成長してきたがゆえに資源リサイクルや環境問題への意識が希薄であり、日本やシンガポ-ルなどのアジア環境先進国から学ぶことは多いようである。

・中国のゴミ問題は深刻である-背景には13億人の人間が毎日の生活を営んでいることである。そこから派生する諸問題を解決するには時間と忍耐が費やされる-要は環境問題への認識と教育の徹底である。程度の差はあれ、環境問題はどの国にもある-日本も米国も然りである。

                 <グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

雰囲気一杯の江戸・東京の坂

2012年12月19日

・坂は傾斜のついた場所である。端的に言えば、“上り坂、下り坂”である。湯島天神の坂は急坂なので男坂、緩やかな坂を女坂と呼ばれている-毎年2月になると、女坂を上がる参詣の人々に紅梅の香りが漂い、階段中途の左側下に見える数件の大正時代に建てられた2階建ての佇まいの景色と相まって、実に風情のある雰囲気を醸し出している。昔、歌手の小畑実が唄った<湯島の白梅>-♪湯島通れば思い出す、お蔦・主税の心意気と・・口ずさみたくなる。

・東京・港区にある愛宕山は、江戸時代から武士たちの信仰と山頂からの江戸市街の素晴らしさで有名な所である。山上にある愛宕神社は徳川家康との関わりも深く、「天下取りの神」、「勝利の神」で知られ、男坂は“出世の石段“として有名である。これは、江戸時代の寛永11128(1634年2月25日)、徳川秀忠の三回忌として増上寺参拝の帰り、徳川家光が山上にある梅が咲いているのを見て、「梅の枝を馬で取ってくる者はいないか」と言ったところ、讃岐丸亀藩の家臣(曲垣平九郎)が見事馬で石段を駆け上がって枝を取ってくることに成功し、その者は馬術の名人として全国にその名を轟かせた、という逸話から来ている。また、江戸在勤の各藩の武士達は地元へ祭神の分霊を持ち帰り、各地で愛宕神社を祀った。安政7年3月3日(1860年3月24日)「桜門外の変」で井伊直弼を襲った水戸藩の浪士達もここで成功を祈願してから江戸城へ向かったと言う。

・先日、千代田線千駄木駅で下車し、急坂で有名な“団子坂”を上り詰めた左側のところに森鴎外生誕150周年を記念して、本年11月1日、観潮楼跡(森鴎外の旧居)に文京区が「森鴎外記念館」を開設した。観潮楼は鴎外が明治25年(1892年)から亡くなる大正11年(1922年)まで30年、この地で過している。団子坂は四つの名を持っている-千駄木坂、汐見坂、七面坂-である。とにかく急坂なので老若男女ともに息が切れるし、下りは膝が笑ってしまうほどである。人間の心理は奇妙なもので、坂を登りつめた所に一体何があるのであろう...と、ふと考えることがある-坂は意外性の前奏でもある。

・坂には、多くのドラマやロマンがある“南部坂雪の別れ”は大石内蔵助にまつわる逸話の中でも特に有名な場面である。内蔵助は討ち入りの直前、江戸南部坂(現在の港区)に住む浅野内匠頭未亡人(瑤泉院)に暇乞いに訪れた。「ある西国の大名に召し抱えることになった。再びお目にかかることもない」と伝えた。怒りに席を立つ未亡人。降りしきる雪の中に今生の思いを背中で伝える。やがて討ち入りの知らせ、大石の別れの意味を悟り悔いる未亡人。しかし、大石がこの日、南部坂の屋敷を訪れた事実はないが、といって何となくドラマ化したいのが庶民感情である。ともあれ、史実とドラマは別である。

・ところで、現在の東京の坂はどのくらいあるのか。横関英-著「江戸の坂 東京の坂」によると、昭和44年10月現在、「東京の坂を数えると、実数433である。このうち、江戸の坂は、実数304を数え、江戸の坂でないものは129となる。ここに江戸の坂とは、「江戸時代に江戸の民衆によって名づけられた名前を持っている坂」という意味である。しかし、昔から坂には別名がいくつもあるので、名前のほうから数えると、東京の全坂名は726となる。江戸の坂は実数304に対して別名が多く、前述の団子坂も然りである。一つの坂に平均二つ半の別名があったという計算になる。例えば、三田の小山坂には、綱が手引き坂、手引坂、姥坂、馬場坂の五つ、小石川の御殿坂には、そのほか、御殿表門坂、富士見坂、大坂の別名があり、小石川の牛坂は、汐見坂、鮫千坂、蛎殻坂の四つ、最多は牛込の庚嶺坂(ゆれいざか)は、特に多く、祐玄坂、唯念坂、幽霊坂、行人坂、若宮坂、新坂の七つの名を持っていた。これは、江戸の民衆が江戸の坂についていつも自由に付けていたからで、長い間には、古い名が消えて新しい名が生まれてくるのは至極当然の話である。坂には別の喩もある。人生においての好調・不調を表わし、また、困難な局面を形容する言葉として使用されている。

                                       <グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

旺盛な中国の金需要について

2012年12月11日

・インドから「世界一」の座を奪う勢いで金の需要を伸ばしているのは中国である。2011年の金需要は前年比2割増の769.8トン。ワ-ルド・ゴ-ルド・カウンシル(WGC)は「裕福な中間層が引き続き台頭してくるので、今後10年間で需要は倍増する」と述べている。古来より中国人女性の金好き(中国では黄金)は有名である。2012年10月26日、中国・福建省泉州市内のホテルで3日間行われた結婚式で、花嫁の多くが金の装飾品をずっしりと身に付けていたと人民網は伝えている。26歳の花嫁、劉さんは、母と姉に総重量5キロに上る金のアクセサリ-を30分かけて付けてもらった。劉さんの家庭は比較的裕福で、身に付けたアクセサリ-は多い方だが、これ以上のアクセサリ-をつける花嫁も少なくない。泉州市宝飾品業界の陳其栄副会長によると、結婚式のために金のアクセサリを一度に10万元(125万元)以上を購入する市民も多いが、但し、一度に買わず数回に分けて購入する。特に金価格が下落した時に。

・中国人女性の金購入の旺盛さは目を見張るばかりである。そこで、中国全体の金の消費量はどの程度なのか。2012年2月19日、中国黄金協会が発表した「2011年の金消費量」は前年比33%増の761.05トン。うち、投資需要の増加で、延べ棒用51%増の213.85トン、アクセサリ-用456.66トン、コイン用20.8トンとそれぞれ30%増、工業用は53.22トン、その他16.52トン。金消費大国になった中国、世界最大の金産出国でもある。2011年の中国の金生産量は前年比6%増の360.57トンで、過去最高を更新し、5年連続の世界一となった。

・「人民網」によると、中国黄金公司、世界金協会(WGC)、ゴ-ルド・フィ-ルズ・ミネラル・サ-ビス(GFMS)は2012年7月10日、「黄金年鑑2011」と「2010年の中国黄金市場報告」を共同で発表した。それによると-中国の金保有量は現在、世界6位である。2011年の世界の金需要は4,486トンで、前年比0.6%増である。そのうち-アクセサリ-用は1,973トンで、同2.2%減、需要が伸びたのは主に金延べ棒への投資と政府機関の買い入れである。金延べ棒投資は1,209トンで37%増。外貨準備に占める金の割合はわずか1.6%、上位20カ国中最低である。

・このように中国の金需給ギャップは大きいため、中国は香港からの金輸入を増やしている。2012年5月に金輸入は75.6トンと前年比6倍で、これにより同年5月までの金輸入は313トンであった。2011年の金輸入量は380トン、2009年は45トンであったことからも、その急増ぶりは顕著である。背景として、伝統的に金保有を好む国民性であった上に、年々高まるインフレヘッジの目的で個人投資家が金を求めているというのも一因。上海の工商銀行の張万経氏は「金は贈り物として喜ばれてきたが、今は投資として買う人が増えている。株安で行き場のなくなった資金が、金に流れ込んでいる」と説明している。中国で金が自由に取引されるようになったのは最近のことである。「上海黄金取引所」ができたのは2002年。それが2011年には7438トン、2兆4,700億元(約29兆6,400億円)の取引が成立している。

なお、これまでの中国当局の金の諸施策を振り返ると、その特徴として、「中国人と金の関係」は政治的・経済変動の所産であった。言い換えると、中国人にとっての金保有は“生活の知恵”とも言える。金は富の象徴であり、価値の貯えの拠りどころであった。諺に、「本物の金は本物の炉の火も恐れない」。

                                      <グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

巨大な中国の四大銀行について

2012年12月4日

・現在、中国の主力銀行として四大銀行(工商銀行、農業銀行、中国銀行、建設銀行)がある。主な業務対象として名称から分かるようにそれぞれの専門分野への投融資である。中国ではアジア金融危機(1997~98年)を機に、銀行部門の不良債権処理が本格化するのに加え、2003年以降、主に四大銀行の株式制への再編を進めた。改革の第一段階は不良債権処理で、その狙いは歴史の負の遺産を清算する。第二段階は株式制への再編であり、その目的は銀行のコ-ポレ-ト・ガバナンス(企業統治)の改善を図り、国有商業銀行を真の市場主体に変えていくことである。その政策の一環として-中国建設銀行が2005年10月に香港証券市場へ上場したのを皮切りに、中国工商銀行(2006年10月/香港、上海)、中国銀行(2006年6月/香港)、中国農業銀行(2010年7月/上海、香港)がそれぞれ上場を果たす。

・巨大な四大銀行の事例を紹介しよう。まず、行員数でみると2011年現在、総計で153万人-中国工商銀行40万人、中国建設銀行41万人、中国銀行28万人、中国農業銀行44万人である。因みに同年現在の邦銀(単体べ-ス)をみると、三菱東京UFJ銀行3.5万人、みずほ銀行1.9万人、三井住友銀行2.3万人である-いかに四大銀行の巨大さが分かる。

・英誌「ザ・バンカ-」が作成した2011年度の全世界銀行の収益ランキングのうち、中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行が上位3位を独占した。同誌によると、中国工商銀行の税引き前利益は432億ドル(約3兆4,560億円)で1位、中国建設銀行は348億ドル(約2兆7,840億円)で2位、中国銀行は268億ドル(約2兆1,440億円)で3位となった。次ぎにモルガン・スタンレ-(米国)は267億ドル(約2兆1,360億円)で4位、HSBC(英国)は欧州最高額の219億ドル(約1兆7,520億円)で5位である。因みに邦銀の三菱東京UFJ銀行の利益2011年現在、6,393億円である。

・役員報酬をみると、2012年6月、四大銀行の株主総会が相次いで開催され、一部上場銀行の役員報酬が公開された。各銀行の役員報酬が全体的に増加したと伝えている。四大銀行の総裁、薫事長(取締役会長)の税引き前年収は、2011年にいずれも160万元(約2000万円)を上回った。うち、農業銀行総裁・張雲氏の収入は173.55万元(約2170万円)と特に高かった「長春晩報」(2012年6月6日)

・世界おける四大銀行の今後を展望すると-会計事務所大手のプライスウォ-タ-ハウス-パ-ス(PwC)がこのほど発表した報告書によると、中国は2023年に米国を抜き、世界一の銀行大国になる見込みという。以前の予測を20年前倒しするものだ。そうなると、中国の銀行との競争がより熾烈になるため、西側の銀行の中国市場開拓はこれまでよりも大きな圧力に直面することになる。同報告書では、中国の地位がインドにとって代わられる可能性があるため、中国の世界一の銀行業大国の期間はそれほど長くないとみる。インドは2035年前後に日本を抜いて世界第3位の銀行業大国となる見込みで、以後、間もなくして、米国と中国を抜いて世界一の銀行業大国になることが予想される「人民網日本語版」2011年6月7日。

・融資面をみると-四大銀行だけで、中国の融資の82%を占めているという。殆どが国有企業に融資されたが、過大な設備投資により国有企業の半分以上が赤字で、不動産投資をしている企業が多く、不動産の売れ残りだけで60兆円分あるという。融資の焦げ付きは大変なことになっていると語るのは中国問題に詳しい評論家宮崎正弘氏。同氏はさらに「中国が抱えている潜在的な不良債権は160~240兆円」と指摘する。実に中国のGDP(国内総生産)570兆円の3~4割にあたると語る。

・米誌「ブル-ムバ-グ・ビジネスウィ-ク」(2012年11月19日号)は「中国企業の債務ブラックホ-ル」との記事を掲載-マクロ経済指標が改善しているにもかかわらず、中国企業の債務残高は国内総生産の120%に達し、その大半が国有企業分だと警戒感を示した。1990年代の過重債務問題に匹敵する深刻さだという。企業面からみると、鉄鋼産業で9億トンの生産能力のうち2億トンは過剰との例を引き、多くの中国企業が過剰生産能力の問題に直面していると指摘。「企業は設備投資より債務削減に動こうとしている」とし、格付け機関が分析した不良債権の増加予想を紹介している。中国の新しい指導者となった習近平氏の経済運営の基本方針は“安定成長„である。これに伴い金融面からの国民生活への一翼を担う四大銀行の責務は従来に増して大きくなっている。 

                                     <グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

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