2013年02月

本年の中国の春節について

2013年2月21日

<節約励行>

今年の春節(旧正月)は例年と異なり習近平指導部が「節約励行」を掲げ、国民に浪費を戒めている-中国共産党の中央政治局常務委員の劉雲山中央書記処書記・党宣伝部長は1月25日、「春節の浪費や贅沢をやめ、倹約を念頭に過ごすよう」と呼びかけた-その影響から全国各地では節約が徐々に国民に浸透し、主に高級食材などの価格が大幅に下落した(商務省発表)。四川省成都市では王府井百貨集団・成都店では1月の売上高が前年より1~2割減少し、各地の政府機関や国有企業などの多くの宴会がキャンセルとなった。また、春節前の贈答品の定番である高級白酒の販売も不振であったのに加え、稼ぎ時の高級飲食店は閑散としていた。この「節約励行」の背景には、2012年12月に党指導部が決めた「八項規定」(実質的に関係ないものを切り捨て、簡素さを追求する施策)がある。

 

<小売売上高>

商務省が2月15日発表した今年の春節(旧正月)休暇期間中(2月9日~15日)の全国小売売上高は前年同期比14.7%増の5390億元(約8兆900億円)であった。分野別をみると、高級品の売り上げは前年比1.5%低下したが、食料品は前年同期比9.8%、衣料品は同6.3%とそれぞれ増えた。バレンタインデ-と重なたこともあって宝飾品は同38.1%増、デジタル商品も好調であった。春節の風物詩の爆竹は大気汚染の懸念から当局が自粛を呼びかけた結果、販売量(31万3000箱)は前年同期比45%減少した。これにより花火や爆竹に起因する事故は減った。

 

<人気の観光地>

中国旅行院の予測によると、春節期間中に旅行する意思があると回答した人は、昨年の36.5%を大きく上回る76.8%。旅行者数は昨年同期比20%増の延べ2億1100万人に達した。各種交通機関部門は今年の春節は延べ34億人が利用するとみている。旅行先は国内では、北京、上海、三亜(海南省)といった観光地に集中している。中でも圧倒的な人気を誇る三亜は今年、春節期間中の「価格抑制令」を発表し、ホテルに春節期間中の宿泊費を昨年より引き下げるよう指示し、「三亜市のホテルの宿泊料は平均15.7%下がった」(同省物価局)。三亜人気の影にはこうした地方政府の取り組みがある。

 

<海外旅行>

海外旅行も人気が高く、同期間中に海外旅行を希望する人は全体の20%に達し、人気の香港、韓国、シンガポ-ル、マレ-シア、タイ、米国といったおなじみの国や地域。中でも、春節期間中の値上がりで客足が伸びなかった台湾に比べ、タイは不動の人気を誇っている。このほか、モルディブ、バリ、プ-ケットなどのリゾ-ト地を選択する旅行者も増えており、国内外とも避寒地やリゾ-ト地の人気が高まっている。旅行者の増加とともに旅行手段にも変化が現われている-個人旅行、ドライブ旅行などが人気で、個人旅行は昨年比2割、ドライブ旅行は同2割とそれぞれ増えた。

 

<意識の変化>

今年の春節は-“春節に対する意識の変化„が顕著である-①春節期間の帰省に若者が消極的(煩雑:交通機関のチッケトの取得など)である-②巨額の出費(諸経費:交通費、親戚への手土産など)が必要とされるなどである。こうした国民の意識の変化は、春節の過ごし方そのものが変わってきている。タイへ家族旅行に行くという人は、春節を海外で過ごす理由について「親類や友人の家を訪れたり、自宅でゲ-ムをするだけの昔ながらの過ごし方に飽きてしまった。反面、もてなす側も豪華な料理の確保で、相乗的に物価が高くなる。食べきれないほどの料理を盛り付け、振る舞われた方も残すのが中国式の礼儀である。当局は浪費を撲滅するよう働きかけている。

 

<日本の動き>

これまで毎年春節時には日本の観光地は中国人観光客が大挙して押しかけたが、昨年9月の尖閣諸島問題から日中間の政治情勢は険悪となった影響から中国人観光客は極めて少なくなった-山梨県の場合、中国人観光客は低迷し、県内の観光地から落胆の声が上がっている。富士河口湖町では例年春節期間中には中国人4000人が宿泊していた。本年予約者数はわずか30人に激減。同様に石和温泉は、昨年は加盟旅館34軒に中国人客約1000人が訪れたが、今年は大口の団体客が大幅に減っている。このため今後の対応策一環として、同県は新年度、横内知事が初めてインドネシアでトップセ-ルスを行うなど、中国以外での誘客に活路を求める動きが官民に広がりつつある。この点について井手憲文観光庁長官は「中国からの団体旅行はすぐには急回復する状況にはない」との見方。業界の対応として、百貨店などは中国人観光客に見切りをつける動きがしだいに広がっている。東京・銀座の百貨店ではタイ、マレ-シアなど東南アジア諸国の観光客が増加。家電量販店でも「欧米人の姿が目立つ」<ヨドバシカメラ>ようになり、高級腕時計などを中心に販売を伸ばしている。なお、中国の国営メディアは春節期間中、尖閣諸島の周辺を航行する中国の海洋監視船に記者が同乗して、生中継を行っている。

 

<展  望>

・習近平指導部は国民に春節における国民の浪費を戒めているが、長い歴史の中で培った国民の生活習慣である“春節”を国民の身の丈にあった習慣に変えることに国民はどのように思っているか。反面、中国が諸懸案(経済成長の鈍化、環境汚染の悪化など)から中国社会の雰囲気が変わってきていることも看過できない。その動きとして-「光盤(食べ残しのない皿)行動」と呼ばれ、食べ残しゼロ運動が全国に広がっている。いわゆる、日本と同様に“もったいない„という中国国民の意識の変化である。来年の春節がどの様に変化しているのか、興味深い。

                                  <グロ-バリゼ-ション研究所所長 五十嵐正樹

小田原の街かどにて

2013年2月12日

・神奈川県小田原市は東京から西へ約80キロの地点にある。筆者の“小田原詣„が始まったのは今から4年前である-同地は江戸時代小田原藩の城下町であり、東海道小田原藩の宿場町として、また箱根峠より東側の宿場町として栄えたことなどに興味を持った。街なかを散策する際には「街かど博物館ガイドマップ(2013年)」を携える。当マップは小田原市経済部産業政策課が町おこしのために監修し、作成したものである-市内の古くから栄えた産業文化を今に伝える地域資産-かまぼこ、漬け物、菓子、ひもの、塩辛、そして木工などの地場産業の代表的な18店舗を紹介している-『塩から伝統館』(小田原みのや吉兵衛)は小田原名物の「糀入りいかの塩から」の元祖として、旅人に愛され続け450年の歴史を持つ。『倭紙茶舗』(わがみちゃほ-江嶋)は徳川四代将軍家綱治下の寛文元年(1661年)の創業である。店内には厳選された高級茶や、全国の和紙を取り揃えている。『染め織り館』(山田呉服店)は創業140年を迎える老舗呉服店である。絹織物をつくる工程が詳しく説明されているほか、染物の型紙なども展示してある。その他にも素晴らしい店が多く、まさに小田原はここにありである。

 

・小田原に行くと必ず立ち寄る店がある。『かつおぶし博物館』(籠常)は、明治26年(1893年)創業で、本年で120年になる。かつお節と削り節一筋で製造販売を行っている。当館のおばちゃん・よしえさんは本年3月、目出度く90歳を迎える。巷間、小田原のおばあちゃんと言われているようで、少し前までは和服を着て、“きつめの鼻緒”の下駄を履いてみせ番をしていた。優しい顔立ち、声は大きく、さばけたもの言いをする。大正、昭和、平成の時代を生き抜いた大正生まれの“気丈な性格と顔のしわ”は、おばあちゃんの歴史を物語る。筆者がおばあちゃんを知ったのは、ある日、店の前を通ると、おばちゃんと顔を見合せた-“よろしかったらよってください”と声をかけられた。店内に入り、小田原の今昔話しにすっかり聴き入ってしまった。最近、店を訪れ、90歳の祝意を表したら、満面笑みで有難う!店を出て50~60メ-トルほど行き右折する時、後ろを振り返ると、よしえおばあちゃんは、にこやかに手を振っている姿をみると、いつまでも元気でいてくだいと、念ずる。

 

・「籠常」に行く前に必ず立ち寄るのが本町の『小田原宿なりあい交流館』である。当館は観光客のための休憩所で、お茶の無料サ-ビスがあり、美味しいほうじ茶を入れてくれる。茶を飲みながら奉仕をしている方の小田原の近況に耳を傾ける。当館の建物は堅ろう(出桁造り)<だしげた>で、昭和7年に建設された旧網問屋である。階段の上がり口の右側に昭和初期の一枚の写真が掲げられている-大量の鰤がかかり数人の漁師がやっとの思いで網を引き揚げている光景である。鰤は今や高級魚となってしまったが、当時、余りにも獲れ過ぎたため、猫マタギと言われていた鰤である。ご当地グルメの代表的な<小田原丼>は早川港で水揚げされた鯵を使うが、今は獲れなくなったので、どの店のメニュ-にも何名様限定となっている。因みに<小田原丼>の定義である-①小田原の海と大地で育てられた新鮮な食材、一つ以上用いること ②伝統工芸品、小田原漆器の器に盛って饗すること ③お客様に満足していただき小田原をさらに好きになっていただけるよう、おもてなしするである。本町は旧東海道と国道一号線の分岐点にある。昔、旧東海道の両側には魚市場、かまぼこ、干物、かつお節、塩からなど売る店が軒を並べ、当時は小田原の中心街であった。近くには漁師の氏神さまである松原神社があり、大祭のときには大変な賑わいであったが、魚が獲れなくなり、後継者もいなくなり、氏子も少なくなったことで、往時の面影はない-早春の明るい陽が相模湾を照らしているのは今も昔も変わらないが・・・。

 

・近くの国際通りを歩くと道路の左右にはシャタ-を閉じた店が多くなる。今や商店街は寂れる一方となったと、同地にて営業をしている『鳥かつ楼』の三代目の若主人は閑散とした原因の一つとして、「小田原の郊外に広い駐車場を持った大型店の進出」ではないかとみる。もっともこの現状は小田原の固有のものではなく、全国の主要都市に見られる現象である。同店のウナギ丼は柔らかく、タレもマイルドで、実に旨い。付け出しとして、ス-プ、シジミ汁、サラダ、具が2個入ったおでんが出てきた。2代目と三代目とはカンタ-越しにうなぎの市況や小田原話に花が咲く。小田原駅に近い銀座通りに面した100年以上の歴史がある紳士服店『尾張屋』さんがあった。初めて同店を訪れた時、閉店セ-ルを行っている最中で、高級背広、ジャッケトを安く買うことができた。同セ-ルは暫く続いていたので、それから4~5回訪れた。『尾張屋』さんで購入したジャッケトは今でも大事に着用しており、素晴らしい品物を提供して頂いた店主には感謝している。現在、「尾張屋」さんは、建て替えられ立派なギャラリ-として生まれ変わった。

 

・小田原は背後に箱根の山々が連なり、正面には明るい相模湾が広がっている。海の幸、山の幸が豊富で安い。また年間を通して気候も温暖で、台風も来ないなどの理由から、市内にはマンションが建てられるようになった。また、交通のアクセスも良く、新幹線、小田急線が利用できる。新幹線通勤しているサラリ-マン諸氏は30分程で東京駅に着く。子育て世代の“小田原感„をブログで読むと-多くの意見として、学校は問題なく穏やかでのんびりしている。よく言えば真面目、悪く言えば田舎っぽいなどの見方が多い。共通しているのは、小田原は良い意味でも悪い意味でも“保守的”であると・・・。気になるのは小田原市の人口が減少している点である。一時は東京、横浜などの通勤圏と言われていたが、やはり通勤は50キロ圏であるとの見方が多く、その影響が人口減少につながっているのではないかと思われる。小田原の人口構成の特徴としては、大学生世代の増減、就職時期における増減などもなく、2005年における50代後半の世代の割合が最大となっており、全国平均と似た人口構成となっている。

祭日になると、小田原市内は観光客でいっぱいとなる。私見であるが、今後、同市は、観光商業都市としての小田原である。そのための施策をきめ細かく続けることが肝要である。筆者の知人の多くは、小田原は箱根の拠点であるという見方をしている。これからは小田原のヒンタ-ランド(後背地)としての箱根であることを強調すべきである。これまでの街おこしのための施策は、私が初めて小田原を訪れた時よりも成果は確実に上がっているように思える。

                <グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

マカオの今昔

2013年2月4日


・東京オリンピック開催を半年後に控えた1964年4月1日、日本政府は観光目的の海外渡航の自由化を認める。その1週間後、「団体観光旅行団」がハワイへ出発する。また、パンアメリカン航空協賛の『兼高かおる世界の旅』の放送も1959年に始まり海外旅行ブ-ムに火をつけ、本格化する1960年代、1970年代を迎える。中国のゲ-トウエイ(玄関)である香港、マカオ(澳門)は日本人観光客の最も人気の高い観光スポットとなった。当時、香港に住んでいた筆者も、大挙押し寄せる日本人観光客の熱波を今でもはっきり覚えている。あれから半世紀余り経った現在、高度経済成長の恩恵を受けた中国人(本土)に主役は変わった。


・マカオは中国広東省南部、珠江河口の西南部に位置し、マカオ半島、タイパ島、コロアネ島より構成されている。面積は29.2平方キロメ-トル(東京都世田谷区のほぼ半分)、人口は約54万9
,000人(2008年)である-95%は華人が占め、その中で最も多いのが広東人(約80%-44万人)、客家人(約20%-11万人)、いずれも近隣の広東省から来ている。その他にポルトガル人や、マカイエンサと呼ばれる華人とポルトガル人の混血(人口の約3%-1.6万人)である。世界銀行の統計によると、2009年のマカオのGDPは約186億ドル(約1.6兆円)で、日本の鳥取県(約2兆円)よりやや小さい経済規模である。1人当たりのGDP(6万7063ドル/2011年)は非常に高く、税収も潤沢であるのでマカオ市民には1人当たり年間10万円相当の年金が支払われ、また、教育、医療費は無料である。


・カジノ産業と観光産業はマカオ経済の主役である-GDPの約5割、政府収入の7割以上を占める。マカオ経済は好調なカジノ産業に支えられ、2011年の実質GDP成長率は20.7%増、失業率は2012年第1四半期2.0%と完全雇用に近い状況にある。CPI(消費者物価指数)は2012年5月現在、前年比6.76%の上昇となった。因みにマカオの産業は1970年代より香港資本よる繊維産業、1980年代に入り玩具、電気・電子産業が発展したが、華南地域のより低廉な労働力との競争で、第2次産業(製造業)のシェアは低下した。


・マカオ政府は2002年にカジノ経営権の国際入札を実施した。これにより約40年間、カジノ産業を支配していたスタンレ-・ホオ-(何鴻栄)経営の「澳門旅遊娯楽股份有限公司」の独占体制は崩れた。新たに香港系の「ギャラクシ-・カジノ」
(銀河娯楽場)と米国の「ウイン・リゾ-ツ」(永利渡暇村)社が参入した。この政策転換が功を奏し、より多くの外国からの投資を呼び込むことに成功し、コタイを中心に多くの新しいカジノやホテルができた。2009年5月現在、「リスボア」(葡京娯楽所)、「グランド・リスボア」(新葡京)、「サンズ」(金沙娯楽所)、「ウイン・マカオ」(永利澳門)や、新たに埋め立て開発されたコタイ・ストッリプの「ザ・ベネチアン・マカオ」(澳門威尼斯人度暇酒店)など29カ所の大規模なカジノが現在運営されており、カジノ企業間の競争は激しくなっている。なお、マカオ政府統計局が発表した2012年4月~6月の『カジノ産業人材需要・賃金統計』によると、6月末時点のカジノ関連13社のジャンケット(世話人)を除く従業員数は計5万2789人で、前年同期比11.6%増加した。性別では男性2万5006人、女性が2万7783人だったという。最も多いのは事務員で、12.1%増の3万9927人で、うち、ディ-ラ-は11.2%増え2万3144人となった。6月のカジノ従業員の1人当たりの平均賃金は1万7740パタカ(17万4600円)、前年同期比7.8%上昇している。


・これに伴い、観光客も2000年の800万人-2005年の1900万人と倍増したように観光産業の発展で経済は活況を呈しているのに加え-①中国本土から広東省経由でマカオへ入境することが2003年9月より原則自由になったこと、②2005年7月には22の歴史的建造物と8つの広場を含む地域が「マカオ歴史市街地区」としてユネスコ世界文化遺産に登録されたことなど、マカオの観光インフラは一層強化された。2006年のカジノの売り上げは69億5000万米ドル(約8400億円)に達し、これまで世界最大であった米国のラスベガスの65億ドルを超え、対外開放から僅か4年で世界最大のカジノ都市となった-この背景には膨張する中国経済から溢れ出る「チヤイナ・マネ-」と、新たな市場であるマカオの国際カジノ産業に流れ込む外資などがあると分析されている。2011年のカジノ産業全体の売り上げは2690.6億パタカ(約337億米ドル)となり、ラスベガスの約4倍の規模に成長した。マカオ政府が本年1月2日に発表した統計によると、2012年は3041億3900万パタカ(約3兆3200億円)と前年比13.5%増え、3年連続の2桁成長であった。ただし、中国の景気減速を映し、主力である中国本土からの客足が鈍り伸び率は低下したのに加え、沖縄県尖閣諸島を巡る問題で日本から香港とマカオを訪れる観光客の減少が続いている。香港、マカオの両政府のまとめによると、2012年11月の日本からの来訪者は、いずれも前年同月比3割前後減っており、同9月から3カ月連続の減少となった。中身をみると、昨年11月に日本から香港を訪れた人は8万4
,165人で減少し、マカオへの訪問者数も38.5%減って2万4,419人であった-マカオは中国の主権下にあるため観光客を中心に訪問を見合わせる動きが広がったためである。


・このようにマカオの経済と社会はカジノに過度に依存(客の8割は中国本土から来る)しているため、マカオ政府はカジノ依存からの脱却を図るためコンベンション、物流など非カジノ事業を発展させることによって、カジノによる経済への貢献を現在の9割から5年後の70~80%、将来的には50%以下に引き下げたいと考えている。喫緊の課題として労働力不足が深刻である点である。マカオの労働力は30万人しかいないため、マカオ政府は8万人の外国人労働者を導入し、移民も受け入れているが、労働力不足は簡単には解消できないのが現状である。

・カジノ産業が象徴的であるマカオであるが、マカオ自身の存在の特徴として-富士通総合研究所は、以下の諸点に言及している(2008年7月10日)。
⒈輸入関税が免除されるフリ-ポ-トと税負担が低いタックスヘブンは、ビジネス上で有利な環境にある。

⒉マカオは2億人にもなるポトガル語圏国家との経済的結びつきが強い。マカオはポルトガル語圏国家間の経済協力会議、中国とポルトガル語圏国家の経済協力会議も定期的に開催されている。マカオはこの2億人市場へのアクセスへの近道である。

⒊マカオは中国の特別行政区であり、経済面でも中国がマカオを全力でバックアップしている。マカオは中国との間には香港と同様に経済貿易緊密化協定(CEPA)関係を結んでいる。

⒋マカオは地理的に中国の華南地域の珠江デルタ地域にある。珠海市と陸続きで、香港に近い。広東省、香港及び中国の華南地域を含む汎珠江デルタ地域において、経済協力の枠組みがすでに機能し、マカオも重要な役割を果たしている。汎珠江デルタ地域はマカオの経済的ヒンタ-ランド(後背地)でもある。関連情報として(2013年1月29日)、マカオの崔世安行政長官は政府本部で中国の蒋耀平商業次官と会い、中国・ポルトガル語圏諸国経済貿易協力フォ-ラム第4回閣僚会議の開催の件について-「マカオ経済特区としては独特の有理な条件を活用し、中国とポルトガル語圏諸国の経済貿易面の交流、協力を引き続き促進し、これによってマカオの多様な発展を推進すると」述べている。


・なお、今後のマカオ経済の見通しについて、以下の3点を指摘したい。

⒈マカオ経済の最大のスポンサ-は中国である。最近の中国経済は減速基調で推移しているが、明るい兆しとして、本年に入り上海株式市場は急反発し、昨年12月の新築住宅価格は9カ月ぶりに反発し、早くも不動産価格が再び加熱し始めている。マカオ経済は中国経済しだいであるが、恐らく2016年まではマカオ経済は堅調に推移すると思われる。

⒉「北京広州高速鉄道」(北広高速鉄道)と広州珠海ライトレ-ル(広珠軽軌道)の昨年末の全面開通により、中国各地から鉄道でマカオに行くという新しいル-トができて、その効果で今年はマカオを訪問する中国大陸の旅行客数が最低10%増加することが見込まれている。また、移動時間が短縮されることによって観光客のマカオでの滞在期間が長くなり、それがカジノ、観光、ショッピング、食事などの消費増加に確実繋がると言われている。この動きに対してマカオの観光業者は、「2013年はマカオを訪問する旅行客数が増えると確信している」と述べている。

⒊輸送コストの短縮化のために中国の広東省珠海市・マカオ(澳門)・香港を結ぶ「港澳田大橋」の建設が2009年12月15日に始まった。同橋は一部トンネル部分を含め全長49.968キロメ-トルで、世界最大規模の海上橋になる。総工費は700億元(9090億円)以上と見込まれ、2015年、2016年の全線開通を目指す。同橋の完成で、移動時間短縮と物流コスト低減よる珠海・マカオ・香港経済圏としての一体化を促進することができる。すでに珠海市内では不動産価格の上昇が予想されている。


・半世紀前、日本人にとって香港・マカオは海外旅行のメッカであった。多くの老若男女-中には腰の曲がった高齢者の方々も満面笑みで異郷の地で束の間の楽しい時間を過ごした。マカオは狭い地域に55万人が居住し、多くの人達が観光産業、カジノ産業に従事している。中国経済の影響が大きいマカオ経済ではあるが、今後とも観光業、カジノ産業を核とする経済インフラの一層の充実を図ることがマカオ不変の道である。今やマカオは巨大な“カジノ都市国家„を形成しているように思える。

<グロ-バリゼ-ション研究所>所長 五十嵐正樹

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