2017年02月

明治時代の世相(2)-洋装の始まり-

2017年2月21日

〖プロロ-グ〗

・ちょんまげ時代(江戸)は265年の長きに及びました。世は明治の御代(1868年/明治)に変わり、日本中が「文明開化」と呼ばれるようになります。「文明開化」とは、福沢諭吉が『文明論之概略』(1875年/明治8年)の中で、civilizationの訳語として使ったのが始まりです。要は、世相風俗が従来の封建社会から大きく変わった時期を指し、その象徴する言葉として“散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする-です。

・具体的なイメ-ジとして「文明開化」とは-洋服、シルクハット、洋傘、靴、煉瓦街・ガス灯、洋食、人力車、馬車、鉄道などを想像します。当時、外国人が住んでいた横浜、神戸などの外国人居留地や日本の首都になった東京が発信基地です。西欧の街風景をまねた洋館、煉瓦造りを背景に、妙齢なご婦人が銀座を“しゃなりしゃなり”歩く姿や蝶ネクタイをしたジェントルマンが片手に洋傘を持ち銀座を闊歩する姿は、まさしく文明開化で、空を見上げると広く澄みわたり、街は今のような喧騒はなかったのです。

〖洋装化の流れ〗

(政策の動き)

・江戸時代・封建制の和服から明治時代の文明開化の洋服への展開は、多くの時間を要しました。江戸時代には「公家の規定」と「武家の規定」の二つの制度がありました-明治政府の判断は、この二つの服制と洋服の導入の間で葛藤がありました。明治3年から4年に軍人・郵便集配人・警官などの洋式制服が決定し、同5年には礼服を様式とする新服制が発布された(太政官布告399号)。しかし、洋装化には島津久光を筆頭とする反対は強く、太政大臣三条実美の免職願いにまで発展しました。

・洋服への転換は、外交上の必要性と機能性を根拠に推進されましたが、しかし、最大の公的根拠は、王政復古と軍国であったといえます。明治4年の「服制を改むるの勅論」では、公家式の衣冠制度が中国の模倣であり、神武天皇時の姿は異なる衣服であったこと、これまでの制服が「軟弱」であり、強い武力の国をつくるために服装の一新が必要であることが述べられています。天皇の断髪・軍服姿は、こうした象徴でありました。男性の洋装化は、政府主導のもとに推進され、定着したのです。

(普段着は)

・明治維新は、旧来のすべての慣習がチャラになったことを意味します。日常生活の面でも人々は、大いに戸惑ったことが容易に想像できます。しかし、人々は普段の生活から一気に変革を求められてわけではありません。庶民の生活は緩慢な流れの中から自分なりの変化を求め、まずは、男女ともに普段着は着物でした。軍人や役人、上流階級の人々の間では、制服や洋服が広まりますが、外では洋服を着用する男性も、帰宅すると、着物に着替えてくつろぎました。

・女性は、明治に入っても、相変わらず着物に日本髪が主流でしたが、文明開化によって、化学染料を使った染物や西洋風の模様が取り入られ、着物の色・柄が華やかなになりました。また、「袴にブ-ツ」や「着物にショール」など、和洋折衷のスタイルが好まれたのです。

・一方、外務卿井上馨を中心に「鹿鳴館」の建設は推進され、ジョサイヤ・コンドル(英国/ロンドン)の設計により、日比谷の一角に1883年7月(明治16年)に完成しました。女性の本格的な洋装化の場として「鹿鳴館時代」、「鹿鳴館外交」と呼ばれ、欧化政策を象徴する存在でした。当初は、毎夜、夜会や祝宴が行われ、その主役は、鹿鳴館の華と言われた大山捨松(陸軍大将・大山巌夫人)、陸奥亮子(外務大臣・陸奥宗光夫人)などの貴婦人でした。しかし、日々の生活を追われる庶民にとっては、別世界の諸事でした。その支配層の多くは貧農出身の武士によって、階層は二分化されました。
AA2陸奥亮子
(出典:Wikipedia)



 



















 






















 

(洋装の苦しみ)

・「鹿鳴館」は、煌びやかな西洋風のパ-ティ会場に着物は不自然であったので、女性達はウエストをコルセットで締め付け、フレア-スカ-トをまとう西洋風のファッションを取り入れましたが、数年間しか続きませんでした。実は貴婦人を始め、多くの女性達は慣れないコルセットに苦しんでいたようです(後述)。女性の美は苦痛というコストを伴うものでした。134年経った今日でも、女性の美の追求は不断なく続いています。

〖報道面の事象〗

明治初年の東京や地方都市の街中を歩くと、服装の面で洋風と和風の合作のよる珍風景(和洋折衷)が見られ、聞野(ぶんや/新聞記者)のネタの種になっていました。明治人が如何に西洋の風を受け入れ、取捨選択し、先ずは自分流にすることの気概が、当時の新聞記事の中から見られ、明治人のエネルギ-がほとばしる姿を直視できます(原文)。

➀違 和 感

(コルセット)

12の紳士、淑女が首唱せし束髪(婦人の西洋風髪型/明治初期から流行)とともに流行(はや)り出せしは女洋服にて、すでにやんごとなき筋より告論もあり、それに続きて伊藤伯爵の宮内大臣におわせし頃、しきりに奨励の手を尽くされ、我が国の文明を欧米と争わんは女性の品位を高むるにあり、それには従来深窓の下に潜みて人に遇うてまず羞る(はじる)を徳とする亜細亜風の陋風(ろうふう/旧来の)を打破せざるべからず。その第一着手は舞踏会なり、音楽会なりには従来の日本服は不都合なり。

・貴婦人令嬢の交際会なり、踊れ舞え、噺せ(はなせ)饒舌(しゃべ)れ。それには従来の日本服は不都合なり。必ずや洋服か、ああ洋服洋服。開化の美風を真正(正しいこと)に我が国に注入して、赤髯者流に長足進歩の-驚を喫せしむるは、真個(まこと)にただ婦人洋服の一事にあるかと百万慫慂(しょうよう/しきりに勧めること)せられたるが、その効験者しくして、世は靡然(びぜん/なびく)として洋服の境界に進みたり。しかるにこれをなす1、2年、どうもこの頃はお腹が痛む、なんだかお飯(まん)まがおいしくない-そりゃ胃病だ、子宮病だ。お出入りの医者は額を顰(しか)めて、奥様の御病気は全くコルセットの胸部圧迫に原因致す。

・夫人に容易ならぬ不自由を感ぜられては一大事、殊に新調の費用にはたとえ当惑の折柄なり。早速衛生論から持ち込みて日本服再登用と相なき向きも少なからず。けだし1人の難渋は千万人の難渋なり。これにより洋服の廃止論盛んになりて、先日喋々の利益談は今日種々の不便説となり、ついに府下の女洋服十が五、六を減じたり(「東京日日新聞」明治21年8月23日)。

(袴に靴は)

・教育上、服装の違和感を戒めています。原文をみると、「風習の奇異浮華に走る戒むるは教育上ゆるがせにすべからざることなるに、地方によりては女教員及び生徒中、往々袴を着け靴を穿ち(うがち/履き)、その他異様の装いをなすものあり、およそ服装等は努めて習慣に従い質素を旨とし、奇異浮華に流がれざるようにいたしたく、殊に女教員及び女子師範学校、高等女学校の生徒の風習は他に及ぼす影響も大なれば、いっそう注意あらまほしとその筋より各地方官へ通牒ありしやに聞く。実にかくありき事にこそ(「朝日新聞」明治16年5月27日)。

(洋書と洋服)

・近時はいろいろの流行物あり、競争の流行あれば景物(興味あるもの)の流行あり、中には喜べき流行は洋書と洋服の流行なり。府下の新聞広告を見るに、続々と「洋学独稽古(ひとり)」など題す(「朝野新聞」明治18年12月3日)。

②学   校

(予備門洋服)

・大学予備門の生徒は今度一同申し合わせて、モヘル(モヘア)の洋服を(上下4円50銭)を着することになりしにつき、生徒のうち資力の薄くして一時に代金を払いかねる者は、同門会計にて取り替え置き、3、4カ月に割払いをせしむる由になり(「東京日日新聞」明治28年12月10日)

(慶応生洋服)

・府下芝区三田2丁目なる慶應義塾の生徒は従来たいてい和服を着用しいたりしが、今度生徒中の過半が申し合わせておそろいの洋服に改め、その帽子には前面に洋筆(ペン)を交叉したるしるしを付することとなし、このほどその裁縫方を銀座2丁目丸善裁縫店に注文したる由なるが、外套、クツをも合わせて11円余にて調達するはずなりと(「時事新報」明治18年12月21日」)。

(小 学 校)

・近来、小学生徒の洋服は漸次に行わる事になりしが、なかんずく横浜小学校の生徒は互いに競争して洋服を調整し、既にことごとく整頓したれば、明27日、生徒を2列に立て、木製の小銃を携え、太鼓、喇叭等(ラッパ)にて赤白の旗を押し立て、教員の指揮にて近郷を運動する由なり(「東京日日新聞」明治19年6月27日)

(子供の洋服)

近頃、高知上町辺では小児の洋服が大流行、しきりに裁縫店に注文する由なれば、追々愛らしい体裁を見ることならん(「高知日報」明治20年3月8日)。

③商   売

(大店の対立)

・大阪南区心斎橋筋清水町角の大丸は先祖伝来の呉服反物類を販売して、これまで更に船来品を商いせざりしが、近ごろ店の番頭、手代等に守旧党と改進党の二派起こりて、守旧党は、我が下村の店は祖先より以来、未だかって洋反物売りたる事なく、純然たる日本呉服商たり。しからばあくまでこの家柄を守りて変ぜざるこそ祖先への孝子にして、大丸の大丸たる面目なるべしと主張し、改進党の方は、商法は活機なり、世の変遷とともに推移して時好に適するものを鬻ぎ(ひさぎ)、世の需要に応じて商業の盛大繁盛を謀るこそ、かえって祖先への忠孝ともいうべし。

・なんぞ空しく旧態を墨守して店の萎靡(いび/衰える)を待つべけん。看よや東海道の鉄道数年出でずして成功すべし・・・中略・・・。あらかじめ該鉄道を利用して、我が商圏を皇張する策を講ぜずばあるべからず。それにはまず我が店率先して釐革(りかく/改革)を行い、他の標準に供すべしなど議論を喋々たりしが、今度いよいよ店の改革を行うなり。北区は従来の呉服物を陳列して守旧党の番頭が管理し、南店は船来品を陳列し、改進党の番頭が管理する。すでに一昨日より普請方が作事に着手する(「内外新報」明治20年2月25日)。

(外国人裁縫師)

・西洋女服は仏国人の裁縫に限り、男服は英国人の仕立てに限るとは欧米各国人の賛評する処なるが、三井洋服店にて開業以来繁昌なれば、裁縫人を雇い入れてますます家業を盛んならしめんとて、過日、三井物産会社長益田孝氏の欧米へ渡来の際、右英仏の職工雇い入れの儀を委託されしにつき、今般、益田氏の帰国に際し仏国の裁縫女工2名を雇われ同船されしが、英国裁縫師は今般の船に間に合わざるより、該仏国女教師に支那人をつけ、英国裁縫師の来るまで間に合わす事にて、一昨々日、横浜居留地支那人にて裁縫に熟練せし者数名を雇い入れられたり(「朝野新聞」明治20年11月20日)。

(はやり、すたり)

・昨年まで府下流行物中の流行ともいわれたる長外套の、しかも外ボタンつきは、今は不粋不風流の極みとして退けられ、短くしてようやく腰の辺に至る仏蘭西(フランス)流の外套ひとり勢力をほしいままにして、かしこの夜会ここの宴席に現る。その地も玉羅紗は古りたり、薄鼠色の羅紗ひとり勢いよし。さてまた倫敦(ロンドン)昨年の流行なりとて茶の弁慶鼠色の土識盛んに輸入ありたれば、今年夏服の流行はこの辺にあるべきか(「東京日日新聞」明治22年3月19日)。

 〖エピロ-グ〗

・明治時代は45年続く。維新という言葉に明治の為政者は奔走した。急速な近代化は、明治人は驚きの連続であったに違いない。市民はこれまでの日常生活を変えることが西洋化の一歩であったと分かっており、先ずは不便な着物を脱ぎすてようとしたが、多くの明治人は、経済的な理由により着物の生活を続けることになる。

                            (グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

(引用資料)

・「ニュ-スで追う明治日本発掘」94年10月25日、初版第1発行、河出書房新社

・「お茶の水女子大学人文科研究第6巻」阪本佳鶴恵論文、2010年3月30日

・「明治大正見聞記」生方敏郎、中央公論社、昭和55年4月15日3版

・「装いの文明開化」~官僚から庶民まで~国立公文書館、アジア歴史資料センタ-

・「SUUO」明治時代の庶民の暮らし?2013年7月30日、西洋化する日本人の生活の軌跡    

・ウイキペディア

中国からみたトランプ政権の行方

2017年2月7日

〖国家の価値観〗

・今年1月20日、米国第45代大統領としてトランプ氏が就任した。大統領選当時から盛んに過激な言動(内外政策)を繰り返し、就任後の政策が予見された。その主要な施策は米国のTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱です。

・この動きは米国の貿易政策が新しい時代に入ったことを意味し、今後のトランプ政権の貿易政策がさらに国際協力から距離を置いたものになるかが、世界から注目されています。

・このTPP離脱は、米国の反グロ-バリズム主義の始まりです。反面、中国が国家戦略として推進する「一帯一路」構想はグロ-バリズム主義です。事例として、ダボス会議(1/17)で、習近平国家主席が「経済のグロ-バル化」を推進するとの発言です。

〖現    状〗

(対   話)

・トランプ次期大統領は当選から5日経った11月14日、習近平国家主席と電話会談を行い、習氏は当選への祝辞を述べます。当選当日の日に祝電を打った上での電話会談ですので、中国がトランプ政権を重視しているかが伺えます。トランプ氏は、習主席が私の当選を祝福してくれたことに感謝の意を伝えます。

(反   発)

・トランプ氏は昨年12月2日に台湾の蔡英文総統と電話会談行います-米国が台湾と断交した1979年以来、初めてで、中国が直ちに反発します。トランプ氏は中国と台湾の不可分の領土とする「一つの中国」原則にも縛られないことを表明しますが、同問題は、中国の核心利益のため、中国の琴線に触れたことになります。

・1月20日、トランプ大統領就任後、未だに中国首脳との電話協議は行われていません。米中間の“すきま風”を象徴する事態と言えます。対話の面では、歴代米大統領は春節時に在米華人への祝賀メッセ-ジを慣例としていますが、トランプ大統領は発表しなかったため、「中国軽視」を疑う声が、中国国内で上がっています。

・但し、在米国中国大使館は2月1日の夜、春節を祝うイベント(歓楽春節-中国文化の夜)催し、トランプ大統領の娘、イヴァンカ・トランプ氏が参加し、注目を集めます(注1)。安倍総理は1月28日の春節に合わせて、在日中国人へ向けた祝賀メッセ-ジを発表しています(注2)。

〖中国の視点〗

(政権の性格)

・米国大統領に当選したトランプ氏の就任前の一連の不適当な言動により、新たな政治過渡期に入った米中関係は正式に始まっていないうちから揺れ動いています。これは、今後4年の両国関係にとって決して吉兆ではありません。政治経験のないトランプ氏が「重商主義」のスタイルと感情的な方法で対中関係を粗雑に処理し、厳粛な国家関係を「取引」と見なすかもしれません(注3)。

・経験に照らすと、米中関係が直面する最も危険な局面は、核心利益問題をめぐって「手の内を見せた最後の勝負」をかけざるを得なくなります。中国側にとって、台湾や南シナ海など国家主権にかかわる問題は、明確な国家利益が存在します。米国にとっては、経済回復の勢いを維持し、米国が「再び偉大になる」ために基盤を築けるかどうかが核心利益です。

・ここで言う核心利益とは、それが侵されば、必然的に激しい報復が起き、双方ともに甚だしい代価を払うことを意味します。台湾問題で、トランプ氏が大胆にも米国の「1つの中国」政策を覆せば、“米
中断交も考えられる”。ブルッキング研究所のリチヤ-ド・
C・ブッシュ氏、前NSCのエバン・メデイロス氏などは「台湾は取引の材料ではない」と注意を促しています。

TPP離脱後)

・トランプ政権は1月23日TPPから離脱しました。これは米国の貿易政策が全く新しい時代に入ったことです。今後、同政権の貿易政策が国際協力から距離を置いたものになるかが各方面から注視されています。離脱の背景として-グロ-バル化と自由貿易は米国経済を成長させたが、国内の製造業は不振に陥り、製造業で働く人々は十分な支援を受けていなかったのです。

・以上の状況を反映して、米国民は昨年の選挙では最終的に米国民の反グロ-バル化の潮流が沸き起ことになります。トランプ大統領は米国民が直面する経済的苦境は主に貿易と貿易協定によるものとの見方を示します。この元凶から抜け出す方策は、大規模な地域貿易協定には今後署名せず、1対1の二国間貿易協定の交渉を重視するという姿勢を示しています(注4)。

〖中国の対応策〗

(知恵で貢献)

・米国と一部の欧州諸国を始めとする先進国は経済グロ-バル化の流れに逆らい自国を守ろうとし、世界経済の不確定性を大幅に高めています。責任ある大国、世界の第二位の経済国である中国は、世界経済の安定に向け努力し、保護貿易主義に反対し、中国の知恵で貢献します(注5)。

・中国はすでに金融政策・財政政策・構造調整を結び付け、供給側の構造改革を拡大し、新技術革命の成果を十分に活用し、アフリカ諸国と後発開発途上国の工業化を実現すると表明します。中国の方策は、“米国第一”と表明するトランプ政権の保護主義の悪影響を相殺します。

・具体策として、中国が提案した「G20世界貿易作業部会の作業職責」「G20世界貿易成長戦略」が承認されます。貿易コスト削減、貿易・投資政策の連携促進、貿易金融の強化、電子取引の発展促進などで、重要な貿易・投資発展目標に対して、長期的かつ安定的なメカニズムをもたらします。

〖中国の利害得失〗

(関係国の期待)

・トランプ大統領の反グロ-バル主義に加え、連日連夜の常軌逸したツイ-トによる暴言は各国首脳に何らかの影響をもたらしたのは事実です。オバマ政権下で音頭を取ってきたTPPを、トラップ大統領はいとも簡単に離脱します。これに幻滅したアジア各国の指導者は「中国主導」の代替案が打ち出されるのを待ち構えていますが、当の中国政府は新たな多国間貿易協定の枠組み構築で、主導的な役割を果たしたくないと表明しています。

(中国の戦略)

・中国はかって、TPPから外された後、これに真っ向から対抗する姿勢を取ってきます。具体的にはAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、IMF(国際通貨基金)に人民元のSDR(特別引き出し権)構成通貨採用をはたきかけ、「一帯一路」構想(one beltone road concept)に基づく大規模投資を通じて、アジアやアフリカ、欧州諸国との関係強化に動いています。

(中国の指導力)

・ベトナムはTPP批准案の国会提出を先送り、オ-ストラリアはRCEP(東アジア地域包括的経済連携)とより野心的なFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の支持を打ち出したし、RCEPASEAN(東南アジア諸国)加盟国プラス中国、日本、オ-トラリアなど6カ国の貿易障壁引き下げ、投資促進を提案したものです。米国はRECEPFTAAPのどちらも対象外になっています。

・中国自身は今、米国を犠牲にした上で、停滞した貿易協定交渉を進める絶好の機会を確保している状況を好ましく思っていないようです。というのは、強力な貿易協定が、中国が保護している産業を競争にさらすという点を考えると、TPPの圧力がなくなった場合にも、中国が一体どれだけ本気でアジアの自由貿易を推進するつもりがあるのかという疑問を払拭できません。アジア貿易の発展が必要としているのは指導力、それも中国のより一層の指導力です(注6)。

〖所    見〗

・世界経済は、トランプ大統領が唱える「米国第一主義」は、反グロ-バル主義の象徴です。これまでの大統領令を見ると、政権始動後のTPPからの離脱」や「中東・アフリカの7カ国かの入国の一時停止」で、配慮欠く危うい「取引外交」です。これは、「米国の理念を破壊しています」(注7)。

・保守系米紙は「政策変更は国民の誰もが理解できるよう、徹底的な精査が必要だ」と批評し、公約実現を優先させるトランプ氏を批判しています(注8)。これは、トランプ政権が「素人政権」のように思えます。すでに大統領府と行政府の間で齟齬を起こしているのが、それを裏付けています。

・世界各国は、トランプ政権への批判を日ごとに強めています。その反動から中国への期待する動きも起きています。だが、中国は本年3月の「全国人民代表大会」や秋に開かれる予定の「第19回党大会」があります-これは習近平国家主席の最後の5年であり、総括の党大会でもあります。

・このように中国は本年重要な政治マタ-控えていることから、大胆な内外施策は展開できないものと想定されます。今後の世界情勢はトランプ政権の強硬な施策の行方にかかっていますが、当面、同政権の政策変更(軟化)の期待は望めません。但し、米中関係喫緊なテ-マであり、核心利益である安全保障問題と経済問題(①南シナ海・尖閣諸島問題、②貿易インバランス/人民元安の人為的誘導)の動きには要注意です。

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

()

(1)「チャイナネット」2017年2月3日。

(2)「Record China2017年1月28日。

(3)「北京週報」2017年1月5日-「トランプ牽制の手立て」安剛(評論員)。

(4)「チャイナネット」2017年1月27日。

(5)「チャイナネット」2017年2月1日。

(6)「ロイタ-」2017年1月21日~香港BREAKINGVIEWS

(7)「ニュ-ヨ-ク・タイムズ」2017年1月30日。

(8)「ウォ-ルストリ-ト・ジャ-ナル」2017年1月30日。

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