2014年7月14日

(プロロ-グ)

みなさん、世界地図・ユ-ラシア地域を開いて下さい。先ず、中国の西南部に位置する重慶を見つけて下さい。この重慶市内の西駅から2011年4月7日、ドイツ西部の工業都市(ル-ル工業地帯の要衝)のデュイスブルグ(参考1)までの1万1179kmを16日間で結ぶ「新ユ-ラシアランドブリッジ」(中国名:「渝新欧鉄道」《渝は重慶の別称》)が全線開通したことをご存知でしょうか。この時から毎次の貨物列車には主に“重慶産PC„を積載して欧州市場へ輸送します。本年3月29日、習近平国家主席がデュイスブルグ駅を訪れると、重慶から走破し、貨物を満載した列車が計ったように滑り込みます。習氏は式典で「中独両国は協力を強化し、シルクロ-ド経済ベルトの建設を推進すべきだ」と、強調する(参考2)。

最近、ドイツのメルケル首相は7回目の訪中先にドイツ系企業が多く進出(省内約160社)している四川省成都(省都)を選び、VWの合弁会社を訪問します。また、前述の習近平国家主席の発言などから四川省の投資環境の変化は、「新ユ-ラシアランドブリッジ」の存在が益々重要なものとなっている表れです。以下、同鉄道の最近の動きについて見てみましょう(付図参照)。



【重慶市の経済】

(概   況)

・米国に次いで世界第二位の経済力をもつ中国、その一端を担う重慶市は中国の西南にあります。長江上流の四川盆地東部に位置し、中国の4つの直轄地(北京/上海/天津/重慶)の一つで、総人口2885万人、都市圏人口は671万人(2011年現在)です。市の面積は、ほぼ北海道と同じで、市内には多くの県や農村部を抱えています。また、重慶は長江沿岸にあることから、古くから水運が発達し、現在では中国物流の大拠点となっています。
・近年、「西部大開発」(2000年3月)の国策の実施と、それに伴う産業の沿海地域から西部地域への産業移転が盛んになります。加えて、三峡ダムの完成(2009年)で、1万トン級の船舶が上海から長江を遡って直接重慶まで航行できるようになり、併せて、整備される保税区との相乗効果で、重慶港は内陸の国際コンテナタ-ミナルとして大きな発展が見込まれています。従来から重慶の自動車・オ-トバイ産業の生産の約50%が国内向けで、世界最大のオ-トバイ用エンジンの生産基地でもあります。注目されるのは、新たな成長エンジンとして、輸出向けの電子情報産業が活況基調にあることです。

(輸出基地)

・2009年8月、米国のHPと台湾の電子機器受託製造(EMS)大手の富士康(ォックスコン)は重慶市政府と輸出用のノ-トPC生産基地を設けることで契約を結んでいる。重慶では初めてのノ-トPC工場設立を機に、台湾系EMS会社の多くが重慶に生産基地を設け、関連企業の進出が続き、現在300社近くがあります。重慶市政府は2011年7月、HPと新たな協力について合意し、共同で欧米からITアウトソ-シング業務を受け入れるためのクラウドコンピュ-ティング・デ-タの産業基地と、製造からソフト設計まで産業チェ-ンが完備したタブレトコンピュ-タ-産業基地を構築したことで、同市は重工業から電子産業基地へと変身を遂げます(注1)


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(付図)「新ユ-ラシアランドブリッジ」の走行ル-ト



【欧州への鉄道開設】

(輸出拠点)

・従来、重慶市は成都市や西安市と同じく電子産業の誘致に力を入れ、実績を上げています。重慶市当局は、同製品の欧州への輸出拠点としてのゲ-トウエイ(玄関)と位置づけ、そのル-ト確保が最大の課題でしたが、2010年10月から国内のコンテナ列車の試験運行段階に入ります(注2)。

20111月、「新ユ-ラシアランドブリッジ」の国際連絡輸送の列車(重慶-デュイスブルグ間)が試験運行します(注3)、2011年3月19日、重慶からPC(“重慶製造„)を積載して出発し、11179kmを16日間かけてドイツ西部のデュセルドルフに近接する工業都市デュイスブルグに4月5日に到着します。同年4月7日、重慶市当局は同鉄道が全線開通したと宣言します(注4)。

・この動きに即応して、世界最大のコンテナ会社「マ-クスライン」や世界最大の工業・物流施設の供給およびサ-ビス会社のプロロジス(米国)、香港招商集団などの国際的な物流会社が重慶に拠点を開設したのに加え、中鉄コンテナ公司、ドイツ鉄道(DB)などがコンテナ請負会社として事務所を開きます。

・従来、重慶からの輸出ル-トは長江を下って上海経由で国際航路を利用し、オランダのロッテルダムまで40日を要していましたが、「新ユ-ラシアランドブッリジ」を利用すると、その三分の一の16日間で到着することで、輸送コストも大幅に減り、同鉄道への期待もしだいに大きくなります。これまで、中国の発展の障害となっている中国船舶のマラッカ海峡通過が、この鉄道の開通で、“マラッカジレンマ„は、僅かながら解消されつつあります。

(輸送ル-トの現状)

「新ユ-ラシアランドブリッジ」は現代のシルクロ-ドと呼ばれ、以下、そのル-トです。①重慶西駅→陝西省西安→甘粛省蘭州→新疆ウイグル自治区ウルムチ、阿拉山口→②カザフスタン:ドルジバ→アルマトイ→カラカンダ→アスタナ→コスタナイ→③ロシア:エカテリンブルグ→ぺリミ→モスクワ→④ベラル-シ:ミンスク→⑤ポ-ランド:ワルシャワ→⑥ドイツ:フランクフルト→ベルリン→終点デュイスブルグです。

・2011年9月27日~28日、中国、ロシア、カザフスタン、ドイツの鉄道管理部門と重慶市政府は同市で「重慶、新疆ウイグル、ドイツ国際鉄道(DB)の運営会議」を開き、協力関係を築くための覚書を提携し、主要物流ル-トの目標として-①運輸効率を高め、通関手続きを簡素化し、輸送期間を16日から12~14日間に短縮する、②事故ゼロを目指し、沿線鉄道の補修と保安を許可する、③価格競争を高め、価格調整を行う、④デュイスブルグから重慶までの貨物輸送量はまだ少なく、空コンテナの回送計画を共同で制定する、⑤重慶~新疆ウイグル~ドイツ国際鉄道の会議を半年ごとに開催するなどが決まります(注5)。なお、同鉄道は最大でコンテナ50個分の積載能力を持っております。

(新たな運行計画)

・2014年の「新ユ-ラシアランドブッリジ」は、従来のIT製品専用列車の運行パタ-ンを変え、より多くの製品を積載し、高効率、安全、便利とコストの優勢性を発揮し、欧州の貨物を、同鉄道を利用し、中国のマ-ケットへ輻射できるようにする。この戦略は重慶をシルクロ-ド経済帯と長江経済帯の中枢として構築するのに非常に重要である(注5)。20141月末現在、「新ユ-ラシアランドブッリジ」は既に96回の定期運行の実績があり、貿易貨物の総輸送量は8434TEU(標準コンテナ換算)に達し、輸出品総額は30億ドルを超えている。

「新ユ-ラシアランドブッリジ」物流有限公司社長周樹林総経理は、「本年4月から公共定期列車の運行は毎週火曜、土曜の2回、6月から11月は毎週火曜、木曜、土曜の3回となる。冬季の運休を取りやめ、12月から毎週木曜、土曜の2回、定期的に運行する」(注6)。

・(既存のル-ト)

「シベリアランドブリッジ」:ナホトカ→ドイツベルリン、
走行距離:11600km/日数15
~16日。

「ユ-ラシアランドブリッジ」:江蘇省連雲港→オランダロッテルダム、
走行距離1100
0km/日数13~14日。



【蓉欧快鉄の運行】

・四川省成都(省都)とポ-ランドを結ぶ「蓉欧快速鉄道」(蓉欧快鉄」《蓉は成都の別称》)は、2014年4月27日、運行開始から1周年を迎えた。この間の定時運行率は99%で、中国各地から計8293トンの貨物を欧州へ運び、中国と欧州を結ぶ、新しい物流ル-トに成長する。成都税関弁公室の責任者によると、1間の運行状況は以下のとおり。

①運行した貨物列車は往復45本、運搬したコンテナは3704TEU(標準コンテナ換算)、輸送の貨物総額は1億5600万ドル、輸送量8293トンに達する-貨物は西南、華南、華東などのものである。この中には成都、上海浦東空港、蘇州パ-ク、無錫ハイテク総合保税区、上海青浦、江蘇呉江輸出加工区など10の税関特殊監督管理区域内の輸出貨物が含まれており、貨物総量は蓉欧快鉄が輸送した貨物の全体の51%を占める。

成都弁公室責任者の説明によると、税関特殊監督管理区域を支える蓉欧快鉄の役割は一段と鮮明になり、「蓉欧快鉄」を利用して輸出される特殊監督管理域内の貨物は一段と多くなっている。

③輸出される商品はノ-トパソコン、携帯情報端末、ハ-ドディスクドライブなど高付加価値商品が中心で、企業は物流コストを削減すると同時に、輸送の信頼性と物流の確実性を望んでおり、これは「蓉欧快鉄」の優位性でもある。

④成都税関によると、貨物を14日間で欧州に届け、その1~3日後に顧客に届ける体制が確立され、定時運行率は99%にも達する。列車の効率的な運転確保のため、多くの特定申請制度などの改革措置を行う-成都の青白鉄道検問所では、「税関と検査検疫部門による合同検査」を実施、貨物の拘束時間を出発前の48時間から12時間に短縮し、通関効率の向上を行っている(注7)



【所   見】

・「新ユ-ラシアランドブッリジ」の評価について、デュイスブルグ港の広報担当ユリアン・ベッカ-氏は、「同鉄道は象徴的な意味合い以上の価値がある」と。ドイツの鉄道コンサルティング会社関係者は、「現段階では中国からの欧州に向かう貨物の方がはるかに多い。これは問題である」と語っている(注8)。この点について、「新ユ-ラシアランドブリッジ」社長・周樹林総経理は、「帰路の貨物について、欧州と沿線の自動車部品、医療品、食品、機械設備、化学工業製品など付加価値の高い物を主とすると述べている(注9)。また、最近の情報によると、日本の大手商社は、この路線に冷蔵・冷凍コンテナを整備し、「欧州から中国内陸への食の輸入ライフライン構想」が浮上しているという(注10)。

・中国経済のグロ-バル化の一端として、重慶の物流圏は、中国西南部と東南アジアに拡がり、ベトナム、ラオスの貨物が重慶に集積され、ここを中継点として欧州に輸送できるようになったことは拡大のための第一歩であり、その意義は大きい。

・中国の物流革命は必然的に周辺諸国を巻き込んだ国際物流の変革が始まっており、重慶が欧州のゲ-トウェイとしての存在感を増している。だが、同じ軌道を走る「蓉欧快鉄」の運行により、鉄道の走行時間が「新ユ-ラシアランドブッリジ」よりも欧州への到着日数が2日間短縮し、また、成都税関の通関効率向上のための努力重ねている。同じ軌道を走るこの2本の鉄道は、今後とも双方の競合により、相乗効果を発揮し、発展が見込まれる。

・メルケル首相は北京に入る前、成都のドイツ企業の活躍ぶりを見たうえで、習近平国家主席との会談に臨んでいる。習氏は中国の最優先課題である「西部開発」について、「ドイツが協力して同開発を進めてくれると信じている」と、ドイツへの期待が大きい(注11)。この両国の大きな環境変化の中で「新ユ-ラシアランドブッリジ」の存在は高まるばかりである-中国経済のグロ-バル化が着実に進展していることを物語る。

(注)

(1)「中国・包装物流情報」(No.58)、2011年11月1日、5頁。

(2)「中国国際放送局」20101018日。

(3)「華龍網」2011年1月29日。

(4)「重慶市人民政府」(HP2011年4月14日。

(5)「中国・包装物流情報」(No.58)、2011年11月1日。

(6)「新華社」2014年3月13日。

(7)「中国通信」2014年4月30日。

(8)「AFP」2014年4月5日。

(9)(注6)と同じ。

(10)「産経新聞」2014年7月12日。

(11)「東京新聞」2014年7月8日。

中国の対独貿易総額(2013年)は1930億ドル(約19兆7000億円)と突出。一方ドイツも世界最大の自動車工場市場となった中国との経済交流を重視し、貿易相手国としては、フランス、オランダに次ぐ第3位である。

(参考1)「AFP2014年4月5日」、デュイスブルグは、ライン(Rhine)とル-ル(Ruhr)の合流点に位置し、世界最大級内陸港を有するドイツ有数の輸送中継拠点である。人口48.8万人である(国連資料2012年)。

(参考2)「シルクロ-ド経済ベルト構想」は、習近平国家主席が2013年9月、カザフスタンのナザルバエフ大学で講演した際、シルクロ-ド経済ベルトという戦略的構想を打ち出し、国内外の各方面で注目を集めた。中国の西部地域の発展や拡大を欧州・アジアの内陸地域やさらには欧州地域全体にまで広げていこうとする広大な経済構想である。「人民網日本語版」2014年1月22日。

(参照)拙稿「中国の西の玄関 新疆・阿拉山口駅の現状について」、
グロ-バリゼ-ション研究所所収、2012年4月27日。

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹