2019年1月20日
〖プロロ-グ〗
・半世紀前、著者がまだ新人サラリーマンの頃、中央線・武蔵境駅で乗車し、三鷹で各停(総武線)に乗り換え、四谷まで約30分は読書の時間、周りを見渡すと乗客の多くは新聞、単行本などを読んでいた。各駅の新聞スタンドは渦巻き状にした新聞をお客は引き抜いて買い、慌てて満員電車に乗り込んだ。車内の新聞を読んでいる人は貪るように紙面を上手にたたんで読んでいた。日本経済が右肩上がりの高度成長期の車内風景である。半世紀後、世の中は大きく変わった。車内風景はスマホ化し、紙の文化はなくなった。家庭では新聞の定期購読も少なり、電子版に切り替える人が多くなった。同様に本を見る人も減り、店をたたむ駅前の本屋もいたる所に出現した。この報告は、最近の中国における読書事情の一端を紹介する。
〖市民の読書〗
(時間/特徴)
・中国の人口は13.86億人(2017年)-首都北京の人口は、2171万人。2017年の北京市の総合読書率(参考1)は全国平均を12.69ポイント上回った。市民の1日当たりの平均読書時間は65.09分(・紙書籍21.07分・電子書籍44.02分)で、とくに、紙書籍を読んでいる人が大幅に増えている。北京市新聞出版広播電影電視局(ラジオ・映画・テレビ)の楊爍局長は以下のように明らかにした。
・今年度の北京市の読書の特徴は-①総合読書率が向上を続け、全国平均を上回った。②紙書籍の二-ズが大幅に増えて、書店で本を買う人が多くなった。③読書が深化し、読書関連のイベントがブ-ムになっていることなどを挙げている。
(読書数)
・統計によると、北京市民は1年間に1人当たり平均10.97冊(紙書籍+電子書籍)の本を読んでおり、全国平均の7.86冊を大きく上回っている-➀読書・文化の面の消費ニ-ズが向上を続け、市民の64.77%が書店で本を買うというのが依然として主な購入ル-トになっており、前年比2.91%上昇している。②北京市民の本の選択には明確な価値観と好みがあることが分かる。回答者の6割以上が「自己啓発書」や「仕事関連の実務書」と答えている(注1)。
(電子書籍)
・「北京メディア青春:北京新聞出版広電発展に関する報告(2016-17年)」が発表された。報告によると-2015年9月、北京市民の年間総合読書率は昨年度より1%増加し、電子書籍の読書率は初めて紙書籍を上回ったという。加えて、「第14回全国国民読書調査報告」によると、2016年の電子書籍を読む中国人成年者の割合は8年連続で増加してきているという。
・電子書籍の発展は、紙書籍の販売が不振となる(注2)。電子書籍が勢いよく発展しているが、前掲の調査報告のデ-タを見ると、2016年の中国人成年の平均読書量は7.86冊、うち紙書籍4.65冊、電子書籍の3.21冊を上回っており、成年者の51.6%が紙書籍を好む傾向がある。
・この報告によると、中国人成年者の読書率は58.8%で、成長は緩やかだが、2015年の58.4%より0.4ポイント増加したという。中国新聞出版研究院国民読書研究促進センタ-の徐昇国主任はこの現象は「紙書籍の人気が戻り始めている」ことである。
(書店盛況)
・紙書籍の増加の背景には、近年「書店に入って、紙の本を読む」という提唱に繋がっているという。長い間、「電子書籍読書」と「紙書籍読書」に対する読者の意識にある程度の誤りがあり、両者は対立しているのではない。電子書籍はメッリトもあればデメリットもある。従来の紙書籍は“深い思考には最適”であり、人々の教養を高め、それぞれの価値観の形成に大きな役割を果たしている。電子書籍と紙書籍はお互いに補完する関係にある。
・上海にある「上海書城」(年中無休/福州路)は7階建ての総面積3713平方メ-トル、建築面積4万平方メ-トル、約12万冊を取り扱っている巨大書店で、まさに“本のデパ-ト”である。あちこちで立ち読みや座り込んで読書に没頭している人や紙やペンを持ってひたすら写している人を見かけ、上海ではこれが普通の風景であるという。
(発信基地)
・北京に新たに24時間営業の「深夜書店」がオ-プンした。読書好きの多くは、前門大街の北側、正陽門箭楼からわずか100メ-トルほどの場所に24時間営業店「北京坊ageone」がオ-プンした。開放的な読書スぺ-ス、高くそびれる本棚がある。同書店はまるで新たな観光スポットのようで、多くの読者を魅了している(注3)。
・北京市西城区文化委員会の孫勁松主任は、「3~4年前にはすでに北京坊は改築・修繕が完了し、中国の生活スタイルの体験エリアとする目標を定めていた」と振り返り、「これは単純な商業プロジェクトではなく、文化的価値の発信を目的としたプロジェクトである。当時、ここに実店舗の書店を1軒建てることを目標としており、西域区政府の努力により、24時間営業の書店の建築案は最終的に実現した」と述べている。
(市 場)
・『2016年中国図書小売市場報告』によると、2016年中国図書小売市場の総規模は701億元(約1兆2020億円)で、2015年の624億元(約1兆690億円)に比べ、12.3%も増加した」と述べている(参考2)。
・中国新聞出版研究院国民読書研究促進センタ-徐昇国主任は、インタビュ-に応じ、「米国、英国、フランスなどの国で電子書籍の売り上げが落ち着きをみせているのに対し、紙書籍の売り上げは順調に増加しつつある。中国も同じである」と発言。
〖日本の現状〗
・文化庁の「国語に関する世論調査」は、全国の16歳以上の男女3000人を対象に実施。電子書籍を含む読書量の変化などについて今年3月にアンケ-ト調査を行った結果、①マンガや雑誌を除く1カ月の読書量は、「1~2冊」と回答したのが34.5%、②「3~4冊」は10.9%、「5~6冊」3.4%、「7冊」以上が3.6%だったのに対し、③「読まない」との回答が最も多く、47.5%に上った。特に高齢者に「読まない」割合が高く、70歳代以上で59、6%に上った。一方、20歳代は40.5%、10歳代(16~19歳)は42.7%だった(注4)。なお、未成年者のスマ-トフォン利用調査によると、1日の使用平均時間は3.2時間で、女子高校生に限ると6.1時間も使用している(注5)。
〖エピローグ〗
・上海にある書店「上海書城」の店内の熱気は、ほぼ5年前に著者も訪れた時、痛感した。このエネルギ-は明日の中国のパワ-となって、国力のアップグレ-ドに繋がり、将来、世界の科学技術、経済、政治、法律、文化などの面で大きな影響を与える。この中国人のエネルギ-が2010年にGDPで日本を抜き、米国に次いで世界第2位にランクアップしたことは記憶に新しい。日本の若者が本を読まないことは大学の生協の本屋さんからも聞いたことがある。売れるのは受講している“先生の本”だという。
・著者は時々神田神保町の古本屋街に出向く。店を構えているのは約200軒とも言われ、“紙書籍のメッカ”、“古本のメッカ”とも呼ばれる。1日中、人は絶えることない。外国人も物珍しいように古本街を闊歩する。中国から来た人が神田を訪れる前に京都の古本市で、「京都大学人文科学研究所蔵甲骨文字索引」を購入し、大変有益であったと-その後、神田を訪れ、現在も古本業が活況を呈している-という現地報告を読んだ(注6)。日本人の若者が我を忘れて、四六時中、スマホと“にらめっこ”している風景は当分続く。この言わば自縛は自分自身で解き放すことはできる-たまには、神田神保町に出かけ、紙書籍に触れると将来の展望は開けるかもしれない。
(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹
(注)
(1)「人民網日本語版」2017年12月14日。
(2)「人民網日本語版」2017年12月12日。
(3)「人民網日本語版」2017年11月17日。
(4)「産経ニュース」2014年10月11日。
(5)「読売新聞」2017年3月6日。
(6)「人民網日本語版」2019年1月17日。
(参考)
(1)総合読書率:月刊誌/週刊誌/書籍のいずれかを読んでいる割合である。
(2)日本の出版市場:2017年出版市場規模
1兆5916億円(紙書籍/1兆3701億円<6.9減>+電子書籍/2215億円<16%増>