2019年11月13日


〖プロロ-グ〗

▹1997年7月1日、香港返還式がコンベンションセンタ-で行われ、著者も歴史的な出来事を傍らで過ごした。それから22年、香港は変わってしまった。香港で長引く抗議デモの影響が外資系の企業活動や香港の経済にも及んでいる。中国政府は企業がデモに同情的な態度を取ることを許さず、デモ締め付けの一つの手段として企業活動にも介入している。また、中国からの観光客が大幅に減少し、小売業にも影響が出ている。

▹香港の外資系企業は6月に大規模デモが始まった当初、社員のデモ参加を容認するなど抗議運動に理解を示していたが、変化の兆しが表面化したのは8月16日のキャセイ航空のルパ-ト・ホッグ最高経営責任者(CEO)の辞任だった。8月上旬に行われたストライキで欠航が相次ぎ、中国政府は、「従業員のデモの参加によって安全上のリスクが生じた」などとして同社への圧力を強め、労働組合の活動に関与した従業員の解雇が相次いだ。

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〖経済概況〗

▹抗議デモが長期化する香港経済は予想以上に悪化している。2019年第2四半期(7-9月)の成長率は前期比でマイナス3.2%となり、リッセション(景気後退)に入った。香港経済の不況入りは、過去10年で初めてである。第3四半期の成長率は前年比と比べた場合、マイナス2.9%で(速報値)あった。

▹香港経済は、米中貿易摩擦、中国経済の後退で足踏みを続けている。5カ月間続く抗議デモが景気鈍化に拍車をかけている。観光業も不振で第3四半期の訪問客数は前年同期比で37%減を記録(速報値)。ホテルの稼働率は28%減少し、1部屋当たりの収益率の下落を報告する高級ホテルチェ-ンもある。

▹小売業も打撃を受け、過去数カ月間、閉店時間の前倒し、営業日の短縮などを強いられている。また、デモ参加者は自らの主張に同調しない店舗、レストラン、銀行などを襲い、建物の損壊や放火をしている。複数のエコノミストは今年の経済成長率は0~1%との当初の目標数値に到達していないと予想。あるエコノミストは、本年は0.1%、来年は0.6%成長と予測している。

(分野別)

<海上大橋>

▹中国が威信をかけて建設した香港、マカオと中国本土側の珠海を結ぶ世界最長の海上大橋(港珠澳大橋/総工費約1兆7千億円)の開通から1年が過ぎたが、香港の抗議デモの深刻化で利用数が計画通り(当初の予想1日9200~1万4千台→現在約4100台)に伸びていない。

▹中国政府は3地域を一本化して地域経済圏を築く構想を推進しているが、香港では経済や人の往来の垣根が下がって融合が進むことへの警戒感が増している。中国側は香港を牽制するためマカオ経済を重視する姿勢をちらつかせており、香港のデモが近隣地域にも影響を与えている。

<金融市場>

▹香港株式市場はIPO(新規上場)調達額で2018年は世界トップであったが、市民の抗議デモが影響して6~7月に予定していた大型上場を相次いで見送られ、8月のIPOはわずか1社に留まった。ジャク・マ-氏(馬雲)が率いる中国ネット大手のアリババも香港でのIPOを見送っており、香港の資本市場の行方に一石を投じた。加えて、2019年11月13日の香港の株式市場は26498ポイント(ハンセン指数)で、節目の27000ポイントを大きく割り込んだ(-2.1%)。市場関係者は、当面反騰の期待は難しいとみている。

▹一方、欧州系格付け大手フィッチ・レ-ティグスは9月5日、香港の外貨建債券の信用度を示す格付けをAAプラスに1段階引き下げた。中国本土と香港の融合が進んで「一国二制度」が岐路に立っていると指摘。引き下げは1997年に香港が中国に返還されて初めてであると、その“深刻度の度合い”は際立っている。

▹英国のシンクタンク、Z/YENグループがまとめた2019年の国際金融都市ランキングによると、香港はニュ-ヨ-ク、ロンドンに次ぐ3位であった。政治の安定も評価され、国際金融センタ-として、アジアでトップの存在感を誇ってきた。しかし、外資系金融機関の間で、アジアの中核拠点として香港を敬遠する動きが徐々に広がりつつある。ライバルであるシンガポ-ルへの移転が進めば、金融面での競争力の低下は避けられない。香港政府の覆面禁止の措置が、経済への打撃を一層深刻化する恐れもある。

▹中国政府の中には香港の今後の行方次第では、「マカオ証券取引所」を設立する動きが出ている。中国共産党機関紙人民日報系の環境時報は“マカオは金融センタ-になる実力を持っている”との識者論文を掲載している。いうまでもなく「金融センタ-」は“香港の代名詞”で、識者論文は「最大限に『一国両制度』の優位性を発揮し、さらに大きな発展を経済で得ることができる」と、香港で疑問視されている一国両制度を引き合いに出す形で、マカオの将来性を強調している。

<観光業>

▹公共交通機関が使えなくなると来店客数も確実に減るため、マイナスの影響は計り知れない。このように抗議デモは香港経済に大きな影響を与えている。香港紙サウスチャイナ・モ-ニング・ポストによると、香港で新型肺炎(SARS)が流行した2003年以来の落ち込み幅となったと伝えている。

▹香港政府の陳茂波財政長官は、8月の一部地域のホテルで宿泊率が5割以上減少し、宿泊価格も7~4割下落、多くのホテルの経営を圧迫している。「地下鉄や空港など重要な交通インフラへの妨害が何度も発生し、国際会議や展覧会、イベントなどが大きな影響を受けている」と述べている。

▹香港の人気テ-マパ-クも軒並み苦戦している。同氏によると、9月5日昼、香港ディズニ-ランドのフ-ドコ-トやレストランは“3分の2が空席”であった。大半のアトラクションも列に並ぶ必要がなかったという。また、香港紙・蘋果日報(リンゴ)によると、香港オ-シャンパ-クは7月、8月の入場客数が前年同期に比べ26%減少した。

<航空会社>

▹全日空は10月31日、香港発着便の需要が急減したことを受け、12月から来年3月にかけて減便、運休するなど運航計画を縮小すると発表した。1日1往復の中部空港発着便は運休するほか、成田発着便は1日2往復を1往復に減便。関西発着便は、1日1往復は変えないが、座席数が3割弱少ない航空機を使用するという。

▹香港航空(CRK/HX)は、運航路線の一部を見直すと現地時間11月4日に発表した。香港で活発化している市民デモの影響によるもので、香港-ロサンゼルス線を運休するほか、日本路線を含む一部路線の便数を削減する。ロサンゼルス線は、2020年2月6日が最終便となる。減便の対象となるのは10路線で、うち日本路線は成田と関西、札幌、那覇の4路線、残り6路線は海口と杭州、南京の中国3路線と、ソウルとバンクバ-、バンコクの路線となる。

<財界人>

▹香港の有力経済団体、香港総商会のハリレラ会長は6月13日、「逃亡犯条例」の原則には同意するとしながらも「市民の声に耳を傾け、有意義な対話を行うよう政府に求める」とコメント。その後、香港政府は同条例を正式に撤回した(10月23日)。

▹香港の経済界は、中国本土との経済的な結びつきが年々強まる中で、親中派財界人の影響力が増している。中国の習近平政権が最近、香港を核とする国家プロジェクト「“粤港澳(広東省・マカオ・香港)大湾区”」を推進している折だけになおさらである。

〖エピロ-グ〗

▹香港の学生デモと取り締まる警察官との激しい衝突は際限なくエスカレ-ト。11月4日、上海で習近平国家主席と林鄭月娥行政長官が会談した。習氏は「暴力と動乱の制止と秩序回復が香港の最重要任務だ」と事態の沈静化を求めた。林鄭氏は最新の香港情勢を習氏に直接報告した。11月8日、新界地区で建物から香港科技大の男子学生(22)が転落死し、9日、香港民主派議員7人を香港警察は逮捕した。

▹香港情勢は極めて流動的であり、先行きは全く見通せない。米中の貿易懸念がくすぶり続ける中、11月11日には香港の株式市場は大幅に下落した。学生などを核とする政府への抗議活動は相場の重荷となっている。在香港の日系企業数は、引き続き国別第2位であるが、過半数は業績が悪化している。

▹しかし、香港の国際的な物流、金融センタ-としての香港機能は健全、事実上ドルペッグされた香港ドルの存在や、透明性の高い法治システムに支えられた機能は中国のどの都市も代替できず、中国が「一国二制度」を堅持する姿勢は変わらない。中国は当面は「暴徒」制圧の任務を香港政庁に委ね、事態の鎮静化を持つ構えである。

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

(引用資料)

・「CNN(香港)」2019年11月3日。

・「Aviation Wire」2019年11月6日。

・「経済動向」(香港)、日本貿易振興資料。

・「建国70周年、内憂外患の中で安定維持に注力する中国」、三井物産戦略研究所。

・邦字各紙など