2019年12月22日


〖プロロ-グ〗

▷1980年代半ば、日本の半導体産業は世界シェアの約50%を超え、世界を席巻した。特にDRAM(ディ-ラム)は日本の得意分野で、しかも廉価であった。これに対して、1970年代末から米国は通商法301条に基づく提訴や反ダンピング訴訟などを起こし、日本の半導体産業政策を批判し続けてきた。その背景には「日本の半導体の米国進出は、米国のハイテク産業や防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」というものであった。

▷それからほぼ30年過ぎた2016年以後、台湾の有力半導体企業などが日本の大手半導体企業を買収するケ-スが頻発している。鴻海精密のシャ-プであり、直近では新唐科技(ヌヴォトン・テクノロジ-)のパナソニックである。この相次ぐ台湾企業の日本企業を買収する背景には、中国企業の国際戦略が見え隠れする。この報告では、中台に跨る両国の半導体企業戦略の実情を直視し、今後の台湾企業の対日戦略の行方を探った。
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出所:「Dilma Rousseff

〖台湾企業戦略〗

<鴻海精密>

▷2016年3月30日、台湾大手企業鴻海(ホンハイ)は紆余曲折を経て、取締役会を開き、シャ-プ買収を決議した。同グル-プで、シャ-プの3888億円の第三者割当増資引き受け、議決権の66%を握る筆頭株主となった。世界最高の液晶技術(亀山モデル)などを持っていたシャ-プの凋落ぶりは、日本の半導体産業の行方に暗雲が立ち込めた。

▷シャ-プを買収した鴻海(ホンハイ)は台湾企業の時価総額ランキング20によると、第3位で、1兆521億NTD(3兆8296億円/1NTD=3.64円)である。鴻海社長の郭台銘氏は1950年10月18日(現:台湾新北市板橋区)生まれ。鴻海精密工業・鴻海科技(フォックスコン)の創業者、日本でも英語名テリ-・ゴウ(TerryGou)とも呼ばれている。2018年の世界長者番付で台湾一となっている。

<新唐科技>

▷2019年11月28日、パナソニックは半導体事業から撤退する。台湾の新唐科技(ヌヴォトン・テクノロジ-)に事業会社の株式を売却する。半導体事業は赤字が続き、再建を断念したためである。既述のように日本の電機大手は世界の半導体市場を席巻したが、積極投資を続けた韓国・中国にシェアを奪われ競争力を失った。

▷パナソニックを買収した新唐科技は、台湾半導体のベンダ-(販売者)であるウィンボンド・エレクトロニクス(英語版)からロッジクIC事業を引き継ぐ形で、2008年に分社化された。ウィンドボンドの全額出資の子会社として設立、2008年7月に操業を始め、2010年9月に新規株式会社を公開した(TSE/台湾証券取引所:コ-ド番号4919)。

<聯華電子>

▷半導体受託生産世界3位の聯華電子(UMC)は2019年1月、富士通の三重県にある三重富士通セミコンダクタ-半導体工場を買収している。加えて、同2月、産業用コンピュ-タ-大手の台湾・研華(アドバンテック)がオムロンの子会社を買収している。台湾証券取引所及びニュ-ヨ-ク証券取引所に上場している。本部は、台湾は台湾新竹市新竹科学工業園区)。

(参考1

▷台湾企業の時価総額ランキングベスト20「台湾股市資訊網(2019年06月19日)によると、1位は、台湾積體(体)電路製造(TSMC)は半導体の大手で、時価総額6兆1066億NTD、第2位は台湾石化(フォルモサペトロケミカル)1兆1098億NTD、主力部門は石油である。3位は鴻海精密工業(精密製造/電気)、時価総額は1兆521億NTDである。

▷以下、4位中華電信は通信、8688億NTD、5位台湾プラスチック、7161億NTD、6位台湾化学繊維は化学、6505億NTD、7位国泰金融控股、キャセイユナイッド、金融、6274億NTD、8位南亜プラスチック、プラ、6242億NTD、9位富邦金融、5364億NTD、10位大立光電気、ラ-ガンプレシジョン(光学機器・スマートフォン向けレンズ)、精密機器、4970億NTD。

(参考2)

▷世界の半導体産業の色分けすれば依然、米国勢を中心した先端技術で世界をリ-ドしているが、韓国勢を筆頭とした新興国の半導体メ-カ-は、低価格を武器に汎用品で、シェアを握るようになった。質の先進国、量の新興国に勢力が二分化しているといえよう。市場規模も大きいメモリ(記憶装置)が得意なサムスン電子は新興国の象徴であり、2019年12月13日、中国西安に半導体工場を設立するとは発表した。投資額は80億ドル(8800億円)。スマートフォンで撮った写真や動画などを記録するNAND型フラッシュメモリ-の生産能力を高める。

〖中国企業戦略〗

<供給網)

▷台湾の積極的な対日買収の背景には、中国勢の脅威がある。これまで台湾企業は中国生産によるコスト削減と果敢な投資判断で電子産業の集積地としての地位を築いた反面、長期の研究体制や技術開発面で問題が多い。この弱点を突いた、中国勢の「紅い供給網(サプライチェーン)」の脅威が高まり、台湾の半導体政策は強化される。

▷中国は米国とのハイテク摩擦でカギを握る半導体の国産化へ膨大な資金(2040億元/約3兆1500億円)を新たなファンドとして組み入れる。2020年にはDRAMやNAND型フラッシュメモリーの本格量産を始めるたことで、台湾勢を猛追する懸念が広がっている。台湾は、日本企業との提携やM&A(合併・買収)を探る動きは2016年以降、増勢基調にある(台湾の半導体業界関係者)。

▷台湾勢が日本企業の事業を買収する動きは今後も続きそうである。反面、日本勢は半導体事業から撤退することになった。“半導体を企業の一部門”として抱えていた電機メ-カ-は世界の流れから脱落する結果となった。今回のパナソニックの事業売却も同じ流れの中にある。

<人材の引き抜き›

▷最近の中台の半導体企業の動きは、中国が高度な半導体人材を抱える“台湾からの引き抜きを加速”している点である。世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)の経営幹部から現場技術者まで幅広いのが特徴である。中国が2015年に半導体強化を打ち出してから動きが加速している点である。これまでに累計で3000人超を取り込んだという。米国との貿易戦争で半導体という弱点を露呈した中国は、今後資金力を武器に台湾からの人材獲得を強化し、半導体産業を強化する狙いである。

▷台湾の有力経済誌「商業周刊」によると、これまでに台湾から中国企業へ渡った“半導体技術者は約3000人強”とされ、台湾経済研究院も同規模の人数が渡ったと指摘している。台湾で半導体開発に携わる技術者は約4万人強いる。中国への技術者流失数は既に全体の1割近くに上っていることは明らかである。加えて、台湾経済研究院で半導体のアナリストを務める劉佩真氏は足元で中国への人材流失は加速している状況にある」と説明している。

▷中国への半導体人材の流出の歴史は2000年に遡る。中でも張汝京(リチャードチャン)氏が有名である。同氏が台湾で起業した半導体メ-カ-がTSMCに買収されると、張氏は数百人の部下を引き連れて中国に渡り、上海で中芯国際集成電路製造(SMIC)を立ち上げた。SMICは今や半導体の受託生産で世界5位(中国では最大手)に成長。中国政府の強力な後押しを受け“TSMCを追う存在”となっている。

▷以後も元共同最高執行責任者(COO)で技術革新のキ-マンだった蒋尚義氏、研究開発部門幹部の梁孟松氏らが中国に渡り、中国政府系の大手企業の要職に就いている。2015年には「台湾DRAMのゴットファ-ザ-」と呼ばれた高啓全氏が、中国大手の紫光集団に引き抜かれるなど、大物流出が止まらない。

▷このような流れに加え、中国政府が2015年に発表した「中国製造2025年」がさらに拍車をかける。同政策で、国を挙げての半導体の強化方針が明確になったためである。半導体産業の育成は焦眉の急である。中国は最近、「経営幹部だけではなく、現場技術者をチ-ム丸ごと引き抜くことで量産の壁を越えようとしている」(台湾の業界関係者)といい、給与の相場も上がり「台湾の2~3倍」(同)と話す。

〖中台の暗闘〗

‹台  湾>

▷世界の半導体生産の3分の2を担う台湾は、世界経済でますます重要な役割を果たすテクノロジ-をめぐって裏で繰り広げられる激戦地である。台湾の当局者や企業幹部は、アップルやエヌビディア、クアルコムといった米大手企業の半導体を製造している台湾メ-カ-を中国が意図的に標的にしていると話す。中国の狙いは、台湾に圧力をかけると共に、半導体の海外依存低減という戦略目標を追求することだという。

▷中国の習近平最高指導部が推進する半導体産業育成の目玉事業に対し、台湾大手の聯華電子(UMC)が技術協力を大幅に縮小すること分かった。米国が産業スパイ罪で同社と中国側企業を起訴し、同事業への製造装置の輸出も規制したためである。中国側では台湾の技術への期待が大きく、事業の先行が厳しくなった。

<中  国>

▷中国で年内にも、中国企業により国産化した半導体メモリ-DRAMの量産が始まる見通しである。国策会社の長鑫存儲技術(CXMT)で量産のメドが立ったという。中国企業による半導体国産化をめぐっては別の国策会社の計画が昨年米国の横やりで頓挫したばかりである。中国が悲願の半導体国産化に向け、手を緩めない姿勢が浮き彫りもなった格好である。米国との攻防激化は必至である。

▷清華紫光集団がDRAM事業への参入を明らかにしたばかりの中国だが、今度は、安徽省合肥市地方政府が地元投資グル-プと共同でDRAMの生産に向けて準備を進めてきたChangXin Memory Technologiees(CXMT)、旧社名Innotron)      が、8GビットLPDDR4とDRAMの生産を2019年末までに開始する予定であると複数の中国、台湾メディアが報じている。

〖エピロ-グ〗

<自給率>

▷中国は将来、半導体の国内自給率70%を目標に掲げるが、現行では1~2割にとどまるとされる。中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)は米国から半導体の供給を一時的に止められることで経営難に陥り、経営陣の刷新に追い込まれた。中国政府が半導体メ-カ-の企業秘密を追い求めているのは、台湾統一を目指す長年の目標の一環と見られる。

<経済の要>

▷台湾経済を支える半導体はサウジアラビア経済にとっての石油に似た存在である。半導体は台湾の域内総生産の20%近くを担い、2017年輸出額は920億ドルと、輸出品目の中で各段に大きい。パナソニックの半導体事業を買収した新唐科技の力量は素晴らしい。反面、台頭する中国勢に対抗するため技術や人材の取り組みを急ぐ。日本の半導体企業の劣化は際立っている。但し、唯一競争力を持っている日本企業はソニ-など一握りである。

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

<引用資料>

・「日本経済新聞」2019年1月5日。

・「日本経済新聞」2019年11月29日。

・「日本経済新聞」2019年12月3日。

・「日刊工業新聞」2019年12月13日。

・遠藤誉論文(東京福祉大学国際交流センタ-長)<日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?>、「Newsweek」、2018年12月25日。

・川上桃子論文「米中ハイテク摩擦と台湾のジレンマ」IDE-JETRO、IDEスクエア、2019年4月。

・「THE WALL STREET JOUNAL」2018年7月3日。

・「ビジネス+IT」、2018年4月10日。

・「Bloomberg」、2019年10月29日。