2020年1月27日
〖プロロ―グ〗
Ⅰ中国・東北3省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)は重厚長大企業群(国有企業4000社以上)があり、フルセット型の産業構造が形成され、1950年代の中国の象徴的存在であった。社数べースで全国の国有企業の約4割を占める。工業生産額における国有企業のシェアも、上海が44%、広東省18%に対して、吉林省77%、黒龍省は69%、遼寧省は55%と、生産面でも東北3省の数字が突出している。
(参考1):東北3省の基本情報(2011年):面積78.8万㎢(8.2%)、人口1億966万人(8.1%)、GDP4兆5060億元(9.6%)(全国比)。
<成長と停滞>
・「東北振興策」始動以来、北京中央・地方政府による諸策が実施された。2012年3月には、「東北振興第12次5カ年計画(2011~2015年)」が発表された。その骨子は、①全国平均以上の成長スピード、②食糧増産の持続、③外資導入額の大幅増(近年遼寧省に加え、黒竜江省、吉林省、内蒙古自治区への外国直接投資は10%増)、④社会保障や住宅関連の生活水準の改善などが実施された。
・2013年入ると、明らかに珠江デルタ経済圏、長江デルタ経済圏と比べると、東北3省の経済成長が停滞している。特に最大の遼寧省は2012年にはマイナス成長となった。東北地域とされる隣接の内蒙古自治区は、全国平均を上回る成長率を維持した。「東北振興策」から2012年までの約10年間の経済成長率は大きく成長したが、以後停滞が持続しており、その主因は次のとおり。
<停滞の要因>
・第1要因-経済に占める第2次産業、特に工業生産の割合が大きく(重化学産業主体)、第3次産業の発展が遅れている。その影響は、労働コスト増や製造設備削減に伴う影響が顕著で、2015年の遼寧省の工業生産はマイナス4.8%を記録し、後進地域の山西省(-2.8%)より悪化した。
第2要因-1950年代の国有企業の存在が焦点である。2010年の統計によると、国有企業が4000社以上あり、社数べースで全国の国有企業の約40%(うち遼寧省32.6%、吉林省44.4%、黒龍省60.9%)。2014年には33.2%(遼寧省26.2%、吉林省、黒竜江省48.9%)とやや低下したが、同年の長江デルタ経済圏(15.9%)、珠江デルタ経済圏(15.4%)に比べて2倍以上の高い水準にある。“地域経済の活性化や市場機能の高度化”が妨げられていた。
第3要因-地域経済の発展方式に関するもので、従来の経済発展が投資主導型であったことなど、中国経済の成長過程で表面化する普遍的な問題である点である。2008年9月に起きたリーマンショック後、中国の大型財政出動の後遺症は、東北地域では深刻であった。生産規模縮小により研究開発への投資支出は、全国および4大地域の平均と比較して2番目に低い水準であった。
第4要因-比較的長い産業発展と都市建設の歴史によるものである。東北地域はかなり工業化と都市化が進み、人口動態も非常に先進国に近い形とになっていることが、地域経済発展の“足かせ”となっていた。
(参考2)
▽東北3省の産業別域内生産(GDP/2011年)の構成比
第1次産業全国8.6%:遼寧省9.8%、吉林省10.1%、黒竜江省17.4%。
第2次産業全国39.8%:遼寧省38.7%/吉林省47.4省/黒竜江省28.6%。
第3次産業全国51.6%:遼寧省51.5%/吉林省42.5%/黒竜江省54%。
<成長へ回帰>
・東北3省の域内生産(GDP)成長率は2014年以降、全国平均を下回るまで鈍化していたが、2016年には遼寧省大連市(前年比6.5%増)、吉林省(同6.5%増)、黒竜江省(同6.1%増)で、経済が回帰基調に転じたが、遼寧省は、マイナス2.5%と経済停滞が目立った。
・遼寧省のマイナス成長の理由の背景の一つとして、2017年1月17日に発表された「遼寧省政府活動報告」の中で、2011年~2014年にかけての「統計虚偽」が大きく影響していると述べている。2017年上半期のGDP成長率は2.1%増となったが、2017年の目標(6.5%前後)を下回っている。
・遼寧省のGDPは、東北3省の約5割を占め、全国31省・直轄市、自治区の中で14位(2017年上半期)である。遼寧省の日系企業数は2015年10月1日時点で1929社で、うち省都の瀋陽市に212社、大連市1691社があり、日系企業の多くが大連市に進出している。
・貿易額(2016年)、対内直接投資(2016年、実行べース)を相手国・地域別で見ると、日本は貿易額で第1位(うち、対日輸出額は78億2000万ドル)、対内投資額で2位となっている。対内直接投資額の1位は香港ですが、他地域より香港を経由した資金による再投資を多く含んでいるため、実質的には日本が第1である。
<中独連携>
・遼寧省の瀋陽経済技術開発区にある中国とドイツの共同で建設された工業団地「中独(瀋陽)先端設備製造産業パ-ク」は、同オフショア・サイエンス・イノベーションセンタ-が2018年5月7日、ドイツ西部のハイデルベルグで発足した。
・同産業パークは、製造業やイノべーションの強化をめざす中国政府の国家戦略「中国製造2025」と、製造業のデジタル化やコンピューター化をめざすドイツ政府の国家戦略「インダストリ-4.0」との連携を打ち出し、スマート製造や先端設備、自動車製造、工業サービス、戦略的新興産業という産業の育成に重点的に取組んでいる。
<新たな動き>
・遼寧省は、1950年代から中国の“工業発展史に寄与”した。中国初の国産送風機、国産ディーゼル機関車、国産CTスキャナーなどの重要な工業製品が開発・生産されたが、90年代末、市場化が加速するにつれ、国有企業の収益が全体に下降し、リストラや失業者数が急増し、財政負担が大きくなったので、遼寧省は改革の歩みを早めた。
・イノベーションへの投資が拡大し、積極的にモデルチャンジやアップグレードを行った結果、遼寧省には新興企業も現れ、外資系企業が進出し、中国企業が海外へ進出する道も広まった。中国の産業用ロボット大手の「瀋陽新松機器人自動化」は最近、コンテナ運搬のための完全自動作業ロボットをシンガポール港に納入した。
・同社は100余りのプロジェクトで国内業界のトップを走っており、独自の知的財産権を持つ産業用ロボット、移動ロボット、協業ロボット、サービスロボットという5大シリーズを100種類以上を開発している。特に移動ロボットは世界をリードする新技術を持っている。
〖新5カ年計画〗
<2020年>
・中国政府は東北地域の経済を均衡的に発展させ、2020年までに都市住民の平均収入を2010年比で倍増させることなどを目指すとした「東北地域の振興に関する13次5カ年計画」を発表した。同計画では、経済発展に向けた施策として国有企業改革の強化を挙げ、組織再編による上場支援や、投資ファンドの出資受け入れなどにより民間資本を積極的に導入する“混合所有制”を推進する。
・加えて、新たな措置として、東北3省の主要都市と東部沿岸地域の大都市を「1対1」で連携させ、東部沿岸地域の政策などの成功事例を東北地域に導入することや、資金援助、双方の企業のビジネスマッチングを行う「地域間協力メカニズム」の構築を挙げている。
〖習主席訪問〗
・習主席は2018年9月25日~28日、黒竜江省の農業開拓建三江管理局と斉斉哈爾市、吉林省松原市、遼寧省の遼陽市と撫順市を訪れ、東北振興の実情について視察した。特に中国の食糧生産拠点の建三江を訪れ、「エコな農業の発展に力を入れると同時に全力を挙げて黒土の減少や退化を防がなければならない」と強調した。
・その中で習主席は「東北地区は我国の重要な工業および農業の生産拠点である。国防、食糧確保、生態系、エネルギ-、産業それぞれの面で重要な戦略的地位を占めており、国の発展という大局にも大きく関わっている。
・今後、新時代の中国の特色ある社会主義思想や第19回党大会の精神を確実に実施し、党中央の一連の政策や手配をしっかりと実行に移し、思想を開放し、改革を進めて、優位性を発揮して、東北の振興を推し進めなければならない」と言明した。
〖エピロ―グ〗
Ⅰ中国政府は、東北3省の中長期的な経済の安定成長を実現するため、目先の経済成長より構造改革を優先して行う方針を掲げており、重化学工業分野における過剰生産能力の削減は、今後より一層進んでいくことが予想されている。
Ⅱ東北3省の産業は全国平均と比べ、東北、内陸ともに第2次産業の比率が高い一方、第3次産業の比率が未だ低い。今後、教育・医療・高齢者サ-ビスなどの分野が普及すれば、同分野に強みを持っている日系企業を含めた外資企業にも新たなビジネスチャンスが生まれることが期待される。
Ⅲ習主席は東北3省が中国経済にとって重要な拠点であると明言している。東北3省は“地勢に富んでいる”。黒竜江省は中国の主要な食糧倉庫の一つ。吉林省は有力な工業生産基地に変わり、遼寧省は中国でも有力なハイテク工業生産基地となった。イノべ-ションの強化をめざす中国政府の国家戦略「中国製造2025」とも協業できる力を有している。
(グローバリゼーション研究所)所長 五十嵐正樹
【引用資料】
・「経済の進路」、三菱経済研究所、2013年10月N0.619、13~16頁。
・朱永浩論文「中国東北振興策の進展」-遼寧省の事例を中心に-、財団法人 環日本海経済研究所(ERINA)、日本国際経済学会第67回全国大会発表(兵庫県立大学<2008年10月12日>)。
・新5カ年計画期における東北振興戦略の強化動向と将来展望(上下)-東北地域は発展現状と新たな産業・地域政策の策定・実施を中心に-みずほ銀行・中国営業推進部研究員邵永裕Ph.D。
・「中国・東北地方の経済動向」2012年12月、在瀋陽日本国総領事館。
・「中国レポ-ト」~中国東北地域の振興策について~、平成29年6月号、千葉銀行上海駐在員事務所。
・「瀋陽日報」2019年6月17日。
・「急成長する東北地域のロボット産業」ジェトロ・大連事務所李莉氏レポ-ト、2018年9月20日。