2020年9月6日


〖プロロ-グ〗

最近の米中関係は経済面に止まらず、軍事面でも先鋭化しています。国際金融面においてもNY証券市場に上場している「瑞幸咖啡」(ラッキン・コ-ヒ)の不正会計事件をきっかけに、米国の投資家は中国企業に対する不信感を深めています。5月20日、米国上院は、“中国企業を念頭”に置いた外国企業の上場規制化法案を可決します。このため、NY証券市場に上場している中国企業251社(時価総額約1兆7100億ドル<約183兆円>)のうち、中国企業31社がリスクヘッジ(上場廃止)のため香港証券取引所に重複上場を果たします。以下、最近の中国企業の動きを見ることにします。

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ニューヨーク
証券取引所

出典「写真AC


〖概    況〗

 (推   移)

2020年7月14日、中国報道機関が米国株式市場に上場する251社(参照1)の中国企業に巨大なリスクををもたらすニュースが報道されます。中国証券監督委員会(証監会)と中国財政省(部)が米国の上場企業の監査法人を監督する公開会社会計監督監査委員会(PCAOB)と2013年に結んだ「覚書」を、トランプ政権が一方的に破棄する方針だとロイタ-通信が伝えたのです(注1)。

その内容は-①米国上院は5月20日、米国に上場する外国企業がPCAOBの監督基準3年間連続で満たせなかった場合、上場を廃止すると定めた「外国企業説明責任法」を全会一致で可決したのです。②同法が下院の採決とトランプ大統領の署名を経て、成立し、さらに上述の覚書が破棄された場合、米国市場からの中国企業の締め出しがいよいよ現実味を帯びる-というものです。

(対  応)

米国証券取引所に上場している中国企業は現在251社あり、時価総額は約1兆7100億ドル(約183兆円)に上ります。そのうち、31社が香港証券取引所に重複上場(回帰)を果たします。この動きにより香港市場の時価総額を5570億ドル(約60兆円)押し上げる可能性があると、米国の金融会社(ジェフリ-ズ)が6月14日発表します(注2)。

(先駆け)

中国の情報技術(IT)の有力集団アリババ(阿里巴巴)(1999年創業-本社浙江省杭州)はNY証券取引所に上場しています。同社は2019年11月、香港で重複上場を果たし、IPO(新規株式公開)によって、1012億香港ドル(約1兆4168億円/1香港ドル=約14円)を調達しています。資金調達額で過去最大の大型案件となります。これまで最大であったバドワイザ-・ブリュ-イング・カンパニ-APACの451億香港ドル/2019年9月)の2.2倍です。

2019年に香港証券取引所でIPOを実施した全企業の資金調達額総額3129億香港ドルの約3分の1の規模です。2020年6月、米国ナスダック市場(NASDAQ)上場の中国ポ-タルサイト運営大手(Webサイト)の網易(ネットイ-ス)と、中国インタ-ネット通販大手の京東集団(JD.com)が、香港証券取引所に上場します。それぞれ243億香港ドルと301億香港ドルを調達します。

これら2社の株式上場による資金調達額の合計は、544億香港ドルに上った。2020年第1四半期(1~3月)の香港証券取引所でのIPO調達総額の3.7倍に当たります(注3)。以下、2019年1月~2020年7月の香港市場でのIPOによる資金調達額上位10社です<国名/上場日/資金調達総額(香港ドル)>

 

順  位

1阿里巴巴(アリババ)集団<中国/2019年11月/1012億ドル>

2バドワイザ-・ブリュ-イング・カンパニ-APAC<香港/2019年9月/451億ドル>⒊京東集
3京東(JD.COM)<中国/2020年6月/301億ドル>

4網易(ネットイ-ス)<中国/2020年6月/243億ドル>

5ESR(Cayman Ltd<香港/2019年11月/141億ドル>

6申万宏源集団-H株(参照2)<中国/2019年4月/91億ドル>

7翰森製薬集団<中国/2019年6月/90億ドル>

8滔搏国際ホ-ルディングス<中国/2019年10月/90億ドル>

9中国飛鶴<中国/2019年11月/67億ドル>

10貴州銀行-H株<中国/2019年12月/55億ドル>

(出 所)「香港証券取引所公表資料よりジェトロ作成」

 

〖香港市場の行方〗

(関係者の見方)

米中関係の現状は悪化の一途を辿り、留まることを知らない。また、“香港の中国化”は、「香港国家安全法」<国安法/2020年6月30日施行>により明確化し、加えて、林鄭月娥行政長官の「香港は三権分立ではない」との発言(2020年9月1日)により、ますますその様相を反映するものになった。

このような中で、香港証券取引市場の行方について、同所のCEO李小加(チャ-ルズ・リ-)はブル-ムバ-グ主催のバ-チャルイベント(6月22日~24日)で、「現在、多くの大型IPO案件を抱えており、2020年は香港証券取引所にとって重要な年になる」と宣言。今後の香港のIPO市場が活況を呈する見通しを明らかにした。

その上で、米国での中国企業を念頭においた規制強化ついて、「香港証券市場は、規制を順守せず、問題を抱えて上場廃止となるような企業は望んでいない」。米国側が、単に中国ということだけで市場からの退出を迫ることがないことを信じている」と見解を示した上で、「質の高い企業は歓迎する」と強調した(注3)。

(中国企業の動き)

米国政府は米国会計基準を満たさずに米国市場に上場している中国企業を上場廃止すると警告しているが、中国企業によるNY証券取引所へのIPOは後を絶たない。企業側の上場廃止を巡るリスク管理を容易にしているが、金融テクノロジ-企業は中国本土や香港よりも米国に上場する方が規制上の負担は軽いとみている。リフィニティブのデ-タによると中国企業が本年に入り米国市場へのIPOで調達した資金は52億3000万ドル。前年同期の24億6000万ドルの2倍超となっています(注4)。

 

〖エピロ-グ〗

今後、貿易摩擦や香港問題などを巡る米中間の緊張の高まりが、本格的に資本市場にまで広がることが考えられる。そうなれば、香港での上場を目指す中国企業はさらに増えるだろう。中国企業の資金調達機能としての香港の役割は短期的に変わることはなく、むしろ強化されることになろう。香港証券市場にとっては当面、追い風が吹き続けることになりそうだ(ジェトロ見解)。

米中経済関係の摩擦は当面続くことになる。中国企業のNY証券取引所への上場は相変わらず増えている。反面、中国企業の香港回帰は増えている。この動きは、中国政府の香港の本土化とも符合することになる。NY市場に上場する中国企業にとって示唆的であり、魅力的である。今後、米国政府の対中国企業への圧力は増幅することが考えることから、すでに香港への中国企業の重複上場は規定の路線になっている。
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香港
高層ビル群
出典「写真AC


(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

(注)

(1)「財新」2020年7月21日

(2)「ジェフリーズ」調査レポ-ト、米国金融会社、2020年6月14日

(3)「中国企業の香港での重複上場相次ぐ」JETRO(日本貿易振興機構)-地域分析レポ-ト、2020年7月20日

(4)「朝日新聞」2020年8月14日

 

(参 照)

(1)2019年2月現在、NY証券取引所、ナスダック市場(NASDAQ/世界最大の新興市場(ベンチャ-)向け株式市場に上場する中国企業は156社である。

(2)H株:香港証券取引所に上場されている中国企業のうち、本土に登記がされているとともに資本の出所も本土となっている企業の株式の総称の事をいいます。