2023年8月10日


〖プロロ-グ〗

東京駅から東北新幹線で宇都宮駅までの所要時間は49分です。栃木県の県都である宇都宮市の現在話題になっているのは次世代型路面電車システム(Light Rail Transit-低床式)が8月26日に開業する。LRTは軌道(レ-ル)と呼ばれる専用の空間を走ります。そのため、悪天候や他の交通手段による渋滞の影響を受けにくく、時間に正確な運行が可能です。

LRTJR宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地まで14.6kmを結ぶ。商業施設や学校、工業団地に停車場を設け、通勤時間帯は8分間隔で走る。同市の新交通システムの導入計画は30年前の1993年、当時の渡辺文雄知事が鬼怒川左岸地域の交通対策の検討が始まった。「市東部の産業集積を継続するために渋滞は放置できなかった」と-渡辺知事の危機感を県OBは代弁する-以下、LRTの開業と将来の展望を記した。

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宇都宮駅
東口の風景
出典:「写真AC


〖総事業費〗

(財政負担)

全国発の全線新設によるLRT総事業費は684億円で、国が半分の342億円を補助し、残りを市と町が負担、県は83億円を上限に支援する。地盤改良や安全対策の強化、建設需要の高まりなどで総事業費は当初より1・5倍膨らみ、1キロ当たりの費用を46億円に抑える。

宇都宮市の財政力指数(2021年度)<参照1>は0・98、芳賀町は1・03。全国平均の0・5を大きく上回り、ともに財政は豊かである。事例として、宇都宮市の負担額は282億円を20年間で返済する計画を立てている。1年当たりの返済額は最大13億円。市の予算規模の0.7%にとどまる計算である。

<参照1>:地方公共団体の財政力を示す指数で、基準財政収入額を基準財政需要額で除して得た数値の過去3年間の平均値を指します。財政力指数が高いほど、普通交付税算定上の留保財源が大きく、財源に余裕があるといえます。

(運転方式)

運転方式は軌道などの鉄道施設や車両を市町が整備・所有し、運行を第三セクタ-の宇都宮市ライトレ-ルが担う「上下分離方式」。大規模修繕や設備更新などの費用は市町が負担し、運転手などの人件費や市町に支払う年間9千万円弱の施設使用料などの支出は、大半が運賃収入で賄う。

(運賃収入)

宇都宮市は開業初年度運賃収入を約5億円と見込み、両市町の負担金約2億円と合わせ総収入約7億2千万円、1900万円の黒字になると試算。翌年からは負担金はなく、2年目の収入は8億円台、3年目以降は9億円を見込む。需要が定着する4年目以降は「年約1・5億円の黒字」「開業前経費の累積損失は9年目で解消する」との見通しを立てる。

(需要予測)

下野新聞社は7月25日までに、沿線の清原、芳賀両工業団地の立地事業を対象にLRT利用に関するアンケートを実施した。回答を得た41社のうち21社が開業前に従業員にLRTの利用を呼びかける。または呼びかける予定とした。一方、通勤手段をLRTに切り替える従業員の割合は「1割未満」との回答が最多の30社だった。工業団地周辺の渋滞は長年の課題となっておりLRT利用がどこまで拡大するか注目される。

調査は7月3日から21日、清原工業団地(36社)と芳賀工業団地(79社)の115社を対象にウエブなどで実施し、回答率は約35・7%。従業員にLRTの利用を呼びかけると回答したのは12社、呼びかける予定は9社だった。理由は「工業団地の周辺道路の渋滞解消に協力するため」が最多の9社。「二酸化炭素(CO2)削減など環境負荷低減をはかるため」と「従業員の利便性を考慮した」が各7社だった。反面、呼び掛けないとしたのは7社で、理由は「沿線に住む従業員がほとんどないため」などだった。12社「未定」と応えた。
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LRT車両
出典:「宇都宮くらし


〖変貌する東口〗

(マンション林立)

JR東口地区はこの10年に一気に様変わりした。東へ伸びる県道は道路中央にLRTの軌道や停車場が新設され、沿道には新築や建設中の高層マンションが林立する。35年前ほど見通しのよい田圃が拡がり、田舎の風景があった。LRTの事業によって開発は進んできた。沿線でマンション建設を手がける首都圏のデベロッパーの担当者が明かす。
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東側マンションの林立風景
出典:「下野新聞


宇都宮市によると、市全域の高層建築物(6階以上)の建築確認証は2021年度までの10年間で91件、このうち4割を占めるのがLRT沿線である。20日に市内で開かれたまちづくりに関する講演会で、佐藤栄一市長は「建築確認件数は北関東3県で“宇都宮市”だけが伸びている」と胸を張った。

(外国企業進出)

企業の期待は高まっている。ベトナムIT大手「FPTソフトウェア」<参照2>の日本法人は今年5月、同市東宿郷2丁目のオフィスビルに事務所を開設した。顧客の自動車メ-カ-などが清原工業団地にあり、担当者は「LRTは(同ビル)」オフィスを開設した要因の一つ。客先訪問などに利用したい」と開設する。

<参照2>FPTソフトウェアは、ジャパンホ-ルディング(株)(英国:FPT(JapanHoldings Co.,Ltd)は、ベトナムの大手IT企業FPTソフトウェアは「オフショア開発」の受託を専門とする独立系のシステムインデグレ-タ-である。

(商業施設)

商業施設も集客拡大の好機と捉える。同市陽東6丁目2の商業施設ベルモ-ル(Bell Mall)は、目の前に停留場ができた。津布久(つぶくゆうじ)支配人は「車の運転できない子供やお年寄りなど、新たな客層の来店が見込まれる」
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Bell Mall
出典:「栃ナビ!

(人口増)

宇都宮市の人口が2017年をピ-クに減少傾向となる中で、同市ゆいの杜(もり)などは人口が増え、LRT整備費用などの建設業を中心とした直接的効果的580億円をはじめ、多産業や家計消費支出まで含めた波及効果を計約900億円と試算する。しかし、全ての効果が「具体的にいつ出るのかまでは、分からない」。現在は沿線に集中している経済効果である。開業後にどう広げ、循環させられるのかが、まち発展の鍵を握っている。

(移住者を刺激〗

宇都宮市へ移住する武器として「LRT」は武器となる。JR宇都宮駅東口に市の移住定住相談窓口「ミヤカム」では、2022年11月の開設から2023年3月まで訪れた相談者、全86組が訪れている。東京圏からの移住者は、乗用車よりも鉄道やバスに慣れている。「車を持たないことを前提にした生活を求めている」と相談員稲垣文彦さんは(55歳)。地方都市間で加熱する移住者の呼び込み合戦で、LRTをはじめとした公共交通網の再構築は「選べるまち」になるための武器となっている。

 

〖駅西側延伸問題〗

(事業費算定条件)

車線数に関しては、「JR宇都宮駅西口から池上町交差点まで」の区間及び「宇都宮環状線付近から大谷観光地付近まで」の区間を2車線、その他の区間を4車線として設定する。

宇都宮環状線以西については、単線案と複線案の両方で算定する。
JR宇都宮駅の交差部及び交通結節点(JR宇都宮駅、東武宇都宮駅付近、桜通り十文字付近)の整備、地下埋設物等の移設に係わる費用は含まない。

(反対団体)

市民団体「宇都宮LRTに反対し公共交通を考える会」は7月28日、LRTの宇都宮駅西側への延伸撤回を求める要望書を佐藤栄一市長宛に堤出した。駅西側への延伸計画が本格化する中、上田憲一代表は「中心街の道路の混乱、路線バス事業者の経営破綻などが心配。西側延伸を撤回すべきである」と指摘した。

 

〖展   望〗

市の担当者は「先の読めないところはある」と明かす。特に運賃は比較的安いため「将来的に人件費や物価もあがる。この水準をいつまで続けられるか」と不安ものぞかせる。赤字のJR線をLRTした富山市は乗客を倍増させて初年度から利益を確保している。一方、新設鉄道では、田圃が残る鉄道空白地帯を貫いた埼玉高速鉄道が需要予測を下回ることになり、行政が一時負担を肩代わりする事態になっている。

開業を控えるLRTが同様な状況に陥る可能性はある。公共交通に詳しい関西大学の宇都宮浄人(うつのみやきよひと)教授は「LRTは街づくりと一体化で進められており、短期的な数字で一喜一憂してはいけない」と指摘する。長い目で事業を見守る必要性を強調している。

〖エピロ-グ〗

LRTの開通は宇都宮市のイメージを一新する。先ずは1993年、当時の渡辺文雄知事が鬼怒川左岸地域の交通対策の検討が始まった。「市東部の産業集積を継続するために渋滞は放置できなかった」と-渡辺知事の危機感を県OBは代弁した。この計画を推進した各界の諸氏に敬意を表する。

LRTの開業の重要な点は、①宇都宮経済の一端を担う清原工業団地(36社)と芳賀工業団地(79社)に通勤する重要な交通手段であり、加えて、住民の通学、通勤、買い物などに極めて便宜を与える。②首都圏から宇都宮駅へ通勤するサラリーマン諸氏にとって有力な交通手段であり、宇都宮経済の発展にとって重要である。加えて、同市の計画している「SUPER SMART CITY」(宇都宮の<都心部まちづくり>)にLRTは貢献する。
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清原工業団地
出典:「読売新聞オンライン


(グローバリゼーション研究所)所長 五十嵐正樹

 

(引用資料)

・「発信LRT」、下野新聞(SOON)の各号

・「宇都宮市」発表の諸資料