2023年9月26日


〖プロローグ〗

最近、筆者は「御朱印帳」を持つようになった。特に心境の変化などはない。連れ合いが「御朱印帳」を井之頭公園近くの店で買ったことがきっかけなった。本年8月に栃木県宇都宮市へ行くことになり、急遽、筆者も同店で買い求めた。また、義母が「御朱印帳」を大切に持っていたことも買いの動機となった。以下、著者の「御朱印帳」から見た近頃の社寺事情である。

 

〖御朱印帳〗

(朱印とは)

朱印(しゅいん)は、日本の神社や寺院において、主に参拝者向けに押印される印章およびその印影である。敬称として「御朱印」とも呼ばれる-「御朱印帳」。

「御朱印帳」の本来の意味は「御納経御朱印」などと呼ばれ、経典を写経したものを寺院に収めた代わりに証としてうける領収(証明印)であった。そのため朱印を受けることを「納経」という。現在でも納経しないと朱印がもらえない寺院がある。現代では朱印は納経とかわりなく参詣の証明になっている。

朱印はその寺院の御宝印や山号印を組み合わせて押印したもので、上から尊号や法号などが墨書されることが多い。社寺名や神仏名などのほか参拝日や「参拝」などの文字が書かれることも多く、一般的にはその墨書も含めて「朱印」と呼ばれる。他には社務所・寺務所や宮司・重職の印、そのほか霊場や札番号や祭事などを追加の印が押されることもある。

御初穂料

一般的には朱印帳を社寺に規定の御初穂料を支払い寺院から印を受ける。「お気持ちを納め下さい」として金額を明示しない場合もある。この場合、「志納」という。また、服装に輪袈裟や白衣姿などでないと応じない寺院、事前に電話やインターネットなどでの連絡が必要な社寺もある。

朱印は印・墨書に社寺名、寺院の朱印の場合は仏そのものを表わしているとされる梵字(ぼんじ)が入っていることも多いことから、社寺で授与されるお札などと同等とされ、粗末に扱うべきではじゃないとされる。実際、朱印帳を普段は神棚や仏壇に上げているという人も少ない。

同様な理由で正式に御朱印帳を持参しない場合、スタンプ帳やメモ用紙、ガイドブックの余白などに朱印を拒絶される社寺もある。朱印をする朱印帳を授与している一枚者の紙に押印して貰える(所謂「書置き」)場合もある。朱印をする社寺は朱印帳を授与していることも多い。オリジナルの朱印帳を用意している社寺もあり、これを収集する人もいる。

(朱印の起源)

御朱印の起源については諸説あるが、有力な説は13世紀是前半(鎌倉時代)に始まったとされる「六+六部(ろくじゅうろくぶ)」です。六十六部は日本全国の66ヵ所の霊地に法華経を奉納するため、巡礼の旅を行った者の事で、室町時代から江戸時代にかけて盛んに行われるようになった。しかし、江戸時代後期になると次第に行われなくなり、参拝の記念に印をもらうという風習のみ残りました。しかし、この時代には未だ御朱印という言葉は使われておらず、寺社でもらう印を御朱印になったのは昭和に入ってからという説があります。

 

〖訪問神社〗

(八神社)

2023年8月28日~9月20日に著者が訪れた神社は以下の通り

・二荒山神社(令和5年8月28日):宇都宮/福の神・縁結びのご利益で知られる神社

・蒲生神社(令和5年8月28日):宇都宮/寛政の三奇人の一人蒲生君平祀る神社

・二宮神社(令和5年9月9日):あきる野市、武蔵国二宮で、旧社格は郷社

・水戸常葉山東照宮(令和5年9月11日):水戸市に所在する東照宮

・湯島天満宮(令和5年9月18日):学問の神様菅原道真を祀る神社

・神田神社(令和5年9月18日):別名神田明神、正式名神田神社、江戸総鎮守

・根津神社(令和5年9月18日):文明年間(1469-87)には太田道灌が社殿を奉献

・大国魂神社(令和5年9月20日):俗に福神又は縁結び、厄除けの神、武蔵総社 

以下、神田神社(神田明神)、湯島天神、根津神社の訪問記である。

 

〖都心の三社〗

(神田明神)

先ずは、東京の有名な神社を訪れる。正式名「神田神社」(神田明神)である。JR中央線お茶の水駅から聖橋を通ると、右手には湯島聖堂が見え、その北側の地が、神田明神である。歩いて、約10分の地にある。神社に入ると参拝者が多いのには驚く。
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神田明神
出典:「御朱印神社メモ

社務所内にはお土産、神社札、各種の祈願などの受付がある。商売繫盛の神様「(二ノ宮):少彦名命(スクナヒコナノミコト/えびす様」だけに社務所など訪れる度に綺麗なっている。流石が商いの神様である。新年1月1日~3日には多くの会社の人々がグループで拝殿の前で、商売繁盛を祈願する。当日は立錐の余地がないほど参拝者でごった返す。朱印帳は「書置き」である(御初穂料500円)。また、明神下には小説家野村胡堂原作で有名な銭形平次の家がある。子分八五郎が「親分、大変大変だ!」と入ってくる。近くには江戸時代から続く、鰻屋「神田川」本店がある。
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神田明神の御朱印
(2022年通常)

出典:「御朱印神社メモ

(湯島天神)

1942年(昭和17年)、小畑実のヒット曲『婦系図の歌』(湯島の白梅)-湯島通れば思いだす♪-湯島天神である。祭神は-天之手力雄命/菅原道真-である。古来より江戸・東京の代表的な天満宮であり、学問の神様と知れる菅原道真公を祀っているため受験シ-ズンには多数の受験生が合格祈願に訪れる。普段からも学問成就や修学旅行の学生らで大変な賑わいを見せる。「御朱印帳」は直書(じかが
き)である。
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湯島天満宮
(湯島天神)
出典:「御朱印神社メモ

今回、筆者は神田明神から歩いて10分程の近くにある湯島天神を訪れ、御朱印帳を『参集殿』の窓口に提出し、番号札を貰った。嬉しかった直筆き(じかがき)である。決して、広くない境内の参集殿では5組の結婚式が行われていた。また、絵馬を貰いに来た女性と話しをする機会があった。二人の子供(男児)は来年、中学と高校の受験であるという。町田から来たと言う。「高の望みせず実力にあった受験をして欲しい」と言っていったのが印象的であった-日本の母の優しさと厳しさを見た!境内の絵馬掛けには何重にも掛けてあった-受験生のエネルギ-が伝わってくる!
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湯島天満宮の御朱印
(通常)

出典:「御朱印神社メモ

(根津神社)

湯島天神から7分ほどで千代田線の湯島駅に着く。次は根津駅である。駅から約10分で、民家の中を歩くと、根津神社の鳥居を潜ると、正面に社殿が見える。
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根津神社
出典:「御朱印神社メモ

外国人客がちらほら!社殿の右側には社務所がある。書置きの御朱印(御初穂料500円)を頂いた。森鴎外が「舞姫」を執筆した旧邸(池之端水月鴎外荘)が閉館になったので根津神社の境内に移築することが決まり、境内の一部の木を切り倒し工事が始まった。今年森鴎外が亡くなってから100年。鴎外荘の中村みさ子さん(65)は「由緒ある建物をなんとか残したい」と奔走し、根津神社へ移築することが決まった。これから根津神社の参拝客が多くなると思われる。
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根津神社の御朱印
出典:「御朱印神社メモ


〖エピロ-グ〗

御朱印の歴史を見る上、まず何を持って「御朱印」とするかが問題となる。なぜなら、御朱印の起源が納経帳にあることは明かですが、江戸時代の納経帳、特に初期のものは朱印を押していないものは多く、御朱印を「納経」、「納経印」、「御判帳」始まりという見方もあります。

従来、御朱印は寺社参詣において広く浸透した習慣であったが、伝統仏教や神道において明確な位置づけがされたことはなく、学術的な研究の対象にもなっていませんでした。そのため、御朱印に関しての説明も現代の常識やあ俗説に基づいたものが多く、それを検証することができず、また検証しようという人もいなかったのです。

最近、著者は多くの寺社を訪れ、御朱印帳を頂くのを楽しみにしている。人生の終末期を迎えた自分を見直す事が日常になった今日・明日。「御朱印帳」を見る事で昔日の人々の生き方を直視することができるような気がする。御朱印帳を頂くことで、神に仕える宮司さんとお話しをする貴重な機会を頂いた。向後も神から命を頂く限り、「御朱印」を頂くことになる。

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹

(引用資料)

・「ウイキペディア」

・著者の「御朱印帳」

・「東京新聞」2022年10月10日

・そのほか