2025年7月7日


〖プロロ-グ〗

・筆者は2024年11月22日午前10時、第55回一橋祭卒業生講演会企画(主催大学商学部)「日本製鉄会長(商学部卒業)と語る、「一橋と未来」を参観しました。会場は同大「インテリジェントホール」。会場には50名ほどの聴衆が参加し、中にはアジア系とみられる人が5人ほど見られた。
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一橋大学
インテリジェントホール
出典:「コトブキシーティング

・折から日本製鉄の「USスチール買収問題」が話題になっている時でもあり、その最高責任者の一人が橋本英二会長であったが、直接的な言及はなかった。但し、橋本会長が企業人として強調していたのは、「企業はリスクを取らなければ、企業は成長しない」ということであった。いかにも現状の日本製鉄の「USスチール買収問題」を想起させる発言で、説得力があった。

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橋本英二氏
出典:「一橋大学商学部


 
〖在校時代〗

・橋本英二氏の一橋大学生時代の思い出は、一橋祭運営委員会の委員長として頑張った。もう一つは約70日間のASEANとインドへの一人旅でした。インドネシア、マレ-シア、フィリピン、シンガポ-ル、フィリピン、タイなどの国々がこれから工業国になっていくのか。この目で確かめたいと思っていました。特に、インドで過ごした40日間は、私に考える機会を与えてくれました。この貴重な旅の経験が、グロ-バル企業として、会社を成長させたいと思う、一つにきっかけとなりました。

 

〖入社時代〗

・新日本製鉄時代に入社しました。最初の4年間は、岩手県の釜石に配属になり、職場の人事の仕事を担当していました。次の仕事は営業をやりたくて、「営業に出してもらえなれば会社を辞める」と人事課長へ直談判にいったくらいです。最初の担当はトヨタ自動車で、なかなかタフな交渉が待っていました。

・私が入社したのは、1979年は新日本製鉄が製造業で飛び抜けて大きく、売り上げもトヨタの3倍はありました。ところが、その後の内需がピ-クアウトして、徐々に低成長に陥った一方で、トヨタはぐんぐん成長していきました。
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トヨタ自動車本社
出典:「TOYOTA


・交渉においても冷静に双方の主張を考えると、新日鉄は価格を守ること目的に理屈を考えたのに対して、トヨタ自動車は「自動車メ-カ-としてさらに発展をするために」という考えの下に意見をされており、そんなトヨタ自動車の方が主張していることは真っ当だと感じていました。この経験から学んだことは会社の成長というのはとても大事で、成長しない会社はやはりどこかおかしくなっていくということでした。

・世界一の鉄鋼メ-カ-に復権するということは、わたくしの悲願です。1970年には八幡製鉄と富士製鉄が合併し新日本製鉄となり、世界一の鉄鋼メ-カ-になりました。それから30年近く世界一にありましたが、世界的鉄鋼メ-カ-の再編、また、中国勢の台頭を受け、徐々にその地位を落としていきました。

・八幡、富士が一緒になった時は、国の方針や当時の産業社会の要請に基づいて合併したことで世界一になりました。努力をして世界一の座を手に入れたのではありません。しかし、今回は自分たちの戦略と努力で成長し、自らの手で世界一に復権するという意気込みでやっています(注1)。

 

〖エピロ-グ〗

・日本製鉄の米鉄鋼大手のUSスチ-ルの買収がようやく決着した。米政権の介入で交渉が紆余曲折をたどる間も両社は一貫して相思相愛を強調してきた。その背景には、時には手を携え、時には激しく罵り合う100年もの愛憎劇がありました(注2)。なお、同氏は熊本県人吉高校出身(人吉市)、6月末、同高校を訪れアメリカ観「世界の面倒はもう見ないという米国の大きな転換は変わりません」と語る。
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USスチール工場
出典:「東京新聞


・石破総理は7月2日、官邸で日本製鉄の橋本英二会長と面会した。日本製鉄による米国鉄鋼大手USスチ-ルの買収について、「これから先の日米関係のモデルケ-スとなる」と。今回の買収を日米双方の利益につながる象徴的な案件として位置付けた形だ(注3)。著者の橋本英二氏の印象は、約11万4千人(2025年3月31日現在)の従業員を抱えるトップの人であることを痛感した(注3)
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出典:「毎日新聞

「グロ-バリゼ-ション研究所」所長 五十嵐正樹

(注)

(1)「日本製鉄会長と語る、一橋と未来」第55回一橋祭卒業生講演企画「日本製鉄会長と語る」2025年1月9日

(2)「日本経済新聞」2025年6月21日

(3)「産経新聞」2025年7月3日