2025年7月11日

 


〖プロロ-グ〗

・著者の住んでいる武蔵野市内には雲雀(ひばり)の囀り(さえずり)は聞こえなくなってから数十年は経っている。また、雀(すずめ)、鶯(うぐいす)、尾長(おなが)のギャギャという鳴き声も聞こえなくなった。毎月1回群馬県の南部、東毛地区の大田市内にある高山山彦九郎の研究会に出席している。

・知人の車で5月半ば館林市から国道122号で大田市細谷に入る。その間、左右には麦秋近い麦畑が広がる。知人にこの辺には雲雀が居ますかと聞くと、居るとの返事、車を降りて大空を見上げると雲雀の囀りは聞こえた。自然があった。

・筆者の家の近くには1950年代に麦畑があった。雲雀が大空高くピイチクパ-チクとの囀りが聞こえた。あの青空と雲雀の囀りは人々には大きな喜びを与えた。情報によると、今は多摩川の土手と調布飛行場に行くと、雲雀の囀りがきこえるという。

 

〖自宅付近では〗

・自宅附近(境南町)や武蔵境駅前の観音院内にはキジバトのツガイが地上で餌を探し、もう一羽は樹木から下をウオッチしている。では、今から170年前の安政年間(1855年-1860年)に遡ると、多くの野鳥が飛来して素晴らしい自然があった。以下、安政年間頃の野鳥の楽園を見てみよう。

 

〖関前村の昔〗

・「安政6年8月改政」の古文書「お鷹場御法度手形(写)」見てみよう。武州多摩郡野方領関前村同新田」(現:武蔵野市関前)の「鳥見」(役職名)は、鷹狩の獲物(鳥)を管理していた。鴨・鷺類・水礼(すいれい)・鷭(ばん)・鶉(うずら)・雲雀(ひばり)がいて豊かな自然が残っていた。お鷹場近くに住んでいる農民は、将軍や大名が来て鷹狩が終わるまで、自宅で静かな生活を送っていた。三鷹市には鷹狩を示す標柱が3か所(三鷹の由来)立っており、尾張徳川家のお鷹場があった。

 

〖都立野川公園自然観察センタ-〗

・都立野川公園自然観察センタ-の資料によると、国分寺崖線にそった丘陵地帯には多くの野鳥が住んでいる。例えば、カケス、トラツグミ、ヒガラ、モズ、ツグミ、ビンズイ、オナガ、メジロ、コジュケイ、キジバト、シジュガラ、カワセミ、キジなどである。但し、温暖化の影響で森には生き生きとした力はなく、いつまで野鳥が元気でいられるかを、心配している。

 

〖エピロ-グ〗

・最近、筆者の住む知り合いに野鳥の出没について聞いてみると、従来と比べると野鳥、主に雀の減り方が顕著であると言っていた。3年前ぐらいは自宅近くの刈り上げた丸く鬱蒼(うっそう)とした木々の中から雀がうるさいほどの囀りが聞こえてきた。今は何処に生息しているのか! 

(グロ-バリゼ-ション研究所)所長 五十嵐正樹