2012612

・最近、北京、上海を訪れた。両市の交通渋滞はひどいと聞いていたが、まさに「百聞は一見に如かず」である。空港から北京市内に入ると、至る所で車の大渋滞・排気ガス・けたたましいクラクションの騒音に遭う。その異常さは日本の高度成長下の東京を思い出す。北京市の交通部門の発表によると、本年2月現在、自動車保有台数は全国一の502万台、1000人当たり229.33台である。保有台数の推移をみると、新中国成立時(1949)はわずか2300台、197877000台、19972月に100万台、2009年には400万台に達する急増ぶりであり、2016年には600万台にまで達すると予測されている。

・北京市の人口は2009年現在、1600万人である。この巨大な人口は全てのコストを押し上げている。まず交通事情の悪化にみられる。9割以上の道路が飽和または超飽和の状態にあるという。この影響から市民の生活コストや社会コストは上昇し続けている。また、自動車の増加により、走行速度の低下、排気ガスの排出総量が増え、市内の空気汚染の主因となっている。ある研究結果によると、交通渋滞がもたらす各種の社会コストは1日当たり4000万元(52000万円)になっているという試算もある。

・自家用車購入後、その維持コストは市民にとって相当重い負担である。まず購入時には世帯収入の1.5倍が必要であるといわれている。しかも年間世帯収入の30%近い維持費がかかり、合計すると年間自動車関連費用は世帯収入の40%を超え、自家用車保有は贅沢であるとの意識が強くなっている。自動車に乗り始めると、交通渋滞、ガソリン高騰、駐車場難、と費用はかさむ。北京のメディアは諸外国における渋滞対策を取り上げて打開策を提案し、有識者もテレビで意見を開陳している。北京の地下鉄路線は増え、建設も進んでいるが、これまでのところ交通渋滞とイタチごっこで、成果は上がっていない。

・北京市は渋滞対策として、20101223日に発表した自動車の購入制限で、20111月以降の新車登録台数を月平均2万台に制限(ナンバープレート抽選制、以下ナンバーと略称)している。このうち88%が個人用、10%が企業・機関用、2%が営業用である。自動車購入の申請者に対しては、免許証の所有をはじめ、現時点で所有する自動車の有無、現住所などの厳しい審査が行われる。同規制で新車登録台数がこれまでの約5分の1になることなどから自動車ディーラーは、同市の販売店の約半数が淘汰されるのではないかと囁かれている。ナンバー抽選制の実態をみると、201238日零時の時点で、インターネットでの申請件数は累計で99万人余りに達し、間もなく100万人の大台に達するという。申請者の中には、前回落選したため引き続き抽選に参加している人もおり、それを含めると、今期の抽選で新たに申請した人は49478人である。

・この他に、ナンバー別の走行規制が採られている。北京市では2012411日から2013410日まで、引き続き平日朝7時から夜8時までの自動車ナンバー別の走行規制を実施している。49日以降、走行規制を受ける自動車ナンバー(末尾の数字)と曜日の表が更新される。走行制限を受ける車両は朝7時から夜8時まで、五環路より内側(5環路は含まれない)の道路の走行が禁止されている。走行規制を受ける曜日と、ナンバ-末尾の数字の対応表(月曜日/38、火曜日/49、水曜日/50、木曜日/1と6、金曜日/2と7)である。

・このような実情の影響で、最近北京ナンバーの乗用車の盗難が相次いでいる。盗難に遭った場合、身分証と公安機関による関連の証明書、自動車登録書などの書類を市公安機関の車両管理部門に提出する。所定の手続きが済むと、「盗難乗用車車両情報証明」が発行されて、新たなナンバーの抽選に参加することができる。 

・同様に上海市の事例を見ることにする。2012414日、同市の自家用車のナンバーの競売が行われ、最低落札価格が61,000元、平均落札価格は61,626元となり、ナンバー落札価格の記録を更新して「世界で一番高い鉄板」と揶揄される。上海市では自動車の急速な増加に伴う渋滞、道路未整備、駐車場不足などの問題から毎月新車登録台数を制限している。規制方法はナンバ-の発行数量を限定し、かつ競売を行う。競売の流れは事前に登録した人が競売に参加でき、当日電話やインタ-ネットによって入札し、価格優先と時間優先のルールで、結果が発表される。

・上海市以外のナンバーは比較的安く購入できるため、他地域のナンバーを購入する市民も多く、そのため市内では「蘇」<江蘇>、「浙」<浙江>、「晥」<安徽>などのナンバーをよく見かける。しかし、上海市以外のナンバーの平日の通勤時間(7:309:30/17:3019:30)は、市内の高速道路は通行禁止の規制があるため、週末しか車に乗らないという市民が車を購入するケ-スも多くなっている。

・上海市内の渋滞の深刻化により、他地域のナンバーを購入することへの規制も厳しくなっており、この点からも価格上昇の要因の一つになっている。近年人気のあった蘇州、無錫、南通、杭州などのナンバーも価格が上がっており、最近では江西省、湖北省、河南省の遠方まで行って購入する人も出てきているという。このような実情を踏まえ、上海市当局は競売による自家用車のナンバー取得額が高騰していることを受け、ナンバーを「資産」と見なすことを決めた。公的手続きで保有資産の確認が必要な際、申告を求めるという。

・政府機関の資料によると、20116月現在、中国全土の車両総保有台数は、約21700万台である。うち自動車が9846万台、オートバイが1200万台である。工業情報化部設備司の王富昌副司長は、「中国の自動車保有台数は2020年までに2億台を超え、エネルギー、環境問題などがさらに現在よりも一層ひどくなる。中国経済、社会全体が前代未聞の試練に直面することになる」と述べている。

・これまでは難渋する市民のナンバーの取得までの話であるが、視点を変え、中国要人の乗る車のナンバーの話題を取り上げる。

リチャード・マグレガー著「中国共産党」()の一説に・・・上海市の旧フランス租界の上品な並木道、康平路の周囲には上海指導部のいかめしい灰色の大理石の低層ビル群が陣取っているが、そこに出入りする公用車をよく見ていれば、中国の政治の初歩を学ぶことができると・・・・・。ナンバーに並ぶ数字は、上海指導部の序列をはっきり示している。上海市の党書記は00001番、副書記は一つ下の00002番、00003番は副市長と上海市党委員会の上層部、というふうに続く。ナンバーは単純な例であるが、党の権力は国家のあらゆる機関に勝るという・・・・。市民の凄まじいナンバーの争奪戦を勝ち抜いた人は、ちょっぴりの威信と優越感に浸る・・・これが人口13億人の中国の現実である。

():リチャ-ド・マグレガ-著「中国共産党」、草思社、201166日、40頁。()

<グロ-バリゼ-ション研究所代表  五十嵐正樹>