2018年08月17日

研究は雑草の根性だ

自由研究 『 あ 』 と云う間に夏休みが終わりました。 遠出せず、ほぼ毎日、家族と過ごしました。 子供たちは例年、夏休み最後になって、自由研究に苦しんで、提出するので精一杯に なるわけで。 今年も そうなりそうで。
 ウチの第3子はカタツムリですが。 第2子は今年、庭の雑草の研究をすることに したそうで。 この第2子にワタクシ、手伝うことに したのです。 ですが、ワタクシが加わると、内容が どんどん広がっていく傾向で。 この写真は、主な雑草の全身を調べようとして、根ッコを先まで掘りだそうとしている姿を撮ったもので。 この作業がナカナカスゴくて、10種類の草に挑んだのだけれど、ドクダミで甘くないことを知り、スギナで後悔と迷いを知り、ヨモギで絶望を知り、そして、このギシギシで必死を知ったのです。 1種やるのにも二人で1時間くらい掛かってしまい、ギシギシなんか高校野球の1試合分以上の時間が掛かっちゃったわけで。

 『 研究者は、頭の良さじゃなく、粘り強さで勝負なのだ!』 と、息子と ともに感じたのです。

 さて、父は今日から仕事場に戻っていくけれど、息子は これから、それらを纏め、更に 管理の仕方、利用の仕方を編み出す と、果てしなく研究が続く予定で。 ああ。 根性!なのです。

igayoshiyuki at 12:54|PermalinkComments(0) 生物 

2018年08月15日

カタツムリの研究(家−2)

カタツムリ56

 先日ワタクシ、うっかりと、カタツムリは親と同じような姿で卵から孵る、と 言ってしまいました。 だけれども、そのうち、研究を続けるウチの妻と第3子のハナシを聞いていると、イエを背負って居るのは同じなのだけれど、その渦巻きの数が違うと云うことを知ったわけで。 赤ちゃんの頃のイエは小さく、2巻きぐらいで、それが成長と共に必要な分だけ外側に足されていく仕掛ケで。
 彼らのイエの中身と云うのは、数冊の本に載っている図解を見ても、我々の体の仕組みと違った仕組みの良く解からない内臓が納められたシェルターってことで。 我々のイエと違って、自分の身体に合った大きさで、家具も無く、余計なモノを溜め込まず、かと云って、暫くの期間を飲まず食わずでも生きれる仕掛けで。 自力で担いで移動できて、トイレは外で、どこでも眠れて、スバラシイ、と想うわけで。 それに比べて我々人間は、何をバカバカしく次々と、くだらなく新しいモノたちを詰め込んで、電線や下水道管で縛られた不自由なイエに居るのだろうか、と想うわけで。

igayoshiyuki at 21:54|PermalinkComments(0) 生物 

2018年08月13日

お盆 ’18

お盆 ’1802お盆 ’1801
 ああ。 お盆です。
 今年は7月から ずっと暑くて、とっくに夏に なっているのは気付いていたけれど、やはり、例年のように、『 もう お盆か 』 と 改めて、お正月から今迄、過ぎ去った時間の早さを感じます。
 お墓参りにも行きました。 ご近所なのに滅多に会わない方々にも会って、挨拶を交わします。 今日は旧暦では七月三日なのだそうで、昨夜なんか、月は まだまだ薄っぺらで、ホントに御先祖様は ここに来られているのだろうか、と 疑ったりも致しますが。 何だか やっぱり、空気の中に、霊的な何かを感じるわけです。

igayoshiyuki at 12:21|PermalinkComments(0) 工作活動 

2018年08月11日

夏休み初日の日記

 ずっと体調がイマイチなワタクシ、ヨレヨレに なりながらも何とか、夏休みに入ったわけで。
 そんなわけで迎えた夏休み初日の今日は、スポ少だの部活だの地域行事だので、夫婦でアッチ行ったりコッチ行ったりで、余計に目が回るわけで。 いずれにしても、やるからにはシッカリ企画して、準備して、徹底的に盛り上げて、皆も自分も楽しみたいところなのだけれど。 この夏のワタクシは、どうもイマイチで、ただコナすだけで、逆に足を引っ張るみたいで。 ああ。 健康第一だなあ。 と感じるわけです。
 それでも楽しかった夏祭りの、仲間と頑張ってヤキトリ・やきそばを焼きまくって、ほぼ完売して落ち着いた頃に撮った写真を載せておきます。

夏祭り’18


igayoshiyuki at 23:15|PermalinkComments(0) 私的人生 

2018年08月09日

大荒れの観戦日記-2

イーグルス’18-2

 試合が長びいたのに加え、 その後、じつは駐車場が どこか判らなくなり、雨の中 道に迷い、ウチへの到着は深夜に なるのが必至の状況で、焦って運転をしていたわけで。 自分と家族の明日の予定なんかを考えながら、一刻も早く帰宅したい、なんて思って。 自然とアクセルを深く踏んでしまうわけで。 気が付くと、豪雨で視界不良の中、かなり無理なスピードで走行していたりして。 あわてて右足を浮かせ、ブレーキを踏むのです。
 ああ。イケナイ。 事故ったらどうする。 このスピードは、死んじゃうスピードだぞ。 と我に返るわけで。
 真っ暗な背景に大粒の雨が強く打ちつける、目前の景色を見ながら、今ここで、運転を誤って、死んじゃった時のことを想像したのです。 自分が死んじゃったあとは、きっと、自分の他の家族たちが一緒に死んだのか、生き残ったのか、確かめることは出来ないのじゃないかなあ、と想うわけで。 自分が死ぬのは仕方ないとして。 家族は。 特に、子供たちが生まれて来てからずっと今迄、その未来の ために、色々と してきたことが全部パアに なる、と思うと、それは、避けなければならないことと気付くわけで。 同時に、ワタクシの現在の、最も大事な使命を再認識したような気が したのです。 そして、この子たちが正しい意識をもって、未来の社会で役に立つことを祈るのです。

igayoshiyuki at 21:21|PermalinkComments(0) 私的人生