あちらこちらで夏祭り!
■大蛇山祭り(福岡県大牟田市)
故郷 福岡県大牟田市では、今日(2010年7月24日)から明日まで大蛇山祭りが開催されている。
大蛇山の歴史・・・先ずは昔々のお話から・・・
大牟田といえば三池炭坑ですが、この三池の地名にまつわる民話をご存知でしょうか。昔々玉姫と呼ばれる美しい姫が、村人を苦しめているオロチ(大蛇)の生贄として差し出され、あわやという時にツガニ(山に住む蟹、山太郎蟹とも呼ばれる)達が現れ、見事にオロチを成敗して姫を救った。
カニさん得意のハサミ攻撃でオロチは3つに切り分けられました。そして流れ出した血が3つの池になり、そこから三池の地名が出来たとのお話です。
今の大牟田市は、江戸時代には柳川藩と三池藩の2つの藩により治められていましたが、その当時から山車に大蛇を奉る風習があったようです。そして、その祭りは祇園信仰と相まって、大牟田独自の大蛇山へと発展していったと言われています。
現在の大蛇山には祇園祭の神事としての6つの大蛇山があります。 「三池本町山」 「三池新町山」 「銀座住吉山」 「大正山」 「本町山」 「諏訪山」 の六山です。所謂オフィシャルバージョンですが、この他にも各町内や企業で、子供大蛇山や○×会社大蛇山など多士済済です。
(ソース)
前述の話を読む限り、ツガニがヒーローやろ?と思うのはみな同じw。
理屈抜きで「大蛇山」がかっこよかっちゃんね!
というわけで、大蛇山は市民のヒーロー的存在です。
【大蛇山祭り公式サイト】
【「大蛇山」まつり を動画でご紹介】
ついでに炭坑節
■大蛇山祭り(福岡県大牟田市)
故郷 福岡県大牟田市では、今日(2010年7月24日)から明日まで大蛇山祭りが開催されている。
大蛇山の歴史・・・先ずは昔々のお話から・・・
大牟田といえば三池炭坑ですが、この三池の地名にまつわる民話をご存知でしょうか。昔々玉姫と呼ばれる美しい姫が、村人を苦しめているオロチ(大蛇)の生贄として差し出され、あわやという時にツガニ(山に住む蟹、山太郎蟹とも呼ばれる)達が現れ、見事にオロチを成敗して姫を救った。
カニさん得意のハサミ攻撃でオロチは3つに切り分けられました。そして流れ出した血が3つの池になり、そこから三池の地名が出来たとのお話です。
今の大牟田市は、江戸時代には柳川藩と三池藩の2つの藩により治められていましたが、その当時から山車に大蛇を奉る風習があったようです。そして、その祭りは祇園信仰と相まって、大牟田独自の大蛇山へと発展していったと言われています。
現在の大蛇山には祇園祭の神事としての6つの大蛇山があります。 「三池本町山」 「三池新町山」 「銀座住吉山」 「大正山」 「本町山」 「諏訪山」 の六山です。所謂オフィシャルバージョンですが、この他にも各町内や企業で、子供大蛇山や○×会社大蛇山など多士済済です。
(ソース)
前述の話を読む限り、ツガニがヒーローやろ?と思うのはみな同じw。
理屈抜きで「大蛇山」がかっこよかっちゃんね!
というわけで、大蛇山は市民のヒーロー的存在です。
【大蛇山祭り公式サイト】
【「大蛇山」まつり を動画でご紹介】
ついでに炭坑節
■天神祭り(大阪府大阪市)
大阪市では、日本三大祭の一つ天神祭り(24日宵宮、25日本宮)が開催されている。(祇園祭@京都、神田祭@東京)
天神祭りの歴史・・・
天満宮御鎮座の翌々年、天暦5年(951)に社頭の浜から神鉾を流し、流れついた浜に斎場を設け、「みそぎ」を行ないました。その折、神領民や崇敬者が船を仕立てて奉迎したのが天神祭の始まりとされ、一千年の歴史を誇っています。それ以来、船の数も増え、豊臣秀吉が大坂城を築いた頃には船渡御の形が整ってきました。堂島川への土砂流入で船渡御が中止になったこともありますが、天下の台所と呼ばれた元禄時代(17世紀後半)以降、天神祭は浪速の繁栄のシンボルとして隆盛をきわめ、享保年間(18世紀前半)には「講」という祭りを支える組織が誕生し、新たにお迎え人形も登場し、祭りの豪華さは全国に名を馳せます。幕末の政変や二度の世界大戦で中断があったものの、昭和24年に船渡御が復活。また、地盤沈下の影響で大川を遡航するという現在の形になったのは昭和28年からのこと。天神祭には幾多の変遷があり、その存続が危ぶまれた時期もありました。しかしその度に困難を打開し、伝統を守り、盛り上げていったのは浪速っ子の土性骨と心意気です。天神祭は今も、そうした人々の熱いエネルギーに支えられ発展しています。
(ソース)
マヂでメッチャ人がおる祭りです。ゴチャゴチャです。家の近くに花火スポットの橋(銀橋)があるんですが、その橋を渡るのに1時間かかったことがあります(汗)。ちなみに、天神際は全国の天満宮及び、天神社で催される祭りのことで、大阪天満宮を中心として大阪市で行われるこの天神祭が有名であるとのことです。
今年の天神祭りは、【この辺で】焼き鳥とビールと酎ハイを売ります!w。通りすがりで一本買ってってちょうだい!
【天神祭り(天満宮サイト)】
【天神祭り】
【天神祭りギャルみこし】
おっと、その前に野球の試合があるんだった。次は二回戦。軽く突破せねばっ!
大阪市では、日本三大祭の一つ天神祭り(24日宵宮、25日本宮)が開催されている。(祇園祭@京都、神田祭@東京)
天神祭りの歴史・・・
天満宮御鎮座の翌々年、天暦5年(951)に社頭の浜から神鉾を流し、流れついた浜に斎場を設け、「みそぎ」を行ないました。その折、神領民や崇敬者が船を仕立てて奉迎したのが天神祭の始まりとされ、一千年の歴史を誇っています。それ以来、船の数も増え、豊臣秀吉が大坂城を築いた頃には船渡御の形が整ってきました。堂島川への土砂流入で船渡御が中止になったこともありますが、天下の台所と呼ばれた元禄時代(17世紀後半)以降、天神祭は浪速の繁栄のシンボルとして隆盛をきわめ、享保年間(18世紀前半)には「講」という祭りを支える組織が誕生し、新たにお迎え人形も登場し、祭りの豪華さは全国に名を馳せます。幕末の政変や二度の世界大戦で中断があったものの、昭和24年に船渡御が復活。また、地盤沈下の影響で大川を遡航するという現在の形になったのは昭和28年からのこと。天神祭には幾多の変遷があり、その存続が危ぶまれた時期もありました。しかしその度に困難を打開し、伝統を守り、盛り上げていったのは浪速っ子の土性骨と心意気です。天神祭は今も、そうした人々の熱いエネルギーに支えられ発展しています。
(ソース)
マヂでメッチャ人がおる祭りです。ゴチャゴチャです。家の近くに花火スポットの橋(銀橋)があるんですが、その橋を渡るのに1時間かかったことがあります(汗)。ちなみに、天神際は全国の天満宮及び、天神社で催される祭りのことで、大阪天満宮を中心として大阪市で行われるこの天神祭が有名であるとのことです。
今年の天神祭りは、【この辺で】焼き鳥とビールと酎ハイを売ります!w。通りすがりで一本買ってってちょうだい!
【天神祭り(天満宮サイト)】
【天神祭り】
【天神祭りギャルみこし】
おっと、その前に野球の試合があるんだった。次は二回戦。軽く突破せねばっ!
