医俳同源〜より良い緩和ケアを求めて〜

七年間の米国臨床留学を終え、日本で緩和ケアをしています。

2008年05月

Prediction of inpatient mortality

Acute Physiology and Chronic Health Evaluation (APACHE) IVというモデルは、ICUの入院日数やICU死亡率を驚くほど正確に予測できるようです。もともと1988−1989年にAPACHE IIIが出され、アップデートが重ねられてきました。2006年には二年間で米国内にある45病院の計13万人以上のICU入院患者さんを対象にvalidationを含むスタディが行われました。

Zimmerman JE, Kramer AA, McNair DS, Malila FM, Shaffer VL. Intensive care unit length of stay: Benchmarking based on Acute Physiology and Chronic Health Evaluation (APACHE) IV. Crit Care Med. 2006 Oct;34(10):2517-29.

Zimmerman JE, Kramer AA, McNair DS, Malila FM. Acute Physiology and Chronic Health Evaluation (APACHE) IV: hospital mortality assessment for today's critically ill patients. Crit Care Med. 2006 May;34(5):1297-310.

同様のスタディが緩和ケア病棟PCUで行われることは可能でしょうか。世界最大のMedical CenterであるTexas Medical Center内にも当院にしかPCUが存在しないことからも、APACHE IVほどの規模はまず期待できないのは確かですが、患者さんの重症度やその転帰(三割の方が院内で亡くなる)を考えるとご家族への説明にもこのような情報は有用だと思います。またPredicted length of stayとobserved length of stayのずれが生じた時のPCUのquality improvementにも役立つかもしれません。今後prospective studyが求められますが、ひとまず現在のデータを用いて当科でretrospective studyを始めてみました。まだdata gatheringは続いていますが、来月Houstonで行われるMultinational Association of Supportive Care in Cancerのconferenceで当科からoral presentationをさせていただけることになりました。

http://www.mascc.org/content/449.html

当科のPCUで多施設間のスタディをしているのはあまり見ませんが、日本では先日ご紹介させていただいたpalliative sedationのmulti-center studyにあるように、多施設間の共同研究がなされる土壌があるように感じます。

近詠句
顔浸けてよりプールの子奔放に
湯に体浮きゐる嬰の髪洗ふ
嬰の髪洗へばまなこかがやける

Acute Pain Crisis

今日はTexas Medical Center内で小児血液腫瘍のフェローシップをされている先輩とAstrosの試合を見に行きました。自分にとってはヒューストンに来て初めてのAstrosの試合。炎天でしたが、ドームが閉じられ、快適に過ごせました。5回が終わり6−4でリードしている状態で子どもたちが疲れ、帰宅。松井稼頭央選手も要所でヒットを放ち、皆興奮気味でした。NYにいたときはヤンキースの松井秀選手の試合を二度見に行きましたが、アメリカの球場では場内放送や歓声・ブーイングの音量や大きく、ホームでプレイするチームにとってはとても心強いように思います。逆にアウェイの選手たちはホームランを打っても客席からボールを投げ返されたり、とnegative feedbackが明確です。

感情を出すことに関してはアメリカ人は概して得意・・・だから、というと失礼にあたりますが、NYにいた時は院内でもAgainst Medical Advice (AMA)といって、医師が止めるのを無視して帰ってしまわれる患者さんが多くおられました。さすがに自分のいる巨大なCancer Centerでは一度もそういう方を見かけませんが、特に疼痛緩和に関しては、難渋することが多々あります。また、痛みが緩和されないと、余計に患者さんの苦しみもつのり、emotional breakdownを起こされることも珍しくありません。これは常々palliative emergencyの一つだと捕らえていましたが、先々月のJAMAの”At the Close of Life”のシリーズにとても良いdescriptive reviewが載せられました。

Moryl N, Coyle N, Foley KM. Managing an Acute Pain Crisis in a Patient with Advanced Cancer. “This Is as Much of a Crisis as a Code” JAMA 2008;299:1457-67.

Acute pain crisisはコード(心肺停止時など緊急時に院内コールをかけて緊急に対応する状態)と同じように扱え、というもので、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerの緩和ケア医達によりCancer painのassessmentの方法、opioid の選択やtitrationにおける留意点、equianalgesic doses、有用なadjuvant drug、morphineからmethadoneにrotationする際の比率、opioidの副作用とその対処法などが詳細に臨床現場に即して書かれており、opioidの使い方の総論を復習するのに格好のreviewとなっています。この二ヶ月間で二つのホスピスを回りましたが、両者で医師や看護師さんがこのarticleを使って勉強していました。

なお、MEDD (morphine-equivalent daily dose)に基づいたmorphinemethadoneの変換法に関しては、自分はNational Cancer Institute (NCI)のHP上にある、Method 1: Initial Methadone Dose Based on Oral MEDDを参考にしています(googleで”NCI”, ”MEDD”と入れるとトップにでてきます)。

http://www.cancer.gov/cancertopics/pdq/supportivecare/pain/HealthProfessional/page4

がんによる痛みを訴えられる患者さんのケアに関しては、その痛みがどのくらい緩和しやすいか、あるいは緩和が難しいか、を予測する目安があります。当院のDr. BたちがカナダのEdmontonにいた80年代から提唱してきた”Edmonton Classification System for Cancer Pain (ECS-CP)”がそれで、微調整が重ねられ、現在このinter-rater reliabilityとpredictive valueを評価するinternational studyが進行中ということです。このECSに関しては最近以下のReviewが発表されました。

Fainsinger RL, Nekolaichuk CL. A "TNM" classification system for cancer pain: The Edmonton Classification System for Cancer Pain (ECS-CP). Support Care Cancer. 2008 Mar 4.

簡単に言うとNeuropathic pain, incidental pain, psychological distress, addictive behavior (ex. CAGE+), cognitive impairment (ex. delirium)が認められるとコンロトールが難しくなる、というものです。不用意なopioid escalationを防いだりmultidisciplinary approachを強化したりといった対策を促進できるようになるため、これらを念頭に置くことは大切です。

さて、このブログ、「医俳同源」と銘打ちながら「俳」の部分が出てきませんでした。日々出会う自然や感情を俳句に捉えてみようと思います。今日はひとまず以下。

機関車の車輪の間より夏の蝶
球場の打球低しと燕駆く
シャツ染むる顎のしずくや西瓜食ぶ
西瓜食ぶ皮を瓦のごとく積み





Palliative sedation

二週間のPCU(Palliative Care Unit)のローテーションが終わりました。

Chaplain, social worker, case manager, palliative care counselorが常にフロアにいる上、PCUの看護師さんは全員緩和ケアを志望して採用された方たちであるため、常におなじ目標を持って患者さんのケアに当たれます。他のフロアのコンサルトチームを計6ヶ月間回った後では、まるで家に帰ったかのような安心感があります。

Specialist-level palliative careをもってしてもどうしても症状が緩和できない場合があります。その際、palliative sedationが最後の手段になりえます。Midazolamなどのbenzodiazepineやpropofol, phenobarbital等を使って沈静をかけるもので、症状緩和を第一義としている点で、いわゆる「安楽死euthanesia」とは異なります。palliative sedationを開始すれば気道の分泌物を除去できない等の理由で多くの方は48時間以内に亡くなられるということもあり、ご本人やご家族だけでなく、医療従事者にとっても大変なストレスをもたらしうる治療です。そのため、院内のプロトコールが設定され、PCUでしか行ってはならないことに決まっています。その上「あらゆる手を尽くしても症状が取れない」こと自体非常に稀なため、palliative sedationは日常的に行われるものではありません。

PCUは三ヶ月目のローテーションですが、これまで私は一度もpalliative sedationに関わったことがありませんでした。このたび、二例のpalliative sedationに立ちあいました。

一例目はagitated deliriumに対しmidazolam dripを開始した例。Midazolam 18mg/hにしてようやくagitated deliriumが緩和。普通は2−4mg/hで症状が緩和されるため、この値は指導医にも経験がない量で、ご本人のagitationに病室はカオス状態、ご家族、ご本人、看護師、その他の医療従事者は多大なストレスを感じました。

Elsayem A, Curry Iii E, Boohene J, Munsell MF, Calderon B, Hung F, Bruera E. Use of palliative sedation for intractable symptoms in the palliative care unit of a comprehensive cancer center. Support Care Cancer. 2008 May 7

にPCUにおけるpalliative sedationのreviewが載っていますが、やはり18mg/hというのは相当高い量と思わされます。
Stable statusに達するまでの時間、maximum rate、それらに影響するvariableはあるか。CAGE+? Drug abuser? Withdrawal? Palliative sedationの理由(dyspnea? Pain? Delirium?)それらを明確にするべき研究が行う必要があるのでは、と思わされました。

これに答えうる文献には、例えば以下の日本発のmulticenter, prospective, observational studyがあります。

Morita T, Chinone Y, Ikenaga M, Miyoshi M, Nakaho T, Nishitateno K, Sakonji M, Shima Y, Suenaga K, Takigawa C, Kohara H, Tani K, Kawamura Y, Matsubara T, Watanabe A, Yagi Y, Sasaki T, Higuchi A, Kimura H, Abo H, Ozawa T, Kizawa Y, Uchitomi Y; Japan Pain, Palliative Medicine, Rehabilitation, and Psycho-Oncology Study Group. Efficacy and safety of palliative sedation therapy: a multicenter, prospective, observational study conducted on specialized palliative care units in Japan. J Pain Symptom Manage. 2005 Oct;30(4):320-8.

著名な先生方の名前が並んでいます。この結果にもあるように、若い方、黄疸のない方、midazolamを以前使ったことのある方、sedationの長期間にわたる方において、midazolamが高容量になる傾向があったということです。確かに一例目の患者さんも20代前半の方でした。


二例目は同じくagitated deliriumに対してmidazolamが開始された方。3mg/hにて症状が緩和され、2mg/hに低下。症状から解放されお話ができるほどにまでになりました。10代の息子さんが父親である患者さんに「お別れ」を言う機会がなかったこともあり、ご家族全員でclosureの機会を取ることができました。

Lo B, Rubenfeld G. Palliative sedation in dying patients: "we turn to it when everything else hasn't worked". JAMA. 2005 Oct 12;294(14):1810-6.

にpalliative sedationやそれにまつわる倫理的な問題、注意点等が症例に沿って具体的に述べられています。医療従事者間でもchaplainやpalliative care counselorを中心に多くのセッションが持たれ、それぞれの感情、ストレス等を後で語り合いました。

Family distress

フェローシップ最後のMobile teamのローテーションが昨日の金曜日で終了、その間3つのプレゼンテーションを担当しました。そのうちの一つはDepartment of Palliative Care and Rehabilitationのグランドラウンド。週に一回のグランドラウンドで、フェローは修了前に一度発表する機会が与えられます。「卒業プレゼン」といった位置付けです。せっかくの年に一度の大きなプレゼン、自分にとって最も大事なテーマをしようと思っていました。

これまで10ヶ月で診させていただいた患者さんやご家族のことを振り返ると、中でも一人、どうしても忘れることのできない患者さんがおられました。自分と年の近い30代前半の方。私がMobile teamを始めた初日から彼がPCUで亡くなるまで、通して診させていただいた方です。年が若く、また疼痛が激しかっただけあり、ご両親や奥様精神的な苦痛は大変なものがありました。Family distress, family conflictやご本人のpsychosocial distressがintractable painと相まって複雑に絡み合い、Patient advocateも関わることになりました。Interdisciplinary team membersも度重なる議論を重ね、亡くなる数週間前には私も”What would you do in my shoes?”と聞かれ、白衣を脱いで話し込んだり・・・・と患者さん、ご家族、医療チームの皆がで日を重ねました。とりわけ、cancer painがfamily distressの大きな原因でした。

 いったいcancer painはご家族にどういう心理的な苦しみや負担を掛けるのでしょうか。

Ferrell, et al.が過去数十年にわたり、がん性疼痛と家族をテーマに多くの発表をしています。以下の論文によくまとめられています。

Ferrell BR, Rhiner M, Cohen MZ, Grant M. Pain as a metaphor for illness. Part I: Impact of cancer pain on family caregivers. Oncol Nurs Forum. 1991 Nov-Dec;18(8):1303-9.

Ferrell BR, Cohen MZ, Rhiner M, Rozek A. Pain as a metaphor for illness. Part II: Family caregivers' management of pain. Oncol Nurs Forum. 1991 Nov-Dec;18(8):1315-21

Ferrell BR, Grant M, Borneman T, Juarez G, ter Veer A. Family caregiving in cancer pain management. J Palliat Med. 1999 Summer;2(2):185-95

これらによると、市中病院、国立がんセンター、そして家庭のホスピスプログラムにおいて、患者さんご自身の感じる痛みより、患者さんが感じているだろうとご家族が思う痛みのほうが強いということです。痛みやdistressを0(痛みなし、distressなし)から100(最もひどい)のうちどのくらいかを聞いてみたところ、patient rating of pain 45のとき、caregivers’ estimate of pain 70、caregivers’ estimate of pain distress 78caregivers’ own distress from the pain 77ということでした。

そのほかに、患者さんのcancer painから受けるfamily distressの原因として、physical well-being and associated symptoms, psychological well-being, social concerns(financial concernも含む), spiritual well-beingに分けられて、詳細に、distressの高いもの順に列挙されています。

また、以下の文献にあるように、End-of-lifeにおいて、患者さんにとって何が最も大切か、という報告も多くなされてきていますが、やはりほとんどの場合、「痛みやその他の症状の緩和」がトップを占めています。

Steinhauser KE, Christakis NA, Clipp EC, et al. Factors considered important at the end of life by patients, family, physicians, and other care providers. JAMA. 2000 Nov 15;284(19):2476-82

この文献(cross-sectional, stratified random national survey)では、「痛みからの解放」や「死への準備ができること」「一人で死なないこと」「自分の達成したことを覚えていること」など44の項目に関して、「ほとんどの患者さんが大事だと思っていることで、医者があまり大事だと思っていないこと」や「患者さん、ご家族、医者、その他の医療従事者(看護師、ソーシャルワーカー、チャプレン、ボランティア)全てのグループが大事だと思っていること」に分けられて報告されています。

どんなに患者さんやご家族のpreferenceを理解しても、患者さん・ご家族とmedical teamとの間で治療方針の合意が得られないこともあります。厳しい現状に直面することができず、medical futileなのにもかかわらずcurative-intent treatmentを求められる、というのはその一例です。では患者さんやご家族のdenialにどう対処するか。Denialはmaladaptive behaviorにつながらない限り、基本的にconfrontする必要はありません。Transition to end-of-life careにあたり、どうコミュニケーションをとればよいか。

Taylor PB, Ferszt GG. Letting go of a loved one. Nursing. 1994 Jan;24(1):54-6

にとてもよく書かれています。

実際にこうした文献に書かれているような知識の枠組みがあれば、日々の臨床に大いに役立つと思われます。毎日のように出会うFamily distressを客観的に位置づけ、multifactorialであっても原因に焦点を当てることで、family distressを緩和しやすくなり、結果的に患者さんのEOL careの改善につながるのではないでしょうか。
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